BitterSuite〜BitterTaste〜


自分でも馬鹿なことを期待しているかな、という自覚がなかったわけではないが、その日に向けて、テンゾウのテンションはどうしようもなく高まっていた…



里中の男達が…老いも若きも…既婚も未婚も…微妙にそわそわするイベントがある。

お祭り好きの当代火影の影響か、イベント好きの木の葉の里人は、季節折々の行事で盛り上がり、それを楽しむことを最高の娯楽としていた。
無関心はクールなのではなく、無粋、といわれた。

そのため。


─先輩も…なにか考えてるかな……僕は…えと、どういう風にしていればいいんだ…?

Sランク任務が入ってないからいいようなものの、忍の男たちでさえ意中の女の子の動向に神経を尖らせて、気もそぞろだった。

もちろん…テンゾウの意識はカカシのみをロックオンしたまんまだ。

目には見えない猫耳が、パラボラアンテナのように動いて、かの人の動向を探っている状態だ。

なので。

「ヤマト隊長…隊長…たいちょう!!」

商店街の大通りの端で、意中の人の銀髪を見かけて気もそぞろだったテンゾウは、自分を呼ぶ声に暫く気付かなかった。

「え…!?あ、ええ!?」

上忍にあるまじき失態だったが、声を掛けてきた相手の方は、…妙齢の女性だったので…自分に声を掛けられて緊張したのだとしごくわかりやすい勘違いをした。

「14日、お暇ですか?」

二月に入って、女性からこの質問をされることを心待ちにする男どもが、木の葉にどれくらいいることだろう。
というより、男だったらとにかく、女の子に14日の都合を聞いてもらいたい、と思わないものはなかったかもしれない。
(一部例外を除く…)

ところが、いささか浮世離れした感のあるこの猫目の上忍は、

─そうか、それを確かめるのが先決か…!いや、たしかめて”貰う”のが!!!
…うっかり、任務がはいったりしないよな、ってか、あの人…覚えてるのか、このイベントを…!?

目の前の告る気まんまんの若い娘をそっちのけで意識をすっかり、銀髪のアヤシイ上忍に飛ばしてしまっている。


テンゾウを呼び止めた若い九の一は、人目を引く器量よしだったので…勿論自分に自信があった。
だから、この人通りの多いところで、密かに人気の…
…大人のおネエ様方に特に…
誠実そうな、よく見ると精悍な容貌が凛々しい黒髪の上忍に声を掛けたのだ。
自分が断られる心配など微塵もしていなかった。
「ええっと、なんだったっけかな?」


漸く目の前の娘に意識を戻したテンゾウだったが、視界の端に、ちらりと、彼の意中の人に近付く人影をとらえ、またしても意識がそっちに持っていかれてしまった。


─なんだ、だれだ、あの女の子…!



タンポポ色の長い髪をポニーテールにくくった若い娘が、なにやら菓子の包みらしい袋を、笑顔でカカシに渡している。


─なにーーーーー!!!フ、フライングにもほどがあるだろう!!告るにしてもチョコレートは14日に渡すんじゃないのか!?

頭をかきながら、照れくさそうなのが丸わかりで袋を受け取っているカカシを見て、テンゾウは愕然とした。

─と、と、という事は………先輩は僕とは14日に過ごさない、というコトなのか…?あの子とデート…?


…恋は勘違いから始まるという。

如何にテンゾウとて、このイベントに浮かされず、落ち着いて考えれば解るはずであった。
彼が、それなりに関係がある相手(この場合はテンゾウ自身だ)がいるのに、若い女の子とデートしたりするわけはないと。

しかし、常日頃の彼の尋常ではないモテ方を知っていたので、テンゾウは思い込みの大きな落とし穴に落ちてしまった。

勿論、それには、微妙に自分に自信のもてない、彼の生い立ちが関係してはいたのだが。




ヤマト隊長に声を掛けた若い娘は、ぐるぐるする彼を、自分に誘われたからだ、とごく当たり前に信じた。

「火影屋敷の前で、夕方7時に待ってますから!」

軽やかに踵をかえして駆け去っていく可愛らしい娘を呆然と見送るテンゾウ、それを嫉妬メラメラでちらちらと見る通りすがりの男達…

何がなにやらさっぱり状況が飲み込めていなかったテンゾウは、袋を手に提げたカカシがこちらを見つめているのにとうとう気付かなかった。


◇◆◇


その…相手のいない男女にとって、あるいは、いることはいるが、相手の気持ちが今ひとつ漠然としている、と不安に感じている男女にとって、一大イベントなその当日。


あの日から、カカシはまるで普段とかわりない…ようだった。
普段の冷静なテンゾウの観察眼からすれば、幾分、なにがしかの屈託をみてとれるはずだったのだが、いかんせん…
今のテンゾウの目はくもりまくっている…

