続 明け烏





                             ◇◆◇ 13 ◇◆◇

「鴉のおっちゃん、先生知んねーか!?」

いきなり病室に飛び込んできたのは、血相を変えた火影だ。

依頼をなんとか無事に果たし、あわや、という怪我を負った暗部筆頭は、綱手の計らいもあって木の葉病院の個室で傷を癒やしていた。


「…見つからんのか…?おまえでも…?」

人目がないときの鴉の口調は至ってぞんざいだ。火影自身が部下をおっちゃん呼ばわりしているのだからこれはお互い様といえばお互い様なのだが。

「…今、先生ってば俺のチャクラが満タンだから、先生の気配が薄くってさ…おまけに気配を消すのはもう、神業ってか…本職だから…」

―――――ま、元暗部の天才…ただでさえ薄くなってる気配を本格的に切ってたら、仙人モードでも見つけられない…ってことか…

鴉は何ともいえない顔で肩をすくめた。

「…お前…今度は何をやらかしたんだ。」
「やらかしたって…人聞きの悪りぃ。センセがばあちゃんの診察うけるってからつきそおうとしただけだってばよ。」
「…付き添いがいる年でもないだろうが。」
――――お前はカカシのかーちゃんか、という突っ込みは言わないでおく。

ナルトが口をつぐんだところを見ると、それ以外にもなにやら事情があるらしい。

「と、とにかく…センセの気配を見つけたら教えてくれってばよ!」
「…一応聞いておく。」
「……それが上司に対する暗部筆頭の答えなんだもんなぁ…」
「…火影命令なのか…?それは」
「…とんでもねぇ。人生経験の浅い小僧っ子のたってのお願いだってばよ」
「……なら人生の先輩として教訓をたれてやろう。」

ゆっくりと顔を上げた鴉に、珍しくナルトは腰が引けている。

「てめぇの恋愛沙汰に無関係の人間を巻き込むな!」
「りょ〜〜〜かいだってばよ〜〜〜」

間延びした声を残してナルトが瞬身で消えた後、ベッドの、入り口とは反対側の脇を見下ろした。

「…おまえもだ。」

ローソファの背もたれを平らに倒して、平然と寝そべっていちゃパラを開いていた上忍師は、ん?と片目を開いた。
あきれたことにまるで木石のように気配がない。
こうして目にしているからそこにいるのはわかるが、寝そべっていてもあるはずの存在感を完璧に「無」にしている。
あの火影に、ここまで近くに寄られながら気づかせもしない。

「だいたいから、なんで貴様まで俺の病室に潜り込むんだ。わかってるのか…」

(俺はおまえを一度は……)

飲み込んだ言葉に気付いたのか否か、カカシはよっこらしょ、とのんびりした動作で起き上がる。
いつもの上忍服ではなく、暗部の袖無しとトラウザースという格好は、いつも年齢不詳のカカシをよりいっそう若く見せていた。
額宛も外したままのカカシの、左頬をはしる傷を見るとはなしに見ていた鴉は、カカシにベッドの上に上がってこられて目をむいた。

「…何してる…」
「…何してるって…ベッドの端っこ、借りようと思ってね。」
「……借りる…?!」
「ソファは、堅くて寝心地が悪いんだよ。ナルトは当分戻らないだろうから、ちょっと休ませてもらおうかと…」

脇腹の傷さえもう少し回復していたら、きっと鴉はこの飄々とした男に蹴りを食らわせていただろう。
どこの世界に自分を強姦しようとした男のベッド(病室の、とはいえ)に潜り込む人間が居るというのだ。
鴉のあきれかえった視線に気付いたのか、カカシは起用に肩をすくめて、

「あんた、ここでは気配を消してないだろう。あんたの気配、あいつは慣れてないからな、俺の気配が紛れやすいんだよ。ここに居ると楽だから、ま、ちょっとの間、辛抱してちょうだいよ。」

そう言って平然と寝転がる。

「…何か言いたいことがあるなら早く言ってよ。俺、もう寝ちゃうから。」

この言い分に鴉は頭を抱えそうになった。
が、ここに居たがる理由自体を聞いていない、と、鴉は本当に寝かけているカカシの肩をつかみあげた。

「あの小僧、何をやらかしてそんなにおまえを怒らせたんだ…?」

そう聞かれたカカシはちょっと目を見開いた。

「怒ってるってわけじゃないけどね。面倒くさくってね。いろいろと。」

何が面倒くさいのか、話す気はないらしく、ころんと丸まったまま、背を向けてしまった。
鴉は、自分は信用されているのか舐められているのか、微妙なところだな、と、再び深いため息をついた。



*****

「差配…お加減はいかがですか」

ひっそりと病室の扉の陰から声がかかり、鴉は手元にあった報告書をおくと、枕元の烏面を手に取った。
驚いたことに太平楽に寝ているカカシは目を覚ます気配もない。ため息をついてシーツをかぶせ、(はたけカカシがこんなところで寝くたれて居るところを見られてあらぬ噂を立てられたら…面倒なことに見舞われるのは自分の方だと鴉は十分に承知していた。)

「殲滅作戦の人選…だと…?」

そう言いながら鴉は部下の持ってきた書類に目を通した。この手の仕事は六代目が嫌うので、なるべく引き受けない方向で里も進んできているが…断れない筋のものもあるのだ。

今回のものは、

…ああ、あの野盗どもの残党か…
ならば引き受けねばなるまい。

短期間で完璧に根絶やしにせねばならない。戦闘自体の難易度は高くはないが、完遂までにかけられる時間が短いため、手慣れたベテランを選ばなければならないが…

「安心して任せられる人間が…中々…」

部下の言う通り…普段なら人選の面倒なこの手の任務は自分が出張るのだが。

「俺の完治を待っているのでは間に合わんな…」

しょうがない。多少痛みがあるが、若手に任せるよりは…と、自分がやる、と言いかけたその時。

鴉の傍らに、鮮烈な気配があふれ出た。

ばっ…!!カカシ、この馬鹿野郎!何でいきなり気配を表すんだっ!!

