InnerChild〜内なるものの声を聞け〜第一話



………

なんですか…?これは……?


テンゾウがそう言いながらカカシの目の前に差し出したのは、シックな柄の化粧ポーチだった。

「化粧ポーチ」

「それは見ればわかります。」

分かってるなら聞くなよ、と、眉間にしわを寄せたカカシは思った。


「なんで化粧ポーチなんですか…?」


カカシは、どんどんしゃべり方がやさしくなっていくテンゾウに、やばいなーと思い始めていた。

この温厚(そうな)後輩は、怒りがマックスに近付いて行くとどんどんしゃべり方が丁寧になり、知らない人間はうかつに地雷を踏むことになる。

「あ〜任務でさ。使うから…」
「………………………その手の任務、まだ入ってるんですか。ってか、五代目はまだいれるんですか!?先輩に!?」
「あ〜じゃなくて、俺が………」
「………先輩が……?」
「…名乗り出たっていうかさ。引き受けたんだけど……って、待て、待てってば、俺の話を聞けっての!!」

火影屋敷に怒鳴りこみに行こうとしたテンゾウのベストを間一髪で捕まえ、カカシは無表情に怒り心頭な後輩をなだめにかかった。

「サクラにって来た任務だったんだよ。さすがに…あいつを遊郭に遣るのはマズイでしょ…?」
「……遊郭…?」
そう言ってテンゾウは特徴的な大きな目を細めた。
カカシは首をすくめる。どう考えても、今回は、自分が部下に甘い、といわれても仕方のないことをしている、という自覚があった。

自分たちのころは、15、16歳にもなれば、とうに閨の任務も入っていたのだ。

だが、医療忍者として、得難い力を持つ部下に、そんな任務で、つらい思いをさせたくはなかった。
自分なら、ちょっと若い女に変化して、幻術つかってごまかして…うまくこなせるはずなのだ…。

こいつが…怒らなければ。

「カカシ先輩。最近、そっち関係の情報、入ってないようなので…。教えますけどね。」
「……はい…?」
「遊郭じゃ、近頃、結界が貼られるようになったんですよ…?」
「……結界…?」
「……やっぱり知らなかったんですね……?先輩ともあろう人が!」

じろり、と大きな目でみつめられてカカシは首をすくめた。確かにここのところ、情報収集に時間を割いている、とは言えない。特に、殺伐とした実践任務が多く、潜入系の情報は不足していたといっていい。

もちろん、潜入前には収集するつもりではいたのだが。

「結界って、まさか…?」
「ええ、変化にまでは効きませんけどね。幻術封じの結界ですよ。」
「なんだってそんなもの!」
カカシは思わずつぶやいていた。そんな結界張られては、ごまかしようがないではないか。
「店では妓女が相手をより好みしするのに手を焼いて、忍び崩れをやとって妓女の客に幻術をかけてごまかす、というインチキが横行してたんですよ。」
「な、な、なんだってぇ!?」
………俺としたことが……ちっとも知らなかった…
「忍びあがりの客が気付いて大騒ぎになったんですよ。」
「ありゃぁ……」
「店が雇った忍び崩れが先輩並みの幻術使いだったらよかったんでしょうけどね。」
テンゾウの話によると、どうやら三流の使い手だったらしく、忍びあがりの客に見破られ、店の主人ともどもつるしあげられて散々な目にあった挙句…
「木の葉の遊郭には幻術封じの結界を張るのを五代目が許可したんですよ。」
………だから五代目は俺が変わると言ったときに変な顔してやがったんだなぁ!!!
「五代目も多分、そうでなかったら、最初から幻術系の男の上忍にこの任務を振ったと思いますよ。サクラは五代目の秘蔵っ子ですから。」
………なに…?そうすると俺、はめられちゃった…?五代目に……?
「……まあ、先輩の瞳術なら、結界を破れるかもしれませんがね。」
……後で寝込むことになるだろうな……
「しばらく木の葉病院のお世話になることになるでしょうね。」
………だな……
「で、ボクはせっかくの非番を、一人寂しく膝を抱えて寝ることになるわけだ。」
「……ひ、一人で寂しく寝るのは俺もいっしょでしょうが」
「………うまく幻術を使えなかったらどうするつもりです……?」
……どうするもこうするも、体でひっかけなきゃならないのなら……幻術つかえなかったんなら……自分の体使うしか……
「……先輩…?」
いつもは穏やかな後輩の声がどんどん低くなっていっているのに、カカシは冷や汗をかいた。
このかわいい後輩は、どんなわがままや、気まぐれで振り回しても、不機嫌になったり怒ったりしないくせに、こういったことには信じられないくらい狭量になる。

