続 明け烏




                               ◇◆◇ 4 ◇◆◇


◇◆◇


頭目は、そのまま川の国の跡取りを連れてくると思っていた野盗たちは、独りで帰ってきた頭に、怪訝な顔をした。

「お頭。どうしたんですかい。馬鹿殿様は一緒じゃねえんですかい?」
「あの阿呆はなんだかんだと用意があるんだとよ。うまいことやつを躾たら、イロをつけさせる言質をとってきたからな。おめぇら、楽しみにしておけ。」

とたんに辺りに下卑た歓声があがる。

頭目は、ここまで見事に自分の思惑通りに動いている事態に酷く満足していた。
木の葉の火影は、まだ若い小僧っ子だ。情に厚いのは、すなわち甘い、の同義語だ。あのはたけカカシという青年に執着している限り…自分たちの身は安全だ。あの青年を殺しさえしなければ、あまっちょろい火影は、自分たちに手を出すことはできないだろう。

もちろん。それは頭目の思い込みであり、身の内に魔獣を飼いならす火影の、真の強さ、そして恐ろしさを…
完全に読み違えていた。


「でもって、あいつはまだ、大人しく馬鹿さまの相手をするってことを納得してねぇのかよ」
「頭ぁ。なんであの馬鹿様はあんな薹が立った野郎がいいんですかね」
「そんなことオレに聞くなよ。俺は巨乳派なんだからよ」
「ははははは!!ちげぇねぇ!確かにやつの胸はペッタンコだ!」
「頭もおめぇらも、分かっちゃいねぇな!あいつぁ、逸品ですぜ。アマちゃんの火影もケツであやつるくれぇだ。具合がいいのにきまってらあ!」

ゲテモノ趣味がよ、と男たちがいずれはいるであろう大金の予感に浮かれ騒ぐ中、黙然と部屋の片隅に立つ長身の男に、頭目は眼を止めた。

「ヤツは…怪しい動きをしてねぇか…?」
「へぇ。頭、心配しすぎじゃありませんか。あいつがいなかったら、音の追忍から逃げきれやしなかったんですから。」
「…まあ…そうだが。」

頭目は、冗談のような、「火吹き男」の面をかぶった長身の新入りを横目で見た。顔を隠すことに難色を示す野盗たちも、敵持ちゆえ、顔を隠しているというその新入りの腕に一目も二目も置くようになるのにさほど時間がかからなかった。
これで、手柄を吹聴するようなら、色々と頭目の警戒心を刺激したであろうが、厄介になるのは追っ手から気配を立つあいだだけ、と、淡々と語る新入りに、違和感を感じなくなるまでさほど時間はかからなかった。

勿論。

警戒心の塊のような野盗の群れに、ほとんど反発らしい反発もなくなじんでしまった事にこそ、頭として、警戒をするべきであったのだが…


自分に視線が寄せられたのに気付いたのか、「火吹き男」の面の新入りが、ゆっくりと側に来た。

「頭」

頭目とて、決して背が低いわけではないが、男は更にその上の長身で、それなのにその気配のなさは尋常ではなかったが、頭は男が自分に力負けしている、としか考えていなかった。

「あの商品…さっさと引き渡した方がいいんじゃないのか…。」

いつも仕事に口出すことがない新入りの、珍しい差し出口に、頭目は怒るより先に興味を引かれた。

「なんでぇ。一端に口を挟みやがるな。どうしてそう思う。」
「…あれは誘蛾灯みたいなもんだ。持ってれば、色々厄介なものを呼びこむ。」
「……なんだと…?」
「俺は…流れもので…あちこち足を伸ばしたが…」
「……」
「我慢強い火影を怒らせるのは簡単だ、やつの上忍師に手を出せばいい…」
「………」
「…と言うのが、火の国での常識だそうだ。」

謎かけのような新入りの言に、頭目の横にいた小柄な野盗がしびれを切らした。

「おいおいおい、こら、新入りの分際で、持って回った言い方してんじゃないぜ、どういうこったそりゃあよ!」
「…大概のことで、木の葉が事を構えることはないが、火影の側近中の側近であるあの…上忍師に何かあれば…」
「………」
「へ、たいそうなこったな。」

