続 明け烏
◇◆◇ 10 ◇◆◇
颶風は、例外なくその場にいたものを宙に巻き上げ、翻弄し、壁や床にたたきつけた。
それは小太や仮面の男、カカシですら例外ではなく、同じように巻き上げられた野盗たちと、空中でもみくちゃになる。
上下左右がめまぐるしく入れ替わり、小太はもう自分の体がどうなっているのかすらわからない。
どす、と、鈍い音がして、ようやく体の回転が止まった、と気づいた小太が目を開けると、目の前にあったのは……
「ひぃいいいいいいい!!!!!!!」
柔らかな白い乳房に顔をうめていたのに気付いてかすれた悲鳴とともに飛び下がろうとして。
襟首を仮面の男に捕まえられた。
じっとしていろ、と、叱責され、美女の姿のカカシが、自分を抱えてかばっていてくれたのを知った。
白い肩や脇腹、背もひどい打ち身になっているだろう、紫色に、変色している部分が、あちこちに散っている。
─オレをかばっていてくれたんで…受け身をとれなかったんだ…
宙に舞いあげられて翻弄されながら、自分を捕まえてくれたカカシをさらに男が抱え、部屋の隅に、押し込め、覆い被さってくれていたらしかった。
「鴉…大丈夫…か?」
かすれた声が、ものがぶつかる喧噪の中でもはっきり聞こえた。
小太が慌てて男を振り返ると、男の半身は真っ赤に染まっていた。
「あっ、わ、わ」
青くなった小太の横を、白い手が伸ばされ、傷口にそっと触れる。
「……やめとけ…カカシ、おまえ…チャクラの無駄遣いをするな…」
そういって手を離そうとするが、もうその力も弱々しく、
「死にかけが…偉そうに人の心配…してるんじゃなーいよ。オレは治癒系は得意じゃないから止血…だけだ…っていうか…なんで無駄遣いだ、馬鹿。」
そう言いながら強引に傷口に触れてくる手を払い落とせなかった。
その間も赫いチャクラの暴走は収まらず、カカシは男の手当を済ませると、縦横に駆け巡る、巨大なケモノの影に細い手を伸ばした。
「……ここに……おいで…」
閉じられていた写輪眼が開き、残されたわずかなチャクラをもつぎ込んで、暴走する尾獣を呼んだ……
◇◆◇
「─冗談じゃない…冗談じゃないよ……ありゃ、ありゃ、人じゃないよ、人に扱えるチャクラじゃないよ…」
川の国の放蕩息子が連れてきた幻術使い崩れは、辺りを席巻するチャクラから、少しでも遠ざかろうと、這いずりながら扉を目指した。
三流以下のチャクラ使いにさえ、深紅の尾獣の桁外れの強大さは明らかだった。
「あ、あんなチャクラを腹に入れて…平気でいられるなんて…冗談じゃない……化け物だ、あの写輪眼は化け物だよ………」
雇い主の安否もそっちのけに、必死で禍々しいチャクラと、その宿主たる青年からから逃れようとした……
◇◆◇
「ちょっと、シカマルっ!!ナルトは!?」
火影の執務室の窓際に、外を向いて立っている奈良家の俊英に、サクラは大慌てで火影の行方をただした。
もうすぐ火影の御前会議で、上忍たちも次々集まってきている。
肝心の火影がいないのではどうしようもない。
「……ま、重要作戦実行中…ってことにしとかなくちゃなんねぇだろうな。」
そう言って肩をすくめ、軽く窓の外をあごで示した。
サクラが慌てて窓から上体をのりだして覗いてみると…
木の葉最強の火影の大柄な姿は、すでに豆粒ほどになり、驚くほどのスピードで屋根々々の上を駆け抜けていた……
◇◆◇
なぎ倒され、たたきつけられ、さんざんな目に遭いながら、命冥加にも、致命的な怪我もせずに生き残った川の国の放蕩息子は、部屋の隅に赫い獣が吸い込まれるように小さくなりながら降りていくのを呆然と見ていた。
血まみれの男の腕の中にいる、恋い焦がれ…憎しみにも似た想いで求め続けていた、あこがれの具現。
美貌も才能も人望も。
己に何一つないものを、すべて一身に集め。
─天とはなんと不公平なものよ。
川の国の頂点に立つ者として生まれながら、愚鈍よ、役立たずよと陰口をたたかれて続けてきた我と…
たかが忍びの分際でありながら、木の葉の懐刀よ、火影の知恵袋よ、とたたえ続けられ…その素顔を何とか垣間見ようとする娘たちが引きも切らず…
「─しかし…すでにその誉れ高い忍びもすでに…過去。アレは……男ですらない…!我の、我の…我の勝ちじゃ…!!」
白い素肌を、覆うようにまとわりつく獣の赫いチャクラは、すでに尾獣の姿を解き、美しい女の姿をした仮の宿主に甘えるように押し包んでいた。
震える手で、顔にかかる銀色の前髪を掻き上げ、細くため息をついたカカシは、遠くなる意識を懸命につなぎ止めているのか、しきりに瞬きをしている。
カカシを抱えていた男が、思いの外強い力で、自分の背にカカシの白い体を回し、小太に押しつけた。
いきなりの行動に小太は慌てながらも、朱いチャクラをまとう体を抱え、男の広い背を振り返る。
「そいつを…抱えて…じっとしていろ…」
そこでようやく、小太は生き残った野盗たちがのっそりと起き上がり始めているのに気がついた………
◇◆◇
ぐるぐると振り回され、めまいに軽く首を振った頭目が辺りの惨状に呆然と立ち尽くしていたのも、ほんのわずかの時間だった。
仮面の男に抱えられた「白い女」の姿を見、陰惨な光を目に宿した。
男が腕の中のぐったりした体を背にかばったのを見て、いやな光は更に鋭さを増す。
「やはりな。…きさま…木の葉の犬か。」
「……」
「お前も色々予想外だったらしいが…兎に角顔を見せな。」
そういいながら、持っていた長刀の切っ先で火吹き男の面をはねとばす。
その下から現れたのは、まだ、思いの外若い…整った精悍な右半面と、簾のように切り刻まれて表情さえわからない左半面だった。
さすがの頭目も気をのまれたのか、手にした刀は動きをとめ、回りに集まってきていた配下の野盗たちも息をのむ。
しかしそれもわずかな間。
「……その面はどうした。さしずめ任務に失敗して火影に切り刻まれでもしたか!?」
「お前等はそんな人間の…下でしか…働いたことがないのか。木の葉の火影は…里の…父。我が子を庇いはしても…傷つけたりはせん…」
小太は、男の言葉をきいた「カカシ」の白い貌にかすかに笑みが浮かぶのに気づいた。
「……色々…問題のある…父親…だけどね…」
腕の中で白い美貌が笑みを浮かべ、パチリとウインクした。
その視線に、小太は泣きたくなるほどの安堵を感じ…口を開こうとした時、その秀でた額に、鮮血が散った!
