七班のクリスマス 3




大通りの隅を見事なまでに存在感を消してカカシがのんびりと歩いている。
声をかけるのは出店や屋台のおばちゃん達だ。「母親」というカテゴリーに属している彼女らは、カカシの不思議なフェロモンとでも言いたいような雰囲気に中てられることなく、気さくに声をかけてくる。
周りのものはうらやましいやら歯がゆいやら。
カカシの方も、気軽に愛想よく相手をしながら、夕飯の支度らしい買い物をしている。山盛りにオマケしてもらって照れくさそうに礼を言うのを隣でみていた八百屋の親父は真っ赤になってうつむいている。
おかみさんはばしばしとカカシの背中を叩いて、もっと食べないと体力もチャクラたらいうものもつかないよ、と、おおらかな説教をして…いるところに。

ようやく追いついたのは七班の連中だ。

買い物の中身を忍者の目で細かく確認し、カカシがどうやら一人でクリスマスを過ごす、と、見当をつけ、自分たちこそ、カカシを囲んで鍋パーティだと、(本来のクリスマスの意味から遙かに遠ざかっているのだが、あくまでもクリスマスは口実にしか過ぎないため彼らにとっては別にかまわないのである)勢い込んだ、その時。

「カカシ先生ーー!!」

アカデミーの子供だろう、かわいらしい声がかけられた。


「あれっ あのチビは…」

ナルトは流石に顔をまじまじとのぞき込んだせいか、子供の事を覚えていた。

「何だ、ナルト、知ってるのか?」

ヤマトに聞かれ、ナルトは先だって、修行を見て欲しいと声をかけてきた子だ、と 皆の記憶を呼び覚ました。

「そういえばいたな。そんなチビが。」

サスケがそう言いながら見ていると、



「おや、アカザじゃないの。どうしたの、こんなとこで…?」

しゃがんで目線を合わせたカカシは、笑顔で聞く。


―――――アイツ、カカシセンセと知り合いなのかよっ


七班員の見ている前。

「カカシ先生…この前は修行見てくれてありがとうございました!」

―――――なんだってぇえええええええええええええええ

声なき悲鳴が、隠れているような隠れていないような様子で電柱の影から二人を伺う七班全員から上がる。


「これね、これね、クリスマスプレゼント…!」


大人の思惑とか、協定、とか、牽制とか、それらをすべてすり抜けた、子供の論理が、カカシにその年一番最初にクリスマスプレゼントを運んできた。


―――――ええええええええええええええええええええええええ


勿論、息を潜めて見守っていた、七班員、その他、全員の心の悲鳴。


「えっ 俺にくれるの? へぇ…うれしいな、何だろう。あっでも、俺、アカザにプレゼント用意してないよ…ごめんな」
「ちがうの、先生、コレは、お礼の気持ちも入っているし…」
「でもな、せっかくのクリスマスプレゼント、貰いっぱなしじゃ…」
「…え、えと、そしたら、先生、また、修行に付き合って下さい…だめ…?」

―――――なんだってぇえええええええええええええええ

「え、そんなので良いの…?」
「えへへへ カカシ先生に修行みてもらったって友達に言ったら、物凄くうらやましがられたの。」


―――――あたりまえだあああああああああ


「そうか。そりゃ、役に立てて何より。え?プレゼント、開けて良いの?ん、なら、遠慮無く。」

子供の目の前で、カカシは不器用に包まれた、包装紙を開ける。
中から、見慣れた薬の蓋物がでてきた。

「…これって…」
「あのね、おばあちゃんが、切り傷とか擦り傷とかにぴかいちで効く薬を作ってるんだけど、ボク、先生が手にいつも怪我してたから、作り方を教わって、材料を集めてつくったの…」
「…………」

薬の入れ物をじっと見つめたまま、何も言わないカカシに、不安になったか子供がおずおずと言いかけた。

「……えと…えと…おばあちゃんが作ったみたいには効かないかも…しれないから…えと…おばあちゃんが作ったのと交換した方がいいかな…?」

そう言われたカカシは、一つだけ見える瞳をとじ、とんでもない、コレで十分効くにきまってる、と、子供を抱きしめた。


―――――あっそうだ、あの子…
―――――なんだってばサクラちゃん?
―――――薬師の一族の末っ子よ!アカデミーにはいったのどうのでおおさわぎになったの覚えてる。
―――――そうか…たしかカカシ先輩にあこがれてとか言う理由だったから、あの一族に先輩が難癖つけられてたっけ…
―――――くっそーー出し抜かれた…
―――――しかたないです…協定がありましたから…
―――――けど、先生、そんなに指、怪我してたんだってば?あんときから後も?


