生きるために
修行の合間を見計らって昼食をとりにきたナルトは、頬かむりに、口布の上から更にマスクをする、という珍妙なかっこうの上忍師に出会った。
「カ、カカシ先生ってば、なんちゅーかっこうしてるんだってばよ!」
「あぁ?」
「粗大ゴミの日だからさ、休暇と重なったから、大掃除をやっとこうと思って…」
「で、そのお掃除オバちゃんファッションなわけ…って、なんかおかしいってばよ、その格好…!」
「……って何処が…?」
きょとんと小首を傾げるのが妙に可愛くて、こんなこんな大きな男がかわいいと思う自分はもう人として終わってるのではないか、と考えながら、ナルトは、
「その頬かむりもそうだけどさ、その口布の上のマスクがわっかんねーなーーー!」
「あ?」
「口布してるのになんでマスク?」
「…埃で口布が汚れちゃうじゃないのよ。」
「……下ろせば…?口布………」
ナルトにそういわれて、ポン、と両手を打ち合わせたカカシだったが、
「まあ、めんどうだからいいや…んじゃ、オレ、まだ片付けのこってるから、戻るわ。おまえもさっさと昼食ったら修行に戻れよ。」
片手をひらひら振って戻っていくカカシの後を、ナルトは見ていた。
あれ…?
カカシセンセ、痩せたんかな?
初めて鈴とりのテストを受けたとき、上忍っていうのは化け物の一種かと思った。
人とは思えないそのスキルに、絶望的な距離を味わわされた。
勿論、それは、カカシだからで、上忍全てが彼のように驚異的な忍のスキルを持っているわけではないことを後で知ったが、最初に接したカカシの印象は、ナルトにとって殆ど刷り込みに近かった。
死に物狂いの修行の成果…
鈴とりに、カカシに写輪眼を使わせるようにさえなったが…
まだまだ、カカシ先生にはいっぱい教えてもらわなきゃなんねーってばよ!
「せんせー!オレも、片付け、手伝うってばよ!」
そういってナルトはカカシの後を追いかけた。
カカシの部屋は…
「な…なんもねーな、先生の部屋…コレで何処を片付けるって…?」
「んーー、片付けるのが面倒だからさ、毎日使わないものはすてちゃおーかな、なんて…」
「な、な、なんっつー乱暴なこというんだってばよ!不便じゃねーの?そんな、なんもなくって!」
「あー、まぁ、多少はね、でも、任務から疲れて帰ってきて、片付けするの、しんどいしね…」
「一日や二日くらい、散らかってても死なねーって!」
「…いや、オレの場合、死ぬかもねーーー」
「…へ?」
「散らかってるとさ、侵入されたり待ち伏せくったりしても分かりにくいんだよねー片付いてたら、ここでオレを待ち伏せしよう、とはあんまり思わないだろうしねーー」
ナルトは、棚を拭きながら、なんでもないように言うカカシのその言葉に凍りついた。
「ほら、オレって、お尋ね者じゃない? いつ、急に帰って来れなくなるかわからないしねー。暗部が処理しに来た時、散らかってるとやっぱり恥ずかしいっていうか、みっともないって言うか…」
テーブルをごしごし擦るように拭きながら、急に黙ってしまったナルトを、カカシは驚いて振り向く。
「どうした…?」
「………」
この人は、普段から、こうやっていつも自分の死を見つめて、そこに向かって歩いていくように、生きてきたのだろうか。
ずっとずっと、まだ、物心付く頃から、忍として生きてきた、と聞いた。
その頃から、死はこの人にとって、遠くにあるものではないのだ。
自分がどれだけ強く、若い盛りの忍であるか、は、この人にとって関係ないのだ。
さしのべられる死神の幾つもの手をしなやかにかいくぐって、そうして伝説とも言える業績を残してきた。
しかし、いつか、そのかいなに自分も抱き取られるだろう事を、この人は、呼吸をするように当たり前に受け入れている。
そのいつか、は、10年後、20年後…いや、明日かもしれないことを、当たり前の事として生きてきたのだ。
「ナルト。何泣いてるんだ、お前…」
急に、蒼い大きな眼からぽろぽろ涙をこぼし始めた弟子を見て、カカシは苦笑しながら頬かむりとマスクを外した。
「もしかして、オレ、泣かしちゃった?」
「センセー、そんなの、さみしくねーのかよ…!?」
抽象的なナルトの問いだったが、カカシはその舌足らずな質問が良くわかったようだった。
「むかし…幼馴染の親友たちに…そういった生き方は淋しい、って指摘された事はあったけどな…」
「……」
「オレは、淋しいって感情がどんなもんか、よく分からなくってな…」
「……!……」
「人を好きになる気持ち、とか、夢、とか、それも、ないほうが楽、ってずっと思ってたしな。」
「先生!!」
金色の髪に手を突っ込んでわさわさとかき回しながら、ナルトの一番好きな上忍師は、
「だーーけど!お前たちの先生してたら、いろんな、いらないって思ってた感情が、実は大切なものだったんだ、ってことが分かってきたんだよ。」
そういってにっこり笑った。
「先生…」
「教師ってのは、生徒に教えるばかりじゃなくて、生徒から教わる事もいっぱいあるもんだな。」
「カカシ先生…!」
「お前たちはオレの、最高の生徒だったぞ。」
+ + + + +
ナルトは、瓦礫のようになった木の葉の里の 一角に立ち尽くし、凝然と足元を見つめていた。
だから、お前は、前だけを向いて、生きて行け。
今、握った手を開いて、新しい運命を掴みに行け。
……振り返るな。
今はまだ…
そういった、『彼』の言葉を、深く胸に刻みながら。
end
Update 2008.11.22
INDEX