世界は願うよりうつくしいから
後篇


後篇

「まずいな〜」



声に出してつぶやくとますます落ち込んでくる。


テンゾウは自分のお人よし加減に嫌気がさしてきた。






あの時。



別行動、とはいうものの、班員から見られない位置に離れて並行して走っていたテンゾウは、かなり大きな包囲網がメンバーにかけられようとしているのに気付いた。


先頭が通り抜けると次々合図がとんでいる。



─おいおいおい…先頭走ってて彼は、気付かなかったのか……!


敵方はまさか任務が終了したあとで、班員が独り別行動をとるとは思いもよらなかったのだろう。

まんまとテンゾウに後ろを採らせてしまった……




………




これがCランク任務って……手当を再考してもらわないと割に合わないぞ……。


独りで10人以上の追っ手を始末させられたテンゾウは、精魂尽き果てて、大木の枝にへたり込んでいた。


ボクは何をやってるんだろう……

暗部に入ったばかりのころ。
……独りで殿(しんがり)を務め、そして敵に包囲されても助けが来ることはなかった。
独りで迎撃し…囲みを破って…己が力ひとつで生き延びてきた。
だから、必死で自分の力を磨いた。

怠慢はすなわち、自分の死に直結していた。

自分の身、一つ守るのは自分だけ。

ずっとそうして生きていたのに。




──テンっ!!大丈夫かっ!!


そういって……
あの人だけが戻ってきてくれた。
あの人だけが、ボクを背にかばってくれた。

そうしてボクは、あの人から仲間を守ること、大切にすることを教えてもらった。


だから…ボクはあの人に教えられたように…同じ班の…未だ未熟な彼らを守らなくちゃならないんだ……

それが…日頃、自分に白い眼をむける人間であったとしても。


それが…あの人の願う世界だから。



テンゾウは軽く首をふって物想いから意識を切り離した。



メンバーが帰って自分がいなかったら、カカシさん、心配するだろうな。
早く帰らないと…

体力ぎりぎり、里まで持つかどうか。
ため息をつきながら立ち上がったテンゾウは、深呼吸をしたせいで、嗅ぎ慣れた異臭に眉をひそめた。

血の匂い。

勘弁してくれ……また厄介事かい…?

それでも、辺りを注意深く観察する。

テンゾウの止まっている大木の下生えで、生き物の気配がする。

上を見上げてため息をひとつつくと、テンゾウはふわ、と其の下生えの前に飛び降りた。









◇◆◇





巨大なその山犬は、虎バサミに後足を捉えられ、暴れたせいでますます傷口をひどいものにしていた。


この森は緩衝地帯だから、こういった罠の類は禁じられているはずだが…


近寄るテンゾウに激しく歯をむき、威嚇する。
何度も罠を外してやろうと手を出すが、決して気を許さない手負いの獣に、どうしてやることもできない、と、テンゾウがあきらめかけたとき…
罠の陰から子犬が顔をのぞかせた。


あああああ…
お母さん犬なのか……

がっくりと頭を垂れたテンゾウは、残り少ないチャクラを振り絞り、木分身を作った…







◇◆◇






カカシは小隊が帰還した道を逆にたどっていた。


すると、あちこちに、戦闘の気配が残っている。


あのくそ班長……!!何が無事帰還しましただ、くそったれっ!!



