続 明け烏
◇◆◇ 3 ◇◆◇
「さあ…?見なかったと思うぜ?」
あっさりとした八百屋のその言葉に、小太は肩を落とした。
両親に黙ってアヤメを探しに家を出てもう十日が過ぎた。足跡のカケラも見当たらず、焦りばかりが募る。
準備してきた路銀も底を尽きかけ、あと数日のうちに決断しなければ、家にも戻れなくなるだろう…
小太は、『引き受けた」と言ってくれたあの青年を決して信用し無かったわけではなかった。
けれども、おっとりした外見に反してそれなりの隠れ里の事情を知る小太は、自分の依頼を木の葉の里がそう簡単に引き受けてくれると楽観もしていなかった。
仕事の難易度。その報酬。それらを比べても、とても…噂にたかい木の葉の里の、里長…火影といったか…が、諾、という保証はない。
彼らにとって…見知らぬ若い女でしかないアヤメは、自分にとってはかけがえのない妻なのだ。たとえ引き受けてもらえたとしても、とても…坐して待ってはいられなかった。
大通りの真ん中で思わず途方に暮れていた小太は、道行く買い物客の邪魔になるのにようやく気付き、とぼとぼと道の端に移動しようとした。
その時だ。
「よぅ、兄さん、人探しかい?」
その男が声をかけてきたのは。
◇◆◇
シカマル達の心配が杞憂だったかのように、その知らせを聞いた火影は冷静だった。
「……そうか。先生との合流地点にいたのはその…お腹に赤ちゃんのいる女の人だけだったんだな…?」
「はい、伝言もなにもなく…ただ、班長のものとみられる額当てが、其の方の腕に結び付けられておりまして…
「……それでその人はどうした?」
「その御婦人を助けるべし、という事かと判断いたしまして、先代さまのところにお連れしましてございます。」
叱責を覚悟しているかのように、報告に参じている暗部は、さらに頭を低く垂れた。
「…よし、良い判断だった。」
そう評価され、え、と、思わず顔を上げた部下に、
「ぐずぐずと先生を探し回っていたら、その人は危なかったんだろ?多分その人は、次の任務の関係者だ。今回の任務は、これで完了だ。その人に関しては別の任務になる。ご苦労だったな、下がっていいってばよ。」
そう言葉をかけて踵を返した火影の背を、残った部下たちはそっとみまもった。
何も考えていなさそうで、意外と頭が回る…
と言うのはシカマルの身も蓋もないナルト評だったが、今回も、シカマルは敢えてせかさず、作戦を提示せず、とにかくナルトの考えがまとまるのを待つ姿勢だった。
今まで、カカシが絡むと暴走気味のナルトだったが(その最たるものが川の国の大名の馬鹿息子の件だ…)今回は不思議と自分を制御している風だった。
「シカマル」
そう名指しされて、シカマルは視線を向ける。
ナルトは窓の外に視線を向けたまま、言を継いだ。
「考えられる事態を上げてくれ。俺が思いつかないことがないか確認してぇ。先生に相談したかった事は、こうなっちゃ俺たちだけで進めなきゃなんねぇ。」
「………」
「色々…厄介なことになってる気がする。打つ手が後手後手に回らなきゃいいが…」
確かにナルトの心配は杞憂とは言えないだろう、とシカマルは思った。
自分が立てた作戦に、カカシの持つ経験則からの補足、この二つがそろったとき、完璧に完了しなかった任務は一つもない。
今回はカカシがいない。
シカマルは、カカシに言われたことを心に刻んでいる。
─お前に足りないのは経験だけだ、シカマル。それが積まれた時、お前は最高の参謀になるだろう。ま、それまでは、俺が足りない経験を継ぎ足してやるから、心配するな。
飄々とした上忍師を慕うのは何もナルトだけではないのだ。
カカシ先生は俺たちが必ず…
シカマルがこぶしを握った時、ナルトが振り向いた。
「先生にどやされないとやる気が出ねぇってのは情けない話だけど、そのとおりだからしかたがねぇ。さっさと帰ってきてもらわねぇとな。」
ナルトのその言葉を契機に、木の葉の中枢を担う若者たちは、天命を待つために人智を尽くし始めた。
◇◆◇
─センセ…
頭のてっぺんからしゃべってるようだった高い少年の声も、ふと気付くと、腹に響くような、低い大人の声になっていた。
ツンツンとした、旋毛の見える金髪頭の小柄な体躯も、見上げる長身に育った。
肩を抱き寄せる手さえ、手のひらに包みこめるほどの小さかったこぶしが…
─センセの顔って…小せぇのな…ほら、片手でつかめっちまうってばよ。
生意気なことばかり言うようになった。
俺を守りたいって…?馬鹿言ってんじゃない。お前に守られなきゃならないほど俺は耄碌してません。
─まぁ、いいからいいから、ちょっとじっとしててくれってばよ…
いいからって…ちょ…何やってんだナルト……!ナル……あっ!
