InnerChild〜内なるものの声を聞け〜第二話


サポートをするために、色々相談をしようとカカシの家にやってきたテンゾウは、テーブルの上の置き手紙に気付いた。


『下見にでる。文字通りみるだけ。心配無用。』


仮名釘流(かなくぎりゅう)でそう書かれている紙に、へのへのもへじのサイン。


テンゾウはため息をついて、椅子に腰を下ろした。

確かに、あれほどの忍び、自分が心配する必要はない…はずだ。


しかし。


いつものような血なまぐさい任務のときは、これほど切実な焦燥感がわかないのに。
今回は妙に胸のあたりがざわざわする。


再びため息をついてしまったテンゾウは、サクラあたりに聞かれたら、幸せがにげますよ、隊長、と、突っ込まれるだろうな、と苦笑しながら、置き手紙の重し代わりに使われていた、化粧ポーチを手にとった。


先輩…本気で女性に変化するつもりだったんだろうか…

確かに……少し見てみたい気もする。

本人はもう若くない、と、自嘲気味にいうが、肌のつやも、肌理の細かさも…ずっと若い女性より…

汗ばんでくると、手のひらに吸いつくような感触、気を遣る寸前、上気した肌は赤く染まって…

あんな先輩をみるのはたぶん…いや、絶対自分だけだ。

誰が、ビンゴブックの筆頭…写輪眼のカカシが…あんなに色っぽいと思うだろう…

それが…女体化して…廓での任務だと……!!????


─…先輩が女性になったら、どれだけの美女になるんだろう…
あの白い胸に、丸い乳房が……つくんだろうか…大きな…?それとも、ボクの手のひらに収まるくらいの……?


想像が任務とは関係のない方向に行っているのに気づいたテンゾウは、慌てて思考を元に戻そうとしたが、豊かな乳房をもつ年上の恋人をリアルに想像してしまい、


「ちょ、ちょ、わ、まず……」


鼻を押さえて洗面所に駆け込む羽目になった……。











カカシは、わざと瞬身を使わずに、下見に出てきていた。



ここのところ、情勢の不安定なせいか、任務が立て続けに入ることも多く、任務中は禁欲!などと言っていると、カカシもテンゾウも欲求不満でストレスがたまる。

そこのところはテンゾウも心得ていて、任務と任務の間隔が短い時などはカカシの体に負担をかけないように気を使ってくる。
今回も、任務の内容が内容だけに、何やら煽られてしまったのか昨日もそっと懐に忍びこんでくるテンゾウの手を振り払えなかった。

何を不安に思っているのか…


あれだけの腕を持ちながら、したたかな駆け引きも、フェイクも自在に使いこなし、煮ても焼いても食えない暗部の上役たちを手玉に取るくせに…

─なんで、俺のことになると……



カカシは自然と緩んでくる頬を意識的に引き締めた。


お互い、無条件で愛されるような、幼少期を送ってきたわけではなかった。

勿論、大切に、大事にされなかった、というわけではない。

けれど、それが、彼らの持つ特別な能力故…でない、と、誰が彼らに諭してくれただろうか。


木遁忍術。

写輪眼。


後付けのそれらの力を里が大切にするのは彼らにも十分理解できた。

だから…自分たちはただ単なる「力」の器でしかないのだ、と、思い定めるのもはやかったのだ。

早熟な力は、彼らに、早い成熟を求める。

いったいいつまで彼らは子供でいられたのか。


ただ、カカシである、というだけで、あるいはテンゾウである、というだけで、無条件で愛してくれる存在を……


彼らは持たなかった。


カカシは思うのだ。

自分には、ああいう結末で失いはしたが、父がいた。
普通の親子ではなかったにしろ。

敬愛出来る師もいた。


しかしあいつは……。


カカシは自分の中で、寂しさに震える小さな子供の存在に、ずっと目をつむってきていた。
どこかで涙する、その「子供」に、大声で寂しさを訴えることを許してやるには、自分は大人になりすぎている、と思っていた。

