A little little Lover -1-





カカシの視線は、目の前にちんまりと座って静かに食事をしている黒髪の少年に釘付けだった。

歳のころは7歳前後。その年にしては小柄でやせぎす。眼ばかり大きく目立っていてる。

黙々と綺麗な箸使いで食事をしていた少年の手が、ふ、と止まった。

「………………そんなに見つめられるととても食べにくいんですけど……。」
「………!!ん……ごめ……」

ぶ、と、危うく吹き出しそうになったカカシが慌てて咳払いをしてごまかしたが、少年は深いため息をついて箸を置いた。

「…そんなに面白いですか、先輩……?」

小さな少年のしかつめらしい生真面目な言いように、とうとうカカシは吹き出してしまった。



◇◆◇


事の顛末はよくあることだった。

よくあることだが、稀にめぐりあわせが悪い、という事もある。
今回がまさにそれで。

暗号回収班のオブザーバーとして、護衛任務についていたテンゾウは、殿(しんがり)で隊を退却させる途中、うかつな班員が発動しさせてしまったトラップから本人を庇い、もろに毒煙を喰らってしまった。

それだけなら、医療忍者の頂点に立つ五代目火影が難なく解毒してしまうのだが…
テンゾウには特殊な事情がある……

「木遁のチャクラが今回は特に不安定になってしまってるな。コントロールがきかないんだろう、テンゾウ。」

五代目にそう尋ねられたのは、カカシの隣にキチンと姿勢を正して立つ小さな少年だ。

「コントロールが効かない、という自覚は無いんですが、練ろうとしても、穴のあいたバケツで水を汲むような感覚で、変化、というか、解除に必要なチャクラがまとめきれないんです。」

「「………っ!!……」」

小さな少年の澄んだ高い声での改まったもの言いに、カカシと綱手、二人ともとっさに口を両手で押さえた。
ぐ、ふ、というくぐもった声が洩れる。


カカシの腰の高さくらいしかない「テンゾウ」は、あきらめたように視線を窓に流し、

「…我慢せずに…笑って下さって結構ですよ…」

といった。



本人のお許しを得て二人は遠慮なく爆笑し始めた……




◇◆◇


というわけで小さなテンゾウを伴って自宅に帰ったカカシは、共に食事をとっているわけだったのだが…

「ま、お前が無事だからこうやって笑ってられるんだよな、そんなに気を悪くしないでよ、テンゾウ」

腹筋の力で笑いを押さえつけると、カカシはさすがに憮然としている少年をなだめにかかった。

小さい。

7、8歳ころだろうか、自分も細かったがこいつは更に細いな、とカカシはまた黙々と食事を再開した少年に視線を当てる。

自分がこいつをラボから連れ出した時はもっと大きくなってた。
あきらめたような…うつろな目で。
生き残ってよかった、と思った事など無い、と言った。
生き残れたのは偶然で、なら、死ぬ時もそんな風に死ぬんだと思う。

そんな風な事を、この少年はほんの小さなころに、助け出したカカシに言ったのだ。


本来のこの年の頃。
こいつは大蛇丸の実験室で……

カカシの視線がかすかに揺らぐ。
少年…肉体年齢が退行してしまったテンゾウは気が付いているのか、いないのか、静かに食事をつづけていた。



◇◆◇


手の大きさが驚くほど縮んでしまっていていつもの箸が持ちづらい。
体のサイズが変わるだけで、ここまで勝手が違ってくるとは思わなかった。

何もかもが巨大に見えて…

巨人の国に紛れ込んだ気分だが、これは正確には自分が小さくなったせいで、周りが大きくなったのではない。
しかし周囲から受ける圧迫感は並大抵ではなかった。


─五代目の胸の迫力ったらなかったな…視線が下がったせいで…胸に邪魔されて顔が見えなかった……

そんな中で、目の前でクスクス笑いながら食事をしている相手からは、不思議と威圧感をうけなかった。

……?

