七班のクリスマス 2
「ここに君たちに集まって貰ったのは他でもないんだけれどね。」
そう切り出したヤマトに、ナルトは何が始まるのか興味津々、サスケは眉間の皺を深くし、サイは無表情の儘。
サクラはちらちらとナルト達に視線を送りながらも、ヤマトが何を言い出すか、おおよその見当は付いている風だ。
「不可侵条約を結ぼうか。」
ヤマトの言葉に、表情を動かしたサクラとサスケ、無表情ながらきらり、と目を光らせたサイを確認すると、分かっていないらしいナルトに視線を向けて、ヤマトは後を続けた。
「……ナルト。一応効くけど、不可侵条約って意味分かるかい…?」
そこからかーーー!と、心の中で突っ込んだのはサクラとサスケである。
サイは、流石にヤマト隊長はナルトのことをよく知っている、と、感心していた。
「……えと?何かの…紐…かリ…?」
結ぶのだからリボンかなんかか?と 聞こうとしたナルトの台詞は、後頭部に飛んできたサスケの平手でかき消される。
「何すんだこのサスケっ!!てめぇ、けんか売ってんのかよっ!!」
そっぽを向いてしまったサスケと、こめかみを指先でもみほぐしているサクラを見、自分の先ほどの発言がなにやら問題だったらしい、と気付いたナルトは、そっとヤマトの顔を伺う。
「イルカ先生が泣くよ、ナルト。アカデミーで習ったはずなんだから。条約…つまり約束だね。」
最初からそう言えばいいのに、と、ナルトは口の中でぶつぶついっていたが、
「で。何に対しての不可侵だ。」
視線を窓に向けたままそう聞くサスケに、ヤマトは分かっていることを聞く、という顔をした。
「…ちなみに、不可侵というのは、手を出すな、と言うことだな。」
ナルトに向かって先に説明したヤマトは、考え込んだナルトに、彼が納得するまで待つ姿勢をとった。
「手を出さない…えと?約束って事だってば?」
きょとんとしているナルトの頭を押さえつけて身体を乗り出したサクラは、
「そんなのを結ぶ理由ってなんですか?」
と、ヤマトに話の続きを促した。
「……彼との長いつきあいの中でボクが得た経験則だよ。」
そう厳かに言い切ったヤマトに、サスケがあからさまに不服げに鼻を鳴らした。
「ふん。そんなもの。何の役に…」
「役に立つからこうしていってるんだよ。サスケ。さっきナルトに言ってたけどねキミこそその無駄に大きい自信の根拠はなんだい?」
「何だと このオッサン…っ!」
「オッサン…って…カカシ先輩より年下なんだけどねっ」
ヤマトとサスケが火花を散らし始めると、今度はナルトが後からサスケを羽交い締めにして、黙らせた。
「隊長がそう言うには、訳があるんだろ?それを聞いてると長くなりそうだからさ、その何とか条約とかを結んだ方が良いことってのを教えて欲しいってばよ。」
木遁使いの上忍は、我が意を得たり、といった表情でうなずいた。
◇◆◇
例年、申し合わせたように年末のこの時期は里に持ち込まれる任務の数が減少し、クリスマスに大騒ぎが出来るのも世界が落ち着いてきている証拠だと、五代目火影は内心満足をしていたのだが、平和になればなったでそれなりの騒動が起きるのである。
―――――どいつもこいつもアタシを過労死させる気かい、まったく。
ぶつぶつ言いながら火影室の窓から雪の舞う里を見下ろしていると、彼女の過労の原因の一部を作っている一団がわらわらと通りに現れた。
「そんな事、いちいち呼び出してまで言うことかっ」
いつもは寡黙なサスケの声が聞こえる。
「里を離れていて、少し里の状況に疎いようだね、サスケ」
容赦ないヤマトのツッコミを、まあまあ、と、二人をなだめているのはナルトである。
サクラとサイは、なにやら話しに熱中していて、ナルトを手伝う様子もない。
先にヤマトがキレるとなだめるのはナルトの仕事になってしまい、キレた者勝ち、が、彼らの暗黙のルールの様だ。
綱手はその様子を見ながらあきれたように大きな胸を揺らした。
彼らがカカシを囲んで大騒ぎをしているのはいつものことだが、かなり迷惑だろう騒がれている本人は、のほほんとして気がついていないのか、気がつかない振りをしているのか。
綱手が見ていると、小さなアカデミーの生徒が、彼らのところにおずおずと近づいてきた。
―――――あの子は…薬師の一族の末っ子…?そういえばカカシにあこがれてアカデミーにはいってしまったと婆がぼやいていたな…
「あの、あの、お兄ちゃん…お姉ちゃん…修行…見てもらえませんか…?」
小さな、震える声でされたそれは、新旧七班の班員すべてをひっくるめた全員へのお願いのようだった。
彼らは今では里の看板忍者たちで、考えれば非常に贅沢な講師たちになる。もちろん、この時期でなければ、彼らは多少忙しくても少しだけでも付き合ってやっていただろうが…
「おっ わりぃ、俺達、ちょっとたてこんでてな。つまりちょっと忙しいんだってばよ。」
済まなそうなナルトが、長身をかがめて小さな生徒の顔をのぞき込んだ。
「もうちょっと後で良ければ付き合うってばよ?」
