A little little Lover -4-
おやあ、カカシ隊長じゃないですか!
暖簾をくぐった途端に、下足番らしき老爺が曲がった腰を無理やり伸ばすようにして立ちあがった。
「…元気そうで何より…っていうか、その隊長っての、止めてよね」
ちらり、とテンゾウに視線を落としてから、そう苦笑するカカシは、この雰囲気になじみのようで、わらわらと周りに集まってくる…見事に老人ばっかりの顔を、懐かしげに見まわしている。
「おや、隠し子でもおしつけられましたかい?」
しわがれた聞き取りにくい声でそう問うてきた老爺の顔には、ひきつったような刀痕がある。
そういえば、と、テンゾウが見渡せば、この湯屋にいる老人たちは、そろってなにがしかの傷を受けているようだった。
「…隠し子作るような甲斐性も暇もないよ…」
そう一言言っただけで、抱いているテンゾウの説明をしようともせず、そして老人たちはそれを不思議とも思わないようだ。
番台に座る老爺も、別に代金を要求するわけでもなく、ほい、と、洗い桶やら手拭いやらを渡してよこす。
テンゾウは不思議そうに…きょろきょろとあたりを見回していた。
…子供の姿なので、挙動不審には見えず、却ってかわいらしく見える。
「テン。帰ってから風呂の支度、面倒だから、ここで入って帰ろう」
「…風呂を先にしたら、食事を作るの面倒になりませんか?」
かわいらしい子供の声で、そんな穿った事を言う様子に、周りはびっくりしてカカシの連れている子供を振り向いた。
「ま、その時は帰り道にどっかによって喰って帰って、食材は明日に回せばいいさ。ケースバイケース、ってことで…!」
そうですね、とテンゾウが返事をする前に、周りの老人たちがにぎやかに笑い始めた。
「ほらほら、カカシ隊長の『ケースバイケース』だで!そんでもって、『臨機応変』に対処、というのがつづくんだったですよね、隊長?」
いきなりにぎやかになった老人たちに、いつまでもやなこと覚えてるねーー歳とると記憶力が落ちるっていうけどみんな元気だーね、と苦笑交じりに応じるカカシの様子に、ようやくテンゾウは、この湯屋が、引退した忍びたちのたまり場、あるいは湯治場所であるらしいことに気付いた。
それも以前カカシが率いたことのある元部下がほとんどのようだ。
…でも、上忍じゃない…な?
怪我をして不自由な体になっても。
歳をとって体力が衰えても。
三代目のような驚異的な人物は参考にはならないが、力を持つ忍びは、往年の状態を偲べるものだ。
「ほら、ぼっちゃん、こちらで爺どもがお相手しましょう。」
そう言ってテンゾウはカカシの腕から抱き下ろされた。
大人しく下ろされたテンゾウは、穏やかな老人たちの様子を大人しく見ながら、服を脱ぎ始めたカカシにならって、慣れない小さな手でボタンをはずし始める。
もたもたしていると、しわの寄った指が、器用に手伝ってくれる。
礼をいおうと顔を上げた時、カカシが口布に指を駆けているのに気付いた。
ほとんど一瞬の遅滞もなくするり、と口布を下ろし、そのままアンダーの裾に手を掛けると、いっそ潔い、といった勢いで首からアンダーを抜きとった。
見上げる広い背。
白く滑らか…だが、あちこちに残る刀傷が、彼の戦いの歴史を語る。
膝の上に抱え上げ、唇をかわしながらゆすり上げ、のけぞる彼の背を支える時…指先に触れる数々の傷跡。
足を開かせ、恥ずかしがって嫌かる彼の足の内側に舌を這わせる時…
唇に触れる、あまたの…戦いの痕跡。
命さえ脅かしたであろうはずのその傷は、白い彼の体を飾る……勲章のようで……
テンゾウのもの思いが、任務に立つ前のアレとかコレとかに及んでけしからん回想に浸りかけた時。
「これ、これ、これでしたな、隊長…わしゃ、忘れとらんですよ…」
そう言って一人の年寄りが、腕にアンダーを引っ掛けたままのカカシの脇腹の、肉をえぐった傷跡…かなり古い…に指先でそっと触れた。
「まだまだ小さかった隊長が…わしを庇って、クナイにえぐられた時は…」
「そうそう、わしの時は、隊長、ここでした、そうでしょう?」
二人目の年寄りが、カカシの胸の…左乳首のしたの細い傷にそっと触れる。
「わしらを庇って心の臓の真上に手裏剣をつきたてたまんま、乱戦に突っ込んでいかれる隊長を見た時は、わしの心の臓がとまりかけましたわい」
二人の老人があれこれとカカシの武勇伝を語り始めたのをきっかけに、周りの老人たちが、我も我もとカカシの周りに集まって来、この傷がどうだとかあの戦いで初めて見た雷切がどうとかと大騒ぎをし始めた。
呆れたことに、カカシは老人たちが体を…ちょっと恐る恐る…触ってくるのに任せ、少々ばつの悪そうな顔で苦笑するばかりで、止めろともよせ、とも言わずにじっとしている。
─先輩っ!!それはセクハラですからっ!!年寄りの元部下から黙って体をなでまわされてる場合ですかっ!!
