先輩のお仕事
続「後輩のお仕事」
◇◆◇後篇◇◆◇
朧月の淡い光にぬれながら、カカシは黙々と歩いていた。
まとわりついていた蔦も、何時か背の後輩の中に戻っていったらしく、耳元で健やかな寝息が聞こえている。
普通なら、うっとおしいはずの、酒臭い息も、猟犬並みの鼻を持つカカシには、その中にいつもの後輩の体臭を嗅ぎ分けてしまう。
男の体臭で落ち着くオレってどうなのよ、と、独りごちながら、よっせ、と背中の後輩をゆすり上げ、家までの、遠くもない道をゆっくりと、ゆっくりとたどっていった。
背の重み。暖かい、生きた人の体温。
硬く、冷たい仲間の遺体ばかり回収していた。
戦場で、ただ一人、生き残るばかりで。
助けることも叶わなかった、大事な仲間の……それでも里に葬ってやりたくて。
何度も何度も戦場を往復して……泣きながら…担いで帰った。
でも、今は。
柔らかな体、暖かい体温が、カカシをそれだけで幸せにしてくれる。
こいつは、死なない。
オレの後を追ってくれて……それでも決して……死なないでいてくれるだろう…
それは…孤独な天才の、望外の幸せ。
テンゾウ……おかえり………
そしてありがとう。
ちゃんと。生きて帰ってくれて……。
◇◆◇
多分酷い頭痛がするだろうな、という予感なり、覚悟なり、はあった。
だが、誰かがしきりに水を飲ませてくれていたのをうっすらと覚えている。
…あれで血中のアルコール濃度は下がって……そんなに酷いことにはならずに済みそうだ。
……礼をちゃんとして。
そして…具合悪そうだった……またチャクラがかつかつだったんだろう…カカシさんを見舞いに行って……
ああ、その前に、木の葉マートで買い物をしていこう。
きっと腹を減らしている……
と、思った途端に、嗅覚を刺激するいいにおいがしてきた。
健康な若い男であるテンゾウ、多少飲みすぎても、翌朝にはちゃんと腹は減る。
ビックリして飛び起きると、見慣れたカーテン、見慣れたベッド。
─ああ、よかった、カカシさんちじゃないか…
と、安心しかけて、ぎょっとベッドの上で飛び上がった。
なんでカカシさんちにいるんだボクは!
っていうか、アスマさんはどうしたんだ、一緒じゃないのか…??
「テンゾーー起きたかーー?飯、食えるんなら喰っとけ。俺はまた寝る。」
寝室のドアから顔をのぞかせたカカシが、エプロンを外しながら目をこすっている。
「俺は完璧睡眠不足だ。先に朝飯は食っちまったぞ。お前、いつ起きるかわからなかったからな。で、二度寝させてもらうから。風呂、はいるんなら沸いてるぞ、今のうちに…入っとけ…」
本当に睡魔との激闘中なのだろう、言葉の語尾も怪しくなっているカカシが、エプロンを外したのを見て、テンゾウは、凍りついた。
パジャマの下だけ…に、エプロンを着けていたらしいカカシは上半身裸だ。
それに……
縄目のような跡が縦横無尽にはしっている……!
むらさき…ほどひどくはないが、薄ピンクに、痕になっているそれは、色の白いカカシの肌に、物凄く扇情的なアクセサリーになっていた。
「お前……夕飯と……掃除と……洗濯、やって…頂戴よ…俺、限……界……」
自分の横にもぐりこんできた、白い猫のような先輩を見下ろして、テンゾウは固まったまま身動きも取れない。
口をパクパクしている後輩をよそに、隣でもたれるようにしてことんと寝てしまったカカシを、どうすればいいのか。
隣で寝てしまった大事な先輩の体にまとわりつく……自分の木遁チャクラの名残。
─ボ、ボクか…?ボ、ボクなのか、この痕は!?
