続 明け烏
◇◆◇ 2 ◇◆◇
「若は、まだ あの男をあきらめておられぬのか。」
年老いたお守役の言葉に、側近たちは無言で頭を下げた。
川の国は、独自の隠れ里は持たない中堅の国で、五大国には規模的には及ばぬものの、豊富な資金にモノを言わせて滝隠れ、草隠れの二里と軍事協力を結んでいる。
しかし二つの里、とは言うものの、五影の支配する隠れ里には及ぶべくもなく、火の国との友好関係を利用して、度々木の葉と接触し、何かと高難度任務…滝や草ではこなしきれない仕事を木の葉に依頼していた。
木の葉にとっては何かと資金難の折のいいパトロン的な存在ではあったのだが、そのお互いにとっての蜜月に水を差す事件があった。
近隣の国との会議に赴くにあたって、小国と侮りを受けたくない、と、資金にモノを言わせた川の国が、木の葉に個人を名指しで護衛任務を依頼してきたのだ。
その男の率いるチームに護衛を依頼したいと。
その手の任務をうけるような立場にいない彼を名指され、始め木の葉ではかなり難色をしめしたが…
破格の条件を提示され、木の葉の資金難を一番よく知る、名指された当人が気軽に引き受けてしまった。
一番難色を示したのは当代の火影だったが。
「なにいってんのよ。お金がないの。お金。足りないのよ、お前がやりたい事をするには、とにかくお金っ!税金上げるわけにいかないでしょっ。なら、稼げるものが稼いで来なくっちゃ~ね~。」
当人にびしっと指を突き付けられて言い切られては、反論のしようもなかった。
「…だってカカシせんせ…俺の補佐なのに…俺のそばにいなくって…仕事になんねーってばよ…」
「……影分身を置いておけって…?」
「…う、いや そんなチャクラの無駄遣いはさせられねーけどさ。」
ひと月もの長期任務なんてオレ、淋しくって辛抱できねぇ~~
と、巨躯の火影に抱きつかれて閉口した火影補佐は…
「…イイコにして頑張ってたらご褒美やるぞ…?」
つい…そう甘やかしてしまう。
「ご褒美…!どんな…?先にちょこっとだけ…欲しいってばよ!!な、先生、ちょこっとだけ!!」
「だーーめーーだ! ご褒美は、俺が帰ってから!」
えええ、先生のけちぃ!と、大きな体で身もだえる火影はかわいらしくさえあったが…
─カカシさんの…ご褒美って…六代目の考えるようなのとは…多分違うよな…?
それはその場にいたシカマル達には明白であったが、耳元で口布ごしにささやかれた当の六代目は…気付けるはずもない。
執務室にいる部下たちは、鮮やかな瞬身で消えた火影補佐の…見事な火影操縦術にただただ胸のうちで拍手をおくるばかりだった。
しかし。
その任務が、あれほどのトラブルのもとになるとは。
お守役は、その男が、若い主の前に現れた時のことをまざまざと思い起こす。
五大国に劣るとはいえ、経済的にはそれらに匹敵する川の国の跡取りとして、乳母日傘でそだった主は、多分初めは好奇心だったであろう、その男への関心が、みるみるうちに執心に代わるのをお守役はなすすべなく見守った。
どんなに執着しても、男は木の葉の火影の懐刀、いくら里が逼迫していても金で譲り受けられるわけはない。
それが、主には納得できないことも、情けないことにお守役には分かってしまう。
閉じ込めてしまおうにも……
「…あの大騒ぎ…思い出したくもないわ…」
当の本人は、のほほんと笑って、以後のご依頼は7割増料金でお願いするという事で、としたたかなものだったが……
火影が納得しなかった。
若い、と侮ると大変なことになる、と、さすがに金色の目をした里長を前にしたお守役は肝を冷やしたが、年下の火影を舐めていた主は……
よくぞ…主の命が亡くならなかったものだ……
「それで、今回は若は何を言い出しておられるのだ…?」
苦々しい回想から自分の思考を無理やりはがしたお守役は、ようやく、本来の要件を部下から聞くことにした。
…それが、さらに苦々しい内容であったことは、お守役という役職に就いた彼の宿命であったかもしれない。
