貝殻骨に紅い痕


その人の信頼を得るために必死になった。
そして、その人の信頼を失わないために、今も必死になっている…。





ボクの下で、白い背中が汗ばんで震えている。
真っ白で、なめらかなその背中が、今日も無傷でいることにボクは酷く満足して、僕だけが許されている行為に出る。

「ん…あっ…!テン…ゾ…あ、あ!」
「いいですか…?ここ…?カカシさん…」

背中の貝殻骨にそって、唇をつけ、きつく吸い上げて赤い痕をのこす。
カカシさんはここが弱い。
背後を取られるのに極端に敏感なボクたち忍の中で、ことさらに背後の気配に神経質なこの人の背にこんな風に痕をつけることを許されているのはボクだけ…。
この人が背後から抱え寄せるのを許してくれるのはボクだけ。

それをいつも確認したくて、ついつい背中からこの人を抱いてしまう。

「も…そこ、いいだろ…こっち、向け…テンゾウ…!」

体を捩ってボクに手を伸ばす彼の望み通りにうでを首に絡ませて体を入れ替える…

意地っ張りなカカシさんは声を出すまいと、無意識にボクの肩に歯をたてた…










「先輩!!つ、突っ走りすぎてやしませんか…!?」
「お前とオレとで組んでるんだ。コレくらい出来ないでどーすんのよ!」

ボクの方を振り返りもしないで先輩は敵陣の只中へ飛び込んでいった。

戦況は一刻を争っていた。この敵の先陣を何とかしておかないと、傷病兵のいる後続の部隊に生存のチャンスはなく、後続部隊の存在を微塵も感じ取られるわけにはいかなかった。


先輩は保身をこれっぽっちも考えていない。

チャクラ切れを起こすわけにはいかないので瞳術を使っていないのが唯一の救いだったが…。


コピー忍者の面目躍如…。

相手の技の全てをカウンターで返してしまう。そのくせ、背後の守りに意識を裂くこともしない。

ボクは自分の持てる全てで先輩の背を守る。
先輩の背に傷一つつけないのがボクの誇り…。



はぁ はぁ はぁ…


後続部隊が、つい先ほどまで敵が埋め尽くしていた谷間の杣道を無事に通り過ぎていくのを、先輩もボクも木の大枝にとまって見送っていた。
情けないことに、先輩の背中を見失わないようにするのが精一杯で、自分の背後やチャクラの配分にまで気が回らなくて、ボクはすっかり息が上がっていた。

でも、なんとか無事任務完了だな。

ボクは黙って通り過ぎていく部隊を見下ろしている先輩の背をみて、ほっと安堵した。

よかった。ちょっと疲れているみたいだけど、背中に怪我、してないな。よしよし、今日も頑張ったぞ。今日もちゃんと先輩の背中を守りきった。ボク自身は少し背中に苦無や棒手裏剣を食らったけどまあ、大した怪我じゃ無い。出血ももう多分止まってるし。

先輩が無傷なんだから、ボクの仕事は今日も完璧だ。


そうボクが自分を褒めて励ましていると、先輩が振り向いた。

キツネ面をゆっくり外す…

…先輩は怒っていた。

「テンゾウ。お前なにやってんだ。」
「…は、はい…?」
「何をやってたんだ、と聞いてる!」

ボクは決して馬鹿じゃないんだが、その時はあまりに先輩の言葉が唐突だったので、猫面を外しながら、キョトンと間抜け面をさらしてしまった。

何が先輩を怒らせてしまったのかさっぱり分からなかった。

後続部隊は無事谷を通り抜けた。
敵部隊は殲滅した。
カカシ先輩は怪我もしてないし、チャクラ切れも起こしてなく、ゆとりがある。

……ど、何処が拙かったんだろう…!?い、いかん、先輩、マジで怒ってるぞ…考えろ…!

