A little little Lover -3-





180センチを超す長身のカカシと、小さな子供になってしまったテンゾウの、歩く歩幅は当然ながら格段の差がある。

並んで歩くとどうしてもカカシが歩調を緩めることになるのだが、任務中は忍耐強いカカシも、いつもの半分ものんびり歩かなければならないのにしびれを切らし、隣の子供テンゾウをひょい、と抱き上げた。

「な、ちょ、先輩っ!」

いきなり抱えられた後輩はとっさに首にしがみついて小さな声で抗議した。

「何するんですか、ちょっと下ろして下さいよ。」
「お前ね。自分の歩幅、意識ある?俺、悪いけど脚、長いのよね。ちょこちょこ歩きってしんどいのよ。大人しく抱かれてろ!」

『抱かれてろ』

と言われた後輩はすこぶる微妙な顔になった。

それに気付いたカカシはにやにや、と性質のよくない笑い方をして、子供の丸い頬に頬をよせて、

「何もベッドの中で、って言ってないだろ?」

と、止めを刺した。


しかし、喰えない後輩も負けてはいない。

「こんな格好のボクにもその気になっていただけるんだったら光栄ですね。中身はおっさんで済みませんけど。」

めげていない答えにカカシは呆れたように片眉をひょいと上げると、ホントに中身は変わってないねぇと笑った。

その言葉にどこか安どする響きがあったのを、テンゾウは聞き逃さなかった……


─先輩……



何時もは買い出しは、二人で出かけても買い物はテンゾウがすませる。
カカシは、これも買う、あれも欲しい、と余分なものを買い物かごに入れてはテンゾウに却下されたり叱られたり、あるいは呆れられたりするのだが、この日はテンゾウを片手に抱いたまま、器用にカートをおし、テキパキと買い物を済ませていった。

……やればできるんだよな、先輩は…
下ろしてくれと散々頼んでもあっさり不許可になったのであきらめてカカシの首にしがみついたままのテンゾウは、初めのうちこそ緊張していたが、この至近距離でカカシのアップを衆人環視の中で見放題、というのはおいしいかもしれない、と、「攻めオトコの矜持」はいったん目をつむってもらう事にして状況を楽しむことにした。

ある程度…図太くないと、この里のエースの相方は務まらないのである。


ほとんど買い出しも終わり、もう家に帰って一幅でも、と言ったころ合い、ちょっと降りてろ、と、テンゾウを下ろし、分身を出して荷物を持って帰らすと、またテンゾウを抱え上げて商店街に向かっていった。


「先輩、どこへ行くんですか…?」

「んーーちょっと前から行ってみようと思ってたとこーー」


カカシが入っていったのは商店街の大通りから一つ筋をはいった小じんまりしたアーケード街で、休みのせいか子供があふれていた。


「あれ、カカシ先生…?」

鼻の頭に一文字の瑕のある穏やかな風貌の青年が、笑って声をかけてきた。

「や、イルカ先生、変なとこで会いますね」

カカシが笑顔になる。

「俺はしょっちゅう出入りしてるから変でもないんですけど、カカシ先生、甘いものは苦手だと伺ってたから…」

ここは甘いものを売ってる店しかないですよ、と、不思議がる相手は、初めてカカシの抱いているテンゾウに視線を向けた。

「ああ、その子供さんに…?」

「イルカせんせぇーーーこれもいいーー?」

カカシの返事を待たずに、周りに小さな子供に取りつかれたイルカは、独り一つづつっていったろーーと大きな声を出しながら、ひっぱられていった。

「カカシ先生、失礼しますーー」

律儀に挨拶をしてから。


─先輩、もしかして、ボクのために…?


「俺もこんなとこ、めったに来る事無かったんだけどさ。」


問わず語りのように話ながらカカシは甘いにおいの漂う通りをゆっくりと歩いていく。


「先生がしょっちゅう執務室を抜け出してここらあたりに遊びに来るんだよね…オレを護衛任務に付けたまんま。」
「………」
「火影が駄菓子の買い食いなんて、みっともないからやめてくれって何回もお説教したんだけどさ。」
「はい」
「オレ、その時まで、そんな風に駄菓子を買って食べたことなんてなかったんだよ。そういえば。」
「…はい」
「…今になってやっと分かったんだけどね。あの時の先生の気持ち……。あんときはオレもガキだったからねぇ……」


そう言ってカカシは笑う。
その頬を、テンゾウの小さな手がそっと撫でた。

「……そうですね…ボクもこういったところは珍しいですよ。この格好だから、気兼ねなくきょろきょろ出来るのがありがたいですね」


俺もそんな風に先生に礼を言えばよかったんだよね、と、テンゾウを抱えた青年は何かを懐かしむように通りを見渡した。

その眼にうつるのは、かつての彼の師か、少年時代の自身か……



耳元でくすくす笑い出した小さなテンゾウを、カカシが不思議そうに振り返る。


「…先輩、もしかして、それで甘いものが苦手になってしまったんですか…?」

其の質問の答えは、朗らかな苦笑であった。



自分たちは、当たり前、といわれる少年期を送ってきていない。
それは、忍である、という特異性を考えても、特殊な環境だったと言わざるを得ない。

けっして小さな子供の健全な成長を促す環境でなかったことだけは確かなのだ。
しかし。
既に効率的な人殺しの技術を学んでいた自分たちにとっての理想的な環境とは何だったのだろう。
世間の子供たち同様に無邪気に大人たちの善意を信じていたとしたら。

守られるべき存在としての「子供」。

そんな幼少期を過ごそうとすれば。

─まあ…10日と生きていなかっただろうな…。


他者から見れば、過酷で悲惨な少年時代を…
そうとも思わずに生き抜くことができたのは…

この人には「先生」という人がいて。
ボクにはこの人がいて。


ゆるぎない存在として傍らで…愛してくれたからだ。


自分は今でもこの人を得ている。
けれどもまだ少年時代に師を奪われたこの人の生きてきた道は…

カカシはのんびりと駄菓子屋の店先を覗き込み、店番の年寄りに冷やかされながら、めったにない笑顔をみせていた。

この路地は、大戦の時に、壊滅をまぬがれた旧市街だった。
平和だった木の葉里の面影を残す数少ない場所。

そこかしこに今は亡い人たちの面影の残る……



カカシは迷いのない足取りで甘いにおいの漂う路地を進み、さらに一つ角を曲がった。

戸惑うテンゾウを片手にカカシがくぐった暖簾には、おおきく「ゆ」の文字が描かれていた…












2009/12/21 update