先輩にお願い!―3―

客が少ない、と言っていた丁半の賭場は、思いの外賑わっていた。
コレで少ない、と言うのなら、この店は盛況なのだろう。

カカシは完璧に戦闘モードに入っていた。
こいつらは命をかけて里を守った忍の長を侮辱した。

オレだってね。怒るときはあるのよ。

横では、彼の高まっていくチャクラを感じ取っているだろう後輩が、静かな視線を投げてくる。
……かつて戦場にあった時のように。シンクロしていく気分が心地良かった。



◇◆◇



賭場の客のほとんどは、カカシに気がついた。もちろん、隣にいるヤマトにも。
この二人が忍服のまま、こんなところにくるのはどうしたわけだ。

ざわつきかけたのに気づいた胴元は、不機嫌な胴間声で怒鳴った。

「静かにしてもらいましょうかね。賑やかにやりてぇのなら、酒場の方に行ってくだせぇ!」


「まぁまぁ、そんなにぴりぴりしないで。悪かったね、途中から。」


ヤマトが温厚な表情でそう取り繕うと、胴元はそれでも不機嫌な顔ながら口をつぐみ、あごをしゃくってレートを決めろ、と催促した。
客達は、壺振りをかねる胴元が、二人の…有名人に気づいていないのに気づいたが、それをとやかく言うほど親切な者はいない。


「そぉねぇ…」

カカシが考える様子で、白い指を上げてゆき…

口布を指先に引っかけてゆっくりと下ろした。


全員の視線が白い顔に釘付けになる。

「結構ここのところハードな任務こなしてたから懐は結構アタタカイんだよね〜〜どうしようかな〜〜」

考える風で台を見回しながら、あっつ〜とつぶやいて、額当てまで外し始める。

―――――はたけカカシの素顔……初めてみせてもらったんじゃないのか…?

ざわめきとも言えない、かすかな緊張で、カカシの周りが張り詰めていき、人々の注目がカカシに集まる。その間にヤマトは完璧に気配をけして、ゆっくりと台の周りを移動し始めた。