ボクは必死で考えたが、慌てれば慌てるほど、こんなに先輩を怒らせるようなドジに思い当たらない。

戦場で戦っているときと、普段と、カカシ先輩は二人いるんじゃないか、と思うほどがらりと人が変わるが、闘っていない時に、これほど厳しい気配をまとう先輩はめったに無い。
ボクはホントに真剣に悩んだが。

「分からないか…!?」
「……す、すみま…せん…」

ボクはすっかり情けなくなってつい、俯いてしまった。
ボクには分からない、何かよほど大事なことを失敗してしまったのだろう…。カカシ先輩は、いつも、片方だけの眼で、ボクよりも広い視野を持っている…。



「カカシ…雨が来るぞ…」


ボクたちの張り詰めた空気をやぶって、そう声を掛けてくれたのは、カカシ先輩の忍犬のパックンだった。

カカシ先輩は、ハッとしたように口布に指をかけ、鼻のところだけずらして宙の匂いをかぐ仕草をした。
「…っち、まずいな…」
そういって、ボクを振り返り、
「チャクラは大丈夫か…?」
と聞いた。
「大丈夫ですよ。勿論!」
少々心もとないが、先輩が話しかけてくれたことに元気付けられ、少し見栄を張った。でも、木遁で家を出す程度なら十分に間に合う筈だ。

暫く考えていた先輩は、

「いや、やはりもどるか…」
そういいだしたので、ボクはびっくりして、思わず反論しかけたが、それより…
「今日は野宿した方が賢明だぞ、カカシ。そんなのはわかっておろうが。」
足元からの忍犬の声の方が早かった。
それでも迷っている様子のカカシ先輩は、(何を迷ってるんだろう。ボクと組んだ時はいつも任務が終わると、木遁の家を出させて休んでいくのに…)更に忍犬に、
「先に手当てをした方がよかろうて…」
そういわれて、漸く頷いた。

手当て!? 手当てだって!?
し、しまった。ボクが気付かない所で先輩に怪我、させてしまってたのか!
そ、それで、怒ってたんだ!
背中を任せてもらっていたのに………!

ボクは慌てて野営地にふさわしい岩陰を探し、こじんまりとした家を建て、隠蔽の術をかけた。
チャクラの残量がたっぷりあったわけではないが、カカシ先輩を怪我したままこんな雨の中に置いて置けるわけが無い。
その気力が、チャクラを効率よく使わせ、いつもより手早く、小さいけれど頑丈な木遁の家を建てさせた。


先程までの気まずい雰囲気にこだわっている場合じゃない。

早く手当てをしないと。

カカシ先輩の手をつかむと、ボクは木遁の家の中に駆け込んだ。

「さ、先輩、どこ、怪我したんですか!? 見せてください!早く手当てしないと!!」

中に作っておいた寝台に座らせ、ボクは先輩の濡れ始めた暗部服に手をかけた。いつもだったらそんな大胆なことはしないんだが、とにかく手当て、手当てと呪文のように頭の中で繰り返してたので、気を回せなかったんだ。

「馬鹿か、お前!オレは怪我なんかしてないって!」

…はい…?
でも、さっき、手当てって…

「おぬしの手当てじゃ。テンゾウ。」

ボクの足元でパックンにそういわれて、やっとボクは背中がぬるぬるし始めているのに気付いた。
し、しまった、もう、止まってると思い込んでた!

「す、スミマセン、すぐ、臭いを消してきます!」

ボクが慌てて立ち上がると、カカシ先輩が凄く怖い顔をして無言でボクの腕を掴むと、足払いをかけて寝台に放り上げた……

せ、先輩…い、イタイです……

「あほう!血の臭いは雨が消してくれる!それよりそんな怪我して放りっぱなしで平気な顔してるって、お前の神経、いったいどーなってんの!?」

カカシ先輩の毒舌は健在だった…
嵐のようなカカシ先輩のお小言が、背中からアメアラレと降り注ぐ…

でも、さっきみたいに黙って怒っていられるのよりはずっといい。ボクはカカシ先輩の声も好きだから…

自分の「カカシ馬鹿」ぶりに、ちょっと苦笑すると、

「ナニ笑ってんだ、テンゾウ…!!」

傷口の止血をして、乱暴に縫ってくれた(怪我よりもイタかった)先輩は、低い声で怒った。

「コレで終わりだ!」

ボクが何か言うより先に、先輩はさっさと向こうに行ってしまい、こちらに背を向けて本を読み始めた。


………失敗したなあ

…カカシ先輩がどうしてそんなに怒るのか今ひとつ飲み込めず、気分がどんどん落ち込んでくる。
勿論、先輩が、メンバーに怪我人や死人を出すのを酷く嫌がるのは知っているけど、今回は二人であれだけの任務をこなしたんだ。
多少の怪我はしょうがない、と、ボクは思ったんだけど…。

「気にするでない。テンゾウ。」

ボクが俯いてしまってしょんぼりしていたら、足元から、パックンが話しかけてきた。

「あれは八つ当たりじゃ。」
…え…?