外見が子供でも、中身はしっかりカカシフェチの後輩兼恋人は、嫉妬心の促すまま、カカシを取り囲む年寄りの輪の中に押し入ると、そのままカカシの腰に抱きついた。
子供だから許される抗議行動である。
…元のテンゾウの姿でやったら。
まあ、雷…切られるな……
「いやいや、ぼっちゃん、爺たちは隊長…カカシさんをいじめとるわけではないで…」
「こりゃ、びっくりさせてしもうたかな…!」
チビテンゾウの行動に、笑いながらそう言いわけをして、カカシを囲んでいた元部下たちはようやくカカシを解放した。
…勿論、カカシにはテンゾウの行動理由はお見通しである。
「…なんなのよ。…心が狭いぞテンゾウ。」
「…ボクがちょっと触るとエロテンだのスケベ後輩だの言うくせに。」
「……!」
「じーさんたちには随分気安く触らせるんですね…」
「…あのな、テンゾウ…」
「それになんですか…!その、あちこちの傷!」
いつまでも中途半端な格好で脱衣所にいるわけにもいかず、ぶつぶつ小声でいいあらそいながら、二人は服を脱ぐと、腰にタオルを巻いて、浴場に向かう。
かかり湯をして、ざっと体を洗ってから、浴槽に顎まで浸ると、テンゾウは自分がかなり疲れていたことにようやく気付いた。
任務は激務だったし。
チャクラが安定せず、体はこんなんだし。
子供の姿になってから、微妙にカカシとの距離を感じてしまうし。
おまけに…
「その傷。やーーっぱり庇い傷だったんですね。」
あちこち、不自然な場所にあるたくさんの傷。
夜、カカシの肌をたどる時、いつも…手のひらにかかる、傷の跡。
そんな風に傷つきながら生き延びてきてくれたことに、感謝すら覚えていたのだが。
「…やっぱりってなんだよ。」
「やっぱりはやっぱりですよ。カカシ先輩程の人がちょっと傷を受けすぎてるんじゃないのかな、と思えば。」
「10年以上も前の話じゃないのよ。ってかなんで今頃こんな言い訳しなくちゃなんないの、オレ!?」
「死にかけになった傷もあるじゃないですか!」
そう言ってテンゾウは小さな手で左乳首の下の、「手裏剣の」傷跡に触れる。
「コレなんか、傷は小さいですけど、深いですよね。これで戦ってたって…自分の命、何だと思ってるんですか!」
さすがにそこまで言われてカカシもむっとする。
「なんだよ、オマエ。班員庇ってその体たらくになってるやつに言われたくないよ。」
「ボクのは不可抗力です。しょっちゅうの事じゃないでしょうが。それに引き換えあなたときたら…!!」
そう言いながらテンゾウは湯船の中で立ち上がり、先ほど年寄りたちが触れた場所を小さな手でたどり始める。
「ここは一体いつ、誰をかばってつけたんですか!こんなとこまでっ!」
「ちょっと!くすぐったいでしょ!やめろってテン!!」
アカデミーに上がるか上がらないかの年頃の子どもと、素っ裸でふざける…敬愛する元上司。息子か孫の年の彼らに、湯屋の年寄りたちはびっくりしつつも、嬉しげに見守っている。
死にたがりの若者。
類いまれな力を持ちながら、決して幸せそうでなかった。
自分たちのような、とるに足りない部下の命も決してあきらめないでくれた。
尖った生き方をいていた、大切な上司が、今は、湯船で子供と笑いながら大騒ぎをしている。
ようやく…ようやく屈託なく笑う事が出来るようになったのか。
それなら、あの人は、今は幸せなのだ……
生き急ぐようなその人の生きざまに心を痛めていた年寄りたちは、衒いもなく笑うその人を間近に見、肩の荷を下ろしたような開放感を味わっていた。
「テンゾウ、オマエな、ホントいい加減にしとかないと……」
さすがにあちこち触れられて…年寄りたちに触れられているときはなんともなかったものが…こんな小さな手に肌をたどられているうちにけしからん衝動が股間にきざしてきてしまったカカシは、少々声を低くした。
「先輩は…ちょっと…色々いけません…!」
色々いけません、ってなんだそれ、と、カカシが思ったとたん…
小さなテンゾウからあふれたチャクラが渦を巻き…
「テンゾウ!!」
カカシの肌をたどっていた少年は…
カカシの腕の中に倒れ込むと、今は、幼児、と呼ばれるような姿になっていた……
続…
2009/12/30 update
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