「何…?うずまきナルトが自分から出向いてきた、だと…人型で…?」
火影の執務室で、ダンゾウはその報告を聞いて、表情のない顔に当惑の色を刷いた。
ダンゾウの前に何時もどおりに現れたうずまきナルトは、ごく普通に任務報告書を差し出したのだが…
「…これはなんだ」
と火影にきかれ、ちょっと驚いたように眼をみはった。
「報告書を出して…何だって言われたのは初めてだってばよ。」
そう言われてダンゾウは書類に目をおとした。確かに、せんだって、カカシに命じるはずだった任務だ。
…
おかしい。
九尾化していては、影分身は使えないのではないのか。
「…任務終了したのだな…」
「さっきから何なんだってばよ?終了しないと報告書なんてだせねぇだろ?」
のんびりと抗議するナルトに、埒が明かないと見たダンゾウは、そのものズバリで切りこんできた。
「お前が九尾化した、という報告が上がっている。」
そう言われてナルトはちょっと首をかしげた。
「え〜っと…いつの話だってばよ。何回か尻尾をはやしちまった事があるけど、どれの話?」
「……尾の話ではない……九尾を解放させた話だ。」
ダンゾウの低い声が、ナルトを囲む上忍たちを緊張させるが、当の本人は……
「……ふ〜ん…。とすると、ここは黄泉の国かなんかか?」
「…なんだと…?」
ナルトは、どこで覚えてきたか、妙に大人びたしぐさで肩をすくめた。
「九尾が解放されたら、里はとっくに無くなっちまってるってことだってばよ。じゃねぇの?あんたらが俺を怖がってるのって、そういう事だろ?」
ダンゾウは口を閉じた。
つまりは…その通りだからだ。
諸刃の剣。
九尾を完全にその手の内にコントロールできれば……!
勿論、火影サイドの人間は、ナルトが完璧に支配下に置いているとは思っていない。
ナルトはちゃんと報告していたが…信用していないのだ………。
カカシがいれば、いつの間に俺の可愛いナルトはこんなえげつない言葉のロジックをつかうようになったんだかな、と、呆れるところだが、確かにナルトは、
「九尾が解放されたら」里は壊滅する。
と口にした。
火影たちが、それが、九尾が発現すれば、ということだととらえるのは彼らの勝手だ。
しかし、ナルトにとって、「解放」と「発現」はまるっきり意味が違う。
「解放」は、文字通りナルトの支配を完全に外して、九尾を逃してしまう事だ。反対に、「発現」は九尾を内包したまま、ナルトがそのチャクラを尾獣の形のまま使うことなのだ。
それは、人柱力にしか分からない感覚だったが、ナルトに近い、親しい人間は、それを肌で理解している。
ダンゾウが犯した勘違いはしようがない。
なので、九尾が現れる→里が破壊される、という図式をナルトはダンゾウサイドに誤認させ、里は壊滅していない→ゆえに九尾は現れていない、というミスリーディングに、みごとに導いていった。
◇◆◇
執務室の上忍たちの視線をまるで感じないかのように、言いたい事は言い終えた、とばかりにナルトは背を向けた。
「うずまき!!」
上忍の一人が咎めるような声を出したが、表情を変えないナルトに、後の言葉が続かない。
心配して、用を作って執務室に来ていたシカマルは、呆れるのを通り越して感心していた。
確かに、シカマルの立てた筋書き通りに運んだわけだが……
─カカシ先生の前にいる時と、ダンゾウのような人間の前にいる時と、ナルトが二人いるようだぜ……
まっすぐに忍道を貫くナルトは、それを貫くために、どれほどの忍耐をしてきたか。
自分が傷つく事をおそれないこいつは、大事なものを傷つけられることに極端に弱い。
簡単なのだ。この男を怒らせるのは。
本人をぶん殴っても、瀕死の怪我を負わせても、こいつは笑ってしのいでしまう。
しかし……大切に守っているモノに手を出されたら…
それがこいつの逆鱗。
今回も、ダンゾウは、ナルトの一番大きな逆鱗に、もう少しで触れるところだった。
─大変なことになるとこだったな……
ちょっと、シカマルに視線を合わせると、火影たちに見えない角度で親指を立ててみせる。
まだまだ、気を抜くわけにはいかなかったが、火影サイドに、九尾の発現について糾弾される可能性はつぶした。
あとは。
「……はたけ上忍についてだが。」
ほら来た。
二人が気を引き締めたところへ、急使が駆け込んできた。
……なんだと………
先代火影が、面会を求めている…だと……!?