「お前が背後を守ってくれてるのに安心して、自分が無茶をした所為でお前に怪我をさせてしまって落ちこんどるんじゃ。」

……え……!

「うるさいよ!パックン!戻れ!」

口寄せていた忍犬を戻したカカシ先輩と眼があった。

先輩は直ぐにパッと顔を背けたけど、銀髪の陰に見える耳が両方とも真っ赤だった。


そ、そんなこと…


ボクはうれしさのあまりに涙ぐみそうになった。

そろっと、カカシ先輩の後ろに近づいた。

肩にそっと触ってみる。
びくり、としたけど、振り払われなかった。
なのでそのまま、後ろから、力いっぱいぎゅっと抱きしめた。……一発二発、拳骨を食らう覚悟で。

でも、先輩はボクの腕の中でじっとしていてくれた。ボクはうれしくて……

「すみません、カカシさん、注意不足で…」
「………」
「カカシさんのコトばっかりみてて、気になって、自分がおろそかになってました。もう二度と、こんなヘマ、しません。」
「………」
「カカシさん…」
「………お前、オレがお前の血のにおいに気付いたときの気持ち、考えてなかっただろ…!?」

そういわれて、カカシ先輩が怪我したときの事を思い出した。仲間を庇って怪我をしたとき、恐ろしさのあまり、そんなことをして怪我をした先輩にまで腹が立ったっけ……

同じ気持ちを先輩と共有していたことに気付いて、ボクのその時の満足感は、言いようのないものだった…


ボクは後ろからカカシ先輩のアンダーの中に手を入れた。
「…ちょ…!テンゾウ!」
「ボクにはこんなの大した怪我のうちに入りませんよ。証明してみましょうか、カカシさん…」
「テンゾウ…!」
「どうです、カカシさん…?」
意地っ張りな先輩は受けてたつ。
「…なら、オレが納得できるまで証明してもらおうじゃないの!」

そういって先輩の腕がボクの首に絡んできた…



「オレの前で怪我をするな、テンゾウ…」
「カカシさん……!」
「オレの、前で血をながすな、たのむ、から…テン…ゾウ…っ!!」
「カカシ、さん…っ!!」

ボクに揺すり上げられながら、カカシ先輩はうわごとのようにそういい続けた。

ボクは、カカシ先輩も、自分自身も、必ず守る、と、ずっと誓い続けた……









「いててててて………!!」


十二分にカカシ先輩を堪能させてもらった翌朝の、ほとんど恒例行事だな、これは…
ボクは脱衣所の鏡の前でため息をつく。
また、見事に噛んでくれたもんだなあ…紫の段だら模様になってるよ…

「おや〜お早う、テンゾウ君!」

すっきりさっぱりした顔で先輩が風呂から上がってきた。なんだ、こんなに動けるのなら、あんなに手加減するんじゃなかったな…


「おはようございます、先輩。えらく元気ですね?」
「ん?そんなこと無いぞ!結構へろへろしてるよ?っつか、まあ、見事な痣になっちゃったなあ。ごめーんね?」
たいして悪いと思ってる風もなくそういう先輩に、ボクは思わず、
「以前の先輩は可愛かったのに…」
と零してしまった。

「なんだって!? 年上の先輩捕まえて、以前は可愛かったとはナニゴト!? 今は可愛くないって!?」

突っ込みどころはそこですか……


先輩の手がボクの頬をつまんでみょーんとひっぱり、ボクはふがふがと謝った。

ぶつぶつ怒りながら腰タオルでリビングに出て行く先輩の、赤い痕の散った背中を見ながら、あの人はボクのものだ…と、思わずニコニコして、また、キモチワルイ、と怒られてしまった。



こんな穏やかな幸せを自分が得られた事がまだ信じられなくて、ボクはまた先輩を抱きしめる。

先輩はうるさがりながらも、そっと抱き返してくれた……


end
Update 2008.11.08
あとがき :

お話しでは、時間が入り混じって分かりにくかったかもしれないです、スミマセン。

始めと終わりが同じ時系列で、間に入っているのが昔の話で、カカシが22、3くらい、テンゾウが19くらいです。

22歳のカカシ…萌えますね(笑)ちょっと余裕のないようなのがいいです(笑)
テンゾウは変わりなさそう(笑)