A little little Lover -5-
綱手はやや呆然と、目の前の部下の顔を見やった。
最も信頼する部下の一人である其の青年は…トラウザーを引っ掛けるようにはいただけの半裸、胸に、バスタオルでくるんだ幼児を必死に抱きかかえ、顔色を変えていきなり火影の執務室に瞬身で飛び込んできたのだ。
暗部の護衛や結界など、何の役にも立っていなかった。
振り切られて血相を変えて青年を追ってきた暗部の護衛たちは、火影に手の甲でち、ち、と追い払われ、不服そうな様子で引き上げていったが、侵入者の青年に殺気を放つのまでは我慢しなかった。
…勿論、素顔を晒すその侵入者がだれであるか、気付いた者はいない。
「…つ、綱手様…!!」
「落ち着け、カカシ!」
自分を落ち着けるように深呼吸した綱手は、改めて目の前の青年を見上げた。
濡れたままの銀髪が白い額に貼りつき、白い顔色が血の気を失って青ざめて見える。
どんな敵陣に飛び込んでもここまで顔色を変えるこの男を見たことのなかった綱手は、ちょっと呆れたようにため息をついた。
「何事だ、お前らしくもない…!」
「……テン…テンゾウが…!」
そんな事だろうと思った、と、綱手は軽く首を振りながらため息をついた。
「本人を連れてこい。そうじゃなくちゃ始まらんじゃないか!」
そう言い聞かせた綱手に、目の前の青年は、抱きしめていた幼児をそっと差し出してきた。
「な、なに…?」
「テンゾウです……」
「このちんまいのがテンゾウだと!?」
さすがの綱手も意表を突かれたようにじっとこちらを見つめる幼児の大きな黒瞳を見やった。
「…テンゾウ…か?」
そう問われた幼児は、その年ごろの子供にありえないほど、はっきりと頷いた。
「事情を説明しろ。」
綱手はこめかみを指先でもみながら、カカシにそう促した。
◇◆◇
「………狐の湯に連れて行っただと…?」
「……」
「あんな湯温の高い風呂にちっさいこいつを浸からせれば湯のぼせるのも当然だろうが!何を考えとるんだお前は!!」
「湯…のぼせ…??」
「ただでさえチャクラが安定してないんだ。変化がマイナスに出ることもある!」
「そ、そうですか…も、戻るんですね…?」
こわごわ訊ねてくるカカシにしびれを切らした綱手は、
「たーーとえばだな!」
そう言いながらカカシの腕から幼児のテンゾウを奪い取ると、その小さな顔を、豊かな自分の胸の谷間に押し付けた。
「!!?★!△!×○!??!!」
声にならない声をあげたのは誰だったか。
一瞬呆然としていた幼児はじたばたと暴れ始め、カカシの方は、固まったまま動けない。
その、一瞬が過ぎると…
いきなり平らだった火影室の床がうねり、火影の大きな執務机の足がどたどたと音を立てて足踏みをはじめた。
「わっ!!」「うお…!?」「おや?!」
三者三様の悲鳴が上がり、綱手が胸に抱きしめていた幼児は、チャクラの渦の中で十代半ばの少年に姿を変えていた………。
◇◆◇
「おまえ、ホントにチャクラコントロールできないの?!なんであのタイミングで大きくなるのよ!」
そういわれた少年は、窓の方を向いたまま、憮然としていたが、残念ながらカカシには見えない。
カカシも、自分が八つ当たりしている自覚はあったのだ。
しかし、かつてないほどの慌てっぷりを晒してしまい、黙っているのがいたたまれなかった。
それに…
このテンゾウは知っている……
知っている…テンゾウだ…
小さな子供のテンゾウは、まるで知らない人間のようで、けれども、あの暖かいまなざしで彼を見つめてくる、その違和感が、カカシを落ち着かなくさせていた。
けれども、カカシの部屋で、火影の執務室から適当にひったくってきたカバーを体に巻きつけて外を見ている、痩せた少年は、間違いなく、遠い昔に彼の後を必死で食らいついてきた、あの後輩だ。
いつものテンゾウの面影を、やっと少年に見出したカカシは、いつものように、つい、剣突を喰らわせてしまう。
それはカカシの甘えだったし、いつもの二人には、それこそいつものことだったのだが。