─…お守り…?おまじないだってばよ…ほら先生、力抜いて…
何がおまじない…っ!!ぅっ!!
─先生が無事で帰ってこれるように…俺が心配しすぎでぐるぐるしないための…
……ナルトっ!!
深く沈んでいきそうな意識を、かろうじて引き止め、重い瞼をようやく開こうとした……
◇◆◇
その男は夢の中で生きていた。
有り余る財力と権力、尽くされて当然の生活。男のまわりで世界は彼を中心に回っていた。
すべてのものを手に入れること、それができて当然だ、と、傲慢な男は信じた。
いや、大気が己を包むのが当たり前のように、それらが彼のものであるのは当然だと思った。
男の持つありとあらゆる特権が、単なる偶然で…川の国の大名家に生まれたという…それだけのことで男のものになっただけだ、それは、言いかえれば、そこに生まれさえすれば誰でもその幸運を自分のものにしえたのだが、男はそうは思わなかった。
自分故に、与えられているモノだ、と、男は呼吸するように自然に思い込んでいた。
ゆえに。
彼のような男には、決して手に入れることのできないモノがある、と言う事を、遂に、理解しえず。
手を出してはならない人間に手を出した。
一度は許された。しかし。
─なにが木の葉の至宝だ。値を上げるのに勿体をつけているだけではないか。
金で話がつくのなら、と思っておったが、わしを虚仮にしたあの若造…火影が何ほどのモノぞ。
待ち望んだ知らせは先ほど届いた。
妊婦を差し当りの慰みにするのはどうか、と進言してきたあの忍び崩れの野盗どもは、案外使えたようだ。
お待ちかねの例の者…存外簡単にかかりました。人質を庇って自分が身代わりになったつもりでしょうが…
─愚かなことよ。目的は初めからアレだ。おせっかいな木の葉の連中は、ああ言った事件が起きれば見過ごしにできず、のこのこと出てくるに違いないと読んだわしの考えに間違いはなかったというもの。
「若…例の…頭、というものが、お目通りを願ってきておりますが」
うっとりと、木の葉の銀髪の忍をいたぶる夢想に身を浸していた男は、側近の言葉に不機嫌そうに振り向いた。
「なんじゃ。ここには来るなと申しつけておったのに。」
「お言葉ですな。若さま。」
側近を押しのけるように入ってきたのは、まだ三十を過ぎたばかりの、眼に嫌な光を宿す若い男だった。
目線で下がっておれ、と、側近を下がらせた男は、野盗の頭目を部屋に迎え入れ、自分は豪奢な長椅子に自堕落に腰を下ろした。
頭目を立たせたまま、椅子をすすめもしない。
頭目は、ちょいと肩をすくめ、気にした様子もなく、ひどく、男の気をそそる話を持ちかけた。
「若さま…。お待ちかねの男、手に入れましたがね。あのまんまじゃ、若さまの元に届けられませんからね。」
「…薄汚れておってもかまわん。わしが綺麗にしてやるからな」
頭目は鼻にしわを寄せて嫌な顔をした。が、うっとりと窓の外を見ていた男は気がつかなかった。
「そういう意味では有りませんよ。弱っていても狼は狼。牙を抜いておかねぇと大怪我してしまいますぜ。」
「……なんだと。チャクラとやらが切れて動けないと申して居ったではないか。」
「…いや、そこのところですよ。」
頭の悪い生徒に教え諭す教師の顔で、頭目はゆっくりと説明し始めた。男は、そんな頭目のさげすみに気もつかず、身を乗り出した。
彼の欲するあの青年が、万全の体調なら…さすがの男にも…自分の手に負える相手ではない事は分かっている。
「あれを大人しく調教する、そこんところ、ご覧になりたいんじゃないかな、と思いまして、ですね。」
「な、なんじゃと…!?」
調教、と言う言葉に過敏に反応する男に、頭目は内心ほくそ笑む。
この手のサディストは腐るほど見てきている。自分よりも、強く美しいものをいたぶるのが三度の飯よりも好きだという変態なのだ。
「別料金になりますがね。」
「…っち! せせこましいことよの。わしを満足させればいくらでもくれてやるわ!」
「…へへ。これも商売でして。」
「分かっておるわ!ただし、口もきけぬ、身動きもとれぬ、完全なまぐろにしてはならぬぞ。多少の抵抗は出来るようにして置かぬと、仕置きする面白みに欠けるからの。」
そう言い切る男に、頭目が舌打ちしたのに幸いにも男は気付かなかった。
─自分がまるきりかなわねぇ相手を犯ろうってんだ、まぐろがいやだの、抵抗をさせろだの、贅沢を言ってやがる。どんだけ難しいと思ってんだ。
頭目にも、あの青年の本当の強さが分かっていたわけではない。
しかし、男よりも遥かに修羅場を生き延びてきている頭目は、あの青年が少しでも動ける限り、この馬鹿様のいいなりになんぞなるはずがないことは当たり前のように理解していた。
続く…
Update 2010/03/07
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