気がつかなかった自分たちの迂闊さに、歯がみをしている七班員をよそに。


「教えてくれたおばあちゃんにお礼を言っといてくれるか?」

そう言われた子供はぶんぶんと頷いて、カカシの感謝と笑顔をご褒美に、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら帰って行った。



呆然と子供を見送ったヤマトやナルトたちが、はっと気付いた時には、すでに其処にカカシの姿はなかった。




◇◆◇




最悪のクリスマスになってしまった。

その時の彼らの気持ちはどん底まで落ち込んでいただろう。
成り行きを見守っていた連中も、決して七班のみんなを嗤える状態ではなかった。

あんな…今のカカシに一番必要な…心のこもった贈り物の後に、どうやって自分のプレゼントを差し出せるものか。

ナルトも、ヤマトも、サスケもサイもサクラも、心ここにあらず、と言った感じで無言で解散し、家に戻っていった。
勿論、用意したプレゼントを、無駄にするつもりは無かったが、今はとても渡せる気分ではなかったのである。


かれらが家に帰り着いたとき。

皆が皆、一様に、心の底から大切に想っている人の残映…気配を感じとり、自分の部屋に飛び込んだ。

「…あ…!」

机の上に。
あるいはちゃぶ台の上に。
またはテーブルやベッドの上に。

ちょこんとおいてあったのは、荒削りながらも見事なできばえの、沈香で作った「かえる」の根付け。

つまみ上げてまじまじと見ると、腹のところに、「無事かえる」の文字と、へのへのもへじのサインがあった。

いかにも、どうでも良さそうに。包むでもなく、メッセージがあるでもなく。
見つけられなかったらその時はその時、とでも言うように、ごく無造作に、ころんと置いてあったそれ。

―――――指の怪我はこの所為か…!

それぞれがそれぞれに、彼らの恩師であり先輩である青年の、贈り物を握りしめて、只立ち尽くし…。


が、その熱い思いも、すぐに、騒々しい金髪の影分身に破られる。


「もらいっぱなしにする訳、ねぇよな?みんな?」

当然である。
流石、と言って良いだろう、それ以上、影分身のナルトにせかされることもなく、全員が、火影屋敷の前に集まっていた。

「いいか、公平に、じゃんけんで行くぞ。」

何を、と、説明もせずにヤマトが拳をだす。
みんなが頷き…

─最初はグーっ!ジャンケン…ぽんっ!!


勿論、一番勝った者が、カカシを誘いに行く役なのであった。




この年のクリスマス。
うちはの広大な屋敷を占拠して、クリスマスの鍋パーティが行われた。
最初は七班だけだったはずが、いつの間にか里の上忍達もまざりはじめ、クリスマスプレゼントの交換会の様相を呈してしまった。
その所為でカカシに渡すはずのプレゼントを交換に出す羽目になった彼らだったが、カカシがとても楽しそうに笑っていたので、それはそれでよし、としたのだった。


うちはの屋敷に鍋パーティをしに行く寸前に、任務報告を持ってきたナルトとヤマトの所為で、イブに残業するはめになった綱手は、あいつらには余分なちょっかいは金輪際かけるまい、と、心に誓った……

もちろん、へのへのもへじと表書きのあるとっくりから、大吟醸をちびりちびりとやりながら。





後日譚になる。

修行を断ったことを申し訳なく思った七班の連中に、みっちり何度も修行に付き合わされ…
「何時でも見てやる」、から、「自分たちが任務から帰ったときは何時でも」、になり、しごきあげられることになったアカザは、後に綱手の跡を継いだサクラの有能な片腕の医療忍に育つのだが、それはまた、ずっと後の話である……。





Update 2011/01/09