InnerChild〜内なるものの声を聞け〜第五話完結
わけがわからない。
なんでこんなに腹が立つんだ。
ほとんど
識域下で、あの
下種の意識をこじ開け、洗いざらい奪い取ってやった。
任務は完璧だ。
テンゾウのサポートもこれ以上ないというくらいの完全さだった……。
けれど。
─俺はいやだ、といったんだ。嫌だと言ったのにこいつは……
カカシにはその怒りが理不尽なものだとわかっていた。
あの場合、ターゲットにどうしても自分を欲しがらせないとならない。
自分に夢中になって、意識がそれだけになるように仕向けなければならない。
だから決してテンゾウの作戦がまずいわけではない。それどころか、最小のチャクラ消費で完璧に仕事をこなした。
けれど。
オレにとってはこいつとの行為は…大切な……自分の心の一番柔らかな部分を晒すものだ。
こいつにだけ……こいつにだけ、俺は、降伏した犬のようにひれ伏し、腹を晒し、足を開く。
なのに。なのに。
こいつはそれを……あんな……
自分からあの男に体を開くのなら、カカシは己が体を道具として精神から切り離すことができた。
体がどのように蹂躙されても、想いのない行為は自分を傷つけることはない。
カカシの中の…小さな子供が泣き叫ぶ。
いやだいやだ…
あんなのはいやだ……
頭を優しくなでる手で、柔らかな脇腹に刃物をつきたてる……
カカシは、壁に叩きつけられて、一瞬意識を飛ばしたらしいテンゾウが、反撃してくるのを待った。
さすがに連続攻撃には移らない。
だか。
テンゾウはそのまま、見下ろすカカシの足元にゆっくり戻ってくると、そこにそのまま座り、じっと無表情なカカシを見上げてきた。
いつもの……穏やかな顔で。
どうしましたか…
何か辛いことがあったんですか…
その貌が明らかにこちらを気遣っているのに…それが分かって…ますますカカシは怒りを誘われた。
お前はそうじゃないのか…
オレを抱くという事、それは…お前にとって、どんな位置を占めている行為なんだ…
どうして………俺には……
理不尽な怒りを大切な男に向ける事を止められない自分に半ば歯がみをしながら、それでもカカシは…
★
テンゾウは、無表情なカカシが泣いていることに気付いた。
涙を流さずに。
この人の…いちばん深い、悲しみ方。
自分は、何か、この人の、一番痛い部分を手ひどくえぐってしまったのか……?
どうすればいい…
どうすれば…
がっ、と、長い脚が、テンゾウの肩を踏みしめてきた。
あえてよけず、体重をかけられるに任せる。
「……お前……奴が動かなかったら…あのまま俺を抱く気だったのか……」
低い声が…見上げるテンゾウに降ってきた。
テンゾウは何も答えられなかった。
知っていたからだ。
この人の、
蠱惑に…あの男が勝てない事を。
抱いたりなぞしなくても、あの男は簡単に落ちることを……
本人は何も分かってはいないが、テンゾウの想い人は、寂しい人間を強烈に引き付ける磁力のようなものを持っていた。
独りで生き抜いてきたその強さが、それを持たないものを強烈に魅了する。
─それにやられてしまった僕だから…よくわかる。
あの男も…里抜けという闇の中を生きてきた人間。
この人の磁力に逆らえるはずもない。
知らないのは……この人本人だけ。
見せられるわけはないだろう。
誰にも。
この人が、僕だけに見せてくれる、あの表情も。あの声も。
でも…
それが……先輩にきちんと伝えておかなければいけなかった。
テンゾウは、肩を踏みしめてくるカカシの白い脚に手を添えると、そっと口づけた。
「…………!!!!」
カカシが息をのむのが分かった。
肩にかかる力が抜ける。
テンゾウは、その白い脚をそっと持ち上げると、カカシに目線をあわせたまま、かたちのいい指にゆっくりと舌を這わせ始めた。
★
カカシは呆然とテンゾウを見下ろしていた。
こいつは……
カカシの足をささげ持つ両手が赤くはれ上がっているのに気付く。
それへ手を伸ばそうとした時、足指をテンゾウが口に含んだ。
「………!!!………」
ねっとりと舌をからませながら、見せつけるように、ぺろり、と指先をなめ上げる。
