InnerChild〜内なるものの声を聞け〜第四話
カカシの不運は、そのテンゾウの作戦内容を確認して、変更させる時間的余裕がなかったことだった。
ふ、と庭側…
半蔀の外に、男の気配がする。
戸は下りているが、中の様子は多分筒抜けだ。
(開始します…!)
そっとテンゾウの指がカカシの手のひらに合図を送り、がらり…と温厚な後輩の雰囲気が変わった………
★
黒鍬はいちいち店があの青年を取り込むのを待つつもりはなかった。
直接…多分後から来た黒髪の男と…話をつければ手っ取り早い筈だ。こういった勘は外れたためしがない。
二人の入っていったいわくありげなこの店も、ちょうどいい場所ではないか。
あの二人の気配を探って、店の奥へとすすんでみる。
…心の奥底…どこかで、何かが危険を知らせてきていたが、どう考えても危険となりうる要素が見つからない。
あの青年の白い手頸…日にさらされたことのない、ほっそりとした
頤…。肌…。
あんな忍がいてたまるものか。二日と持たず、同僚の餌食になるだけだ。
あの青年にはそんなスレた雰囲気は微塵もない。
しかし……
─気のせいなんだろうが…なんでこんなに首の後ろがチリチリしやがるんだ…?
黒鍬はこれまでも、その己の勘に従って生き延びてきた。
体術などの戦闘能力はごく普通で、彼をここまで生きながらえさせてきたのは、偏に彼の幻術の力だった。
奇しくもヤマトが調べたとおり、幻術の腕はかなりのもので、遊女屋の店の結界により合わせるようにして自分の結界をはっていた。
数々の情報を手にし、それによって脅し、餌として釣り上げ、それによって己が身の安全を図ってきた。
情報こそ命綱。
それを失えば、丸裸で戦場に放り出されるのと同じことになる。ゆえに、黒鍬は自分の情報を幾重にも保険をかけて守っていた。
毎日、必ず連絡を入れなければ、保管している情報がばらまかれる、ために、秘密にするために彼を殺すことはできないし、拷問にかけて廃人にすることもできない。
後は幻術にかけられて自分から知らないうちにしゃべってしまう事だけを用心すればいい。
だから、初めから幻術を封じる結界(ちゃちなものであったとしても)の張ってある遊女屋は格好の隠れ家だったし、出入りする人間も、異質なチャクラを纏っていればそれこそわかりやすい。
そこにいる限り、万全のはずだった。
確かに、そこにいる限りは。
なのに。
黒鍬は自分が安全な巣からのこのこと這い出してしまっていることへの自覚が、なぜか薄かった。
あの不思議な…青年。
あの遊女屋には不釣り合いの、あの二人の青年。
強烈に引き付けられる………
誘蛾灯に引き寄せられる蛾のように、男は、知らず知らず…張り巡らされた蜘蛛の巣へと…足をふみいれていった………
★
どん詰まりの部屋の奥に、あの二人の気配があった。
…少し…遠い…
手水口の出入り口に庭先にでる
枝折り戸をみつけ、そっと抜き足で外に出る。
二人の気配は近かった。
半蔀はおりていたが、ここからなら、透いた間から覗ける。
玉砂利を音を立てずに移動すると、そっと体を寄せた。
「………っ」
黒鍬お目当ての青年は、まだ若いであろう迎えの男に抱え込まれ、品書きの乗ったテーブルにのけぞるように押さえつけられていた。
─なんだ…自分でお楽しみかよ…
そう内心で舌打ちしながらどうしたものか、とためらっていると、
「…ん…んぅ…!」
首筋に歯を立てられた青年が、堪え切れないようなかすれた声を漏らした。
─……このままほっておいたらおっぱじめやがるな…!なんて使用人だ!こっちがいただく前に手を出されてたまるかよ!