「先輩はボクが好きでこの格好をしてると思ってるんですか…?」
「……っ…」
声変わりの時期特有の、少しかすれた声にさえ、いつもの後輩を見出してしまうカカシは、その時ようやく、少年が怒っていることに気付いた。
「素っ裸のまんま火影様の前にひっぱりだされて、ボクが全然平気だったとでも…?」
そう言われて初めて、この、いつも泰然自若としている後輩自身も、酷く不安だったのだという事に思い至る。
カカシは、ただ、テンゾウが綱手に裸で抱きしめられている図…というのについうっかりキレただけだったのだが…
……う…こいつが抱きついたわけじゃないのよね。うん、確かに綱手様の方が…
火影の地位にある女丈夫にからかわれたことにようやく思い至ったカカシだったが、その時にはすでに、まだ華奢な体格のテンゾウが、体にまとった布を脱ぎ落して、目の前に…
「カカシ先輩…」
後頭部の襟足を両手でつかみ寄せられ、まだ随分身長差のある二人は、カカシがかがむ形になる。
「……つまりは、火影様は、ボクの感情や体調にぶれがあったらチャクラが暴走する、と、実践して下さったわけですよね…?」
「……ん…そ、そうだな…」
「ボクだって、綱手さまに気持ちを振り回されるよりは、先輩に…」
「……!!」
少年の、瞳の大きな顔が、カカシを下から見上げてくる。
「先輩に振り回していただいた方が、本望ってもんですよ…!」
カカシの髪をつかんていた手が離れた、と思ったとたん、ぽん、と目の前で其の両手が打ちあわされ、フローリングから、シュルシュルと音を立てて蔦が伸びあがってきた。
「…え…!?って、テン、木遁…使える…うあっ!!」
「さっき、この姿になって、やっとこのくらいは練れるようになったのに気付いたんです。でもまだ、いつもみたいな繊細なコントロールは効かないんで、動かないでくださいね」
動くな、と言われたカカシだったが、そもそも手足をすでに拘束されていて、動きようがない。
「ボクは赤ん坊の格好だったから素っ裸でも問題なかったかもしれないですけど…」
そう言いながら、少年のテンゾウの手が、カカシの白い胸をたどり始める。
「先輩はこんな半裸の格好で里に飛び出したりして…」
「……男がズボン一つで何が悪いんだよ…」
「…悪いっていうか…先輩、いつも露出度3パーセントくらいじゃないですか。」
「……なんだよ、その露出度ってのは。オレがヘンタイみたいに聞こえるだろ!」
カカシの声が少し上ずっているのに気がつかないのか、小柄な少年は淡々とした所作で胸から腹へと手を滑らせていく。
「右目…指の先、足先…ほんの少ししかいつもは人目に晒さない癖に…」
「………!!」
「今日は55パーセントくらい出しちゃってて……大サービスでしたね…」
「…サ、サービスって…何、その言い方…っ!」
「暗部の連中も気付かなかったじゃないですか。」
テンゾウはクスッと含み笑いをした。
「いつもはあんなに憧れてる先輩に、もろに殺気をぶつけてきてましたよ…」
そしてテンゾウの、いつもよりは一回り小さいが、それでも指の長い手が、カカシのトラウザーのホックにかかった時、さすがにカカシが慌てた声を出した。
「ちょ…っと、テンゾウ、何する気よ!?」
「…久しぶりですよね。ボクはまだこんな姿ですけど…この位になってれば、少しは楽しめませんか、先輩…?」
そんなもん楽しめるかっ…と叫びかけたカカシの口を、テンゾウのそれがそっとふさいできた。
……んっ……!
つい、眼を閉じたカカシは、その口付けが…いつもとまるきり変わらない…彼の大事な後輩のキスだと気付くと、思わず口をあけ、入り込んでくる舌を迎え入れていた。
そうして気付いた時には、テンゾウのまだ華奢な手が、カカシの形を変え始めているモノをつかみだしていた。
続
2010/01/09 update
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