「先輩……分からないですか…?先輩が他人を庇って…傷つくとき…チャクラを使いきって倒れてしまう時…僕がどんな気持ちで…動かなくなった先輩を抱えて帰ってくるのか…」
「………」
「もう少し…強引にすすめれば…あそこまでしなくても結界を破れたかもしれないですけど…嫌だったんです…」
「………」
「動けないあなたを見るのは…どうしても…」
「…………………」
白く血の気のない顔で、大丈夫だと何でもなさそうに笑うこの人は見たくなかった。
白い肌を、真っ赤な血で曼荼羅に染め、痛みを感じないかのようにその背に何もかも庇おうとする……そんなこの人を…見るのはいやだ。
誰が傷ついたとしても。
この人だけは…。
たとえ、この人自身を怒らせることになったって……
「あなたは僕のだ…!他の人間の為に傷つくところなんか見たくないんだっ!」
そう叫んだテンゾウを、カカシは…大きく目を見張って見下ろしていた。
★
カカシは軽く頭を振る。
頭の芯がじんじんとしびれ始めていた。
あまりの…理不尽な怒りに自分を任せて、暴走するその寸前に、テンゾウが思わず漏らした本音。
いつも、周りへの思いやりをわすれない…自分の事がいつも一番後回しになる後輩。
黒眼がちなその大きな眼から、…ぽろりぽろりと……
瞬きもせず…隠そうともせず…静かに泣く…可愛い男。
ふと気付くと、あんなに、ガンガンと割れ鐘のようになっていた頭痛がいつの間にかおさまっている。
テンゾウに取られている足を取り返すと、その傍らにしゃがみ込み、襟首をつかみよせる。
そうして、今度はテンゾウの頬を伝う涙をカカシがなめ上げた。
「………っ!」
「……ほんとだ。しょっぱい。」
「せ、先輩……っ!!先輩が悪いんですからねっ!!」
そう叫んで、テンゾウは胸前でぱん、と両手を打ち鳴らし、素早く印をきった。
「…テ……っ!!」
畳から生え上がった蔦が、オチているターゲットを
雁字搦めにすると、四柱牢が立ち上がる。
それが男を覆い尽くして、再び何事もなかったかのように畳の中に沈んでいくのを見届けると、テンゾウは自分の襟首を捉えているカカシの手をそっとなで、自分の涙でぬれた唇を親指でたどった。
そのまま、カカシはテンゾウに膝裏を掬いあげられ、隣室へと連れ込まれた。
…………っ 結界…!?
そこは体に馴染んだ暖かいチャクラに閉ざされた空間。
「ここはボクたちだけですから。だれもいないですから。下さい。先輩。嫌だといっても聞きませんけど。」
「テン…、この…!」
殴りつけようにも…赤くはれ上がった両手が視界にはいると、抵抗などできない。
ん…ん………
あの男の前では嫌でしょうがなかった、肌をたどる後輩の手が、今はいとも簡単にカカシを高めていく。
いつだってこの手は優しかった。
この手が好きだ。
でも、それは自分たちだけが知っていればいい事。
優しく耳元を甘噛みしてくる後輩の頭を抱え込み、しゃくりあげるように泣いていた自分の中の…小さな子供が、満足をしたように眠りについた事をどこか遠くで感じていた。
いつも、自分を泣かせるのも、喜ばせるのも、この健気な後輩だった。
ならば、自分も、この可愛い後輩を泣かせたり喜ばせたりしてやっていいはずだ。
★
「あ、あ、テ、テンゾ…ふ、深いって、おま…あっあっ、まって…っ!」
「せ、先輩…」
いつも声を殺して、乱す息も知られたがらないカカシが、かすれた声を隠そうともせず、テンゾウの首を抱きしめてくる。
「テンゾウ…!!馬鹿、ゆ、ゆっくり…い、急ぐなっ!もっと…ゆっくり…」
「先輩……っ!先輩、先輩…!」
がむしゃらにカカシをゆすり上げようとするテンゾウの両頬を手で挟み込み、貌を覗き込んだカカシは、
「…ゆっくり、お前を…感じさせろっ…!」
真っ赤な顔でそう言った………
★
サクラが、カカシたちの任務が成功裏におわったとこっそりと教えてもらい、礼をしようと、お手製の医療キッドを持ってカカシの家を訪ねたのは、任務が完了したらしいその翌日だった。
また先生ったら、チャクラ使いすぎて寝込んでんじゃないでしょうね…!?あ、でも、隊長もいっしょだっただろうから、大丈夫かな…?
