続 明け烏




                               ◇◆◇ 7 ◇◆◇


「まあ、さすがというか、余裕だな、あんたも。分かっちゃいるかと思うが、あんまり好き勝手やらかすと、あんたじゃなくてそっちの若いのが返礼をうけるぜ…?」

頭目の言葉が終るか終らぬか…
小太はいきなり首筋に金属の冷たさを感じ、思わず首をすくめた。
恐る恐る視線を向けると、ひょうきんな火吹き男の面が、こちらをじっと見下ろしていた。
首筋に押し付けられたクナイは恐ろしいはずなのに、命の危険を小太はなぜか感じない。
男の静謐な眼差しは、残虐な意思を小太に伝えず、行動と視線の落差に小太は戸惑った。

─?

いぶかしげに見上げる小太の襟首を捕まえると、クナイを押しあてたまま、ふざけた面をかぶった男はひょい、と、小太の体を後ろに引っぱった。

ひゅ、と風邪を着る音がして、ついさっきまで小太の頭のあった空間をを拳が薙ぐ。
見せしめに小太を殴ろうとした野盗が殴りかかった拳をかわされてたたらをふみ、踏みとどまれずに壁に突っ込んだ。

「……何の真似だ…!」

頭目の後ろに控えていた参謀格の男が、低く唸る。

「……殺す気がないのなら…人質にまで手を出すのは…どうかな」

その言葉が終わるか終らないか……。壁に突っ込んでしまった男が匕首を抜いた。

「…殺す気は満々にあるぞ……」

低く唸って立ち上がろうとした途端に、再び…足払いを喰らってひっくり返る。

「人質を殺す…?なら、オレ、おとなしくしてなくていいってこと?」

言葉は軽かったが、カカシの視線には質量があった。
返答如何によってはすぐにでも「大人しくなくなる」準備があるぞ、と、言う事だ。

「てめぇ…それで大人しくしていたつもりかよ…!」

ある意味呆れて頭目が独り言のように呟く。

「…ココにちゃんといるじゃないのよ。」

肩をすくめてそういう虜は、飄々とした態度を崩さず、微塵もその心中を伺わせなかった…。



◇◆◇



パタン、と背中で扉のしまる音を聞いたナルトは、とたんに穏やかな表情を崩す。

無言で火影の執務室の窓際に歩み寄り、眼を閉じると、じっと動かなくなった。

火影室を沈黙が支配し、生き物の気配も感じられないくらいの静謐な時間が過ぎる。

と。

窓際の、偉丈夫の火影がゆっくりと目を開ける。

蒼天の色の瞳は金色に輝き、細い虹彩が横に長く延びる。
深紅の隈どりが鮮やかに瞳の縁を覆い、華やかな色彩を纏った若い火影は力のある視線を窓の外に投げる。

……

無言の火影の眉が、ぴく、と反応したのはそれからすぐ。

窓枠を握る手に力が入り、めき、と、音を立てて枠がきしむ。

「………あ、いつら……俺の先生に……手を出しやがったな……!」

呻くように言った火影の手の下で、硬い窓枠は音を立てて握りつぶされていた。



◇◆◇


その、少し前。

火影の執務室を出たシカマルは、サクラに呼びとめられていた。


「シカマル、ちょっと……!」


その、切迫した響きに、シカマルは、ふと、眉を寄せた。

「ナルトの耳に入れたくない話なのよ。」
「……カカシ先生絡みか…?」
「…うん。どうも、きな臭いことになって…」
「きな臭い……?」


サクラの話はこうだった。


医療忍者崩れの性質の悪い抜け忍が、川の国の馬鹿様のところに転がりこんでいる、その抜け忍は、素行はともかく腕はそこそこらしく、馬鹿様の側近として幅を利かせ始めているらしい。

それだけなら、サクラも気にとめることはなかったであろうが…。

「そいつの……得意分野って言うのが…人体の改造忍術なのよ…」
「……改造……?」

一瞬、大きな狼の耳をつけたカカシを思い出す。

「……シカマル、いい勘してる…」
「……え…?」
「今、カカシ先生思い出したでしょう?」
そう言われて思わず苦笑したシカマルだったが…サクラの言葉の意味を考えて顔色が変わった。
「人体改造って…そっち方向か…!?」
「……そうなの。お色気の術…なんて…可愛いもんじゃないのよ……その…男の人にも女の人にも、主の趣味に合うように…色々体を変えてしまうような…もう、邪道としか言いようのない術を使うらしくって………」
「………」
「そんな奴がカカシ先生を狙ってる馬鹿様のそばにいるってのが……」
「……っ」
「嫌な感じじゃない……?」

いやな感じどころではない。

跡取り問題を解消するためにそんな飛び道具で来たか!!

「……川の国のあの阿呆がカカシ先生を嫁にする、何ぞといいだしたら、ナルトの野郎、川の国と戦争をおっぱじめかねんぞ…!!」

呻くようなシカマルの言葉に、サクラも震え上がる。

「……そんなことが本当に……起こったら……俺はナルトを抑える自信はねぇ……」


二人は静まり返る火影室の扉を振り返った。

あの豪放磊落、陽気な火影が、一旦怒りに染まったら。


止められるのはただ一人。
その一人が……今…………



◇◆◇




「お困りのようですね、殿。」


そう言ってのっそりと姿を現したのは、川の国にの跡取りが連れてきた、胡散臭い忍び崩れだった。
痣だらけの顔を、怒りで曼荼羅に染めた、今だけの主の顔を皮肉な笑みで見下ろしながら、その男はうっとりとした笑顔を浮かべた。

「今度の相手は、この方ですか、殿。」
「むむむ」

助け起こされながら、川の国の跡取りは呻くような声を出した。

「おお、やりがいがあるというもの。これくらい……高名な忍びを……殿の意の通りの姿に……変える機会に恵まれるとは……」

くちなわが舌なめずりするようなねばった視線がカカシの体を舐めまわす。

「はたけカカシ殿。私が……あなたを、殿の花嫁にふさわしい肉体にしてあげましょう…!さ、その無粋な忍服を脱いで…」
「………」
「素裸になっていただきましょうか。」

誰も口をきく者はいなかった。

男は呆然とする人質の青年の襟首をとらえ、カミソリのような細い刃物をあてると、ささ、お早く…、と立ち尽くすカカシに促した。


衆目の中で、人質の命を盾に、裸になることを強要された木の葉の懐刀…火影のただ一人の忍びは…

ゆっくりとアンダーの裾に手をかけた……




続く…



Update 2010/04/18