αιτειτε και δοθησεται υμιν
 求めよ、さらば…

岩隠れの里に幻の銘酒があるそうですね
よっぽどのツテでもないと手に入らないそうですよ


そんなことをボクがカカシ先輩に言ったのはもうずいぶんと前の事だ。
どんな話の流れでそんなことを言ったのかさえ覚えていない。

なんとなく、小耳にはさんだ事をふと口に上らせたに過ぎなかった。

けれど。







−あの人はもう!!

また遅刻か!


ここの所、どうもカカシ先輩は単独任務ばかり選んでいるようで、その所為でボクにまで単独任務がまわされてくる。
…いっちゃなんだが、ボクとツーマンセルを組める暗部はそうそういないんだ。
実力差がありすぎるバディは、片一方に負担をかけ、却って足手まといになり、大事になりやすい。
だから、かえって一人の方が動きやすい。なので、本来なら二人でやる仕事まで、ボク一人に回ってくる。
それはカカシ先輩も同じ事で、単独任務、と選んでも、他の暗部、上忍ならツーマンセルでする仕事を一人でさせられているらしい。

なんでそこまで一人で任務に就きたがるのかがわからない。

ボクはずっと不安なまんまだ。
ボクはカカシ先輩に避けられてるんだろうか…

ボクは気分が顔に出ない性質で、その日もカカシ先輩に待ちぼうけをくわされたまま…待ち合わせの場所が見える範囲でそこここ、移動していた。
何時間も待たされるので食事やらトイレやら考えておかないといけない。

それでも幾分ぼおっとしていたのだろう、サクラが直ぐそばに来るまで気がつかなかった。

「ヤマト隊長!珍しいトコにいるんですね?待ち合わせですか?」

サクラは珍しく忍服を脱いで、華やかな私服を着ている。

「ああ、まあ、そんなところなんだけど、サクラ、綺麗に着飾ってるね、デートかい?」

「だったらいいんですけどね…!ナルトとサイ君と待ち合わせなんです。Xmasイブに一人でいるのって寂しいじゃないですか!」
そういってサクラは肩をすくめた。
「ま、恋人がいません、って宣言しているようなもんですけど…」

苦笑いのその仕草は、もう十分に彼女が大人の女性に近付いてきているのを感じさせてボクは自分がえらく年を取ったような気にさせられた。

「イブは恋人と一緒にすごすものなのかな?」
「あれ、だから、隊長もデートなんでしょ?」
「ああ〜〜ボクはカカシ先輩に呼び出し食ってるんだよ。」

そう正直に白状したボクに、彼女は気の毒そうな目をして、風邪引かないように、といって、待ち合わせ場所に急いでいった。


そっか、イブには二人で過ごすものなんだ…

ボクはどうしてもそういった行事や習慣に疎い。

物心付いてからというもの、思い出したくもない目に合ってきて、それから逃れたら任務づけだ。任務に盆も正月もあったもんじゃないし、そもそも家族団らんというものすら知らない。