多分……この面々を始末したのは面倒見のいい後輩だ。
まさか、こんな連中にヤられるとも思えないが、何せ怪我をしているのが気がかりだった。


「召喚っ!!」

手っ取り早くパックンを呼びだし、テンゾウを探させようとしたカカシは、現れた忍犬から、想いもよらぬ情報を聞き出した。






「その母犬は、ヘッドギアをした木の葉の若い忍に助けられた、といったんだな…?」

肩口に止まるパックンにといただすと、

「ああ。子犬を咥えて逃げ出そうとした時、その忍者からかすかにお前の匂いがしたんだそうだ。」

「それで、そいつ…テンゾウは…!?」
気がせいて、あわただしく忍犬に問いただすカカシの前に、子犬を咥えた大きな白い山犬が音も立てずに舞い降りてきた。


「……って、なんだ、罠にかかってたのってお前だったの…?」


おどろいたカカシの問いに答えるように、先導して森の奥へと駈け出して行く。





◇◆◇




マジで拙い……


さっきの木分身で…チャクラの残量がほとんど底をついてしまった。


いったん帰ってから……出直してきても…いやいや、更に暴れて…それとも罠を仕掛けた不心得者が来てしまったら…

やっぱり助けてやらなくちゃならなかったんだよ、あのタイミングで…



太い枝に座り込み、幹にもたれたまま、意識が遠のいていく。

カカシさんに怒られる…。
っていうより、こんなことで帰れなくなったらいくらなんでもバカバカしすぎるだろ……

無性に煙草を吸いたくなってポケットに手を突っ込む。
ごろり、とした手触りに、ひっぱりだしてみる。

あ…先輩の指抜きのグローブ…。
持ってきちゃってた……


これは先輩のお気に入りだ…返さないと怒られる……

もう一度先輩の貌が見たいな…声が聞きたい……


「テンゾウ…!!」



え……?
駄目だ…幻覚が……もうボクはここでおしまいなのかな…?…それなら……


「おまえ……自分の誕生日に何やってるんだよ…!ホントに……!」

誕生日……?だれの…?


「お前のだよっ!!何ボケてるんだ、しっかりしろっ馬鹿テンっ!!」

……そっか…誕生日、僕にもあったんだな…だからなのか…?先輩が迎えに来てくれる都合のいい夢……

それならプレゼント欲しいです、先輩……
本人には絶対ねだれないからね…幻覚にくらい、一度…言ってみたかったんだ…

「何…?何が欲しいんだよ…?」


くれるんですか……?
幻覚って…やっぱり自分の都合のいいように出来てるなあ…

……

先輩の裸が見たいです……ヤルこと、やってても、いっつも薄暗がりで…よく見えないから…
ここで…この明るい日差しの中で隅から隅まで…先輩の裸が……

「…………!!!!!」





◇◆◇





やっと見つけた後輩は、チャクラを使い果たして、ぼんやりと枝に引っかかっていた。

なぜか探していたカカシのグローブを片方だけ握りしめて。


「こいつ、これを持っていたんでアレも匂いに気付いたんだな…」

パックンに言われるまでもなく、彼女に先導してもらわなければ、こんなに早く「探し物」を見つけることはできなかっただろう。


怪我をしたまま酷使したらしい両腕の腫れはひどいものだった。
握力も残っているかどうか怪しい手に、自分のグローブをしっかり握りしめている…。
カカシはなんだか泣きたくなってきた。

「テンゾウ……!!」



……………




返事はするものの、会話がどこかおかしい…と気付いた時には、裸が見たいと爆弾発言をかまされた後だった。


誕生日に、何かこいつの望むものをやりたい、とは思っていたが…

「………男の裸を見て何が楽しいのよ、お前……」

ため息とともに……カカシはベストのファスナーに手をかけた………。







◇◆◇







木の葉病院の個室でぼんやりと眼を覚ましたテンゾウは、ひどく幸せな夢を見ていた、と思った。

どこから夢を見ていたのかよくわからなかったが、カカシが迎えに来てくれて、美しい…白い体を見せてくれて…
どうせこんな都合のいい夢、途中でうやむやになるんだから、と、ずっと心の中でひそかに望んでいたことをみんな頼んでみた。
何せこちらは動けないのだ。

どうせ夢なら途中で動けるようになってくれればよかったのに……

カカシはテンゾウの突拍子もない望みをみんなかなえてくれた。






足、開いて……自分でしてるとこ、見せてください……

自分で……慣らして…僕に跨ってくれませんか…?




