噂の男


ゲンマが上忍待機所に入ってきた時、そこで待っていたのは一人だけで、後はみな任務に出ているらしかった。

その上忍は、窓際の椅子でのんびりと本を読んでいた。

−あれは…

ゲンマは、めったに待機所などに来ないその男を珍しそうにまじまじと見た。

…ふ〜ん…

ゲンマは、里をある噂が席巻しているのを知っている。
あの、はたけカカシが、とうとう恋人を作った、という噂だ。

よきに付け悪しきに付け、なにかと話題になることが多いカカシだが、実は意外と身持ちは硬い。
と、言うことを知っているのは、彼とごく親しい上忍たちだけで、ゲンマもその一人だった。

派手な経歴と外見、人を煙に巻く言動のせいで、そちらの方も盛んだと思われがちだが、カカシは付き合っている相手には誠実だ。
親しくなって初めてソレが分かる。

彼は知ってるかな…?

少々人の悪い笑みを浮かべながら、そのカカシの「男」を注視していると、さすがに気付いたようで、読んでいた本から視線を上げた。

あまり表情を変えないまま、
「あ、ゲンマさん、どうも。任務待ちですか…?」
と聞いてきた。

「いやいや、報告書を出しにきただけなんだけどね。」

あちらから声を掛けてきたのだから、と、ゲンマは遠慮なく隣に腰を下ろす。

間近でみると、その男が意外と整った顔をしているのに気付いた。
階級から言えば、特別上忍のゲンマより、上忍の彼の方が上なのだが、彼は年上の人間にタメ口をきかない。

まあ、そこら辺も、好感度アップ、かな…?

そう思いながら、
「何を読んでるんだ?」
そう覗き込んでみると、
「あ、いや、その…」
びっくりしているテンゾウから、カバーのかかった本を取り上げる。本気で取り返そうとすれば直ぐに取り返せるだろうに、なにやら慌ててわたわたしている。

こ、この男…

意外とカワイくないか…?

ゲンマがなんとなく不穏なことを考え始めた時、任務に出ていたグループが帰ってきた。

急に立ち上がったテンゾウの肩を、ゲンマは何気なく持っていた本でポンとたたく。
「ほれ、返す…」
よ、と、言いかけた時、テンゾウが軽くたたかれた肩を押えて少し息を詰めたのに気付いた。

「…どうした…?」
「あ、いえ、なんでもないです」

怪我でもしてるのか…?

なにやら慌てて隠そうとでもしているような素振りのテンゾウを不審に思いながらも、(任務に就く忍びにとって、怪我は日常茶飯事だ)どやどやと戻ってきた男達の方に気を取られ、そのままその疑問は後回しになった。

ばたん、と音をたてて開いた扉から、木の葉一アツイ男がまず入ってきた。

「今日は業のキレがいまいちだったな、わが永遠のライバル殿は!」

後を振り向きながらそういうのは、勿論いわずと知れたガイである。

…なるほど、カカっさんをまってたのか、こいつ…

任務報告のために戻ってきたガイは、中忍、下忍を何人か伴っていて、カカシやガイと同じ任務に就く機会などめったにない彼らは、少々浮き足立ってテンションが高かった。

「でも、ガイ上忍!はたけ上忍の技は凄かったですよ!」
「お、おれ、目で追えませんでした…くやしいっす!せっかくご一緒させていただいたのに…!」

大騒ぎの中忍たちをよそに、テンゾウが穏やかに微笑んで、また本を持って部屋の隅の椅子に戻ったのを視野の隅に捕らえながら、ゲンマはガイに、

「あれ?カカっさんは?」
と聞いたが、その言葉が終わらない内に、カカシが部屋に入ってきた。

途端に大騒ぎしていた中忍たちが微妙に緊張する。
普段のカカシに会っても、皆、そんな風になるわけではないのだが、任務後の微妙に戦場の気配を残すこの上忍には、あたりを静まらせる力があった。

カカシの意識が部屋の隅にふと向いたのに気付いたのは、多分ゲンマ、ガイと、その意識を向けられた本人だけだったろう。

任務後の打ち合わせを始めたカカシとガイを置いて、なんとなく緊張した面持ちの部下達が、またテンゾウの隣に戻ろうとしたゲンマのそばに寄ってきた。

「不知火上忍に聞こうと思ってたんですが、はたけ上忍の恋人ってどんな方ですか?」
中忍の一人が声を落として聞いてきた。
「ご存知ですか?なんか、はたけ上忍は笑うばかりで教えてくれなくて…」
ゲンマが今、隣にいるよ、と、よっぽど言ってやろうか、と思っていると、
「でも、はたけ上忍、手首に縛った痕があるんですよ!酷いことする人じゃないんですか?」
と、爆弾発言をした下忍がいた。
「………!」
隣で、本のページをめくる手が止まる。
「いや、でも、あのはたけさんを縛れるわけないだろ?」
「でも、あの痕は…!」

縛った痕だと…?

