隊長の災難
目の前が紅く染まる。
チャクラを使いすぎたな…と、ヤマトは落ち着いて考えていた。
でも、まあココは里の中だ。へばってしまっても敵襲を受ける事はないだろう…
そうか…先輩は…これ以上に……チャクラを絞り出したんだな…
やっぱりカカシ先輩はすごい……
ぼんやりした頭でそんなことを考えていると、案の定…
地面が目の前に迫ってくる。
あああ、顔から突っ込んでしまう……と、思った瞬間、
ぼよん と、妙に柔らかい感触がして…あ……気持ちいい…先輩の内腿だったらいいのにな……と本人に聞かれたら雷切られるような事を考え…ているうちに本当に意識を失ったらしかった。
◇◆◇
「そ、それは…ちょっとお引き受けいたしかねます、五代目……」
いかにも申し訳なさそうな顔で頭を下げるヤマトに、綱手は不機嫌な顔をして押し黙った。
元が派手な美貌の女傑だけに、眉間にしわを寄せて不承知をあらわにした表情はかなり迫力がある。
温厚、と評判の暗部上がりの部下に、無理難題を吹っかけているのだが、それが当たり前の事を頼んでいるように見えるのは、ある意味綱手の人徳かもしれなかったが。
………ごり押しされる方はたまったものではなかった。
「火影屋敷を改修するついでに、ちょちょっと地下室を作ってくれりゃあ、いいんだ。それくらいの手間をかけたってよかろう?ヤマト!」
ヤマトはため息をつきながら、手元の資料に目を落とした。
「五代目。この規模の改築…となると…周辺の地盤から補強しないと、地震なんかの時に危ないですから…」
「補強すればよかろう…!?」
「………」
「どっちにしろ、里中、大改装だ。この際、ガツンとやってしまえ、ヤマト!」
「………………チャクラが持つかどうか……」
カカシ先輩なら、こんな時……きっとうまくいい逃れるんだろうな……
などと思わず思考が逃避に入ってしまうヤマトだったが、
「それなら大丈夫だ!カツユでサポートしてやる!チャクラの心配なんかいらん!」
それを聞いたテンゾウは、紙のように真っ白になった。
◇◆◇
「チャクラの使いすぎですよ、テンゾウくん。」
柔らかで、かわいらしいとさえ言える声が、優しくたしなめてきた。
「はい、申し訳ありません…助けていただいてありがとうございました……」
ヤマトは正座したまま神妙に頭を下げ、下を向いたまま、丁寧に礼をいい、謝罪する。
その背中にはびっしょり汗をかいていた。
ヘッドギアをしていて良かった、と、これほど思った事はなかった。
していなければ、額にも玉の汗が浮かんでいるのが相手に分かってしまっただろう。
「こちらこそ、五代目が我儘を言って申し訳ありませんでしたね…!あの人も、色々頑張った後なので…どうか大目に見て下さいね。」
「い、いえ、そんな、とんでもないです……」
声はちゃんと出せている……?膝の上で握りしめている手は震えていないだろうか…?
人には、苦手なもののタイプが二つあるという。
ムカデや蜘蛛のように、足がたくさんあるモノが苦手、というものと、蛇や、ミミズ、ナメクジのような足がないモノが苦手、というものと。
ヤマトは典型的な後者だった。
幼いころに、大蛇丸のラボで、散々な目にあったのが消えようもないトラウマとなっているのだろう。
あ、あ、あんな人外魔境と一緒にしてはカツユさまに失礼だ…!
理性では十二分に分かっているのだが、しかしそれは原初の恐怖心を和らげる、なんの力にもならなかった……
◇◆◇
カツユは、少々不機嫌であった。
里の危機を救ったのは勿論、ナルトである。
ナルトが天道ペインを倒し、外道ペインたる長門を感化させなければ、木の葉が立ち直れたかどうか。
結局、五代目がカツユにやらせたことは無駄になった形だったのだが…
それでも、死んだ者は以前の状態で戻ったから却って良かったが、重傷だったものはそのままだったので、やはり、回復させるカツユにかかる負担は並みのものではなかったのだ。
─それなのに…ワタクシを怖がる人がいるとは、何事なんでしょう…!
色々納得のできないカツユではあったが、里は着々と復興しており、それに…
─カカシくんといい、テンゾウくんといい、五代目はホントにいい部下を持っていること…!
五代目のごり押しで、火影屋敷に秘密の地下室を造らされていたヤマトは、連日の超過任務でチャクラ切れを起こし、危うく地面に顔から突っ込むところをカツユが体で受け止め、チャクラを補ってもらったのだ。
それを聞いた本人は真っ青なまま、謝罪した。それほど恐縮する必要はないのに、と、ますますヤマトを好ましく思うカツユだったが。
「そ、それでは…カツユさま、まだ仕事が途中ですので……」
そう言ってふらふらと立ち上がるヤマトを、カツユは心から心配しつつ見送ったのだった。
◇◆◇
あの時…自分は里外任務で離れていた。
急にナルトが…ナルトの巨大なチャクラが、妖狐の色に染まり始め…封印がほとんど解けかけたことを知った。
必死で里に戻ろうとし…すでに戻るべき里の、姿も形もないことを知った。
声をからして、カカシを呼び、探すうち、アカデミーの教師から、カカシがペイントの戦闘に入ったのを知らされ…そして……。
何もかもが後手後手で、いつも自分は間に合わない。
だからせめて…
せめて、里の復興に力を尽くしたいと思い……
そう思って……!!