「……若は…まだそんなことを言っておられるのか……」
愚昧な主をもつ悲哀をかみしめながら、お守役は、あの太陽のような火影を長として持つ木の葉の民たちをうらやんでいる自分に気付き、内心で大きな舌打ちをしていた。
◇◆◇
「結局、その依頼ってなんなのよ?」
親しい者だけが集まった火影の私室はほとんどいつも無礼講だ。
七班からの付き合いのものがほとんどで、ここではナルトはナルト、皆の仲間に戻る。
シカマルをのぞくと、まだ火影の御前会議に顔を出すには経験が足りない(と言われている)同期の連中が集まって、ほとんど実質の木の葉の最高会議になっていた。
ナルトはここで皆の意見を吸い上げ、自分の考えをまとめ、大人…年寄り連中と折衝をするのだ。
イノのストレートな質問に、ナルトは眉間に深いしわを刻む。
口をへの字に不快そうな顔になった若い火影に、事情を知らぬ者たちはお互いに視線を交わし、理由を知る人間を探す。
「話すのも嫌になりそうな…胸糞悪いというか…そんな事件なのよ…」
綱手の代理で火影会議に連なっていたサクラが、シカマルでは言いにくいだろう、という事で、口火を切った。
ナルトは腕を組んだまま、窓辺で壁にもたれたまま無言だ。
そうしていると稀に見る体格の良さからか、威圧感さえ感じられる。
ナルト、という「存在」に馴れている同期の彼らでさえそうだ、上の連中は、この若い火影を扱いかねて…大変だろう……
大変なのは両者の折衝をしているカカシ先生か…
と、意識のそれていたイノは、サクラの説明の言葉に急に引き戻される。
「……目的が妊婦…って何よ…?」
「もうっ! イノ、ちゃんと聞いててよっ!何度も言いたくないんだからっ」
「ご、ごめん、サクラ、で、行方不明、って話なの…?」
説明をサクラに任せっぱなしにもできない、と感じたシカマルが後を引きとった。
「合意の上、という者がいない、と言いきれないのが面倒な所なんだがな。」
「シカマルっ!」
サクラが顔色を変える。
彼女にとって許されない事件なのだ。
「落ち着けサクラ。シカマルの話を最後まで聞け。」
ネジの乱れのない口調が、サクラに口をつぐませる。
シカマルはちょっと視線でネジに謝意を伝えると、一呼吸置くように、じっと彼の言葉を待つ若い顔を見渡した。
「この件で…ナルト…火影はご意見番や長老の意見を入れる気はねぇ。それだけは含んどいてくれ。あの人たちが何を
ごねようと、どう脅しをかけてこようと、今来てる依頼の中での最優先だ。」
何時にもない厳しい口調でのシカマルの前置きに、若い木の葉の忍びたちは、一様に緊張感を高めた。
発端は、ごく些細なことだった。
婚家で居づらくなった若い嫁が家を飛び出し、実家に帰ろうとして、山中で行方不明になる。
戦乱が一段落したとはいえ、まだまだ物騒な昨今、珍しい事件ではなかった。
が、同じような事件が数件続き、それらの失踪した嫁たちが、一様に妊婦であった、という事が、カカシの眼にとまった。
カカシがひそかに綱手につなぎをとり、情報を集めてみると……
「先生の集めた情報を綱手様と…オレ、サイ、ナルトの持っている情報とつき合わせて吟味したら…えげつない事実が浮かび上がった…」
「……??えげつない…?」
キバが鼻にしわを寄せて低く尋ねた。キモチの悪い事実を知らされそうな予感に隣の赤丸も低く唸っている。
「それぞれが持っていた情報、一つ一つはごく些細な事件の詳細でしかなかったんだが…」
婚家に居づらくなった嫁が、実家に逃げ帰ってしまう。
それを表ざたにすると外聞の悪い夫の家では、神隠し、として処理し、妻の実家に、その旨をこっそり伝え、逃げ帰ってきた娘は養女、の体をとって、改めて別の家に縁づかせる。
そんな風習が、さらに今回の事件を表ざたにしにくくした。
「ところが任務帰りの先生に、夫や、舅、姑たちが懇願してきたんだ。」
うちの息子夫婦はそれは仲が良く、良く出来た嫁で、独り息子しかいなかった自分たちは娘ができたみたいでとても可愛がっていた。