その焦りが、危険を知らせようとする本能を…黙殺させた。
「おっと、その辺で、ちょいと休憩してもらおうかい…!」
半蔀をあげて、黒鍬は部屋の中へと足を踏み入れた……
★
組み敷いた青年の脇腹から突っ込んだ手で肌を緩やかになでたまま、平然と黒髪の男は突然部屋に入ってきた黒鍬をみやった。
「なんですか…いきなり…」
穏やか、ともいえるその口調に黒鍬は少したじろいだ。
誰でも、若主人との情事の現場に踏みこまれて平然としていられる使用人はいないはずだからだ。
肌をたどられている青年の方は、顔をそむけ、両腕で顔を隠してしまっている。
「兄さん、そんなことしている余裕はあんのかい…?金、いるんじゃなかったのかい?」
気を取り直すと、いきなり本題に入った。
やはり、ここは落ち着かない……
早くなじんだ安全な結界の中に戻りたい……勿論、「お土産」をつれて……。
「そうですね……でも金がいるのは…この人の家の方なんですよ…」
「……なんだと……?」
愛おしそうに、顔を隠している青年の腕を空いた手でたどるその男は…もしかすると、当の青年よりも若いかもしれない。
「だから…僕には関係ないんです。」
「………」
「この人が…自分を売って金を作るというのなら、その前に…」
「…自分が先に、こいつを頂こうというわけか…?」
「……そうですね…いえ、この人の金儲けに…協力してもいいかな…」
黒鍬は、その若い男の、組みしいた青年を見つめるまなざしに、狂的な執着をみて…却って警戒を緩めていく。
金に執着する自分は異質だ、と自覚していた。
忍びには執着がない。あってはならないのだ。
自分は金に執着するがために、忍びとして生きてはゆけなくなった。ゆえに抜け忍となり…しかし、その執着ゆえに、忍びを抜けても生きていく活計を得たのだ。
その若い男の、白い青年に見せる執着は、決して彼が忍びとしては生きていけない類の人間である、と証明しているようなものだ。
黒鍬は自信を持っていた。
執着は身を滅ぼす。
この男は決して忍びではない。この執着は忍びとしては持ちえないものだ。
忍びは、そう…己の命にさえ、執着することはない………
「…金儲けに協力するって、どういう事だ…?」
得体のしれないその男を警戒しながらも、白い青年への未練が断ち切れす、そう窺うように尋ねる黒鍬に、
「あなたが…この人を買いたい、んですよね…?だから…多少高くても買いたくなるように…この人の値段を釣り上げてあげようと思って。」
「………?なんだと…?」
「分かりませんか…?」
そう言って男は、いきなり青年のズボンの中に手を突っ込んだ。
「…!!わっ、あ、!!」
いきなり股間に手をいれられた青年は、男のシャツをつかみ締めてとっさに腰をよじって逃げようとする。
「駄目ですよ…逃げても仕方ないでしょう……?」
「あうっ!!」
男に股間を鷲掴みにされた青年が前かがみになってかすれた悲鳴を漏らす。
ズボンの中に手を入れたまま、男は空いた手で、青年の細い顎をつかみ、自分の方へ引き寄せた。
「いい声で啼かないと…買いたたかれますよ…?お金がいるんですよね…?」
そう言われた青年は、初めて伏せていた顔をあげた。
怒りと情動に突き動かされ、目元に血をのぼせた白い貌。
黒鍬は思わずごくりと唾を呑んだ。
「さぞかし…いい声でなくんだろうな…?」
そう言いながらいつしか手を伸ばし、自分を組み敷く男の袖を握りしめている青年のかすかに震える腕を擦っていた。
ざ、っと音を立てるように、青年の肌が粟立つ。
「そんなに嫌がらなくってもいいだろうが…!俺はこの兄さんより、やさしいぜ…?だから、さっさと決心をつけて………っ、何しやがる!!」
青年の腕をなで擦っていた手首を、驚くほどの力でつかみ上げられた黒鍬は、青年を弄る男を振り返った。
「………!!」
「この人は僕の、ですよ。あなたにまだ触れさせると言った覚えはないですが。」
─この野郎……!!
首筋のチリチリとしたいやな感じはますます強くなってきている。
ここから逃げ出せ。
早く、早く「巣」にもどれ…!
黒鍬のその逡巡を見てとったのか、男は整った顔にたくらみめいた笑みを浮かべ、
「腰が引けてきましたね……?金が惜しくなりましたか…?」
そう言いながら、ゆっくりと青年のズボンを引きずり下ろしはじめた……。
★
カカシは真剣にテンゾウの手からのがれようとした。
ターゲットのこの男に、体を任せることになる、その覚悟はしているつもりだったし、今も、その覚悟はある。
しかし、この男の前で、テンゾウに弄られるのは…
嫌だ!
テンゾウの手で、体を高められるのは、カカシにとって、唯一といっていいほどの…プライベートであり、忍びではない自分、写輪眼のカカシではない、ただの、テンゾウのパートナーである自分に戻れるほんの束の間の時間なのだ。
それを、こんな風に…こんな男にさらしたくはない……!
「……あ…い、いや、だっ!」
作戦実行中でなかったら、とうに雷切が発動していてもおかしくないほどの…怒りがこみ上げる。
そんなカカシの心情にはお構いなしに、カカシの好きな…テンゾウの手は、いつものように、優しく体をたどり、ぷっちりと立ち上がっている乳首をつまみ上げてきた。
「…っ、あ…!!」
唇を噛んでいても声が漏れる。
何もかも知られてしまっている。どこをどうされるのが好きか、どんなふうに触れられるのが好きか…
男の視線が自分につきささるようだった。
─く、くそ、この…!
声をもらすまいと噛んだ指を、痕がつく、と、取り上げられ、唇をかむ暇もなく、テンゾウの舌が口内にさしいれられる。
……噛む事も出来ない……
ん、んっんんっ!!
自分でも恥ずかしくなるような声が、漏れてしまい、ますます体温は上がっていく。
テンゾウの手が、情け容赦なく、カカシのズボンを下着ごとひっぱり下ろそうとする。
─止めろ、この馬鹿、本気で俺を……!!
どんなに嫌だと体をよじって知らせても、テンゾウの手は止まらない。
カカシの白く、見事な腹筋で覆われた平らな腹があらわにされ、じらすように下ろされるズボンに、男がのどを鳴らす音が聞こえる。
─男の裸の下半身に、何を期待してやがる、こいつら…!いい加減に……!!