だから。


あいつだけには…寂しさも、悲しさも、わがままも。
吐き出させてやりたいと思う。

あいつが捨てて顧みないその哀しさを…


俺が拾い集めて…欠けたあいつを埋めてやりたい……









考え事をしながらも、カカシの足は火の国の歓楽街に向かっている。

カカシは、万が一のことを考えて、変化を使わず、(どこに結界があって、それをかわすために余分なチャクラを使うことになるか分からないからだ)普通に「変装」らしきものをしてきていた。

銀髪に口布、斜めがけの額当て。
目立ちすぎる自覚はあった。

なので、穏やかな栗色に髪は染めたし、薄いドーランで頬の傷は隠せたはずだ。
左目は閉じて、前髪で覆っている。

そうして口布を外して私服の自分に気付く者はいないだろうし、正体がばれなければ余分な注目を集めたりしないはずだ。

目立つのはあのファッションだ、と思っているカカシは、それを脱いだのだから、一般人に紛れ込んでいるつもりだった。

テンゾウに言わせれば、無自覚にもほどがある、というものだ。


いつものファッションでいるときは、木の葉の看板忍者で、火影候補にまで名前の挙がる忍びなのだ。
みんな、「写輪眼のカカシ」というフィルターでしか見ない。

写輪眼のカカシ=凄腕の忍者

その図式は、忍びである前に一人の青年であるカカシを厚く何重にも覆ってしまっていて、看板忍者の名前の下の、はたけカカシという一人の青年がどんな人間であるか、人々にそんなことを考えさせない…思考停止に追いやっている。

ところが、それがすべて外された時。

そこに現れた、素のはたけカカシという人間。




本人に自覚のあるなしにかかわらず、すでに外見からして実に魅力的だった。


すぐに行動に移せるようにと体をかるくたわめた姿勢…何時もの猫背をやめてまっすぐに体を伸ばしていると、もとが180を超す長身のカカシは、実にプロポーションがいいことが分かる。

体のラインを覆い隠すベストを脱ぐと、鍛えられた体のラインがきれいにシャツに浮ていたし、そこらへんのバーゲン品のズボンさえ、どこか垢ぬけて見える。


一番の変化は……。


素顔だった。


カカシの顔を知っているのは上層部だけ、こんな風に顔をさらしていても写輪眼さえ見とがめられなかったら、カカシだとばれるはずはない。


だが、長年口布で覆っていた顔を大気に当てているのがどうも落ち着かないカカシは、少しうつむき加減でゆっくり歩く。

それがまた…

妙なはにかみを演出し、一層人目を引くことになっていたのだが…。

勿論カカシに自覚はない。


だが、何気なく人の視線が注がれるのには勿論気付く。

気付くのだが、理由には思い当たらず、何が変なんだ、どこかおかしいのか、と、普段から忍び服以外をほとんど着たことのない朴念仁(ぼくねんじん)は、妙に緊張しながら目的地に向かっていた。











先輩のおっぱい、という妙に韻を踏んだワードで鼻血を出したことが知れたら何を言われるかわかったものではない、と、テンゾウが大慌てで止血をしてリビングに戻ったところ、火影からの連絡鳥が窓辺に止まっていた。

「なんだ…?急な連絡…?」

怪訝な顔で読み始めたテンゾウは、ターゲットの嗜好を記述している部分を読み終えるや否や、瞬身で部屋から消え失せた。










「いらっしゃ…おう、なんだい、兄さん、こっちは客の入るとこだぜ。裏からはいってくんな。おれっちが案内してやらあ」

「…は…?」
「…は、じゃねぇよ。表から入ってきたりしてなにしに来てんだおめぇよ。」

─何しに…って…遊郭……女郎屋………の暖簾(のれん)をくぐる男の目的って…

一つだと思うが……


客として廓にあがり、内部構造の下調べをしようとしてなるべく目立たぬいでたちで来たつもりのカカシは、暖簾(のれん)をくぐるなり店の若い衆に見とがめられて面喰った。

逆らって目立ち、印象に残るのもまずいか、と、促されるままに裏手に回ったが…



そこに至って自分が何を勘違いされたか思いいたって憮然とした。


──売りにきた、と思われたのか…?