…勿論そうだ。それ以外あり得ない。現実にカカシの肌には、木遁蔦らしい跡がくっきり……
─いったい…ボクはカカシ先輩に何を…したんだ…!?
……酔っぱらって寝込んで背負って帰ってくれた先輩を、離れないで下さいよ〜と絡み、木遁でぐるぐる巻きにして、熟睡するまでそばから離さなかった……だけなのだが…
……
勿論、そんなことはその時のテンゾウに分かるはずもない。
アスマに担がれて帰る彼を見て、物悲しい気持ちに襲われた。
自分がいなくても、彼を心配する人は確かに…たくさんいるのだ。
そう思うと、自分の存在がいかにもちっぽけに思えて……
任務の垢を落としたら、夕飯の買い物をしてカカシの家に行こうと思っていても、アスマがまだいたら、と思うと、足取りは重くなり……
結局、「月杯」で…
─飲みすぎたのは分かってるんだけど……
も、も、もしかして、ボクは先輩の貞操を……!!!!!!
一途な後輩は、すぴすぴ平和に眠る先輩を見下ろして拳を握った。
─責任、ちゃんと、とろう…!!
◇◆◇
そうして、このあと、ようやく寝の足りた先輩は、眼を覚ましたとたん、じっと覗き込んでいた後輩から、責任とってお付き合いさせて下さい発言をかまされ、愕然とすることになるのだが……
その後のてんやわんやの大騒ぎも知らぬげに、初夏を思わせる暖かな日差しのなかで、まだカカシは平和な眠りの中にいた……。
◆オマケ◆
こんなに緊張するのは、単独任務に初めて出て、敵とたった一人で対峙した時以来だ。
アスマは後ろ手に牡丹餅…の包みを隠して、夕日上忍の自宅の前にいた。
あの時、ゲンマから、女性に好感度の高い贈り物ってなんだ、と聞こうとしていた時、泥酔したアンコに乱入され、
「スウィーーーーツにきまってるでしょおおおおおお」
と言いきられてしまっていた。ゲンマも、確かに女性は甘いものが好きだ、と言い出し……
それで牡丹餅をチョイスする辺りがアスマなのだが、実際に紅の家に来ると、緊張してくる。
ほ、ほんとにこれでよかったんだろうな…?
改めてノックをしようとするアスマの前で、いきなりドアが開き、夕日紅が飛び出してきた。
「アスマ!!ありがとうっ!!」
プレゼントを渡す前から礼を言われたアスマは目を白黒した。
しかし、さすがの猿飛アスマも、何の事だ、と、言ってしまうほど間抜けでなかったのは幸いだった。
「アスマがこんなしゃれたことできるなんて思ってみなかったわよ……!!みて、あなたの手配してくれた「作品!」」
そう言いながら、紅に通された部屋は、アスマが見たこともないような花々で満ちていた。
「あなた、あの、カカシの後輩くんに、木遁でオリジナルの花を、って相談したんですって?」
─いつも猿飛先輩にお世話になってるんですが…ええ、お礼がしたいと、いったら、夕日上忍に、してほしい、と言われて……ご迷惑かと思いますが…
そう言って、先日、突然尋ねてきた、という。
上機嫌で、頬を紅潮させている紅は、とてもきれいで、アスマも、これからの話が上々に進むことは想像に難くなかった。
俺が世話をやいているのは、あいつの先輩であって、あいつの世話をした覚えはこれっぽっちもない。
カカシの世話をしたお礼だと…?
アスマはいそいそと花の世話をする紅を見ながらため息をついた。
さりげなく自分に恩をうりながら、カカシへちょっかいを出すな、と、さらりと牽制しているのだ。
─ああ、めんどくせぇ……
相手の言動に振り回されて、感情曲線の大波にもまれるのは、自分のことだけでていっぱいだ、と、しみじみ思う、猿飛アスマであった。
終
Update 2010/05/09
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