─先輩は…若い()とデートか…

すっかりそう思い込んでしまっているテンゾウは、カカシから、14日は外食してくる、とか、夕食は別だ、とかいわれていないことに気付いていない。
そして、テンゾウは、中々今日はデートだ、といわないカカシに、自分を憚っている所為だろうと信じきっていた。


「先輩。僕、今日は遅くなりますから。」


自分がそういえば、カカシは、気兼ねなく出かけられるだろう。

どれだけ自分は先輩好きなんだろう…そう思いながら言ったテンゾウに、カカシは珍しく、不機嫌そうに無言で頷いただけだった。




─最近の女の子って…強いよなあ…


火影屋敷の前で待ち合わせをした娘のところに行くなり、ゴメンナサイ、と頭を下げたテンゾウの頬を、華奢な拳がうなりを上げて殴りつけたのはついさっきの事。


「その気もないのに、こんな日に約束なんか受けないで頂戴!」


彼女の尤もな怒りを頬でしみじみあじわったテンゾウは、俯き加減にとぼとぼと部屋に戻っていった。


頬は赤く腫れ、じんじんした痛みを訴えてきているが、それも自業自得と受け入れたテンゾウだった。

仕方がない。夕食は一人でとるか。

惣菜を幾つか見繕って帰るテンゾウを、同じようにあぶれた同僚たちが誘ってきたが、外をふらついてカカシにでもニアミスしたら目も当てられない。


丁重に断って、戻ってきたのだが。


─明かりがついている…!?


黄昏どき、冬の短い日はあたりを薄い闇に明け渡している。

そんな中、誰もいないはずの彼らの部屋は、ひまわり色に暖かい明かりがともっていた。

─誰が来てるんだ…!?

かすかな…ほんのかすかな期待をもって部屋に駆け上がると…


香ばしいカレーの香りの中に、テンゾウの大切な銀髪の先輩が、少々びっくりした顔をしてこちらを見ていた。

「…な、なに?どうしたの…テンゾウ。今日、デートだったんじゃないの…?」
「…え…は…?違いますよ…っていうか…」

思わず否定してしまったテンゾウだったが、そういったニュアンスで今朝家を出たことを急に思い出してしどろもどろになった。

が、カカシはテンゾウの腫れあがった頬をみると、それ以上追求しようとせず、だまって台所に戻っていった。

「夕食はその分では済んでないみたいだな。」

そう聞かれて頷いたテンゾウだったが、頭の中は疑問符だらけだった。
カカシの方こそデートだったのではないか。
あの、どこかで見かけたことのあるポニーテールのカワイイ女の子と。
なんでこんな時間に部屋でカレーなんかをつくってるんだろう。

聞きたい。聞きたいが怖い。何か知らないけれど、自分はとんでもない間違いをしでかしているのではないか。

暗部の第一線で生き延びてきたテンゾウの勘が、しきりに何かを訴えてきている。


カカシは、テンゾウにカレーをよそうと、礼を言ってもそもそと食べ始めたテンゾウの向かいに座ってじっと見つめてくる。


居心地が悪い。


カカシと一緒にいることが居心地が悪いと感じるのは生まれて初めての経験だったテンゾウは、カレーを一口、口に含んだ時、妙な味だと思ったが、緊張している所為だと判断して、黙々と食べ続けた。

「ご…ご馳走様でした…」

味も碌にわからないまま、すすめられて二度おかわりをしたテンゾウは、カレーでパンパンになった腹を抱えてのろのろと立ち上がった。

皿をもってシンクにたち、ぼんやりと洗い始める。

カカシはそれを黙ってみていた。

皿は直ぐに洗い終わったが、テンゾウはなんだかだんだん…腹が立ってきた。自分にもカカシにも。

「…先輩…風呂は…?」
洗い終わった皿を拭きながら、ふと訊ねると、
「……はいった…」
そっけない答が返ってくる。
「…じゃ、僕も…」
着替えを手に、浴室に向かいながらまたしてもテンゾウはぐるぐる考え始める。

先輩は何で不機嫌なんだ…?
っていうか、デートはどうしたんだよ。
…ふられたから…?


まさかね、とテンゾウは直ぐに否定した。

カカシ先輩を振る女の子なんて想像できない。

熱いシャワーが殴られた頬の傷に沁みる。
曇った鏡に湯をかけて自分の顔を覗き込んだテンゾウは、そのひどい有様が今の自分自身の心をうつしているようで益々へこんでしまった。

ふう、と、ため息をついてテンゾウは決心した。

どうせ壊れてしまうなら…
自分の手で…



to be continued…



Update 2009.02.11
あとがき :
久しぶりのテンカカです。やっぱりぐるぐるするテンゾウが大好きです!

スウィートテイスト編は、14日に上げられるように頑張ります〜!
って言うか。
そっちは多分Underground仕様に…(笑)
うう…どんな感じでUPしようかな…(汗)