胴元までもあっけにとられたようにカカシの白い顔を見ている。隙だらけのその手元。不自然に曲げられた指。

――五代目の居ないときにまでやっているのか…イカサマ…

だいたいの手口の見当をつけてからカカシの隣にもどると、部屋の入り口を微行した忍犬が封鎖し、カカシが台をみたまま、唇の端を持ち上げて、不敵に笑っていた。

スンダノ…?下準備。

そう聞かれて、ヤマトも台をのぞき込んだまま、

元々ボクノ木遁ノ家デスヨ?今更デス、マカセテクダサイ。


なら始めますか。


いつもの任務の時と同じ。
…打ち合わせなしの完璧なコンビネーション。


「ま、レートは一番上に設定してもらおうかな。ちまちまやるのは趣味じゃないんでね。」


きれいな顔に、縦に走った傷にふさがれている左目がウインクしているようだ、と頭の端で思いながら、胴元はそのまま、疑問も挟まずに頷いた。




◇◆◇



「だんな、だんなっ!!」



店の上がりの計算、という至福の時間を邪魔された店主は不機嫌な声で答え、顔を上げもしなかった。


「何だ喧しい。」
「あ、あの忍者の客が…!!」
「金がなくなって貸せと駄々をこねだしたか…?」
「ち、違いまさぁ!反対でさぁ!!」
「反対だと…?」

ようやく入り口を振り向いた主はとんでもない報告を受けることになった。


「これまでの…店の上がり以上に…………みんな勝っちまってやがるんですよ、あの二人が!!」





◇◆◇






胴元は真っ青になっていた。




隻眼だと思っていた、大きな傷の下、閉じられた瞳がゆっくり開いたときから、「悪夢」は始まっていたのかもしれない。



胴元は手首の返しひとつで隠し持った別のダイスに入れ替え、思うがままの目を出させる。
これが彼の世渡りの術だった。
客に勝たせるのも搾り取るのも思いのままだった。

客が正しい目に賭けたときには、台の下に潜む仲間が台越しに針でダイスを操作し、客はどうやっても勝てない仕組みになっていたのに。


深紅の瞳がじっと彼の手元を見つめ…壺を振る胴元は緊張で背中にびっしょり汗をかいていた。


ごつい手が震えながら壺を開ける。

笑えるほど小さな賽がころんと並んで二と四を上にしていた。


「おや〜『シニの丁』…!縁起が悪い目だけど、また勝っちゃったよ〜」

白い顔にきれいな笑みを浮かべてとなりの穏やかな青年を振り返る。


確かに…壺振りの胴元が操作したのは丁。だが、客が丁にかけた段階で台下に潜んだ仲間が半にダイスを操作するはずなのに……

客の忍者の青年はにこにこしながら横置きの木札を自分の前に移動させる。

「ちょ、ちょっとまちな、客人。」
「……あぁ?」

色違いの瞳を正面からのぞき込む…


――――いけねぇ…こりゃ…場数が違う…俺達と…踏んだ場数が……


壺振りの胴元がようやく気づいた時に、店の主が駆け込んできた。




◇◆◇



「何をやらかしてくれたんですかい、客人。」


そう切り出した主人に、カカシはしれっとした笑顔で答えた。


「何って…賭け事…?博打?」
「……なんだって…?」


助けを求めるように、辺りを見回す店主に、ギャラリーに徹していた客の一人が答えた。


「その兄さんは賭けてただけだぜ。」
「隊長さんも、印をきったりしてねぇしな。見てるだけだったよ。」
「ま、その人の『眼』なら、サイコロが転がるのが止まってるように見えたかもな〜〜」

そう言って笑う客達のことばに、主の顔が引きつり、物凄い目で胴元の壺振りをにらみつけた。
客達も店の者が、自分の里の看板忍者たちに気づかないのがおかしいのか、わざと彼らの名を呼ばない。

彼ら客達も、カカシの賭ける方に便乗して賭けたかったのだが、双方がそろわないと賭が成り立たない丁半では、一方だけに賭けることが出来ない。

なので、壺を振る胴元との差しでの勝負になっていたのだが。



カカシたちの勝ち金は、店の有り金全部を軽く超えていた。




「い、い、いかさまだっ!!!!」


落ち着いて考えれば噴飯ものの言いぐさだったが、深く考えもせずに思わずそう叫んでしまっていた。
たしかに、数十回の勝負、すべてに勝っているカカシにそう叫びたくなるのもむりはなかったが…

「人聞きが悪いこと、いうね、店主。」
「な、なんだと。」

カカシの声が低くなり、後ろ手にゆっくり手を組んでいたヤマトが両手を脇にだらり、と垂らした。

「俺達は…こんな単純な賭け事に負けたことは無いんだよ。」
「な、な、なんだって、ば、莫迦な…」
「莫迦じゃあないですよ。ご主人。」

温顔のまま、ヤマトが言う。

「こんな単純な賭けに負けているようでは、とっくの昔に死んでますよ。僕たちは。」
「……!!」
「幾百もある選択肢の中で、生き残れるのはたった一つの選択肢のみ。それのみを選んで…数え切れないくらい…選んで…生き残って…今ここにいるんです。僕たち…忍者は、ね。」

穏やかな笑顔で語られる壮絶な内容に、ギャラリーの客さえも静まりかえる。

「皆、せっかく息抜きしてるところを悪いんだけど、今日、賭けた分の木札、もって、今日のところはお開きにしてもらえるかな。」

そう、白い美貌の忍者の頼みを、むげに断る者も、理由を尋ねる者も…木の葉の住人である客達には居なかった。


もちろん、忍犬はそっと客の里人のみを解放した。


◇◆◇



「さて、店主殿。」


「な、な、なんでぇ、勝手に客を帰しやがって!このイカサマ野郎どもがっ!!」
「…俺達が勝ったら、イカサマ…ってこと…?何で…?客が連勝することだってあるんじゃないの?」
「……!!」
「僕たちはここで温和しく賭けてただけですよ…?台にもサイコロにも手を触れるどころか近づきもしていないのに、どうやってイカサマが出来るんです?」

