続 明け烏



                               ◇◆◇ 6 ◇◆◇




「俺と遊びたいのなら相手、してもいいけど、手、縛られちゃってるから、加減できないよ…?でも、こんなの楽しいとはおもえないけどねぇ」

しみじみとつぶやく青年に、頭目は忌々しげに舌打ちした。

頭のため息が終わらないうちに、気の短い部下たちが一斉に捕虜の青年に飛びかかっていった。

眼を必死で見開く小太は、カカシが足首のバネだけで軽く宙に舞うのを見た。

両手を後ろにくくりつけられたまま、まるで白ウサギが(ふか)の頭を踏みつけて海を渡るように、神技のようなバランスで男たちの頭や肩を踏みつけ、飛び渡る。

その都度、こめかみを蹴り砕かれ、鼻っ柱に踵をくらい、次々と床に這わされていった。

飛びかかっていかなかった男たちは、呆然とその様子を見守っていた。

一息つく間もなく動かなくなっていく部下に、頭目は目眩すら覚えた。

(はな)から一筋縄でいくとは思っていなかったが、チャクラ切れ寸前の上に、あれだけ痛めつけられていて体力も限界、おまけに後ろ手に拘束されている虜相手に、これはどうしたことだ。

昏倒寸前で…これか。よく…拘束できたもんだ…。

なら、体調万全のはたけカカシ、とは、どんな忍びなのだ。

男たちの怒りは、恐怖にとって代わられる。
10人を越す仲間が痙攣して打ち倒されるのを見た野盗たちは、カカシへの怒りからではなく、恐怖から…

「か、頭…こいつ…さっさと、始末しちまう方が…いいんじゃないですかい…?」
「……いつ何時……チャクラとかいうのが回復でもしちまったら…」
「木の葉から手が回らんうちに…始末しちまった方が…」

次々に言いだす部下に、頭目は、まさか自分もそうしたい、とはいえず、さらに眉間のしわが深くなる。

その時、満面の笑みを浮かべて見学していた川の国の跡取りが、ほ、ほ、と、かすれた笑い声を上げて扇子を片手にカカシに歩み寄ってきた。

「そのように怒るでないぞ、皆の者。」

化粧に埋もれた細い眼を更に細め、満足げな声を出す。

「小面憎いほど落ち着いておるの。」

自然体で立つカカシの顎を畳んだ扇子の先ですくい取って顔を覗き込んだ川の国の跡取りの眼は、嫌な光に濡れていた。

「殺されぬと高をくくっておるなら…世の中には…」

生々しい赤い色をした唇をカカシの耳元に近付け、辺りにも聞こえる声で言った。

「…死んだ方がましと言うような事も、ある……」

世継ぎの科白が途中で宙に浮く。
いや、宙に浮いたのは本人の体の方だった。

周りを囲んでいた野盗たちを巻き添えに、肥満した巨体が騒音を立てて転がっていく。

頭目をはじめ、巻き添えを食わなかった野盗たちはただそれを見ていることしかできなかった。

小太はカカシから目を放せなかった。

長い足を綺麗に蹴り伸ばし、片足でとっていた残心(ざんしん)をゆっくりと解いていく。

「…あ、申し訳ない、あんまりキモチ悪かったもんだからつい……」

こんな時に、小太は失笑しかけた。
一つだけの瞳が大きく見開かれ、肩をすくめていかにも嫌そうな、それでいて蹴り飛ばしたことを心底申し訳ながっているような、とぼけた青年の様子は、小太を縛り付けていた緊張をそっとほぐしていく。


「……殺せ…」
「…?…!」

「そ、そ、そのならず者を殺してしまうのだ!!!」

野盗を踏みつけながら、ようやく体を起こした放蕩息子は、血まみれの口でわめきたて始めた……。

「我に手を掛けたことを後悔させてやるぞ、はたけカカシ…!!」

供侍に支えられて起き上がりながら、泥土が沸き立つような呪詛をはく川の国の跡取りに…しかしカカシは、肩をすくめてとぼけた返答をした。

「…手は出していないでしょ。くくられちゃってんだし」

小太は、いつの間にか自分のすぐ近くに気配を消すように佇んでいた火吹き男の面の野盗が、やれやれ、と呟きながらため息をつくのを、聞いた気がした。


◇◆◇



「おっさんからつなぎは未だねぇのか、シカマル…?」

さっきから同じことを何度も聞かれた参謀補佐は、ため息をつきつつ、同じ返答をしようと窓辺の火影を振り向く。

っ!

と、若い火影が息を詰めるのを、シカマルがどうした、と聞こうとした時、

ガツン

という派手な音とともに、容赦ない幼馴染の医療忍者の(こぶし)が火影の後頭部にきまっていた。

「爪を噛むんじゃないっていつもカカシ先生から言われてたでしょっ!!」
「いててててて サクラちゃん、いてーってば!」

頭を抱えてしゃがみ込んだ火影は、うらみがましく優秀な医療忍者の娘を見上げた。

其の火影の顔を見て、シカマルのため息は更に深くなる。
噛み切ってしまった爪からの血が、口の傍を紅く汚して、まるで…

「人を食ってきたみたいに見えるぜ、ナルト。口、拭いてこい。」

こんな様子でいると九尾持ちの火影の好物は人間だ、などと言われかねない。

「袖でふくんじゃないわよっ!!」
あろうことか、火影マントでぬぐおうとしたナルトの耳をつかんで引っ張ったサクラは、涙目になっている最強の里長の口をハンカチでごしごしと(乱暴に)拭いてやった。

「焦ってもしょうがねぇぜ、ナルト。ここは待ち、でいるのが一番だ。俺たちが下手に動いて蜥蜴の尻尾切りをされたんじゃ話になんねぇ。」
「そんなことは百も承知してるってばよ。ただ…」
「…ただ、ナニよ…?」
怪訝な視線を向けるサクラに、長身の火影はまた指を口元に持っていってしまう。

「腹の底で、ざわざわするんだってば。こう、獣の勘…ってやつかな…」

こうなると、いやがるカカシにむりやり仕込んだ『お守り』だけでは不安な気がする。

いっそ仙人モードで先生の居場所を…

「先生の居場所をつかんでもすぐには突っ込めねぇぜ、ナルト。禍根を後に残さねぇ様にするためには今回徹底的にやるんだろ…?タイミングを考えろよ。」

…頭のイイヤツって…キライだ……
─こんな時、こちらの思考を先読みする優秀な参謀ってのは…!、と、贅沢な文句をつける火影であった。




続く




Update 2010/04/06