ゲンマが聞きとがめたのと同じように、同じ部分を聞きとがめた隣の寡黙な上忍は、静かに立ち上がった。

「痕が残ったんですって、カカシさん…」

ガイとの打ち合わせがちょうど終わったカカシは、さん付けで呼ばれて難しい顔をして振り向いた。が、その表情とは反対に、ふっと、カカシの気配が柔らかくなったのにゲンマは気付いた。

「アレだけぐるぐる縛れば痕だってつくでしょうよ。自分でやっててなに言ってんの、お前。」

特大の爆弾を自分が落としたことに気付きもせず、カカシは眉を寄せたまま、自分の手首を覗き込む年下の恋人を見下ろしている。

その爆弾に気付かなかったのは、手甲をめくって手首を確認している恋人の方も同じで、凍り付いているギャラリーに頓着する様子もなく、

「ああ、ホントだ。印を切る時、差し障ったでしょう、すみません、今度から、手ぬぐいにしましょうね。」
「おま…今度って…!また縛る気か!」
「だってカカシさん、縛って手を拘束しとかないと自分の指を思いっきり噛むじゃないですか…!」

更なる爆撃発言が部屋を満たしていく…

「し、仕方ないでしょうが!!声がでちゃうんだから!」
「……声、出してくれた方がいいのに…」
「何だって…!?」
「…いえ、だから、ボクの肩、噛んでいいですって、言ってるでしょう。ボクの肩なら多少激しく噛んでも印を切るのに支障はないですから。」
「お前!この前の噛み傷も治ってないのにナニを言うんだか!」

カカシは、さすがに無言になってしまったゲンマとガイをキッと振り向き、

「二人とも!ちょっと見てよ、こいつの肩!」
そういって、テンゾウの襟を寛げると、アンダーをグッとひっぱって肩を露出させてガイに示した。
「こんな怪我させちゃ、気を遣うってもんでしょ!?動きだって、鈍くなるよね!?」

格闘の専門家としての意見を求められたらしい、と気付いたガイは、無表情に立ち尽くす若い上忍の肩に視線を向けた。

……痛そうだな…

紫やら赤やら、果ては血の滲んでいる…噛み痕まであった。

「ま、確かに、コレだけ派手に噛み付かれて、それでも噛んでいいって言ってくれる、寛大な恋人で、よかったな、という話なんじゃないのか…?」

豪快なガイが、そう締めくくって、漸くカカシは自分が何を言い出していたのかに気付いた。

「……………!!!!!!………」

僅かに見える、藍色の瞳のまわりから耳の辺りまで真っ赤になったカカシは、
「あ、後は頼んだ…」
と小さく言い残すと、瞬身で消えてしまった。

暫く微妙な沈黙が辺りを満たした。

「スミマセン、ガイさん、ゲンマさん、後、よろしくお願いします。」
テンゾウが礼儀正しくそういって丁寧に一礼して消えると、ゲンマが、咳払いをして、呆然としている中忍たちを振り返った。

「カカっさんの熱愛中の相手、誰か分かったか?」


中忍達は、がくがくと、頷くことしか出来なかった……


その後暫くの間、コピー忍者、写輪眼のカカシの「マゾ疑惑」が、カカシが恋人を作ったという噂に取って代わってまことしやかに流れていたのを、当の本人達だけが知らなかった……





後日譚


それから何日か…

ゲンマは、珍しくカカシ、ガイ、ライドウとフォーマンセルの任務に就いた。

任務はランクの割には、この4人にとって、さほど困難なものではなく、順調に終了した開放感からか、またいつものように帰り道にガイがカカシに挑戦した。

ガイをカカシの瞳術で捕らえられるか否か…

ゲンマもライドウも呆れていたが、このメンバーのなかでは一番若いカカシが、ガイから若造と言われて、黙っていられるはずもなく…

カカッさんたちも子供みたいなとこ、あるからなあ…

特別上忍の二人は、苦笑しながら、帰途、大騒ぎの二人を見ていたのだったが。

里まで、後もう少し、の道すがら、さすがに疲れて大人しくなったカカシたちの前に、いきなり瞬身で現れた上忍がいた。

「カカシ先輩、チャクラ切れぎりぎりまで瞳術つかったりしないでくださいよ」
その上忍は、表情を変えないまま、そう言いながらカカシに歩み寄る。

コレが噂の、カカシの恋人か…?

と、隣のライドウにそっと聞かれて、ゲンマは苦笑しながら頷く。

「なにいってんのよ、お前、いきなり出てきて。失礼だね。ぎりぎりって…なんだよ!」
「隠してもばればれです。膝に来てるじゃないですか。」
テンゾウはあっけにとられてるガイの正面に向き直った。
「ガイさん、申し訳ありませんが、任務中に競争するのはおやめ下さい。そうでなくてもこの人は子供みたいにむきになるところがあるんですから。」
「あ、いや、任務中でなくてな、帰り道……」
「子供って、テンゾウ、おまえね…」
「家に帰るまで任務中だとイルカ先生にいわれませんでしたか…!?」

………アカデミーの遠足か!!

呆れる任務帰りの上忍たちを尻目に、テンゾウはカカシの前にしゃがんだかと思うと、ひょいと肩に担ぎ上げ、

「それでは、お先に失礼します!」
「テンゾウ、お前、いいかげんに……!!」

しろ、とカカシが言い終える前に、恋人を抱え上げたまま瞬身で消えた後輩上忍を見送り、

「カカシ、愛されとるなあ!」

としみじみ呟くガイに、ソレで締めていい話だろうか、と、ゲンマもライドウも思ったのであった…。



end


Update 2008.10.25
あとがき
相変わらずのプチネタでスミマセン(汗)
ありがちな話ですが、拍手お礼に、と書いたのに、長くなっちゃって(-ω-;)

後日譚はまったくの蛇足です(笑)
あの4人の中にまじったら、テンゾウ、小柄にみえるよな〜
でも力は一番強いってのが 萌えるかも…
などと考えてて、つい、付け足してしまいました(笑)

オフィシャルではガイはカカシと同じ年だった気がしますが、この際、ガイ先生には少し老けていただくことにしました(笑)

管理人、なにげにライゲンも好きです(笑)