◇◆◇
カカシが、綱手に肩を貸して火影の執務室に入ってきた時、その場を満たした驚愕は……
亡霊を一度に二人見た、とでもいうべきか。
現火影サイドにしてみれば、綱手は過去の人間であったし、カカシに至っては、(ナルトがどう言おうと、)その九尾の腹の中におさまってしまった人間である。
ナルトは、カカシを殺害した件に関して言及していなかったが、ダンゾウ達は…カカシの不在によって、更にナルトを追い詰め、拘束するはずだったのだ。
「……?あれ?俺の貌になんかついてます?」
包帯の陰でダンゾウはひそかに写輪眼を使い、カカシが誰かの変化ではないか、と、探った。
しかし、そこにいるのは明らかに、はたけカカシ、本人でしかなかった。
微妙にチャクラにぶれがあるが、カカシは守らなければならない対象を持っている時、常にチャクラの糸を張り巡らせているので(これは写輪眼をもつダンゾウだけが捉えられる感覚である)体力の戻っていないであろう綱手が傍らにいるため、ダンゾウは特に不思議とは思はない。
─火影の執務室でも…気は抜かぬ…という事か。用心深いこの男らしいことよ。それだけわしを信用しておらん、という事か。
そして驚いたことに、鎧をまとったような、拒絶しているような、冷たかった長身の若者の空気が、先代火影と行方不明になっているはずの青年の二人を火影室に迎えた途端に驚くほど…変わった。
─どういう事だ。何か、決定的な情報が欠けている……?
ダンゾウは内心歯ぎしりをせんばかりだったが、さすがに表情に表したりはしない。
「ばーちゃん、無理すんなってばよ!もういいのか?」
「全然平気だ、とは言わんがな。なんかまた、お前が騒動を起こしたって聞いてな。」
苦笑しながら二人の会話を聞いていたカカシは、驚きで固まっている火影の隣に並んだ上忍たちに、会談の用意を命じた。
火影の周りにいるのは根の出身者ばかり、そういった気配りができるものは少ない。
カカシに言われて慌てて綱手の席を用意する始末だった。
「騒動って、騒動って、そんなの起こしてねぇってばよ。なぁ、シカマル?」
いきなり話を振られてシカマルはこめかみを指でもんだ。
「……綱手さま…どのレベルをもって「騒動」というんですかね。こいつがかつて起こした山ほどの騒ぎの中で比べるのか、一般的な意味でいうのかで、騒動という言葉を使うかどうかが微妙なんですがね…」
もってまわったシカマルの言い方に、綱手が豊かな胸を揺らして笑い始めた。
「アタシにとっちゃ大したことでなくても新しい火影にとってはおおごとだ、という可能性もある、ということかい?」
「そうですね。綱手さまや俺たち、こいつの周りの者にとっちゃ今回のことなんか、別に改めて確認がいるようなこっちゃない、日常茶飯事のことですが。どうも 火影さまにはナルトの悪さが物珍しかったようで。」
「……悪さ、という簡単な言葉で済ませられることでもないと思うが。」
獲物を射程内にとらえた蛇が巣穴からゆっくりと顔をのぞかせるような、そんな薄気味のわるさを伴った火影の低い声が、話を軽妙にすり替えたシカマルの声を遮った。
「物事を単純化してとらえた方がいいこともあるんじゃないですかね……」
先代の横に、新火影から守るように腰をおろしていたカカシがいつもの様なのんびりした声をかけた。
「……」
「僭越ですが。今回、どんな問題があったとおっしゃるんです?ナルトが九尾を解放した、と弾劾なさっているようですが、ナルトがこうして無事でいることが、そもそもその情報が誤りであったことの証拠でしょうし。」