そう言われて店主は壺振りを振り向いたが、野豚のような親父は、首に埋もれたあごをがくがくと振って頷くばかりだ。
反論に窮した店主は、

「そりゃ、おめぇ、俺達一般人の知らない忍術かなんかで……」

「……自分で言って、それが難癖だってわからないのかな、ご主人。おかしいでしょう。理由も明らかにせずに、イカサマ呼ばわりするなんて。」
「り、理由は…」
「そうだよね、ちゃんと俺達が賭けたのを外すように台下の兄さんに指示していたのに、全然外れないんだから、そりゃあ、俺達を疑いたくもなるよね。」

ぎょっと眼を見張る男達をしりめに、肩をすくめながらカカシは口布を戻し、後輩を振り返る。

「テンゾウ。もう、面倒くさくなってきた。ネタバレしちゃって、さっさと引き上げよう。もっと問題が深いところにあるかと思って様子見してたけど…これなら、目当ては金だけだろう。」
「いいんですか、先輩。この程度で…?」
「…ま、いいんじゃないの。五代目から巻き上げたモノは後で本人に返してもらうことにすれば。」
「わかりました。」

若い忍者二人の会話がさっぱり飲み込めない壺振りと店主は、話の成り行きがわからずきょろきょろし始めている。

絡んでは見たが…荒っぽい連中もおおい博打場を経営している店主にも、この二人の内在する力をようやく気づきはじめ…た、その時。

黒い髪の忍者がぽん、と軽く手を合わせた。

―――――え…???

ずあ…っと木々がきしむ音がしたかと思うと、床下がいきなりそのまま持ち上がり…




「な…な、なんだ、どうなってるんだ!!??」




極太の木の根のようなモノに絡め取られた男が、しっかりと千枚通しを握りしめたままずるずると空中に引きずり上げられていた……。



「さて、店主どの。こいつの果たしていた役割について、ちょっと正直に説明してもらおーかな…?」


穏やかとも言える隻眼がほほえんだ。
その笑みほど、恐ろしい物はない…と、店主も壺振りもようやく気がついたのだった…





◇◆◇




「カカシッ!!ヤマトっ!!見てみろ、ワタシとて捨てたもんじゃないぞっ!!大もうけだ!!」


火影室の前を通りかかった二人を呼び止めたのは、上機嫌な五代目だった。

「ここのところ、ずっと負けが込んでいてな。まずいな、と思いながら…ちょっとした事情で止めることもできんで困ってたんだが…」

火影室に引きずり込まれて大喜びの五代目に満面の笑顔でつげられて、お互いに苦笑をひらめかせながら顔を見合わせた。

「シズネの奴が、妙に息抜きを勧めるもんで、アタシの息抜きって言ったら、コレとコレだからな!」

壺を振る仕草と飲む仕草。豪快な女丈夫はそう言って笑ったが…ふと笑顔を納めてまじめな顔になった。


「お前達…なんかやらかしたのか…?何となく…店の内装が代わってた気がしたんだが…」

ヤマトは五代目の勘の良さに咄嗟に返答できなかったが、

「そうです、そうです、俺達のオカゲなんですよ、なんかワカラナイですけど、俺達の働きなんです、だから五代目、手当を上げて下さいよ!」

にこにこと片目で笑いながらはなはだ不誠実にカカシが答えた。綱手は目をすがめて、ん?と二人を見比べる。

「いや…アタシの気のせいかな…?」
「えーーー俺達にご褒美…!」
「……休暇をやるから家に帰って良し!」
「……それってはじめから俺達が持ってる有給を使えってことですか…?」

ヤマトがようやくそう尋ねると、

「まぁ、そういうことだ、知らないならいい、さっさと仲良く休んでこい!」

しっしっと追い払われて、二人は笑いながら退散した。

ふ、と、ヤマトが足を止めて振り返る。

「止められなかった…ちょっとした事情って…なんですか…?聞いて…いいのなら…」

実直な部下にそう聞かれた綱手は、ふと、窓の外に目をやった。


「……………中々帰ってこない…放浪癖のある大馬鹿野郎が…勝てば帰ってくる…と…つい賭けてしまうんでな……負けで…止められなくなった。それだけの…つまらん理由さ…」


窓の外、遠くを見つめたままの綱手の背中に、彼女のもっとも信頼する部下二人はかける言葉を持たなかった。



続く


Update 2010/08/21