「だけど、なんで火影屋敷の地下に賭博場なんて作らないといけないんだぁあああああああああああああ」
すでにチャクラも限界に近い。
しかし、チャクラ切れで倒れると、どういう事になるか十分に経験したヤマトは、歯を食いしばって、踏みとどまった。
◇◆◇
「なに…?もう出来たのか…?」
書類をいやいや眺めていた五代目は、カツユからの連絡で、優秀な暗部上がりの部下が、仕事を終えて引き上げたと聞き、やや意外そうな顔をした。
──なんだかぐずっていたから、もっと時間がかかるかと思ったが…さすが…カカシが目を掛ける後輩だけあるな…
喜んだ綱手は、次の任務から、十分にチャクラを使えるように…特別に計らってミニカツユを付けてやろう、と、上機嫌で考えるのであった……。
そうして、当のヤマトである。
ふらつく足と、遠くなる意識を必死でつなぎとめながら、家路をたどっていた。
顔にまとわりつく、ぽよんとした湿った感触を記憶から消すことができない。
流れ込んできたチャクラは、暖かく、穏やかなもので、体が一気に楽になったというのに、助けられたと知って礼を言おうと顔を上げた視線の先に合った……離れた二つの…目。
うわあああ
考えるな、考えるんじゃないっ
カツユ様に失礼だっ
あれは…あの感触は…
そ、そうだ、先輩の太ももっ!太ももだ、そうだ、太ももなんだ、そう思い込め、思い込むんだっ!!
現実逃避だと言われようと、とにかく帰宅しないと話にならない。こんな街中でぶっ倒れでもしたら、どこからあの方が来るかわかったものではない…
太もも。
先輩の太もも……
何やら呪文のようにぶつぶつ呟いて、気力体力の限りを振り絞りながら…ひたすら家を目指した。
◇◆◇
ここのところ、後輩の負担がかなり大きいのに気がついていたカカシは、ひそかに心配していたのだが、どうしても里の復興を大工だけに任せていては、里人が野宿しなくてはならない。
病人、老人、子供。
恐ろしい思いをした者たちには、一刻も早い安全な住居が必要なのだ。
木遁を使えるのはあいつだけ。おまけに土遁、水遁まで使いやがるから奴にかかる負担は…
よしよし、帰ってきたら甘やかして……
そう思っていた矢先、当の本人が息もチャクラも絶え絶えに返ってきた。
「よ、お疲れさん、だいぶ疲れ……」
ているようだな、と、最後まで言い終わらないうちに、カカシはヤマトに攫われるように担がれてソファにひっくり返されていた。
ナニッ!? 何ゴトっ!?
呆然としている間に、あっという間にズボンを膝まで引きずり降ろされ、あろうことか後輩が股間に顔を突っ込んでくる。
フトモモ…センパイノフトモモ…
なにやら呪文のようにぶつぶつ呟いているが、聞き取れない。
いきなり内腿の一番柔らかい所に鼻面を突っ込まれて、カカシは…
反射的に雷切っていた………
◇◆◇
「…カツユさま…お手数を掛けて申し訳ありません…」
チャクラ切れを起こしかけているときに、カカシの雷撃をかる〜く喰らって昏倒してしまったテンゾウを、カツユが丁寧に治療してくれた。
「…いえいえ、こちらこそ…。五代目が本当に我儘を言ってしまって。」
一見無表情に見える綱手の口寄せ獣は、長く突き出した両目をしおしおと下にむけ、心から申し訳なさそうにした。
突貫工事のように、ぶっ続けで綱手の願い…命令という名の…をかなえたヤマトが、限界に近いだろうと察したカツユは、物陰から見守っていたのだったが、無事、なんとか帰宅したのを見届けて、ほっと、火影屋敷に戻ろうとした時に…
「疲れた余り、妙な行動をとってしまったのですね、カカシくん、あまり怒らないで上げて下さいよ…」
優しく諭されてカカシは後首に手をやってカツユに謝罪した。
後輩には起きてから謝ることにしよう。
カツユ様に助けてもらった事を聞いたら、安心するだろう。
そうそう、綱手様が、次の任務にはミニカツユ様の同行を許可してくれたとか。
これでチャクラの心配無しに頑張れるはずだ……
そう考えているうちに、ベッドの後輩がうっすらと目を覚ました。
「お…?ヤマト、気が付いたか…??その…悪かったな…カツユ様が治療して下さったから、すっかり元通りだぞ…」
そう言ったカカシの横から、なめらかな白い肌をもった…口寄せ獣がヤマトを覗き込んできた………
終わりっ!!!
Update 2010/05/30
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