けれど、カカシ先輩とこういう関係になって、それまでの人生で与えられなかったものをみんなあの人に与えてもらっている気がする。

だから…


先輩、今、何してるのかな…


見上げた空は灰色で、そこから降ってくる雪は、影のように澱のように、ボクの気持ちを沈めていくようだった。







岩がくれの里はふぶいていた。

任務帰りの忍がどんなに焦っても、予定通りに里に戻れないくらいには。

何を思ったか、彼は遠回りで岩がくれの里に紛れ込み、なにやら用事を済ませて上機嫌で帰着しようとした時…年に何度か、という大吹雪に見舞われたのだ。

「あーらら、こりゃあ…間に合わないかな…?」

グローブから出た指の先が真っ赤になって感覚が鈍くなっている。
はあ、はあ、と息を吹きかけながら寒々しい音を立てて雪の舞い散る灰色の空を見上げた。

−Xmasプレゼント?なんですか、それって子供の貰う物でしょ?いいですよ、ボクは…

優しい目を苦笑させてそういった。

−え?貰った中で一番嬉しかったものって…ボク、プレゼントを貰ったことないですからわからないですよ…

少し困った顔をしてそういった。

自分も7つで家族を失った。
たくさんたくさん、大事にしてきたものをなくした。
でも…
なくしたけれど…

大事だった記憶、幸せだった思い出までなくなったわけではない。

…あいつはそんな思い出すら持っていないんだ…


殺伐とした人殺し家業…
そんな中で、背後にあの大樹のような気配を感じるだけで凍りそうな魂が、こころが、息をついた。

カカシ先輩…

困ったような笑顔でそう呼ぶ声が、彼をひしぐ強い腕が、底知れぬ奈落に落ちそうになる心を支えてくれた。


…俺ばっかりいい思いさせてもらっててもね。対等じゃないよね。だから…


「しょうがない、これ以上待ちぼうけさせると、後が怖い…!」

そう一人ごちて、男は懐の荷物を大切に抱えなおすと吹雪の中に飛び出していった。








さすがに足先が凍り付きそうだ。

また、今日も待ちぼうけ…

行事を気にする若い娘ではあるまいに、イブにふられたから、どうだって言うんだ。
きっと任務で抜けられないんだろう。

−テンゾウ、24日は体、空けとけよ。任務、入れるなよ。

そう念を押された時は…

期待したんだけど…

ベストのポケットに突っ込んだ手が、贈り物の包みに触れる。
贈り物の交換なんて、生まれて始めての経験だ、と、浮き立つ気持ちが冷たくしぼんでいくのをどうしようもない。

プレゼントの質問をされた時は…何かもらえるのかな、と、あつかましく期待してしまった。

期待をして、それを外されるのはとても辛い…。

でも…

期待をする自由さえなかった小さいころの自分。

望みが持てるだけでも今の自分は幸せだ、とテンゾウは思った。
例え、その望みがかなわなくとも…

望んでいる時は、その望みは自分を幸せにしてくれる。


あの人と、いっしょに生きて行きたい。

望みはそれ一つだけど。


いかん、どうも最近、贅沢になってきてるな。
あの人と一緒にいると、色々望んでもいいような気になってくる…

たぶん、それはとても幸せなことだ、とテンゾウは思った。
例え、雪の中にどれほど待ちぼうけさせられたとしても…









雪まみれの待ち人が、彼のもとにたどり着いたのはもう日付も変わろうかという頃だった。


すでに人波は消え、雪明かりに一人立ち尽くしていた彼は、まるで氷の彫像のようなその姿を凝然と見つめるしかない。

体温の感じられないその体が広げられた彼の腕の中に倒れこんできた時、すでに意識はなかった。

しかし、その白い体を抱きしめた彼は、その犬面の下で、ただいま、と小さな声がするのを確かに聞いた…。










本来なら木の葉病院に連れて行くはずなのだが、しがみついて来る手を離す気になれなかったテンゾウは、自宅にカカシを連れ帰り、かじかむ手で風呂の支度をした。
勿論、大事にその人を抱えたまま。


浴槽の中で、凍りつくようだったからだがゆっくりと解きほぐされていく。
そうして初めて、自分も凍りつく寸前だったと気が付く。

凍える雪の中で、ひたすら待っていた。

来るかどうか、それは分からなかったけれど。
その場を離れる気にはついにならなかった。

彼が帰ってきたときに、自分がいなかったらどんな気持ちになるだろう。

そう思うと帰る事が出来なかった。


−ただいまって…ただいまって言ってくれた。…

それが泣けるほど嬉しかった。
それならば、自分は待っていてよかったのだ。自分が…この人の帰る場所なんだ…

凍えた体に血がながれはじまる、そのジーンとした感覚が、すみずみにいきわたるのを…痛みを伴うその感覚に耐えながら、テンゾウは前に抱えた想い人の白く細い体に手を這わせる。

暖かい湯の中に入っても、中々温まらないその人の体をマッサージするように擦りながら、テンゾウはいつか自分が泣いていたのにも気付かなかった。
暖かい湯に紛れた暖かい涙を、前に抱えられた人がちゃんと知っていたことも…


そうしてテンゾウは、湯上りに湯のぼせしたカカシから…岩隠れの里の銘酒を手渡され、また泣かされることになった。

コタツに額をつけ、酒の瓶を抱えたまま肩を震わせて静かに泣いているテンゾウを、相変わらずの口布に半纏というわけのわからない格好をしたまま更にまるく猫背になって、カカシは幸せそうに目を細めていた。

