先輩のお仕事
続「後輩のお仕事」
◇◆◇前篇◇◆◇
見かけによらず温厚で、髭のせいでずっと老けてみられる上忍は、そろそろ気になっている同僚に対する態度をはっきりさせないと不味いな、などと考えながら、のんびり昼過ぎの木の葉の大通りを歩いていた。
派手な見かけによらず、彼女がもの硬いのを知っている彼は、どうやって口説くか、その手の事に経験の深そうな同僚を頭の中で探してみる。
おかっぱ頭の同僚上忍。
これは問題外。確かにいいヤツではあるが、相談したとたんに里中に知れ渡るだろう。
そして、もう一人の……
思いだしていると、当の本人が、戦闘中には思いもよらないおっとりとした足取りでこちらに歩いてきていた。
彼が気付いて声をかける前に、先に気付いたらしい若い娘たちが、さっさと声をかけながら取り囲む。
どこかぼんやりと愛想笑いで答えているその同僚が、チャクラ切れを起こしかけているのに気付いたアスマは、
あの馬鹿、任務帰りか…!
とんがった子供だった昔にくらべ、ここ数年来随分人当たりが良くなり、男にも女にも、新人連中からアイドルのようにあがめたてまつられていて、本人が面倒くさがること笑えるほどだったが、鉄壁の猫かぶりで外に気取らせもしないので…
こういう時に、しんどい目にあうんだ…!
自称ファン…達に取りつかれるようにしてよたよた歩いている看板上忍をサルベージしてやるため、アスマはため息をつきながら、「無粋な男の役割」という貧乏くじを引きに行った。
◇◆◇
「あーー、アスマ、持つべきものは友達だぁねぇ〜」
気の抜けたような声でニコニコ笑う同僚に、呆れてものも言えないアスマは、カカシがここまで限界にきているのに、木の葉病院によりもしないで帰る理由は一つしか思いつかない。
「あいつは今日が任務明けか?」
「へ…?」
「おまえんちの猫だよ。」
「……?」
本気で思い当らないらしいカカシに、アスマは更に呆れて、
「最近おまえんちに入り浸って世話を焼いてくるカワイイ後輩は、今日が任務明けなんだろって言ってんだよ」
ああ、と、ようやくポン、と手を打ったカカシは、
「いやぁ、頭の回転が止まってるみたいだよ、だめだね、今狙われたらイチコロかも…」
あはあは、と笑っているがこれはかなり深刻かもしれない、と、かっさらうように抱え上げると、やーーめーーてぇ〜と、はなはだ脱力する悲鳴を上げる人気者を抱えて本人の家へと駆けだした。
そして。
アスマはどうだったか、カカシは、その様子を任務明けでドロドロの、当の後輩が見ていたのを、気付いて……いたのかいなかったのか。
◇◆◇
目が回る。
これはチャクラ切れのせいか、空腹のせいか。
世話焼きの猿飛アスマが、ご丁寧にカユを作って置いておいてくれたが、何も腹を壊したり風邪をひいたりしているわけではない。
食事はまっとうなのが食べたいよね。
と、思っても、肝心の、食事係の……アスマいうところの…飼い猫が帰ってこない。
……こんなことなら、病院に大人しく寄ってれば良かったかな…?
そうすれば、少なくとも空腹で眠れない、という事はなかっただろう。
でもなあ…
カカシはシャワー上がりの濡れた髪のまま、ベッドにもぐりこんで、ため息をつく。
あいつが帰ってきた時また俺が入院してたら………
がっかりするだろうし、心配もするだろう。
いや、と、いうより、自分が、あの後輩の…
─おかえりなさい、先輩、ご無事でしたか?ボク?ボクは大丈夫ですよ!
そう言って微妙に胸をはる…その笑顔がみたかったのだ。
なんで帰ってこない…?
俺がアスマに担がれて帰ってるのは……見てたはずなのに……?
空腹より、疲労がまさり、さすがにうとうとし始めた夜半。
とん、とん、と、かすかに戸をたたく音でカカシは目を覚ました。
多少は動くようになった体で、もたもたと玄関を開ける。
気配で、不知火ゲンマだという事は知れていた。
「…ナニ…?お前が来るのって珍しくない?」
「……いや、任務明けで疲れてるだろうな、というのは…その承知の上で、ですね…」
「……?ナニよ?まだるっこしいな、お前がわざわざ呼びに来てるんだったら、三代目の用事じゃなくても断れないんでしょ…?早く言って、さっさと済ましたら?」
「あ〜…その…」
◇◆◇
「月杯」で例の後輩がつぶれているから引き取りに来てくれ、と、言われたカカシはちょっと目を見張った。
独りでめったに酒を飲みに行ったりしない男だ。
付き合いでそういう席に行くことがあっても、終始カカシの世話係で、飲みすぎるな、だの、つまみは胃腸にいいモノを喰えだの、お前はかーちゃんか、と言いたくなるくらいにやかましい。
なんで任務明けに、俺んとこへ帰ってこないで飲みに行くわけ…?