「それだけなら、カカシ先生も真剣にならなかっただろうけど…」
たまたまカカシは数件の妊婦失踪の情報を持っていた。
その夫が言うには、彼の行方不明の妻は、妊娠していた。長い間子供が授からず、やっと授かった子供で、自分たちも両親も、大喜びで、大切に大切に妻…嫁をいたわっていたという。
そんな体で遠出するような馬鹿な真似をするはずは無い、おまけに、妻の両親は既に他界していて、実家ももう存在しないというのだ。その言葉に説得力を感じたカカシは、つなぎを待つ間に情報を収集し…。
「とんでもねー情報を…先生がつかんできたんだ。」
一時。
男色にはしって、世継ぎの心配をされた、川の国の大名の倅の一人が。
「腹のでかい…赤ちゃんのいる女の人じゃねーとその気にならねーって…」
しぶしぶ説明したシカマルの言葉を、イノやテンテンたちの悲鳴が遮った。
「いやあああああ!!もしかして其のヘンタイ、前、カカシ先生を口説こうとして付きまとって、ナルトに半殺しにされた奴じゃないのーーーー!?」
イノの叫びで、ようやく一同はナルトの不機嫌な横顔を見やり…納得した。
「……あんとき…あのやろーのクサレち××…蹴りつぶしてやりゃあよかったってばよ…」
獰猛にうなるナルトの言葉に、男たちは思わず股間を押さえそうになり、鳥肌を立てた。
カカシが決死の覚悟で辛抱して穏便に済まそうとしていた努力を、あの時、この暴走火影は危うく台無しにするところだったのだ。
ナルトに変化したシカマルがその場を取り繕い、カカシが…実力行使でナルトをなだめなかったら…
考えるのも恐ろしい事態になっていただろう。
「それで、その旦那さんとお舅さんたちから、お嫁さんを探してほしいって依頼が来たんだけど…」
個人からの依頼だ。依頼料はスズメの涙だ。
「もうひとつは…大名の息女の護衛任務。火影様名指しだな。火影に護衛を頼むんだから、そりゃあ破格の依頼料で…この際見合い料って言っていいのかな?今売り出し中の英雄…の、火影、婿に持ちたいっていう大名連中の差し金らしいけどな。」
シカマルはナルトの顔をちらっと見ながら説明する。
カカシ先生にはそっちの任務の説明もしてんだろ?と確認をとると。
「うう、せんせーってばつめてーの。せいぜい、可愛いお姫さんとのんびりしておいでって…」
もうひとつの方はこっちでなんとかするよ、とあっさりかわされ、がっくり肩をおとす大きな火影はことのほかカワイかったが、
─あのカカシ先生にヤキモチ妬いてもらおうっていう、こいつの魂胆、わかんねー先生じゃないって…
と、周りは冷静だった。
「話がそれたけどな。既に手は打ってる。暗部の筆頭に潜入してもらってる。」
「潜入って……よく、賊の居場所がわかったわね?」
イノのもっともな質問に、ナルトは鼻にしわを寄せて答えた。
「捕まえた女の人を連れていく場所は分かってんだ。逆にたどれば簡単…でもなかったけど、うちの『鼻』は優秀だってばよ。」
そう言って、キバの隣で大人しく座る赤丸の鼻面をなでた。
「潜入した…鴉ってあの大きな人?大丈夫なの…?」
イノが少し首をすくめながら言った。
「あの男はナルトの意志をたがえることは無いだろうからな。命と引き換えだってまっとうする気概がある。」
ネジのその言葉に、
「……こんな事件で俺は誰も死なせる気はねぇ。先生が戻ったら更に作戦を詰める。シカマル。ネジ。サイ。お前ら。何時でも動けるようにしといてくれ。」
低く唸るようなナルトの宣言に、一同は姿勢をただした。
幼馴染から、火影へ、意識を変えた友人に、一同は低く、声をそろえて応じる。
「はっ!」
そして。
そんな若い彼らのところに…一番先にその凶報がもたらされたのだった。
はたけカカシ 失踪。
続く…
Update 2010/02/21
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