続 明け烏




                               ◇◆◇ 8 ◇◆◇


小太は、自分を拘束する男が盛大にため息をついたのに気付いた。


モノ好きにもほどがある…そうつぶやいたように聞こえたのは気のせいだろうか…?


川の国の跡取りが連れて来た、顔色の悪い忍び崩れの男がカカシに気をとられたほんのちょっとの隙に、いきなり掴まれたうでが引かれ、つんのめりそうになって、火男の面の男の胸に顔を突っ込んでしまった。


首に当てられていた刃が、小太の首を切り裂く暇もない、鮮やかな一連の動作。
それに術使いが気付く前に、当の男は、しれっとした調子で言った。

「俺は男の裸なんぞ見たくもない。となりの部屋にこいつと一緒に退散させてもらう。どんなに優男だろうが、ついてるもんは同じで、ついててほしいもんはないんだからな。」

いたって男としてまっとうなその発言に、男たちははっとしたようだった。


「…俺が言うのもなんだけど、野盗のわりにはえらくまっとうなコト言うじゃないの。」

裸にされかけていた…本人が、アンダーシャツの裾をもったまま、小首をかしげながら言った。

「男の裸のどこに興味があるのか、そこに興味があるねぇ。女の子にもてない、って宣伝してるようなものじゃないの?」


面貌の7割方を隠しながら、それでもその美貌がうかがわれる虜にそう言われて、穏やかでいられる男はいなかった。

「野郎の裸なんぞ見たいわけあるかっ!!目が腐るわっ!!」

言いきった野盗の一人の言葉に、そうだそうだと、負け惜しみのような賛同の声が上がる。

野盗の頭目は、大きなため息をつきながら、火男の面をにらみつけると、川の国の跡取りが連れてきた忍び崩れの新参にいった。


「このままでやるには問題のある術式なんかい?あぁ?」


「……掛けるアタシが楽しくないのでね。」


ぼそぼそと感情を消したまま答えるその男は、濁った視線を火男の面の男に向けた。
うらみがましいその視線も、ふざけた火男の面の上を滑って男にはとどかぬようで、小太からは自分を拘束しているその面の男が、まるで自分を野盗から守ってでもいるようにさえ見えた。

─ど、どういうことなんだろう…この人から、悪意も、害意も感じないなんて…


「ごタクはもうたくさんだっ! やるのかやらないのか!? 高い金を払っているのは何のためだと思ったおるんだ!は、はやくその男を我の希望通りの姿にせんかっ!!」


顎に滴る鼻血をせわしなく、豪奢な…趣味の悪い絹でぬぐいながら、川の国の跡取りがわめき始めた。


「スイ、だの、イキだのを貴方がたに求めたアタシが間違っていたようです。いいでしょう、アタシの本当の力をご覧に入れましょう…!」

小太からは、その貧相な男が結んだ印を見ることはできなかった。


口の中でぼそぼそと何かつぶやきながら、両手の指がせわしなく何かの形をとっている。



と、男の周りに薄く腐臭の漂うような靄が立ち上り、ドライアイスの煙のように、てろてろと溢れると、床を生き物のように這って、後ろ手にくくられたまま立つ、長身の木の葉の忍の足元へと向かった。


「……外道印か。」

「……おや…よくわかりましたね。1000の技をコピーした、というのはだてではない、という事ですか…?けれども、写輪眼を封じられていては、この技をコピー出来ず、残念でしたねぇ」

そんな技、誰がコピーしたいか、と、青年が鼻を鳴らしたのを、何人が聞いたか、木の葉の忍びの足元に這い寄っていた負のチャクラが、いきなり爆発的に膨れ上がったかとおもうと、一気に、白い青年の姿を押し包んだ。

小太は息をのんだが、すぐにその朽木色の靄の中に、きらきらと光が漏れ始め、一気に其の靄を切り裂いて、金色の光が辺りを満たした。

ひ、と思わず漏らした悲鳴はだれのものだったか。

光に包まれて立つ木の葉の看板忍者は無表情だった。

「嫌なチャクラだな。腐臭がするよ。俺は鼻が利くから、これは辛いね。」

後ろ手に繋がれたまま、声の抑揚に変化はなく、微塵の動揺もない虜に、印を組む男は少なからず気分を害したようだった。

「……これにのみ込まれなかったのは貴方が初めてですよ…はたけカカシ。さすが、と言いましょうか。」

軋るような耳障りな声がひくくなる。

「ですが、そのやせ我慢もどこまで続きますかね…?チャクラも底をついてるんでしょう…?」

そう挑発された木の葉の「懐刀」は、少し小首をかしげてかわいらしく一つだけ晒した目で瞬きした。

「俺は公平な人間だからね。万全でお前とやり合っちゃったら、大人げないでしょうよ。このくらいでちょうどいいんじゃないの…?」


其の挑発に固まったのは盗賊たちの方だった。

痩せた男は、嫌な笑みを更に深くし…

小太を抱えた面の男は深いため息をついた…
あの阿呆…と聞こえたのは小太の空耳なのか…。



◇◆◇



チャクラの存在自体も半信半疑だった野盗たちは、川の国の跡継ぎが連れてきた陰気な妖術使いの男と、自分たちの捕虜の青年の、息の詰まるような対峙に、身動きがとれず固まったままだった。