頭目は嫌な汗を背中に描いているのに気付いたが、肩をおおげさにすくめて、新入りの忠告を聞き流した。

「俺のやり方に口を出すんじゃねぇ。うちの野郎どもは鬱憤を溜めてやがる。あいつを拘束するときにさんざん苦労させられたからな。ガス抜きをしてやらねぇと爆発しやがるんだよ。」
「頭ぁ!でも、そう簡単にいきますかね、どんなにぶん殴ってもうんともすんとも言いやがらないんですぜ。面白くもなんともねぇじゃないですかい」
「そのための道具はちゃんと調達してきてあるって、俺に任せておけ。」

道具、と聞いて、新入りが怪訝な視線を面越しに投げかける。

「人質、という名の道具さ。昼間ちょろちょろしているのを見つけてな。こいつを使って十分に、馬鹿様の前で躾てやろう、って寸法だ。」

躾、という名を借りた、余興…
囚われた青年の誇りも、矜持も、すべてはぎ取るための。


◇◆◇


「さっさとあるかねぇか、おらっ!!」

後ろから蹴り倒され、放りこまれたのは、覚悟していたような牢ではなかった。

勿論普通の部屋、という訳ではなさそうだったが、特にこれから陰惨なことをやろう、という雰囲気はみじんもなかった。
そう、部屋自体には。
ごく普通の調度。普通の照明。
普通でなかったのは、その部屋の真ん中に置かれている椅子と、それに座らされている人物であった。

「さて、やっとお前ぇの世話する奴を調達してきたぜ。言っておくが、こいつは俺たちの仲間じゃねぇ。こいつを餌に逃げようとしたって無駄だぜ。まあ、やってみてもいいけどよ、関係ねぇこいつが死ぬだけだからな。」

そう言い渡された椅子の青年はゆっくりと顔を上げた。

「!!」

左目を布で封じられ、両手は後ろできつく拘束されているらしい。袖なしの忍服はあちこちほころび、血が滲み、下肢は縛られてこそいなかったが、素足で、冷たい石の床には体から流れ落ちたであろう血だまりが黒く固まりつつあった。
鼻までを覆う口布と、左目を縛る布、人相すら定かではなかったが、そのほっそりした忍びらしからぬ体つきと、銀色の…今は血で汚れ果てていたが…特徴的な髪の色は、その人をみまがいようもなかった。

「カ、カカシさんっ!?」

小太の声に、青年はさすがに驚いたようだった。

「…あんた…なんでこんなとこに…」

どんなに暴力を加えようと、何の反応も示さなかった青年の驚いた様子に気を良くしたらしい男たちは、下卑た笑い声を上げながら、小太の髪を鷲掴んで言った。

「こいつは女房探してふらふらしてやったのよ。孕み女を探してる若いオトコ、そんなのを放りっぱなしにしておいたら、何かと厄介だからな。始末するにしても、ちょいと役に立ってもらってから、と言う訳さ。」

かすかに青年がため息をつくのに気付いた小太はぎくりと身をこわばらせた。

「す…すみません…じっとしていられなくて…」

打ちひしがれた小太の様子を男たちは悦に言ったように哂う。

「お前は具合のいい人質だぁな。躾にちょいと手こずっていたからな。『大人しくしねえとこいつがひでぇ目にあうぜ』と言った具合に使わせてもらうぜ!」

小太は、自分が青年のとんでもない足枷になってしまった事に気付き、蒼白になった……。

「頭!!馬鹿様…じゃあなくって若さまが到着なさいましたぜ!!」

小太は、頭、と呼ばれたまだ若い男を恐る恐る振り向いた。
男は、険のある若い顔に陰惨な笑みを浮かべ、椅子に拘束された青年の首をつかみ上げて言った。

「ショータイムの始まりだ…せいぜい…
馬鹿様を楽しませてやってくれよ。
そうすれば、俺たちのとり分も増える、ってもんだ。」



続く…




Update 2010/03/21