「遅くなっちまってすまなかったなあ…もっとかっこよく帰ってきてサラッと渡すつもりだったんだが…」
「……」
ぽさぽさした黒髪がこくこくと頷くのを見ながら、カカシは更にゆっくりと低い声で話す。
「まあ、さすがに幻って付くだけあって、なかなか、売りたがらないのよね、みんな…」
こくこく。
「よっぽど、『眼』をつかったろーか、とか思ったんだけどさ。」
ふるふる。
「お前にやるプレゼントにそれはなんかいやでさ。」
こくこく。
「断れなくさせるのに、依頼をいっぱい請けなきゃならなくなって…でもお前と仕事したんじゃ意味ないでしょ…」
…それで単独任務…
「よく考えりゃ、俺が単独で仕事したら…ま、俺はいいにしても…お前も単独任務になっちまう、ってのに、後から気付いて…」
こくこく。
「悪かったな。お前と組めるのって、俺しかいないのにさ。」
そう優しい声で低く囁かれ、テンゾウはたまらなくなって鼻をすすり上げた。
…うう、かっこわるい…
でも、この人は…自分と同じように、お互いがお互いにとって、一番だと思ってくれていた…
それがたまらなくテンゾウを幸せにする。
自分のために…この人はたくさんの手間と労力をかけてくれた。自分を喜ばせるために…自分も忘れていたようなことを覚えていてくれて…
自分のために何かをしてくれる初めての人が、この人であったことが、この聖なる夜の奇跡のようで…

「……先輩、これ…」

テンゾウは、コタツに懐いたまま、顔を上げずに横に脱いであった忍服のベストのポケットから包みを取り出して、カカシに差し出した。

「えっ、俺に…?」
自分が贈り物をするのに夢中で、貰える事を夢にも思っていなかっただろう事がその驚く気配でありありと分かった。
この人らしい…
泣き笑いをした顔を伏せたまま、さらに、ん、と包みを差し出す。
「え、えと、あ、ありがと」
そういって受け取って、あけてもいいか、ともそもそ確認して、がさがさ開け…
あ…と、息を呑んだのに気づいた。
「…クローブ…?」
「先輩、手がいつも冷たいでしょ。木遁で糸にチャクラを練りこんでおきましたから冬仕様で、暖かいですよ。指は薄くしてますから、細かい作業の邪魔にならないだろうし…」
「……」
「木遁チャクラ製のグローブは、ひとつだけのオリジナルですよ」
そういいながら、そっと顔を上げたテンゾウは…
グローブを握ってびっくりした顔をしたまま、その人がオッドアイからぽろぽろと涙をこぼすのを見た。
「うわ、わ、と…!」
直ぐ本人も自分が泣き出してしまっているのに気付き、あわてて涙を拭おうとしたが。
「……カカシさん…」
身を乗り出したテンゾウは腕を掴み、顔を覗き込んだ。
「ちょ、ちょっとテンゾウ…!」
「ボクを泣かせたお返しです…気に入って頂けましたか…?」
そう聞かれ…綺麗な眼をほころばせると、口布を下ろして…笑った。

「なんだかね。いい年したおっさんが二人でプレゼント交換して泣いてりゃ世話ナイね。」
「…いい年になるまでに経験してないんだから、いいんですよ」


どちらからともなく唇が近付き、相手の温かい口を味わって…やっとあるべきところに戻ってきた実感に包まれた。


古酒だけのクリスマスディナーだったが、二人にとってそれは、何物にも代えがたい、豊かな晩餐になった。




end

Ask, and it will be given to you; seek, and you will find; knock, and it will be opened to you. For everyone who asks receives, and he who seeks finds, and to him who knocks it will be opened.

求めなさい。そうすれば与えられる。「マタイの福音書」 
Update 2008.12.24
あとがき :
何とか間に合いました…ほっ…
間に合わなかったら凄く間抜けですが、まあ、いいです…
こんな平和な木の葉の里は、すでにパラレルになっちゃいましたが…

ここでは、こんな木の葉の里のお話しをぼちぼちと作っていけたら、と思っています…
お付き合いありがとうございました…(#^.^#)