カカシの、銀色の下生えが、平らな腹の下に現れる。
カカシの呼吸は更に速くなり、締まった腹筋が、激しく上下していた。
テンゾウの手が、その、カカシの硬く立ち上がり始めているモノが見える、寸前でズボンを引き下ろすのをやめ、そのまま手を改めて股間に差し入れた。
「……い、いい加減に……!!っんっあ!」
下着の中に入ってきたテンゾウの手にじかに握りこまれ、カカシは思わずのけぞっていた。
いやだ、いやだいやだいやだいやだ……
こんなに嫌だと思ったのは…もう何十年振りだろう…
いやだ、いやだよ、
父さん…
独りにしてはいやだ……
がんばって中忍になったのに…父さんがいなくちゃ…
ぼくは一人で……
カカシの中の、小さな子供が、あまりの苦しさに悲鳴を上げていた。
いやだ。
どうしても、こんなのはいやだ……
どこか遠くから「ターゲット」の声が聞こえる。
「…泣いちまってるじゃないか…へ、たまんねぇな、こりゃ…、金、金ならいくらでもくれてやるから、兄ちゃん、さっさと俺と代わんな…!」
よく知った暖かい手が、背中を抱え込み、後ろから回った手が、カカシの手のひらに言葉を送ってきた。
(…ターゲットの周りの結界が緩みましたよ先輩…!)
─先輩……!?
それが、カカシを呼び戻す、キーワードになった……!
★
かすかに体を震わせて嫌がる青年の艶めいた媚態。
本人が意図していないために、より一層、黒鍬を挑発した。
すでに、自分の周りに幻術を防ぐためにはった結界がほつれ始めているのにも気がつかなくなっていた。
久々の上玉。
嫌がるさまがたまらない。
どう料理してくれよう…!!
青年を抱えている男を押しのけるようにして、半裸にされた青年を覗き込む。
へ、へへ、泣いちまってるのかよ、かわいいねぇ………
青年の硬く閉ざされた左目が緩み、そこから、水滴が盛り上がる。
黒鍬は、素直に美しい、と思った。
その水滴は、みるみる赤い色を帯び、ぽろり、と、音を立てるように、白い、薄い傷のある左頬を滑り落ちる。
ひ、だり眼の、傷……
赫い…涙…?
銀色のまつ毛に覆われた眼が、ゆっくりと開いていく。
紅く…紅く濡れた…ピジョンブラッドの瞳。
写輪眼………!!!!
黒鍬はとっさに体をひこうとしたが、青年の細い手が、信じられないくらいの力で彼の首をつかみ締めた。
………俺が、欲しい、の…?高いよ、俺は?お金じゃだめ…そんなもの。あんたの秘密、教えて…?あんたの知ってる事、教えてくれたら………
白い貌がほほ笑む。
何が知りたいんだ。お前を抱く為なら何でも教えてやるとも、ほら、だから、こっちに来い……
★
ターゲットの黒鍬と呼ばれた男は、眼を見開いたままおとされていた。
いつもながらのカカシの瞳術の鮮やかさに、テンゾウはうっとりしていた。
黒鍬の吐いた情報は、すでに封印して式に持たせた。
懸けていた「保険」の情報までも、カカシはあらいざらい引き出してしまった。
今回も完璧だ。
カカシが鬼畜な使用人の方の作戦を選んだのは予想外だったが、全力で碌でなしの使用人を演じ切った。
先輩も、鼻血が出そうなくらい、色っぽい演技で……
「先輩、お見事でした…!上手くいきましたね。すごく色っぽくて…僕もやばかっ…た……」
あれ…?
カカシが無言で立ち上がっている。
呼吸がまだ荒い。
写輪眼のコントロールは完璧だったし、ボクもあいつの結界をこじ開けたから、先輩のチャクラ残量は大丈夫のはず…
だ、と思う間もなく、いきなり強烈な蹴りが飛んできた。
テンゾウはとっさに腕をクロスさせて受けたが、そのガードごと、その重い蹴りは体重の軽いテンゾウの体を壁へと吹き飛ばす。
─ほ、本気だ……!
受け身をとるひまもなく壁に叩きつけられて息が詰まった。
じんじん疼き始めた両手首を擦りながら、テンゾウは無表情にこちらを見下ろすカカシの白い…完璧に近い造詣の貌を見上げた………
─先輩………!
続く
Update 2009.07.12
あとがき
意地でもタイトルに話をからめるんだ、と妙な頑張りを発揮しましたが、まだタイトルと絡みません。困りました(笑)
切りリクと交互に書いてたんでもう、鳥頭が……(笑)最初に考えてた話となんでこうも違う方向に……誰か教えてください……
今日はサイトの移転に更新に頂き物の掲示にアンケート結果発表に…
忙しい時に限って何かをしたがるというこの悪癖!!!!!(笑)
暫く切りリクでオトナルカカが続くので、テンカカ派の方々に、今回の更新で楽しんでいただけるといいんですが…(^^ゞ
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