七夕語り
─5万打切りリク─


◇◆◇05話◇◆◇





結局。



カカシを横から咥えて地上への激突を防いだナルトだったが、着地地点の目測を誤って、見事に池に突っ込んでしまった。





カカシは、自分の頭に、見事な銀色の毛並みをもつ狼の耳をつけ…

ナルトに抱えられてキバの家に連れ込まれていた。

ナルトが自分の体で隠してしまっていてシカマル達にはよく見えなかったが、後にはふさふさした立派な尾が……


─あああああ……

シカマルは無言で頭を抱えてしまった。



地下のリビングのフローリングに正座して、風呂に入っているカカシを待つ青少年たちは、処刑をまつ罪人のように、一様にしおれていた。



「ナルト、お前は風呂、いいのか?」
シカマルにそう聞かれて、ナルトはしょんぼりと首を振った。
「チャクラを纏ってたから俺はそんなにぬれてねぇ…大丈夫だってばよ。」

ネジが意を決したように顔をあげてナルトの方を向いた。

「……あんなふうになっても…意識、ちゃんとあるんだな…?」

ネジが見ていたのを承知していたナルトは、くしゃっと笑って親指を立てた。
「おう、大丈夫だってばよ。任しとけ、いい具合にコントロールできるってばよ。」



ネジはどうこたえていいのか分からず、唇をかんだ。

ナルトは九尾の人柱力だというせいで、幼いころから辛酸を舐めてきた。
それが、急に里を守る原動力だ、と新火影から祭り上げられ、どんな気持ちでいるだろう。

……俺が見ているのを承知であの姿になったんだ…

信頼されているんだ、という自覚に、ネジは胸が苦しくなった。

何とか言わなければいけない。自分を信頼してあの姿でカカシ先生を助けたんだから。
だが、何と言ったらいいのか…

うつむくネジに、シカマルは気遣わしげな視線を送っていた。


「あ…先生、お風呂から出てきた…」

チョウジの声に、皆、はっとして視線を戸口に向けた。


バスローブを着、頭からバスタオルをかけたカカシが、うつむき加減にゆっくり地下リビングに入ってきた。


「ナーールーートーーーォ」

低く、節をつけるように呼ばれて、ナルトは大柄な体を小さく縮めて、首をすくめた。

が、カカシが言ったのはその場の若者たちの思いもよらないセリフだった………





◇◆◇






「よくも人をビーフジャーキーみたいにあつかってくれたなっ!!」



開口一番、カカシが口にしたのはそれだった。



「………………………???」

「……は…?」

さすがにピンとこなかったナルトは、いささか間抜けな顔で、にらみ下ろしてくる白い綺麗な顔を見上げた。

─あ…いけね、先生、素顔じゃん…みんなに見られるってばよ…隠さなくっていいのか…?

などと考えていたナルトは、次にカカシがとった行動を阻止しそこなった。



「お前が情け容赦なく咥えてくれるもんだから……見なさいよっ!これっ!!」


言いながら、カカシは大きくバスローブの前を開いた。




白く引き締まった胸筋から腹筋にかけて無尽に走る幾多の傷……のなかに、生々しい紅い大きな牙の痕………




うわあああああああああ




正座していた青少年たちは無言の悲鳴を上げてのけぞった。


色々前情報を仕込んでいたせいで、まるで妙齢の女性の裸を見せられたような強烈なインパクトがある。

そこにいるのは敬愛する上忍師ではなく、彼らの悪友の、年上の美人の恋人……!


ひいいいいい 勘弁してくれぇええええ


ナルトから湧き上がる、『見るなっ、俺のもんだ、見たら殺す!』という気配に、シカマルたちは思わず視線を泳がせた。

ナルトは、胸倉をつかみ上げる、怒れる年上の恋人のなすがままになりながら、
「いやあ…あははは!俺ってばいつも先生をおいしく頂いちゃってるから、つい、そんな扱いになったのかな〜〜?なんて…………」


──ナルト……それって最悪なフォロー……っつかフォローになってねーよ……


その場にいたものはみんな心の中でそうつっこんだ。



バチ…チ、チ、チチッ

小さな金属音を立てて、カカシの体が帯電し始める。


「うわ、わわわ、せ、先生、しゃれになんねーって、ごめん、ごめんなさいってば……!!」


馬鹿ナルトぉおおおお!!
俺たちまで巻き添えにするなああああ!!








◇◆◇





その頃、火影屋敷では、重大な報告が、とある暗部からもたらされていた。



「……なに…?九尾化しただと…?」
「…はい…」
「ふむ……」
「それから……」
「…なんだ…」
「はたけカカシが……」
「カカシがどうした。」
「九尾に喰らわれた模様です……」

ダンゾウはその報告に、書類をめくる手を止めた。

「……なに…!?」

「報告では、九尾が何やらチャクラで攻撃を仕掛け、それに直撃されて落下するはたけカカシを文字通り喰らって、水中に飛び込んで消えたそうです。」
「生死の確認は…?」
「あの巨大な…チャクラの直撃を受けたうえで九尾の顎に噛み砕かれては……」