その点、同棲しているわけでもないのに、自分のところに帰ってこないことを不思議に思う時点で、カカシもおかしいのだが、そんなことに当の本人は気付いてもいない。
ため息をついて服を着替えると、まだおぼつかない足取りで家を出た。
ドロドロであろう、と思っていた後輩は、小ざっぱりと風呂を済ませた後らしく、ベストを脱いで、でもやっぱり忍服のアンダーという、微妙に寛いでいるのかいないのかわからない格好で…
つぶれていた。
肩のあたり、足元、そして手元。
木遁性の蔦がうにょうにょ立ち上がってきていて、周りは恐ろしくて近寄れなかったらしい。
─こいつは…もう…!何やってんだか!
体に蔦がまとわりつくのに委細かまわず、カカシがテンゾウを抱え起こす。
辺りからおお、と、感嘆の声が上がり、カカシはますますため息をつきたくなった。
その時点で蔦はカカシをぐるぐる巻きにしているのだが、締め付ける、というより、包み込む、すがりつく、といった感じのまとわりつき方なので、さほど…サルベージ作業の邪魔にもならず…
よたよたしながらもなんとか酔っ払いを背中にしょいこんだ。
カカシ自身も任務帰りで疲労困憊しているだろうことは周りの連中も察し、手伝おうとするのだが、いかんせん……蔦はカカシ以外にはあからさまに攻撃的だ。
ゲンマがため息をつきながら、
「……こういう訳で、カカっさんを呼ばざるを得なかったんっスよ。」
すまなさそうに言うのだが、これは本来おかしいのだ。
別にカカシはテンゾウの保護者でもなんでもない。
が、その場にいる者は皆、不思議だとは思わないらしく……
「ま、なんだ。これも先輩のお仕事…ってやつ?いいよ、こいつ軽いから俺だけで何とかなるでしょ。休んだから少し回復したし。」
それじゃ、と、片手を上げて挨拶して、頼りないながらもなんとかつぶれた新人暗部を背負って店をでていくカカシを、周りの上忍連中はため息をつきながら見送った。
「珍しいこともあるもんだな。あいつがつぶれるほど飲むなんて。」
独りごとを言ったゲンマに、珍しく隅の方で杯を空けていたアスマが、仕方なさそうに頭をかいた。
「昼間俺があいつに代われって言わずに…カカシを送ったのがまずかったかな…?」
「……なんです、それ…?」
自分のグラスを抱えて椅子を寄せてきたゲンマに、アスマが仕方なさそうに……声を落とした。
もっとも、ここにいるのは里の数少ない上忍連中、そんなことをしても意味はないのだが、まあ、気分の問題である。
「自分が代わります、とか何とか言ってくると思ってカカシを担いでヤツの家まで運んだんだけどな。」
やはりテンゾウが見ていたのをアスマも気付いていて、さっさと代われ、と思いながら…思いながら歩いていたら、カカシの部屋についてしまい、いつの間にか後輩の気配は消えてしまっていた。
ゲンマはため息をついた。
確かに。
この見かけによらず温厚で面倒見のいい上忍なら、そうするだろう。
そして、カカシとの付き合いは、あの後輩よりも長い。
この上忍の父親、三代目が、カカシに目を掛けていたため、最初は反発もあったようだが、元来屈託のない男らしく、危なっかしいカカシを随分気にかけてきていたのだ。
……ああ、なるほど。
ため息をついて酒を空けるアスマを見やって、ゲンマは思い至った。
他の誰がカカっさんを担いでいても、あいつはひったくっていっただろうが……
昔からカカっさんを気にかけて来ていたこの上忍に、遠慮があったんだろうな。
傍若無人に見えて、その実、繊細な気配りをするあの一風変わった後輩を…この里の看板上忍はかなり甘やかしているのだ、という事をカカシ本人は気付いているのかいないのか。
お互いをやたらにかまいつけている原因を、本人たちが自覚しているとは到底思えないところが、傍から見ていて面白くもあり、また、こういった面倒に巻き込まれたりして鬱陶しくもある。
「ま、どちらにしろ、俺たちは”見てるだけ〜”になるしかないっスけどね。」
「だな。まどろっこしいっちゃ、まどろっこしいが、面白いって言う見方もできる。」
「意外と人が悪いんスね、アスマさん。」
「……人のいいふりがうまい、だけさね。俺がお人よしに見えるとしたらな。ってかよ、そうだお前!!お前がいたっけか!女扱いのプロが!!」
「な、なんスか…?」
「ここの支払いは俺が持つからよ、ちょっと相談に乗れ!」
そう言ってアスマがゲンマの襟首を掴んで個室に向かうと、周りのギャラリーも聞き耳を立てるのをあきらめた。
そこまで詮索するほど…好奇心をたくましくして、いいことは何もないことくらい、彼らはよく知っていた。
続
Update 2010/05/03
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