「……」
「……なあ、ダンゾウ……!」
むっつりと黙ったままの火影に業を煮やしたのかナルトがぼりぼりと頭をかきながら声をかけた。
「……!ナルト!口のきき方を考えろ!」
カカシに低く叱責されて、情けなく眉尻を下げたナルトは、わかってるってばよ、と口の中で言い訳して、またダンゾウにむきなおった。
「なんで、カカシ先生にばっかり無茶な任務を振るんだ…?」
「……ナルト。今はそれは関係ないだろう…」
カカシに叱られても、ナルトは少し肩をすくめただけでダンゾウから視線を放さない。
「あんたにとって俺たちってなんだ?木の葉の里ってなんだ?あんたが俺たちを分かってないのとおんなじで、俺たちにゃ、あんたがわかんねぇな。」
「…ナルト…」
無言の火影の代わりに、綱手が穏やかに口を開いたが、ナルトはやめるつもりがないようだった。
「綱手のばあちゃんは俺たちを、木の葉を守ろうとしてる、ってのが頭の悪りぃ俺にも感じられた。だけど、あんたが必死こいでやろうとしてるのって…何だってば?俺にはさっぱりわかんねぇな」
ナルトのまっすぐな言葉は、その場にいた人間の胸にゆっくりとしみていくようだった。
「……俺にはあんたがわかんねぇし、分からなくてかまわねぇ、分かりたくもねぇから、あんただけに俺をわかれっていうつもりはねえってばよ。」
そう言い捨てると、引き留める声もないのを幸いにナルトは踵をかえし、そのまま火影室を後にした。
「…躾がわるかったようです…ちょっと失礼…」
ため息をついて立ち上がったカカシは、シカマルに、綱手をたのむ、と目配せをしてから、出て行ったナルトの後をおった。
後には重い沈黙が満たされた。
「ダンゾウ…いや、六代目。ナニをそんなに気をもんでるんだ?」
綱手がゆっくり腕を組んでダンゾウに向き直る。
「下手なやり方だな。」
下手だ、と切り捨てられて初めてダンゾウは表情をうごかした。
「…ほう。先代は九尾の器をコントロールする術をご存じと見える。」
ダンゾウのその皮肉に、シカマルはがっくりと肩を落とした。
─分かってねぇ…このじーさん、ほんとに分かってねぇ……
「……ダンゾウ。お前は根本的に間違っている。」
綱手は教師の声で言った。
「……なんだと…」
「ここに、『九尾の器』なんてものがあるわけじゃないんだ。」
「………」
「いるのは、うずまきナルト、という、いっこの人間だ。それを忘れていると、いつか、お前は取り返しのつかないことをやらかすぞ。」
綱手の言葉に、シカマルは、今回、その、”取り返しのつかないこと”一歩手前だったよな、と心の中で一人ごちた。
「部下を、道具として考えるのは私たち上層部の悪癖だ。そこから抜け出さない限り、あの火の玉小僧と折り合いをつけることは難しいぞ。」
ダンゾウは感情の読めない顔で黙ったままだった。
綱手はそれを流し見て、あきらめたようにため息をついていった。
「ナルトを大人しくさせたいのならカカシには手を出すな。今回のようなやり方は下策中の下策だ。」
「……あの若者に媚びてはたけカカシには任務を振るな、という事か…?情けない話よの」
綱手は、今度はシカマルが後ろでため息をついたのに気付き、内心でつい笑ってしまっていた。
話が通じない。
どこまでも話は平行線だ。
火影、という職務に対する想いが、この老人と、ナルトたち、(或いは自分)と遠く隔たっていることを改めて思い知った気がする。
説得は無理だ。この老人の権力に対する執着は、すでに妄執となっている。自分にできることは、その妄執が、ナルトやカカシ…木の葉の若い世代をからめ捕らないように意を尽くすことだけ…