そう言いながら、頭を一握りでつかめそうな大きな手でわしゃわしゃと猫っ毛の頭を撫でた。
小さな子供は大きな目を見張って真っ赤になりながらがくがくと頷く。
他の連中も、ごめんね、や、済まないね、と、声をかけてそれぞれのやり方で子供の頭を撫でたり頬を突っついたりしている。
サスケまでもが、わりぃ、といいながら子供の額を指先で突っついたのに、綱手は笑みを誘われる。
せめてもの謝罪か、派手なやり方で子供の前から姿を消し、散っていった。
あこがれの忍びたちに、いちどきにかまわれた子供はぼーっと夢見心地だったが、勇気を振り絞って声をかけたのが無駄となったのにしょんぼりと肩を落として、とぼとぼと帰ろうとした。
と。
「…ん?」
綱手は子供の後に気配もなくふっと現れた長身の上忍を認めて笑みを深くした。
「あの子、あいつらに断られて大儲けしたな…!」
木の葉の看板上忍は、相変わらずポケットに両手を突っ込んだ猫背のまんま、のんびりした口調で言った。
「なんだ、あいつら、修行のお願いきいてくれなかったの…?」
そう優しく声をかけられた子供は、バネ仕掛けの人形のように飛び上がって振り向いた。
「…しょうがないねぇ。俺で良かったら、見てやろうか…?」
いいもワルイもない。あこがれと言うのもおこがましい、雲の上の人だと思っていた写輪眼のカカシが、ニコニコとほほえみながら、長身をかがめてのぞき込んでくれている。
「ほ、ほ、ほんとですか、見てもらえるんですか…??…ボク…ボク…まだ…強くないですけど…」
「強かったら俺が見る必要ないでしょうよ」
そう笑ってカカシはひょいと子供を抱えて瞬身を使った。
それを知った七班の連中がどんな反応をするか、想像して綱手は思わず笑い出していた。
◇◆◇
―――――カカシへのクリスマスプレゼントはみんな、同時に手渡すこと。抜け駆け禁止。それが不可侵条約。
新旧七班の連中は、周りのカカシフェチが羨望しているほど、自分たちが良い立場にいるとは思っていなかった。
カカシの日頃の基本姿勢を熟知している分、仲間を出し抜いて自分だけ抜け駆けしようとしても、不興を買うだけなのはわかりきっている。とにかく、仲間を大切にしないことを何よりも嫌うカカシなのだ。
自分だけ先にプレゼントを渡そうにも、その辺りがネックになって、アプローチがかなり難しい。
なので、ヤマトの提案は、自分が出し抜けない代わりに、他の七班の連中にも出し抜かれないという確証を得ることが出来、それだけは安心と言えば安心だった。
しかし、同時に渡すクリスマスプレゼントで、いかに差別化を図るか。頭が痛いことには変わりがない。
兎に角、カカシを驚かせ、喜ばせたい。それだけをご褒美に、けなげな班員は、同僚の動向をうかがいながら、ある意味Sランク任務以上の真剣さで、プレゼント選びに余念がなかった。
そしてようやく訪れたイブの夜。
その間、カカシはしょっちゅう手のひらや指先に細かい傷を作っては舐め、サクラにしかられながら治療され、を繰り返していた。
何でも器用にこなすカカシがなぜこんな些細な怪我をしょっちゅうするのか誰も疑問に思っていたが、自分が用意するプレゼントの方に気をとられ、本人に尋ねる者もいなかった。
カカシの周りは異様な雰囲気に包まれている。
七班の…いわば一番親しいと思われている連中がいっこうにプレゼントを渡す気配がないのだ。
彼らを差し置いてプレゼントをした…としても、別に悪いわけではないはずなのだが、一癖もふた癖もある彼らの反感を進んでかいたい者がいるはずもなく。
何となく疲れた様子のカカシを遠巻きに、七班の連中はなにやっている、だの、さっさと渡せよ、後がつかえてんだよ、だの、ひそひそ声が交され、何となく切羽詰まった様相を呈してきている。
当然…
七班の者たちとて、さっさと渡したいのだが、ヤマトとナルトが綱手のお使いに出たまま、まだ戻ってきていないのだ。
…もちろんこれは、七班の連中にしょっちゅうあれこれと騒ぎを起こされていい加減キレた五代目のささやかな意趣返しなのだが…
ヤマトもナルトも里へと息を切らせて帰って来ながら、しみじみと『不可侵条約』を結んでいて良かった、と、この時は思っていた。それを結んでいた所為で、任務に行く前にカカシにプレゼントを渡してから行く、という選択肢がつぶされた訳なのだが、それでも、この時まではそれで良かったと思っていたのだ。二人を含む、七班の班員は。
大門を通り抜け、息せき切って上忍待機所の入っている建物に向かう。
入り口で、サスケやサクラ、サイが、しびれを切らして待っていた。
「遅いんだよ。カカシはもうここを出て大通りに行ったぞ。」
じれたサスケの声に、返事もそこそこに(勿論綱手への任務報告も後回しだ…)そろってカカシの後を追った。
Update 2011/01/01
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