烏面のかげで大慌ての鴉だったが、慌てたのは彼の部下たちもだ。

「!!!!!??」

とっさにクナイを抜いて扉までとびずさる。

「なっ何者っ!?」

「それって、俺がやっても問題ないな?いつまでだって?」
「はたけカカシっ!?」

声をそろえて大先輩を呼び捨ててしまったことにも気付かず、暗部たちはそれぞれの面の陰であんぐりと口を開けていた。

「ど、ど、どうして 差配の…」
「ここで何を…」

てんでばらばらに騒ぎ始めた暗部の男たちを前に、平然とのびをしながら頭を抱えている鴉に向き直る。

「あんたの怪我は重傷だ。とっさにチャクラでかばったにしろ、腹に穴が開いたんだからな。そんな大将を任務に出さなきゃならないような情けないまね、するんじゃない。暗部の名が泣くぞ。」

後半は、扉の陰で硬直している暗部たちへ言ったものだったが、びしっと言われてさすがに男たちも姿勢を正す。

「…申し訳ありません…」

素直に出た相手に、カカシは表情を微かにゆるめ、小さく笑っていった。

「ま、こっちもちょうど都合がよかった。里を空ける理由がほしかったんだ。渡りに船ってやつだから、俺への配慮はいらないよ。と、言うことで。」

カカシは鴉がつけている烏面に手を伸ばす。
やや呆然としている鴉から面を外すと、そのまま自分がつけ、あろう事かその首を巻き込むように抱きしめた。

「!!!!!!!!!!!」

――――この任務、うるさい小僧っ子のお守りを押しつける代価ってことで、後はよろしく…!

耳元でささやかれるのと同時にカカシの鮮やかなチャクラが鴉を薄くおおう。

あっ この野郎、俺をおとりにしやがる気かっ

気付いたときには、カカシの姿はなく、火影屋敷の方角にある「小僧っこ」のチャクラがふくれあがると火がついたようにこっちに突進してきていた。

カカシぃっ!!!貴様、覚えてろっ!!

暗部の若手たちは、その日、いつも沈着冷静な上司が脇腹を押さえつつ窓に向かってわめく姿と、顔色を変えた大慌ての火影、という滅多に見られないモノを二つながらに見る羽目になったのだった………


*************


脱走にかけては天才的な火影を、それでも仕事が終了するまで火影屋敷に拘束できたのは、ひとえに奈良シカマルと、彼の指示を全面的に受け入れた暗部筆頭の包囲網のおかげだったと言えよう。

どうしても抜け出そうとする時には、「カカシ先生は怒るだろうなぁ」というシカマルの独り言と、「やつは昔から仕事を中途半端にするやつが大嫌いだったな」という暗部筆頭の相づちで封じ込めていた。

あれやこれや、カカシに押しつけられた「子守り」で散々苦労させられた鴉に、カカシがとことんナルトから逃げ回っている理由が知らされたのは、仕事が一段落してナルトがカカシを追いかけて遁走(それでも一応影分身は残してはいた)した後だった。

「…術が抜けきっていない…?」

渋い顔で頷いたのは先代火影の女丈夫だ。

「ナルトのやつが強引にチャクラを補った所為で…というより、カカシがコントロールしてチャクラを追い出せればよかったんだがな。やつが弱ってた所為もあって…」
「…もどる…んでしょうね…?元に…」

余分なことを聞いている自覚はあったが、礼に訪れた、生まれたばかりの赤子を連れた小太夫婦に、カカシの様子を聞かれ、曖昧にしか返事ができなかったのが柄にもなく引っかかっていたのだ。

「もちろん、チャクラをきちんと回してやれば時間はかかるが戻るのは解っているんだが…」
「なら……ナル…六代目は…」
「あの小僧は我慢が利かないというか、そういう状態のカカシが…その…なんだ…」

言いよどんだ綱手の言葉の意味を理解した鴉は表情に出さぬままに盛大に舌打ちをした。

――――それでカカシは逃げ回っていたんだな。とっ捕まったらどんな迷惑なメに会うことか。

「無茶はするなと言っておいたから大丈夫のはずだ。…と思うが…」

最後は不安げな綱手の台詞に、鴉はため息を隠す努力を放棄した。

その後…

一応そろって任務から帰里した二人だったが、その直後にカカシが次の任務に飛び出してしまい、またしてもなだめ役に回されたシカマルと鴉は、自分たちの引いた貧乏くじをとことん嘆いたのだった。




Update 2011/06/18


長らくのおつきあいありがとうございました!
これからはちょっとリクエストをお受けできないので、これが最後のリクエスト作品になります。
なんだかほっとしたんですが…番外編が地下仕様で「黄昏月」に掲載予定です。
趣味の合われる方は(笑)またおつきあいいただけるとうれしいです(〃ω〃)