それが苦手!


恐怖で凍りつく先輩を、ボクはその時初めて見た………






先輩は強い。

上忍クラスの敵何人に囲まれても顔色一つ変えないし、ほとんど怪我もしない。

誰かをかばって無茶をするんじゃなければチャクラ切れだって起こさないだろう。

だから、ボクは先輩はたぶん最強の忍び…怖いものなんてないんだとばかり思っていた。

その時までは………。




その日、ボクらは実にくだらないことで喧嘩していた。
原因もさっぱり分からなくなるくらい、どんどんどんどん話は横道にそれて…


子供たちが微妙なボクらの空気を読むくらいには、かなりこじれていた。


どっちが悪いかなんて、もうすっかりわからなくなっていたから、ボクはさっさと仲直りしたかったし、ボクが謝るのは全然かまわないんだけれど、謝るきっかけがつかめないでいた。

先輩はこれで結構気難しくて、謝罪するにしろ、本当にきちんと謝らないと、

「めんどくさくなったんだろ?」

とかいってへそを更に曲げてしまう。

だから謝るタイミングが難しい………












「ねぇ、ヤマト隊長、カカシ先生と、なんか喧嘩でもしたの?」


とうとうサクラにまで気付かれてしまって、体裁が悪いったらありゃしない。


「あー、大人の事情ってやつかな…?」
「ふーん…。早く仲直りしてくださいね!これ、いつもおごってもらってるから、隊長に上げます」

そう言って彼女が渡してくれたのは、木の葉マーケットの福引の景品だった。

「カカシ先生と二人でどうぞ…!次の任務までには仲直りしててくださいね!んじゃ!」

そう言ってにこやかに走っていくピンクの髪の少女をボクは呆然と見送った…



木の葉遊園地の入園チケットを二枚、でかい男ふたり、いったいこれでどうしろと……











ボクの頭の中身を散々疑ってくれた割には、先輩は上機嫌で…2時間遅れで待ち合わせ場所の入場口に現れた。


珍しく私服だ。


キャップを目深にかぶって写輪眼と特徴的な銀髪を覆い、パーカーの襟を立てて、首筋の白さを隠している。
口布も外しているので、これで先輩が「写輪眼のカカシ」とは気付かれないだろう。

そうしてみると、先輩は着やせするたちなんだな、と改めて思った。
脱いだ時の印象より、ずっと、私服だと細く見える。
あの下にある、きれいな胸筋や腹筋が、汗に濡れて、しっとりと………

ボーっと先輩に見とれてたボクは、先輩に目の前でひらひらと手を振られて、ようやく我に返った。

「何考え事してるんだ?!」
「いえ、先輩の私服姿に見とれてました!」

なんの考えもなく、思ったことがするっと口を衝いて出たんだけど、とたんに先輩は貌をそらせてしまった。

わ、しまった、仲直りのチャンス探してるのに…怒らせちゃったらまずい……
ってあれ、耳がちょっと赤いような気がするのは…ボクの気のせいだろうか…?

「時間なくなっちゃうでしょーよ、ボーっとしてたら!」
そう言って先輩はさっさと中にはいっていってしまった。

……二時間も遅れてきた人のいう科白じゃない……


かぶったキャップを両手で押さえて、まんざらでもなさそうにコースターに向かった先輩を、ボクは憂鬱な気分で追いかけた。
……きらいなんだ…あの絶叫系……

木の葉遊園地はそんなすごいマシンはないけど、それでも降りた後で気分が悪くなるくらいには、ボクにはきつい。

先輩に笑われようと馬鹿にされようと、ボクは観覧車とかで十分だ。
目の回るような移動は、自分の足でできる。
自分でコントロールできるのなら、どんなスピードだって全然平気だが、あの、機械に制御される上下左右の急激な運動は……

