涙が君を救うだろう 2 



決して泣くまい、と、意地を張って生きてきた少年のころ。

大切な人を次々にその手の中から無くし、心さえも失いかけたころ。





泣け、と教えてくれた人がいた。
泣いて、泣いて、空っぽになってから、新しい思い出で空っぽの心を埋めて、生きていけ、と諭してくれた人がいた。


◇◆◇



其の訃報は瞬く間に駆け巡り、豪放磊落で慕われていた稀代の忍の死に里は深い悲しみに沈んだ…






カカシはそっとナルトの気配をたどった。
夜の公園の片隅、使われなくなったベンチで、少年は氷菓子を片手にしたまま、泣くことも忘れて呆然と喪失の痛みに身を浸していた。


──ナルト…




一緒に肩を抱きしめて…哀しむ事が出来るのなら、どれだけ楽だったか…

けれど。


俺ではあの人に近すぎて…さらなる悲しみにあの少年を巻き込んでしまうだろう。


すまん、ナルト…俺はお前にかけてやる言葉を持たない…




立ち尽くすカカシの反対の暗がりから、見知ったアカデミーの教師が、そっとナルトに歩み寄った。


─イルカ先生…

少年の前にしゃがんだ青年から差し出された手から暖かい気配がナルトを包み、凍りつくようだったその体から、少しずつ力が抜けていき、かすかな嗚咽がもれはじめた。




カカシはそっと踵を返した。






太陽は沈み、天はかすかな星明りがともるだけで、辺りは闇に閉ざされている。
けれども陽が消えたわけではなく、時がくればまた天に陽光はあふれるだろう。



ナルト。

頑張れ。

お前なら…
自来也様が大切に育てたお前なら。

泣いて、泣いて、そうして立ち上がることを。
…ナルト……俺は信じてる……





闇に沈んだ火影岩を、けれどもカカシの視力は鮮明にとらえていた。


あの人を失った日。

あいつを得た日。





火影の葬儀にも参加せず、任務に就き、帰着したカカシを迎えてくれたのは自来也だった。
無言で傍らを過ぎようとした少年を、その大きな胸に抱え寄せ…

彼は、カカシに、泣け、といった。



泣くことを自分に許してやれ。


責められるのはわし。
弟子に重責を押しつけて、ふらふらと里を離れておったこのわしこそに責がある。

カカシよ…
のう、お前は自分に泣くことを許さにゃならん。


涙のかれるまで泣いて…自分を一度空っぽにして……

そこからまた歩き始めることだ。

そうして、お前が師となり、弟子をとったなら、弟子を鍛えて、鍛えて、あいつからもらったものを渡してやれ。

弟子は師よりも長生きせにゃならん。のう。
あいつは出来た弟子だったが、最後にちょいとしくじったのう。



そう言って大きなあの人は泣き笑いに笑った。
カカシの銀髪を、暖かな手でかき回すように撫でながら。








そうして、今また、その人までも、見送ることになった……
自分は何もできないままに……

己を苛む其の後悔はカカシにはなじみのもので、今までどれくらい、そしてこれからどれほど、同じ悔悟に胸をふさがれれば済むというのだろう。




ゆるぎなかった歩みが乱れ、カカシは思わず立ち止まった。

大きく息をつき、せり上がる熱い塊を飲み込もうとする。



カカシ。
ナルトを頼んだぞ。のう。






……っ……!




斜めがけされた額当てに隠れた赤い天眼が熱く濡れ、額当てにしみこみ損ねたものがあふれて、口布を濡らし始めていた。








カカシはゆっくりと濡れた額当てを外す。





泣いてもいいんですよね、自来也さま…




濡れた口布を下ろし、星の光に浮かぶ火影岩を見上げて、カカシは打ち寄せる悲しみに身を浸す。


無くしたすべてのものを、俺は忘れない。
失ったものの思い出を、空っぽの胸を、それでも抱えて、生きていくために、今は涙を自分に許してやろう…

明日を…生きるために……









end


Update 2009.11.01
あとがき
あの人が大好きでした。