「変化したまま、抱かせるのもしょうがないか、とか、思ったでしょう…?」
……思イマシタ……
「だって、サクラが…そんな…こと、するよりは…その…俺がちょっと…辛抱すれば……」
カカシの声は、後輩にじっと見つめられているうちにどんどん小さくなっていった。

「辛抱するのは先輩一人ですか…?」
「………えーーーと…お前…も…?」
「サクラもですよ!!」
「……え………!!」

一つだけ見えている藍色の瞳を大きく見張って、カカシは愕然とした。
サクラが、なんで……

「ボクがなんで、タイミング良くここに来たと思ってるんです!!」
「………ま、まさか……」
「そうですよ!サクラが心配してボクに相談しに来たんですよ!」
「あちゃぁ……サクラ、この任務のこと、知ってたの……?」


テンゾウに聞くところによると、サクラにすでに依頼が入っていたらしい。


さすがに最悪のパターン…体をはって情報を入手しなければならない…への覚悟を決めなければならないので、猶予をもらって、決心を固めたところで…

カカシが変わって引き受けた、と、聞いたらしい。



「隊長……カカシ先生はアタシなんかと比べ物にならないくらいの幻術使いですけど、ホントに…結界破って幻術…使えるんですか…?使えなかったら…カカシ先生が……女の人になったまま……」



「うわあああああああ!!やめて!!サクラってばそんなこと、お前に相談したわけ…!!??なんか、想像してたわけ!?結界破れなかった場合、俺が、俺が、……」
「先輩がスケベ爺のターゲットに女性になった体を弄ばれるかもしれない、と、想像して、心配したんでしょうね。」

カカシは真っ赤になって両手で顔を覆ってしまった。

しゃがみ込んでうーうー唸っている。

自分がかわいい弟子の頭の中でどのように変換して想像されたかと思うと、転がりまわりたいくらい恥ずかしい………

「先輩……生徒に想像されただけでそんなに恥ずかしいことを自分でやるつもりだったんですよ、分かってるんですか……?」
「なにいってんの、お前!生徒に想像されるから恥ずかしいんでしょうよ!!もぅ、勘弁して……」

「とにかく!!そんなことなら、尚更、サクラにさせられないよ!あいつも幻術系忍者だけど、使えないんじゃ、俺がやるより、もっと大変じゃない!!」

さすがに、テンゾウも、反論しなかった。

「しょ、しょうがない…手当は俺が自腹を切るから…、お前、サポートしなさいよ。」
「サポートはもちろんしますけどね…!お金なんか要りませんよ!」
「……サービス…?」
「………サービスって…あのね…!先輩にしていただきたいですね、サービスは…!高給取りのボクを使うんですよ…?」
一瞬意味のわからなかったカカシは、キョトンと目をみはった。
「任務終了後の休暇中、じっくりとサービスしてくださいね!」

─ニコニコしながら言われたそのセリフでやっと意味のわかったカカシは、ターゲットにしなくて済んだ行為を、この後輩にしなければならなくなったのに気づき、思わず赤くなった顔を、渋面でかくした……。









危ないところだった。
あの人は自分の体をなんだと思ってるんだろう。

部下や仲間を大事にするのと同じくらい自分も大事にして欲しいと、今回ほど切実に思ったことはない。

仲間の流す血には血相を変えるくせに、失血死しかねない自分の怪我には無頓着で、7班の子供たち(というにはでかくなっているが)が怪我をしたの、させられたの、と聞くと心配してそわそわと落ち着きがなくなる。

もちろん、その「情」は、自分にも、昔から向けられていて、実験体だということを、ついうっかりあの人の前でからかってきた暗部の同僚は、その場ですぐに叩きのめされてしまった。

お陰で働けなくなったその同僚の分の任務まで自分たちに回ってきててんてこ舞いの忙しさになったが、巻き添え食わせてすまんすまんと頭を掻くあの人が…

とても好きだった。


─先輩がボクの事を心配してるように、ボクだって先輩を心配してるんだ、ってことがなんでわからないのかな、あの人は!!

今回の任務にしても。

勿論、自分とて、サクラに回したくはない任務だ。

だから、丸々サクラのやり方を、あの人が踏襲する必要がどこにあるんだ。

あれだけの腕と技があるのだから、ターゲットを外で捕獲して尋問するなり、記憶を抜くなり、なんだって他に遣り方があるはずなのだ。

…どうせ、サクラに遊郭潜入任務が入った、と聞いたとたんにテンパったんだろう…

五代目も、そうでなければサクラにそんな任務を回すはずがない。カカシが耳にすれば即座に代理を申し出るだろうし、カカシが引き受ければ依頼料も上がるし、初めにサクラにこの手の任務を振ることで、自分の弟子ばかりかばいたがる、というご意見番のクレームもかわせる。

そういった一石何丁もの手をうってくるのだ、あの五代目は!


