先輩にお願い!―2―

ここか?と言う風にカカシが後輩に視線を流した。

二人が立ち止まったのは、木の葉の大通りの突き当たり、里の中でも幾分いかがわしいたぐいの店の前だ。
派手な電飾などはない、ごくありふれた…しかしナニを商っているのかわからない店。



そもそも。
里推奨…とまでは行かないが、ある程度基準を満たしているギャンブル場は、規制の対象外で、そこそこの憂さ晴らしとして里人にも人気がある。
と、いうより、綱手の趣味が趣味なので、自然、下も倣う、と言うことだ。

酒とギャンブルという、何処の親父かわからない憂さの晴らし方をする里長のために、カカシやヤマトを含む上忍たちは、そこそこ楽しめるように、悪質な店はきちんと淘汰してきている。

しかし、何事にも、例外はあるもので…


「オレはこの店、チェックしてない〜〜よ〜」
「…ボクもです…」
「ここの辺りは誰の担当よ?」
「……ガイさんですね…」
「あ〜〜〜」

やれやれといった視線を交わす。

ガイが仕事をさぼったと言うより、この手の仕事は向いていないのだろう。「熱い青春の楽しみ」としてのギャンブルを力説されて納得したのかもしれない。

「……手間賃はガイに払わせないとねーーー」
「…先輩…ちょっとそれは…」
せこくないですか、と言う言葉を飲み込んだ後輩に、
「…なんだよ。文句あるの。せっかくお前と二人で休暇がそろってたのに。」

鼻を鳴らして文句を言う先輩に、自分と二人の休暇を楽しみにしていた、ととれる発言を聞いて舞い上がった後輩は、それだけで満面の笑顔になり、先輩にどん引きされたのだった。





◇◆◇



その店の主人は確かにやり手だった。

元々は外からの流れ者なのだが、客の興味を引く出し物なり、景品なりを用意し、他の里に比べて比較的すれていない木の葉の住人の関心を上手く集めていた。


が、欲はきりがなく、里長が賭け事マニアだったのが悪心を起こさせるきっかけになったのか…

不正直な商売に手を染め…あとは坂を転がるように悪辣な手段にはまりこんでいった。



猛暑の8月。

その日も炎天下の中、客の入りは上々で、鴨葱だと、支配人室でほくそ笑んでいると。


「だんな。木の葉の忍者が来店してますがね。断りますか…?」

マネージャーがうらなり顔を覗かせた。

「莫迦をいうな。木の葉は忍者の里だぞ、上得意じゃねぇか。しっかり金をおとしていってもらいな。」
「下忍じゃなさそうなんですがね…」
「下忍が落とす金はたかがしれてる。中忍ならまだ金をもってるだろう、入れろ入れろ!」
「へぇ…」

そうして、二人の忍びは、ごく普通に来店したのだった。



◇◆◇



なに、ここ。


カカシの眉間の皺が深くなる。


ヤマトは肩をすくめる。



あちこちに隠し窓があり、鏡が仕込んであり、店員は隠しマイクをあごの下にしこんでいる。


五代目ハコンナノニヒッカカッテタノ?


暗部語がテンゾウの耳に流れ込む。

隠シ扉ガ新シクデキテイマスネ…


新しくってナニよ、とカカシが後輩を振り返って、やっと思い出した。

そうか、この辺りも、こいつが再建したんだったっけ。

あそこのバランスも狂ってる、ここも、こんな風に削っちゃ建物の強度に影響するのに…
っていうか、あそこにあった柱はどうしたんだ!!外したの??外して隠し部屋を作ったのか!!
建築物を何だと思ってんのか、この連中はっ!!言語道断っ!!


独り言も暗部語なのは見上げたものだったが、しきりに憤慨する後輩に、多少カカシが引いているところに、マネージャーらしい男がやってきた。


「おお、忍者さんですか、初めていらっしゃるので?」


もちろん、カカシもヤマトも、忍服のまま、カカシに至っては口布もつけたままだ。


先輩ヲ知ラナイノハ…外部カラノ移住者ノヨウデスネ!里ノ者ジャナイナ、コイツラ!!

カカシは口布の下で苦笑した。この後輩は、「はたけカカシ」を知らない木の葉の住人が許せないらしく、こめかみに血管まで浮かせている。


マ、好都合ジャナイノ! トニカク実態ヲ調ベルノガ先決デショ。綱手様ハナニデ遊ンデイタワケ?

端から見たらひどく無口に見える忍者二人は、そのまま、火影様がハマってる位おもしろい遊びがあると聞いたから、と言って、同じ場所に案内を請い、そのまま店の奥へと入っていった。




◇◆◇



「……と、まあ、ルールは至って簡単ですね、偶数か奇数かを当てるだけですから。」


丁半博打のルールを上忍二人に説明していた案内役が、胴元の男に客二人を紹介する。


「新しいお客さんだ、しっかりもてなして、常連になっていただくんだぜ」

野豚を思わせる容貌の胴元の親父は、黙ってあごを引く。頷いたらしいのは、案内役にはわかっているのか、愛想笑いをして、引き上げていった。


綱手様…マサカ丁半ニ嵌ッテタッテ…マジ?

後ろできょろきょろ部屋の内装を見回している後輩に暗部語で聞くと、後輩はため息をついて肩をすくめた。


ワンゲーム ガ数分デ、スグ結果ガ出ルノガオ手軽ナンジャナイデスカ。


「口数の少ない兄さんたち。ビビってんのかい?身ぐるみはごうってんじゃねぇんだ、気楽に遊んでくんな。」

「………」
「………」

「ま、負けりゃあ、身ぐるみはがれることもあるけどな。へっ」

小粋な冗談を言ったつもりなのか、肩に埋まった猪首を揺すって笑い、レートはどうすると、ぞんざいに尋ねてきた。

「……相場がわかんないのよね。どんなもんなの?」

カカシが小首をかしげて尋ねると、胴元は針のように細い目を更に細めて、

「最低から最大まで、どのくらいでも好きなように決めさしてやるぜ。今日はまだ客は少ねぇからな。サービスしてやらぁ!」

そう言いながら、賭場の方に案内していく。

「忍者ってのはいい仕事のようだな。昼間っから博打たぁ、まじめに働いてるのがばかばかしくなってくらぁ!へっへっへっ!」

ヤマトがその台詞にあからさまに厭な顔をしたが、カカシは右目でにやにやわらって、ま、そういわないでよ、と平気だ。

「ま。女火影が博打狂いなんだから、部下のあんた達だってあそびたいさ、なぁ?どうでぇ?あの火影様は、胸のほかに見るべきものはあんのかね?」


胴元は前を向いて案内していて幸いだったというものだろう。
一つあらわになったカカシの瞳に一瞬宿った殺気は、隣のヤマトさえ足を止めさせた。

「ナニしてんの?さっさと来いよ、テン。」

何事もなかったように歩くカカシは、こいつは、がっつり仕置きしてやる、と心の中で誓っていた。




続く



Update 2010/08/14