朝の食卓
〜四代目誕生日記念・続ママレード〜



………?

任務報告書を手にしたまま、四代目が固まっている。
どうしたんだろう。俺、ちゃんと書いてるよね…?

「………カカシ…」
静かにそう呼びながら立ち上がった先生は、俺のほおに手を添えると、
「痩せた…?」
と聞いてきた。

半月の中期任務でそれなりにきつかったけど、そんな自覚はないから、いいえ、と答えたら…
ひょい、と抱えあげられてしまった…!
「ちょ、な、なにするんですか、先生!!」
「いいえじゃないよ、カカシ、4キロは減ってる!!」

そう断言する先生をなだめるために暗部装備を外して体重計に乗る羽目になった。
…が…

え…!!5キロ減!?


「うわあああ!!育ち盛りの青少年がなんで5キロもやせるかな!!」

真っ青になった先生は、

「朝ごはん、抜きっぱなしなんだろう、カカシ!!この前の任務のときも抜いてそのまんま食べてないでしょ!」

いつもは温厚な四代目が大きな声をだしているので、隣室からなんだなんだと人が集まってくるのが恥ずかしい…
…それも、朝ご飯をちゃんと食べなさい、と、小さい子がされるような説教をされてるなんて…


「大丈夫です、わかりましたって!俺だって昨日今日一人暮らしを始めたわけじゃありません、ちゃんと食べますって。任務のときは仕方ないじゃないですか!」

そう約束したのは、さっさとこの場を逃げ出したかったからだ。
四代目は色々忙しいのに、いつも俺にかまって…そのことがホムラ様たちに評判が悪い。これ以上変なことをあの年寄りたちに言わせるわけに行かない。

しかし、正直な所、俺は食事にあまり関心がない。
食い気よりも眠気。

朝食を食ってる暇があれば寝ていたい方だ。
だから、その場をそう約束して切り抜けて、明日もギリギリまで寝ているつもりだったんだけど…






「せ…先生…って…じゃなくて 四代目……なにしてんですか…」

「ん?ナニってカカシの朝食作ってるんだよ。」

翌朝、金髪碧眼の美青年は、俺の家の台所で花柄のエプロン姿でそう言ってにっこり微笑んだ。




「………そ…れで、仕事は…」
「ん?昨日の内に全部済ませたし、今日は特に案件もないから、大丈夫だよ。そんなことより、カカシ、早く食べなよ。」
「…食べなよ、って先…四代目…」

俺はテーブルに格子模様のように並べられたトーストを呆然と見ていた。
ジャム、バター、マーガリンにママレード…ピーナツバターにチョコレートバター、メイプルシロップまである…

「カカシがどれがスキかわからなかったから、みんな作ったんだけど…!」

…作ったって、パンを焼いて塗っただけ…と、いえる雰囲気ではない………
青い目がきらきらしながら俺の方を見つめている。

…火影の仕事って、こんなことをしている暇があるほど、のんびりしてる仕事じゃないはずだ…
その証拠に先生の蒼い目元にはうっすらと翳が浮いている…
また徹夜でもしたんじゃないだろうか…

とても、甘い物はキライです、などと言えたもんじゃない…

「あ、え、っと、ママレード、いただきます…」

一番甘そうな感じじゃないのを選んで咥える。
…先生…そんなにじっと見てたら食べ辛いです………


それから、先生には俺がママレード好き、と刷り込まれてしまったらしく、一枚では満足してくれなくて、斜めにしたら垂れてくるくらいのたっぷりのママレードを塗った…というより、ママレードの乗った…トーストを毎日毎日何枚もお代わりで食べさせられる羽目になった。


そう、先生は、俺に朝食をとる習慣がつくまで、火影の激務を縫って朝ごはんを作りに来てくれたんだ。
…トーストを焼くだけに。
ママレードを塗るために…俺が気恥ずかしげにもそもそとそれを食べるのを見るためだけに…。






目の前で、生真面目な表情でせっせとトーストにママレードを塗る黒髪の青年を見ながら、カカシはほお杖をついたまま、クスクスと笑った。
この青年は色々なことをそつなく器用にこなすが、料理だけは不得手らしく、いつも妙なくらいに緊張している。

俺に構いつける人間は、みんな俺に物を食べさせたがるな…

そんなことを考えながら、自分のトーストが冷めるのをそっちのけで、何枚もカカシのトーストにママレードを塗っている青年のこめかみにそっと指を伸ばした。

「先輩、気が散ります、うまく均一にぬれませんから…!」

そう叱られてカカシはごめんごめんと指を引っ込めた。

切れ長の藍色の瞳を三日月に細めながら、カカシの視線が遠くなる。

─先生…俺は貴方のおかげで幸せって言うのがどういうものか、わかった気がします…

例えばこのママレードのトースト。
不器用な手つきで塗られるバター。
残すと淋しそうに曇るまなざし…

そんな些細な日常の中に、「幸せ」という物は隠れているのだ。


全てに片意地をはって…つっぱって生きていた俺に、甘やかされることの気恥ずかしさと、心配されることの照れくささを教えてくれた。

何にも欲しいと思わないことはけっして高潔な生き方ではないのだ。
求めて、求めて、そうして手に入れることが叶わないことを受け入れることが、潔い生き方なのだと…

色々なことをあの人に教わった。

イイコトもイケナイコトも一杯教えてもらいましたね、先生…


自分の好物がママレードだと思い込んだまま…
あの人は逝った。

ちいさな、幸福な誤解…



雪景色の庭に視線をめぐらせて、カカシは、そういえば今日は先生の誕生日だったな、と、思った。

残したら駄目ですよ、と説教する年下の恋人に綺麗な笑顔を向けながら。




end


Update 2009.01.25
あとがき
今日は四代目のお誕生日…
丁度連載中のお話しに、色濃くその存在をかんじさせることもあって、以前に書きかけていたお話しを手直しして仕上げてみました。

このお話しの対のお話しが、拍手のお礼文の2、の、「ママレード」です。
いっしょに読んでいただけると、より一層…(笑)

ここのところ、テンカカに手を付けられない上に久々のテンカカ更新が四カカという感じでごめんね隊長…(笑)

最後が少し端折った感じですみません、今日どうしてもUPしたくて、無理したので…(笑)

楽しんでいただけたら嬉しいです…