そこまで推察して、テンゾウは頭を抱えた。

こんなことは、普通、カカシなら簡単に読むはずなのだ。


─そんなに可愛いもんなのかな、生徒…っていうものは。あそこまで、視野を狭めてしまうほどに…


自分は、弟子も生徒も持ったことがない。
師もいない。


テンゾウは、そんな自分の、世 とのかかわりの薄さを感じ、かすかにため息をついた…











カカシは可愛い後輩からいやというほど剣突と説教をくらい、珍しくまじめに反省していた。

もちろん、テンゾウが推察した通り、外での捕獲も思い至ったが。


ターゲットの背景や、背後関係を聞いたときに、外で捕獲することをまるで考えなかった自分の勘を、カカシは重要視していた。

伊達や酔狂で暗部で生き抜いてきたわけではない。


外での捕獲をすぐに考えなかった、何かが、ある。と、思う。


テンゾウにもそれは、言わなければならないだろう。
なぜ。

なんとなく、外では、任務がうまくいかない、「気がする」のだ。

テンゾウはそう言っても笑わないだろう。

ほんの紙一重の差で命をつないできた、戦場帰りの忍びには、そんな勘を馬鹿に出来るものは一人もいなかった。



そんな中途半端な状態で、任務の開始は刻々と迫ってきていた。











「………シズネ…もう一度言ってみろ…」

「申し訳ありません、五代目……」
「怒ってるわけじゃない、ただの確認だ……」

うつむいたままのシズネが、大きな執務室の机に肘をつく綱手にそっと近寄った。


「店から横領した金のありかをはかせる、というような単純な話ではなかったらしいんです。」
「………」
「大名家の跡取りの暗殺計画の血判の隠し場所を探しているんですよ。」
「…どういうことだ…?」
「ターゲットが依頼者から奪って、脅しをかけているらしいんです。」
「……依頼者も、後ろ暗いところがあったんだな……?」
「……そうですね…」

それで、サクラのような若い娘に仕事を引き受けさせるのをぐずぐずいって、カカシに変わった途端にボーナスも、特別料金の支払いも、ホイホイ頷いたのか……!

「確かにこれは、サクラには荷が重いな…。だが、カカシが引き受けたんだ。あいつなら問題ないだろう。あいつが引き受けた、ってことは、テンゾウとのツーマンセルだ。」

この手の任務に、あの、暗部上がりの後輩が黙っているはずはない、と、五代目にはおみとおしだった。

「テンゾウへの支払いはカカシが何とかするだろうし…何も問題はあるまい…?」

「……それが……」

煮え切らないシズネに、綱手はいらいらした様子で先を促す。

「脅しをかけているターゲットは……遊女屋に上がりこんでいますが…妓女たちとは酒をのんで騒ぐだけで…」
「…で…?」
「閨に連れ込むのは、見目のいい、若い男だけ…らしいんです………」

「………なんだって……?」

綱手の声が思わず低くなった。

見目のいい、若い男…。

任務を引き受けた、里の看板忍者の面影が二人の目の前をよぎる。

素顔を知っているものはほとんどいないが、この二人はその数少ないうちだ。

誰も、ビンゴブックに載る忍びが、あんな小奇麗な貌をしているとは思うまい……

「カ、カ、カカシは確かに顔はずいぶん綺麗だが…若くは…そんなに…ないだろう?もう30だったか…?」
「…………………30歳は…若くないんですか………」
どんよりと答えたシズネに、綱手はしまった、という顔をした。

─いかん、こいつはカカシより一つ上だったか…!

「いやいや、30は若いな、まだまだぴちぴちだな!うん、カカシは、美貌の若い男だ!」

と、言いきって…

二人はとても不味いことになりそうな予感に…顔を見合わせた……。

続く…





Update 2009.06.13
あとがき
タイトルがきまりませんっ
昼からずっとタイトルが決まらずUPできませんでした(泣)
おまけに、見切り発車してるんで、話がどう転ぶかもわかりません……
いいのか自分…大丈夫か自分…と、心もとない限りですが…^^;
5万打を目前にしていることですし、がんばります…!
endまで行けるように、どうか応援してやってください(つω`*)