チャクラを目視するのはみな初めてだった。

自分たちの周りに、それほどのチャクラ使いを知らず、「チャクラ」などというものは、「気力、精神力」といったものの、たとえにすぎないと思っていたのだ。

男たちの眼にさえまがまがしいと思える薄い朽ち葉色の煙のようなチャクラが、青年が薄く纏う金色のチャクラを押し包んで侵入しようと変幻に姿を変えて攻撃する。

無表情のままの青年は、後ろ手に拘束されたまま、身動きもせず、金色に輝いたまま…



──あ…

小太は、青年の晒された肌の色が、ますます白く抜けるように変じているのに気付いた。

表情は変わらぬものの、明らかに、体力の限界に近付きつつあるのだ。

舌打ちが背後から聞こえ、小太を捉えていた火吹き男の面の男が、いきなり、

「殿さまよぅ…アンタ、カカシを手に入れるって言ってたが、死体とヤル気なんですかね?」

息をのんで成り行きを見守っていた川の国の放蕩息子に声をかけた。


「な、なに、あ?え?」


金色の光に包まれ、朽ち葉色の靄の侵入を許さないカカシの姿に見とれていた男は、とっさに意味をつかみ損ねた。

「…だから死体と遊ぶのが好きなのかと聞いてるんだよ。」

今まで落ち着きはらっていた仮面の男の声に、かすかに焦りが混じっているのに気付いたのは小太だけだったが、その言葉に疑問を持った者は何人かいた。

「話が飛ぶな。さっきから。お前、いったい何を言ってるんだ。何なんだよ、てめぇはよ?」

頭がいらだちを隠さない声で詰問する。
仮面の男は、視線を木の葉の忍びに宛てたまま、かすかに首を振った。


「奴にあのまんまチャクラ戦をさせてたら…あれだけ弱ってんだ、確実に…」

小太は、自分の腕をつかむ、男の手に力が入ったのに気が付いた。

「……死ぬな。」

「な、なんじゃと…!?お、おい、ソレは困るぞ、我は、アレに、我の子をなしてもらうのじゃからの!死んでしもうては子は産めん!!」

「……若…ご心配…には及びませんよ…」

こちらも、ぎりぎりなのか、呼吸が速くなってきている術使いの男は、カカシに視線を当てたまま、低い声で答えた。

「馬のように、死ぬまで走れる人間がいないように、死ぬまでチャクラをしぼりとれる人間なんかいないんですよ。ソレは人の本能だ。そんなことが出来る人間がいるのなら、アタシはお目にかかりたいですね…だから心配いらないですよ…死ぬまでチャクラを使いきる前に、アタシのチャクラを迎え入れることになりますから…!」

小太を掴む仮面の男の手にさらに力が入り、カカシの視線と、男の視線が絡む。
男は仮面の下で何か言ったようだったが、それは小太には聞こえなかった…、が、茶色い靄に包まれかけているカカシには聞こえたのか、かすかに首を振って拒絶を現した。

「…カカシ、一時の事だ、先代が何とかしてくれる…!」

今度ははっきり…小太には聞こえた。


つまりは、やはり小太を捕まえているこの男はあの人の仲間だったのだ。
幸いにも気付いたのは多分自分だけ。
そうして、あの人は、とてもマズイ状況になっているのだろう…

チャクラのことなど、少しも分からない小太ではあったが、自分が足手まといとなってあの人を窮地に陥れてしまったのなら、その償いはしなくてはならない、そう思った。


そうしないと、行方不明の妻は…
妻を助けられるのはあの人だけなのだから。


群衆の注意は、明らかに呼吸の早まってきているカカシに集まっていた。
その姿が、怪しくぶれ始めている。

「へ…へへへ… もう少しで……はたけカカシはこの世からいなくなりますよ……そうして…はたけカカシだった女が…できあがるんだ……はははははは!!!アタシがはたけカカシをこの世から抹殺するんだ…!!」


カカシの体にまつわりつく薄茶色の靄は、いまや汚れた色をした触手のように変じていた。


その触手にからめ捕られながら、しかしカカシはまだ抵抗しているようで、華奢な女性のラインと、長身のしなやかな男の体のラインが、二重写しにカカシの姿を交互に代えていく。

女性の姿が固定されようとすると、金色の光が押し戻し、また青年の姿に戻る。


しかし、そこにちらちらと現れる青年の女性化した姿は…

周りの男たちを恐ろしいほど煽ってしまった。

はたけカカシ。木の葉の伝説の写輪眼。
それが、見るも美しい女性の姿をとって目の前に現れようとしている。

……報酬の一旦として、味見させてもらうのもいいんじゃないだろうか…?


男たちは周りを伺い始めた。
誰かが、「元、男に手を出す気か!?」と、たしなめるのではないかと。


しかし、体をよじり、荒い呼吸を飲み込みながら抵抗する青年の様子は、男たちのあさましい獣性を煽るのには十分だった。


すでに川の国の放蕩息子は、頬を紅潮させ、ぽかんと口を開けたまま、青年の苦悶する様子に見とれてしまっている。


──だめだ…このままじゃ…カカシさんが……!!



小太のとった行動は、その場のすべての人間の意表をついた。


小柄な体がカカシに気を取られていた仮面の男の腕をすりぬけ、妖術使いの男に突進する。


「その人にそれ以上変な術を掛けるなっ!!!」
「うお!?なにをするか、このっ!!」
「その人は、俺の依頼を受けてくれたんだ!!俺の頼みの綱なんだよ!!!!」

とっさに男の抜いたわき差しが、有無を言わさず振りかぶられ、小太の細い体を突き通そうとした。


「止めろっ、人質を殺す気かっ!!」

カカシが膝をつきながらも助けようとし。

頭目は刃物を見て反射的に刀をとる…




肉を裂く鈍い音とともに、辺りに鮮血が飛び散った。







Update 2010/06/27