いつもの身長の時も、少し彼の方が背が高かった。
それがここまで縮んでしまうと、その白い顔は遥か彼方(かなた)上だ。
こうして椅子に腰かけて正面に座って初めて表情が見える。

戦闘時の殺気から思えば、自分がこんなに小さくなってしまっている以上、恐ろしいほどの存在感、威圧感を覚えるはずなのに…。

かすかな…眼を閉じればそこにいるのかどうかも分からないくらいの気配しかない。

─先輩の気配ってこんなのだったかな…いつも、ボクはどんな風に先輩の気配をたどっていただろう……
木遁のチャクラが不安定な今、そんなことさえ曖昧になってしまっている。


初めて会った時。

間に合った、お前だけでも、連れて出てやれる、とこの人は言った。
ホントによく頑張った、と褒めてくれたこの人に、自分は何と答えたのだったか…


「……先輩。笑ってもいいですけど、食事はちゃんとして下さいよ。」

そう催促した後輩に、笑っていた先輩は分かった分かったと箸を動かし始めた。


この人と会ってから。

自分の人生は始まった。

肉親の記憶も、出自も、なにも分からない自分は、あの忌まわしいラボを連れ出されてから、初めて人生が始まったのだ。

そう言う意味では、この人が、ボクの「親」かもしれない…。

…親にあーんなこととか、こーんなこととかしているわけか……………?



凄い、インモラルだな……


テンゾウはその考えに触発されたように赤くなった頬を箸を持った手の甲で押さえた…


◇◆◇



小さな、つかんだら握りつぶせそうなこぶしを握った手の甲で、目の前の少年がしきりに頬をこすっている。

─うわああああ 可愛い…っ!かわいすぎるぞ、どうするんだ、犯罪者になりそうだ……
カカシは大慌てで視線を窓にそむける。

いつもどこか超然としたところのある出来た後輩は、ベッドの中でも優等生だ。
リミットを越えると確かにとんでもなくイヤラシクなってしまうが、大概はこちらの体の負担を最優先に考えてくれる。

しかしカカシも、健康な男子、突っ走ってヤリたいときもあるわけで…

だが、一度そう言ったやり方を覚えて味をしめたりすると…自分が…それがデフォルトになってしまってもそれはそれで困る。
体の負担は(ひとえ)に自分に来るのだ。任務に響きかねない。

それにしても、俺って…こんな子供に…その気になるのってものずごくやばい気がする…

視線をいつまでもそらしていられず、大きな箸を結構器用に使う小さな手をついついみつめてしまう。

後何年したら…あの小さな手は、テンゾウのあの器用で優しい手になるのだろう。
指の長い、少し関節の高い…

暖かい、手。


テンゾウのいつものご飯茶わんがまるで丼に見える小さな少年は、あきらめて茶碗を抱え込むと、そのままかき込み始めた。

…っ顔が隠れてしまってる…!

何だかそんなことさえおかしくて、カカシは声を落としてクスクス笑い続けた。


カカシのクスクス笑いに、ため息をついて茶碗を置いた小さなテンゾウの頬にご飯粒。
いつも器用で完璧主義な後輩のそんな些細なうかつさが、とても愛しい、と感じるカカシは、結局…

腹立たしい限りだけど、俺ってこいつに首ったけってコト?こんなガキンチョになってても…
テンゾウならオッケーだってコト…?
恥ずかしいねぇ…

クスクス笑いを納めないまま、カカシはテンゾウの頬に付いたご飯粒を指先でつまんでとると、そのまま自分の口に運んだ。









後書
方向性が分かっていただけましたか(笑)
テンカカです。あくまでテンカカ。……
これでも…(笑)
これは改装前はまとめて地下室に入れていたんですが、最終話だけがやばかったので分割して表に出しました(笑)。
そのため、第六話、最終話だけが地下室息です^^;


2009/11/22 update