それらしい言動をした覚えはない。店に入っただけだ。

当初の予定と大幅に狂ってしまった。


臨機応変だ…任務が当初の作戦通りにいくことの方が珍しい。
それに、客では入れないところも下見ができるだろう…

そう意識を切り替えて、カカシは、微妙に傷ついた男のプライドを心の奥にしまった。







そんな少し複雑な表情で若い衆の後をついていくカカシを、(かわや)から出てきた一人の客が、じっと…暗い視線を当てて、見送っていた。








(かわや)で用を足して出てきた黒鍬(くろくわ)は、店の若い衆に連れられて裏口から入ってきた、すらりとした長身の若い男に目をとめた。

左側に垂らした前髪の先を気にしてひっぱるのは癖なのか、白い指が柔らかそうな栗色の髪を無意識にひっぱっている。
その子供っぽいしぐさが、その男を年齢不詳にみせていた。

心持うつむき加減でどことなくモノなれない様子や気恥かしげな所作が若々しかったが、きちんと鍛えられた長身は完全に大人の男のもので、そのミスマッチが清々(すがすが)しい色気を(かも)している。

─久々の上玉じゃないのか…?新入りなのか…?





里を抜けてから放埓(ほうらつ)の限りを尽くした。
人に言えない方法で稼いだ金で、各地に情報網をはり、ことごとく追忍の裏をかき、追っ手を出していた当の上役の方を始末してやった。

金で手に入らないものはない。

そう信念を固めるのに大した時間はかからなかった…

金さえあれば、自分は下忍に売られることもなく、家族で暮らせたはずなのだ。
自分を渡すまい、と抱きしめたまま泣き叫んだ母親の腕の中からもぎ取られるように人買いに連れ去られた。
使い捨ての下忍を補充するとかで、おざなりの訓練で、戦場に連れて行かれた。

俺は才があったのだ…

黒鍬は、その悪条件で生き延びた。
どんな手を使っても、仲間を見殺しにしても、まず自分が生き延びること。ただひたすら、そのために己の技を磨いた。
任務なんぞ、糞くらえだ。里が俺に何をしてくれたというんだ。

里を抜け、追忍をほとんど始末し、自分に追っ手をかけるのがどれくらい割に合わないかを思い知らせてやった。


─俺は自由になった。自分の命を自分の為に使える。今こそ俺は自由だ。


そう、解放感に浸れたのも、しかし束の間…

すぐに得体のしれない焦燥感にさいなまれるようになった。

そうして、わざわざ危ない橋を渡る仕事を選んでするようになってしまった…

何してるんだ、俺は……

そう、危うい己の立場の自覚はあるが、追われ続け、緊張し続けた日常が、いつしか懐かしく、己をそんな立場に、いつの間にか自分自身で追い込むようになっている。


今回も。


大名の世間体に泥を塗る仕事をして、かなり危険な状態に…なっているのは自分でもわかっていた。

金銭の引き渡しに火の国の遊郭を指定したのはわざとであった。

火の国には、木の葉隠れの里がある。卓越した忍びの里だという。大名がそこに仕事を依頼した、という情報も、すでに黒鍬はしこんでいた。

しかし……

今回のターゲットの大名は、かなりの吝嗇(りんしょく)で、木の葉の大物の上忍を雇うとは思えなかった。

現に…

黒鍬が入手した情報では、火影の秘蔵っ子とはいえ、まだ十代の九の一にその仕事……この自分を籠絡して情報を聞き出す……を任せた、という。

─なめられたもんだぜ。俺は男もイケるんだ。念のために女を遠ざけときゃ、それでおしまいさ。


勿論黒鍬は、その九の一に、ビンゴブック筆頭の、木の葉の看板忍者の過保護な上忍師がいることまでは知るよしもなかったのだった……




そうして……





暗い諦念(ていねん)にさいなまれる黒鍬は、引き寄せられるようにその新入りらしい、白い青年に近付いて行った…。


続く…





Update 2009.06.21
あとがき
ひえ〜〜 今回もぎりぎり滑り込みの更新でした…^^;
そのうちに週一更新を維持できなくなるのは目に見えてますけど…^^;
出来るところまでがんばります…(^^ゞ
一番怖いのは、焦るあまりにいい加減になること。
これは絶対避けたいし、今もなんとなく、推敲がぬるい気がします…… す、済みません(ノД`)・゜・。

後二回くらい続くかな?ちょっと予測がつかないですが、お付き合いいただけると嬉しいです(#^.^#)