それはどうかわからない。あのしたたかなカカシが、そう簡単に死ぬとは信じられないが。

─いや…相手が愛弟子、手加減したか、反撃出来なかったか…

ダンゾウはめまぐるしく思考を巡らせた。

─ならば写輪眼はあの男とともに九尾の腹の中か…?それとも…?
─さて…はたけカカシの影響を抜けたあの人柱力をどうするか…拘束するにしても…九尾化したままでは……


今一つ、打つ手に決めてが欠けているが、どうやら今回の出来事は千載一遇のチャンスに思えた。

里人に危害を加えるおそれあり、として、あの人柱力を拘束してしまおう…。


「根を含めて暗部を招集しろ。ひそかに、だ。」

低くそう命じると、ダンゾウはゆっくり立ち上がった。

あの小生意気な若造…あれほど慕っていた師を喰らったか……

ダンゾウはなにやら小気味よい思いを味わっていた。
所詮、人の情とはその程度のもの。いつまでも青臭い屁理屈をこねまわすあの若者も、今回こそ思い知ったであろう……

己の…獣性…いや、人間というものの…度し難さを……。






◇◆◇






ソファに座って膝に肘をつき、うつむいてため息をついているカカシは、自分の頭の上に、ぴょこりと生えているおおきな獣の耳が、ぴく、ぴく、と神経質に動いているのに気付かなかった。


キバが、小さな声で、いらいらしてるんだよ…と皆にささやいたが、そんなことは今更耳を見なくても一目瞭然と、いうものだ。


ナルトは相変わらず、『オレの先生の素顔を気安く見るなってばよ』 オーラをびんびん出していて、逆らうのも鬱陶しいので皆微妙に視線をずらしている。
しかし、ちらりと見たみたカカシの素顔は、チョウジの言った言葉を遥かに凌駕するものだった。

─先生はハンサムというより”美人”だよ……

……美人どころか…………あの胡散臭い普段の先生から……想像なんかつくか、反則だろ…?こんなの……



カカシは確かにイライラしてはいた。

─俺…こんなとこで…何やってんだ……

ナルトがここまで馬鹿なことをやらかすとは思ってもみなかった。俺にこんな耳やら尻尾やらをつけていったいどうしようってんだ……!!


おまけにあんなところで九尾化なんかしやがって……
……九尾化…?
……待て…ダンゾウは気付いてないはずないぞ……?

ち、と舌打ちしてカカシは立ち上がった。


ナルトを拘束する口実にするに違いない…!
先に手を打たないと厄介なことに……



部屋を出ようとすつカカシを、ナルトが慌てて止めた。

「先生ってば、その格好でどこに行く気だってばよ!」
「お前ね…!事の重大さが……」

カカシがあまりにのんびりしているナルトに癇癪を起しかけたとき、


「キバ〜〜〜!!あんたに客〜〜〜どこにいるんだい〜〜〜〜」

大きな声が響き、キバが飛び上がった。

「やべ!!かあちゃんだ!!俺、ちょっと行ってくる!」

唯我独尊に見えるキバも、母親には弱いと見えて、慌てて飛び出していく彼を見送った後、しばし沈黙が落ちた。

シカマル達は落ち着かない雰囲気のなか、立ち尽くしたまま、所在投げに濡れた頭をタオルで改めて拭き始めているカカシをそっと見やった。

そこにいるのは…いつもの、飄々とした上忍師と同一人物とはとても思えぬ…不思議な存在感をまとった青年で…

あの忍び装備を脱いだだけで、はたけカカシという彼らの上忍師はまるで見知らぬ人物になってしまっていた。

ついつい見入ってしまってナルトにけん制される。


そうこうしているうちに…すぐにキバが新しい客を伴って戻ってきた。



「なんだかやばいことになってるみたいだぞ、ナルト。」

そう言って部屋に入ってきたキバの後ろからついてきたのはサイだった。


「………!!ああ、やっぱり、ちゃんと戻ってたね……ナルト。」
「……は?何のことだってばよ?」

サイが返事をする前に、カカシがサイに、一番の気がかりを訪ねた。

「ダンゾウはナルトをどうするって言ってる?」
サイは、素顔のカカシをみて、一瞬誰だかわからなかったようだった。だが、
「……何かの冗談かだと言い張ったんですけど…やっぱり何かあったんですね…カカシ先生…?」
「だから何のことだってばよ!」
焦れたナルトの質問は、その場の全員の疑問だった。

「うずまきナルトが九尾化して恩師であるはたけカカシを食い殺してしまった……」

「「「なんだって」」」


サイの返事にびっくりしなかったのはカカシ本人と、ネジだけで、後は愕然と眼を見張った。

さすがに、顛末をすぐに理解したのはシカマルだった。


「ナルト!お前、カカシ先生を拾うのに、キツネんなって、口でくわえたんだったよな?」
「………ん、でもしょうがなかったんだってば!そうでもしねぇと届かなかったんだってば!」

その返答に、シカマルはちらっと視線をネジに向けた。
その視線を受けて、ネジが頷く。

「カカシ先生が食われたように…見えたぞ…ナルト。何も知らずに見てたら……」

「つまり…?」
サイが説明を求めるように首をかしげる。
ダンゾウに「囚われ」ているサイだが、彼らはサイを仲間はずれにはしなかった。こうしてダンゾウの正式な命令を受けて身動きとれなくなる前に、自分たちを探して忠告しに来てくれる、この元根の友人を信じているのだ。

説明を聞いて、サイはため息をついた。

「何かの間違いだとは思ったけど、そんな方向に間違っていたとは思わなかったよ……」
「でも、ナルトがカカシ先生と一緒にダンゾウのところに行けば、変な疑いは晴れるよね?」

少し心配気にチョウジがきくと、シカマルやネジは一様に難しい顔をした。

「そんな風に簡単にいきますかね…?カカシ先生…?」
「………いかなくても…そうするより他、ないんじゃないの…?…監視班の暗部の連中にちょっと泣きを見てもらうしかないね。」

キバやチョウジは何の事かわからない様子だったが、シカマルはちょっと口の端をあげて笑った。
「それしかないっすね。」

そうなると………


全員の視線が、カカシの頭の上に集まる。


「……問題はコレか……」

カカシは初めて、意図的に自分の「耳」をぴくぴくっと動かした。










Update 2009/08/29