ボクには向いてない……




………





やっぱり、嫌いだ…ジェットコースターなんて………

朝に食べた焼き鮭と味噌汁が、なんだか口から飛び出しそうだ……


それでも上忍か、だの、こんなんでナルトたち任せといて大丈夫なの、とか、先輩には散々いぢめられたが、胸元にせりあがる吐き気に反論もできない。



口ではそんな風な憎まれ口を叩いていたが、ベンチに座って青い顔をしているボクに、先輩はコーヒーを買ってきてくれた。
先輩がおごってくれるなんて珍しい……

……ということは、晩御飯はたぶんボクのおごりになるんだろうな……


ボクがへこんでいるのがよっぽど嬉しいのか、次は何に乗ろうかと、わくわくしながらパンフレットを見ている先輩が妙にかわいかった。
先輩の様子を見てる限りでは喧嘩していることなんかどこかに飛んで行ってる風だったが、きちんと謝るなりして仲直りしておかないと絶対に後から思いだしてまた機嫌を悪くする。

難しい人なんだよ、先輩って。

ナルトたちには大人だけど、ボクにはもうわがまま言い放題で………
…それがまたうれしいボクっていったい……


「先輩が好きなら、また付き合いますから…連続では勘弁して下さいよ…」

そう正直にたのんだら、しょーがないねぇ、とかいいながら、次はどこに行くだの、なんか食べるか、だの、妙に楽しそうだ。

楽しそうな先輩を見ているのはボクだって楽しい。



よく考えてみれば…。

ボクも先輩も6歳で中忍になってから、ずっと任務に就いていた。

親に遊園地に連れて行ってもらった経験なんてあるはずない。




遊園地が、大人にもこんなにわくわく感をもたらしてくれるってのに今はじめて気がついた。


「先輩!あそこ、行ってみましょうよ。運動系の乗り物と、ああいったのと交互に行った方が目先が変わって楽しいですよ、きっと!」


そう言ってボクは、ちょうど目の前に現れた「ホーンテッドマンション」を指差した。



一瞬先輩の足が止まる。



「……………な・に…あそこ…入りたいの………?」


いや、入りたいというか…絶叫系でも、方向性の違う絶叫系っていうか…ボクはこっちの方がまし…

って、あれ、カカシ先輩…?

なんか、歩幅が小さくなってません…?
先輩のコンパスからすると、かなり小さいですよ…?

あれーーーー?


ボクは気付いてしまった。

そして先輩はボクが気付いたことに気付いた。

正直、仲直りのきっかけ探しにきているだけで(ボクは…そりゃ、楽しいけど。)先輩に意地悪したいわけじゃない。

やめときましょうか、と、言おうとした時に、先輩の負けず嫌いが発動していた。

「…いいよ、ん、じゃ、はいろっか」

先輩……声、震えてません…?





それからの出来事を…どう説明していいのか………





怖がる先輩がかわいかったのは入ってふた部屋め位までだった。

最初は精一杯見栄を張ってふつうに(でもなかったんだけど)歩いていたんだけど、だんだん部屋は暗くなり、「いきなり」系の脅かしアトラクションのはじまったあたりから、先輩の挙措がおかしくなった。

「テ、テ、テ、テンゾウ、こ、怖くないか……?」
………ボクの背中に回ってしがみついてくる先輩なんて、これから先金輪際お目にかかれない……
「怖くないと面白くないですよね、先輩…お化け屋敷ですから…」
「そ、そ、そうか…うん、たくましくなったな、後輩…」

でも先輩…落ち着いて気配探ってくださいよ……背後からなんか来てますって…


戦場だったら、とんでもない索敵能力を持ってるくせに…範囲でいえばこの木の葉遊園地は優にカバーし、何人がどう動いているかチャクラを把握してしまう…なんでこのお化け屋敷の中の人の動きをつかめないかな……

ほら、すぐ後ろに……


「きゃあああああああああ!!!!」


って、いきなり抱きついてきた先輩は、脅かしてきたアトラクションの役者にクナイを抜いてしまってる……!!


ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっと!!