カカシの視線が二人を庇う男の広い背に向けられ、その視線を追った小太もその肩に食い込んだ長刀を見た。
「あ、ああああ、なんてことを!!」
蒼白になった小太に構わず、カカシの手がその傷口にのばされ、即座に止血した。
「…構うな…カカシ。チャクラを…節約しておけ…」
「あ〜〜?オレの使ってないから。だいじょーぶ…」
小太にも、長刀を手にした頭目にも、その言葉の意味は分からなかったが、血にまみれた男はいやな顔をした。
「しっぽでも…生えてきたら…どうするんだ…」
「暗部の…ズボンの…ケツに…穴をあけてやる…心配するな…」
光り物を手にした野盗たちに囲まれながら、あくまでものどかな二人は、危機感というものを忘れているようだった。
「早う…早うその者を我のところに連れてくるのじゃ!! ナニをしておる!!」
その場を包む緊張感に気づけない川の国の跡取りの目には、白い上体をさらすカカシしか目に入っていない。
頭目は軽く舌打ちをして振り向いた。
「黙っててもらいましょうか。こいつのせいで散々だ。意趣晴らしがすむまで、アンタの出番はねぇ!」
「な、な、なんじゃと…!? わ、我に逆らうと申すかっ!!」
仕置きをくれてやろうと、連れてきた従者を捜すが、立っているのは荒事になれた野盗の配下ばかりで、おべっかを使うのを得意とする側近はほとんどすべて昏倒したまま、起き上がる気配すらない。
「やっとわかったか、このボンクラめ。手前ぇなんざ、金をもってなけりゃただの屑だ! こうなっちゃ手前ぇに金を出させる当てはねぇ…すぐに あちこちの国の警邏の奴らがきやがるだろう…トンズラする前に、ちょいと意趣返しをしておかねぇと、手下どもの手前、示しがつかねぇ!!」
血まみれの男……若き火影の信任厚い暗部筆頭「鴉」は、貧血を起こしかけている体で、ゆっくり立ち上がろうとした。
自分の仕事は野盗どもの内部攪乱。ソレもすんだ今は、火影の大切なものを守ること。
─火影が己の命と同様に想う、かつての同僚と。そして、火影の庇護の元に入った依頼主と。
「………鴉。無茶はするな。…時間を…稼げばいい…」
小太は自分の腕から体を起こしたカカシの言葉に思わずその白い体を見上げた。
「来る…のか…?」
「……たぶん…………」
「何の話をしてやがるか知らねぇがな。ココはダレも見つけられない。だから俺たちゃ生き延びてきてるんだ。助けなんざ、いくら待っても無駄だ。」
鴉は耳を澄ますような仕草で、目を閉じた。
敵の目前で目を閉じた相手に、頭目達は怪訝な顔をした。
「……何のまねだ…。処刑前の祈りでもささげてやがるか!」
引き連れた左反面の無表情に対して、右側の唇が苦笑を刻む。
「……なるほど。全解放して…すっ飛んできてるな……」
「ナニを寝言を抜かしていやがるっ!! いいか、野郎は膾に刻んで豚のえさだ!!」
頭目が長刀を腰だめに構える。
「庇いきれると思ってやがるか、お目出度い奴め……」
頭目が長刀を血まみれの男に振り下ろす、その時。
狂乱したような悲鳴がいきなり背後で上がる。
「ひゃぁあああああああああああああああああああああ!!」
「何だっ!!!!!!!!!!」
ぎょっとして振り向いた盗賊達と、川の国の跡取りは、狂乱する、幻術使いを呆然と見やった。
「来るっ 来るよっ 来てしまうよ、逃げなきゃ、逃げないとだめだ!!!!」
取り澄ました姿をかなぐり捨て頭を抱えて転げ回る幻術使いを唖然と見ている頭目達は、カカシと鴉が、肩の力を抜いたのに気がつかなかった。
「凶だ、凶がくる…大凶だ、魔物だよ、くるよ……きてしまうよおおおおおお!!!」
「喧しいっ!!!ナニがくるってんだっ!!!」
そう怒鳴った野盗に、静かな声が答えた。
「俺達のお迎えがきてるんだよ。そろそろ帰って来いって……」
そう答えたカカシの声に被さるように……
凄まじい破壊音とともに隣室が吹き飛んだ……!
続
Update 2010/07/11
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