正気なら絶対頼めない。多分雷切られる………



でも、夢の中の先輩はとっても従順に僕の言う事を聞いてくれて……

大きく開いた白い脚の付け根の内側の…柔らかな肌に浮かぶ…昨日僕が歯を立てたところ、暗かったから分からなかったけど…あんなうっ血になっちゃってたんだ、痛かっただろうな…先輩、何も言わなかったけど…申し訳ないことを……


………って……

え…?


あ、あれ……?


リ、リアルだな……?自分が見たことのない痣、あんなふうに夢で見られるものなのか……?


困惑して身じろいだテンゾウは、チクンと首筋に走った小さな痛みにギクッと実を凍らせた。








─テ、テンゾ…あ、も、もう……あ…!!
─ほら、先輩…頑張らないと……い、けないですよ、ボクは動けないですから…
─おま…え、この…!あ、っ!!

首にしがみつくカカシが息を震わせて首筋に歯を立ててきた、その痛みも更にテンゾウを煽り…

─っ!馬鹿テンっ!!お、大きくするなよ…っ!!あ、あああ!!




夢、だよな?僕に都合のいい……?

…で、でも、首筋が…

なんで夢の中のカカシ先輩に歯を立てられたところが痛いんだろう……!?








◇◆◇









どんな顔してテンゾウの見舞いに行けばいいんだ、とカカシは病室の前で固まったままぐるぐると悩んでいた。

いつも寝込んだり、チャクラ切れを起こしたりするのは自分の方で、あんなふうに動けなくなったテンゾウを見たのは初めてだった。


─し…心臓にわるかった……



あんなに心配なものとは思わなかった。自分が寝込んだときはあの後輩もいつもあんな気持ちでいたのだろうか。


それで…つい。


息も絶え絶えに…


見せて欲しい、と言われてしまえば。




………っ…!!オレ…どうかしてたぞ…!!!!外で…あんなことをっ…!
いやいや、家の中でやったとしても十分恥ずかしいじゃないのよ……

どうやって…テンゾウの貌をみりゃいいのよ、誰か教えて………!!!













綱手は、テンゾウの病室の前、ドアノブを握りしめて延々と中に入れない銀髪の上忍を呆れたように一瞥すると、ため息をついて、他の患者を先に診察しに行った。




………



随分たってから、テンゾウは彼が助けた山犬の事をパックンから教えられ、本人(犬?)からの礼も伝えられた。

それであの当日の事を聞こうとすると、

「しゃべるとカカシに殺されるからな」


と、はぐらかされ、結局、「コト」の記憶はなんだか曖昧なままだった。




多分、自分はとてつもなく「イイモノ」を誕生日の贈り物にもらったのだ。

そう、それはカカシとの行為のことだけでなく、カカシの「想い」も共に。

記憶があいまいなのが残念だったが、とても幸せな気分はいつまでもテンゾウの中に残った。

こんな幸せな気分を抱いていけるのならば、生きていくのも悪くない…

そう、きっと世界は自分が願うよりももっとうつくしいのだろう…

テンゾウは、ふ、と眼を見開き、ちょっと人の悪い笑顔になった。


来年の誕生日は、去年と同じのが欲しい、と、ねだってみよう……!


つぎを、未来を願える、この幸せ……

Happybirthday!



おしまい

わあ、やっと終わった……il||li _| ̄|○ il||li
隊長…おめでとう!!

Update 2009.08.11
あとがき
ひいい…ぎりぎり上等な更新、大反省です……il||li _| ̄|○ il||li

すっぱりきっぱりわすれておりましたが、このお話はInnerChildの設定を継いでおります^^;

おまけに、このお話、というか、InnerChildの前にもう一つエピソードを挟んでおりまして…
管理人はそれをUPしてないのを忘れてそれに出てくるキャラを出してしまいました……orz
そう、あの山犬のお母さんです^^; どうしようもないですな(^^ゞ

まあ、カカシ先生のファンの一人(一匹…(笑))だということで…(笑)

一日遅れで頑張りました(^^ゞ
楽しんでいただけたのなら良かったんですけど……(#^.^#)