瞬身で先輩を抱えてその部屋を出たボクは、先輩の心拍数がずいぶん上がっているのに気づいた。

先輩…ホントに怖いんですね…?

かわいい…
かわいいったらない…どうしよう……かわいすぎる……

ボクたち忍は、もちろん暗闇でもある程度の視界をたもっているし、ボクは特に暗部が長いから、暗闇とか問題はない。
だから、先輩のうっすらと汗のにじんだ首筋とか、呼吸の速い薄く開いた唇とか、無茶苦茶そそられた。


「先輩…さっさとここ、出ましょうか…?」
「……テンゾウ…でも…入ったばっかりだぞ…?」
「暗くて先輩の貌がしっかり見えないんで寂しいです…明るいとこ、出ましょ?」
「……」
まだ何かこだわってる先輩がとにかく可愛くてしょうがなかったボクは、仲直りが済んでなかったのにもかまわず、抱きしめて、色の薄い唇に、口を重ねた。


思えばこれがまずかったのかもしれない……


どうやらボクらが(男女の)恋人同士だと思ったアトラクションの俳優が、(恋人同士には違いないが)いちゃいちゃしてんじゃねーぞ、こら、と、口の中で文句をいいながら、(ボクにはしっかり聞こえた)気合いを入れて脅かしにかかってきた。

だから先輩、後ろに、後ろから、って、キス、キスをひとまずおしまいにして……!!!

ボクは自分が始めたキスだったが、先輩がその気になって濃厚な前戯としてのそれになっていってしまっているのに心底慌てた。
こんな場合じゃなければ大歓迎なんだけど、恐怖は性欲を昂進させるってのは本当かもしれない…

って、だから先輩…!!


ちょ、ちょっとまて、こら、今、駄目、今は脅かしたら駄目だってーーーーーーー!!!!!





………………

















そのあと、しばらくして木の葉遊園地のアトラクションのひとつ、「ホーンテッドマンション」が閉館になってとりつぶされた、と、噂で聞いた。

どうやら、漏電で火が出たということらしい。


従業員はすべて逃げだせたらしいが、その時、入場していたカップルがひと組、行方不明になった、という。


「ほんとなんですって!!俺の前で、すっげー長身の美人が、恋人らしい男といちゃこらして、キスまでし始めたから、あったま来て、気合い入れて脅かしたら……」

目の前からふっと消えてしまったという。

その時、「美人」の手には、白く輝く光が浮いていて、この世のものとも思えなかったとか…


事情聴取にあたった警ら部の忍たちはとりあわなかったが、客がひと組入ったまま出てきてないのは記録に残っていたのでそのあともずいぶん調査が行われたらしいが、結局理由が分からず…



「本物」の出るお化け屋敷はシャレにならなくて、取り壊しになったらしい。




で、「行方不明の恋人同士」は、卓袱台で向かい合って茶をのんでいた。
もちろん、遊園地の出来事はお互いに触れないことに暗黙の了解が出来上がっている。


「なあ、テンゾウ…」
「はい…?」

ずずっとお茶を飲んだ後輩は、衒いのない目を白い貌をさらす先輩に向けた。

「そのうちに…オフがそろったら、もう一回、あそこ、いこっか…?」
「………はい……」
「今度は、お互いの苦手なの、ちゃんと避けような。見栄を張って悪かったよ。」
「…はい。今度は、観覧車、一緒に乗ってください。」
「……って男同士であれ、恥ずかしくないか…?」


そう先輩に言われた後輩は、えらく幸せそうに笑った。

「先輩と一緒にいられるんだったら、なんだって平気ですよ…!」
「……っ…変な奴……」



こうして、結局、喧嘩の結末はうやむやになり、木の葉の誇る上忍ふたりは、何にもなかったように元のさやにおさまっていた。




そして、木の葉遊園地の観覧車が、木の葉の戦略の密談に使用されている、といううわさが広がり始めたのは、そのすぐ後のことで、もちろん、二人の知ったことではなかった。……



end
Update 2009.05.17