「ナルトを何とかしたいんならカカシを何とかしな。あいつはサクモさんの息子だ。酸いも甘いもかみ分けた大人だ。」
はたけサクモの息子ならなおさら、里に対して含むところがあるだろう、と、思ったダンゾウの表情をよんだ綱手は、眼を細めるようにしてダンゾウを見て言葉を続けた。
「カカシを何とかする、という言葉の意味を取り違えてもらっては困るぞ。あんたが筋を通して火影としての節度、義務を果たす限り、カカシはあんたに逆らわないさ。カカシが不満をもたなきゃ、ナルトが問題をおこしたりしない。」
「……」
「あんたの物差しや価値観と、あいつらの価値観は違うんだよ。特にカカシはあんたが後生大事にしてる権力とか地位とか鼻くそくらいにしか思ってないからね。そこら辺を忘れると痛い目にあうよ。」
「……痛い目……」
「あいつらを本気で怒らしたら、暁なんかよりもっと恐ろしいことになるってことだ…。」
「……反逆のおそれあり、という事を示唆しておいでかの、先代どのは。」
その言葉を聞いて、シカマルは、自分たちと、この老人の間に横たわる、底の見えない深い深い溝を思って陰鬱な気分になった。
「………あのな。」
「………」
「あんたは地下に潜っていて知らなかっただろうがな。」
「……」
「カカシは里の為に、あの時…一度命を落としている。」
「………!!!」
一つあらわな目を大きく見開いた六代目に、綱手は畳みこむように言った。
「…そうだよ。カカシはペイン長門の天眼で生き返ることができた内の一人だ……」
重い綱手の言葉に、後ろのシカマルも心臓に針を刺されるような痛みを味わった。
「ワタシに情報を託すために…チョウジを守ってチャクラを使いきったんだ。そんな男なんだよ。アレは。」
ゆっくり立ち上がろうとする綱手に、シカマルは慌てて肩を貸した。
「……本当に里の為に必要だと火影の判断が下ったなら。あれは死地に赴くことを拒みはせんよ。」
シカマルの肩に手を添えて、ゆっくりと火影室を出ていく先代を見送りながら、口を開くものは誰もいなかった………
◇◆◇
火影屋敷を出た途端、綱手は肩を自分でもみながら、首を回していった。
「あんなところで仕事を何年もしていた自分を褒めてやりたい気分だよ、まったく。」
隣で苦笑する若い切れ者に、ぱちっと片目をつむって言葉を継ぐ。
「まあ、カカシがその必要を納得して、そんな任務に就いたとしても……どこかのドタバタ忍者が死神の目前から大事な”先生”をかっさらってくるのが関の山だがな。」
二人の関係をどこまで知っているのか、この洒脱な女傑は、シカマルの背をおして、飲みに行くぞーー、みんな呼んでこいっ!と気勢を上げた。
◇◆◇
その日の、綱手の快気祝いに名を借りた憂さ晴らしの宴会で。
早々にカカシをひっさらって酒席をトンズラしたナルトを思う存分こき下ろした後、酔っぱらったサクラが締めくくった言葉……
「ナルトをコントロールするための写輪眼…?ばっかじゃないの、あのじーさん!カカシせんせーはナルトを扱うのに写輪眼を使った事なんか一遍もないわよっ!!ナルトなんて、せんせがちょっと口布下ろして、襟元はだけただけで……………〜〜〜〜〜!!!」
慌ててサクラの口元を押さえたのはシカマルだったか、ネジだったか。
綱手はげらげら笑いながら徳利を開けている。
シカマルやネジたち、一部の理性派の盛大なため息をよそに豪快な主賓を頂いた宴会は、深夜になっても終わる気配はなかった………
2009.10.03 完結