上忍宿舎のカカシの部屋を尋ねたサクラの前に、部屋から出てきたのはヤマトだった。
「あれ、隊長。先生、またチャクラ切れですか…?入院してなくて大丈夫…?」
そう聞いたサクラに、ヤマトは実に照れくさそうな顔をして大丈夫だと頷いた。
「……?ならいいんですけど…って、隊長、その手…!?」
珍しくヤマトが片手をポケットに突っこんだままなのに気付いたサクラは、何気なくチャクラで探ってしまい(医療忍者の性だ)
「やだ、亀裂骨折してますよ!?隊長!!」
「わっ、しーーー、サクラ、先輩に聞こえる!!」
ヤマトに玄関先から押し出されるようにして宿舎の外にでたサクラは、骨折で痛みがあるのに病院にも行っていないヤマトを頭から叱りつけた。
「ああああ、わかってるよ、そんなに怒らないで。でもちょっと事情が…」
「もう、しょうがないなあ隊長はっ!!」
どうしても病院に行きたがらないヤマトに、サクラはその場で治療を施してやった。
「…あ、楽になった!ありがとう、サクラ。」
きっと先の任務での負傷なんだろう、通院すると、カカシに迷惑がかかる、とかなんとか考えたに違いない、この先輩大好き後輩は。
だが、怪我の単純治療ならサクラのもっとも得手とするところだ。
おまけに治癒忍術と木遁のチャクラは相性がいい。他の人間の数倍のスピードで完治するだろう。
自分の代わりに面倒な任務を引き受けてくれた上司二人に礼をし、(一人には会えなかったが)やっとサクラは肩の荷が下りた気がしていた。
★
「サクラ、来てたの…?」
ベッドでぐったりと横になったまんまのカカシが、けだるげにテンゾウに声をかけてきた。
「はい、お見舞いっていうか、御礼、持ってきてくれましたよ、特製の医療キッド。」
特製の医療キッド、と聞いて、カカシの浮かべた表情の意味は、テンゾウにもわからない。
「医療忍者の作ってくれたキッドなら役に立つよ。上がって何か飲ませてやったらよかったのに。ま、俺は誰かのせいでもてなせないけどな。面倒がるなよテンゾウ…」
カカシに笑ってそう言われたテンゾウは、冗談ではない、と思った。
あの時。いつもは決して…聞きたいとねだっても決して聞かせてくれない声や…言葉をくれて。
…見事に暴走してしまった。
カカシが起き上がれなくなるまで度を越したのは初めてだ。
今もカカシの体には、隈なく、自分の「しるし」が付いている。そして、ずっとうたたねの続いているカカシのその…
─こんな色っぽい先輩をたやすく他の人間に見せられるわけがないっ
鼻の舌を伸ばしてそう決意している後輩の、サクラが治療した腕に、ベッドからそっと手が伸びてきた。
「…わるかったな…テンゾウ…腕。折れてただろ…?」
敵と戦っている時にこの後輩はこんなドジは踏まない。
カカシは、相手が自分だから、この、腕の立つ後輩がとっさにチャクラを纏うのが間に合わなかったのだと知っている。
「そのあとで、めったにない先輩を御馳走していただけたんで、おつりが来ます。またどうぞ、と、お願いしたいくらいですよ」
にっこり笑ってそう本音をもらすと、カカシは、お前は馬鹿だ、と真っ赤になって言って、シーツにもぐってしまった。
この、他愛のない、ありふれた日常の風景。
お互いの中の小さな子供も、コロンと丸まって眠ってしまっている、穏やかな昼下がり。
これが、自分たちが一番欲しかったものだ、と、テンゾウは想いながら、体をかがめ、シーツからこぼれている銀髪に鼻先を埋めた。
赤い斑点だらけの白い腕がベッドから伸び、首に絡むのに任せ、昼寝でも決め込むか、と、里一番の働き者は、めったにない貴重な休暇の午後の日程を決めた。
終
Update 2009.08.01
あとがき
何なんでしょう…
これで終わってていいんでしょうか……(^^ゞ
今日から映画公開ですっ!
早く見たいんですけど、きっとナルカカ萌えが来るんだろうな〜^^;
隊長の誕生日までには新たな萌えを構築しないと…(笑)
長々と時間をかけてしまい申し訳ありませんでした。
お付き合いありがとうございました!
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