Stealth The Moon
〜盗月〜



ナルトが、彼の、かつての上忍師のその言葉を聞いたのはほんの偶然だった。


「……だから、五代目…ナルトに暗部の任務をまわすのは勘弁して下さいよ。これ以上はムリですって…」

その言葉に、扉の外にいたナルトはその場に凍りついた。

以前のナルトなら、その場に飛び込んでいって、
どうしてだってばよ!!理由をいえってばよ!
と叫んでいただろう。
しかし、今度ばかりは、ナルトには、カカシにそういわれる原因に心当たりがあった…。

カカシが火影の執務室から出てくる気配に、ナルトは踵を返し、火影屋敷の屋根へと身を躍らせた。

どうしてこんなことになっちまったんだろう。

暁や、ペインや…いろいろな大騒動がやっと落ち着いて、幾ばくか…。
里の再建に火影の手足となる優秀な戦力が必要となり、カカシが再び暗部の任務を兼任するようになった。
その折、五代目が、ナルトの成長をみて、カカシとバディを組む相棒として暗部に配属してくれたのである。

ナルトは天にも昇る気持ちだった。

コレでカカシせんせーと対等だってばよ!

恋人として、その腕の中に彼を抱いていても、やはりカカシは遠い月のようだった。
ときどき腕の中の白い体は、みなもに映る月のように、実態の無い影のようなものではないか、と思う時がある。

年の差、経験の差。

それだけではない何かが、自分と、このとらえどころのないかつての上忍師との間を隔てているような気がしてならない。

しかし、同じ暗部としてバディをくみ、ツーマンセルで任務に当たっていれば、徐々にでもその距離は縮まり、いずれ対等の立場でお互いを見ることが出来るようになるのではないか…!?

その期待に胸を弾ませて、カカシとの任務に…激務といえるそれに身を投じたのだったが。


ふと屋根から足元を見下ろせば、火影屋敷からカカシが出て来るのが見えた。

額当ての代わりに包帯の巻かれた白い顔は、明るい日差しの中で心なしか青ざめて見えた。






「ナルト!よせ、無理をするな!!」

意外性の申し子、と、笑いながらかの上忍師が笑って例えたナルトは、自分の力を信じていつも突っ走る。
しかし、時にはそれが暴走となることもあって。

カカシの制止を聞かずに突っ走り、フォローするカカシの負担はしゃれにならず…とうとう、あの日、チャクラの切れたカカシは自分の体でナルトを庇った。

幸い、カカシの額を割った傷は、出血の割には思ったほど酷いものではなかったが、ナルトを落ち込ませるのには十分だった。

カカシは決してナルトを責めなかった。
ナルトが無事で安堵さえしていたが。





なんだよ。カカシ先生ってば、やっぱり怒ってたんだってば。
仕方ねーって。オレが悪いんだし。
でも、ぜってー、カカシ先生とのツーマンセルは解消しねぇ!暗部も止めねぇ!

「そうだ、綱手のばーちゃんに直談判だってばよ!」
拳を握って決意も新たに、でかい図体の意外性ナンバーワン忍者は、火影屋敷に問題を持ち込んでいった。




明るい日差しに額の包帯をさらしながら、長身をまるめて猫背で歩く胡散臭い上忍に、さらに暑苦しい容貌の上忍が無駄に元気よく声を掛けた。

「おお!!もどってたのか!わが永遠のライバルよ!!」
まわりに響き渡るでかい声で話かけられ、カカシは思わず苦笑した。
「ああ、さっきね。お前はリーと訓練…?」
「勿論だとも!お前のバディには負けないくらいに頑張ってるぞ!!もう直ぐオレともツーマンセルくらい組めるようになる!ナルトばかりにいい格好はさせんぞーー!!」
そういって、ガイがいつものようにバシバシ背中をたたいてやると、カカシは口布の陰で小さくため息をついた。
「…なんだ、カカシ。珍しいな…?ナルトとツーマンセルを組んで薔薇色の任務生活なんじゃなかったのか?」
「アイツは暗部にゃむいてないよ…」
軽口に真顔で答えられて、ガイは少し表情を引き締めた。
「その怪我…?」
「………」
「お前に庇ってもらわないと仕事が出来んようじゃ、そりゃ、向いてないな…!」
「…そうじゃない…そういう意味で向いてないんじゃないんだ…」
「っと、まてまて、こんな大通りでしていい話じゃないな、『月杯』にでもいかんか?昼飯もまだだろ?」

小さなその料亭は、営業は夕方からだが、上忍たちの行きつけで、食事がおろそかになりがちな彼らの大切な「食料庫」だ。

「悩み多きわがライバルに今日はオレがおごってやろう!」
「…珍しいことするんじゃないーよ!雨でも降られたら任務がやりにくくなるでしょーよ」
やっと笑ったカカシの肩を抱き寄せて、店の方にいざないながら、ガイはこの同僚が色々抱え込んでいるのに気がついた。

まあ、あの突拍子も無い男を弟子にし、相方にしてたら、そりゃ、苦労も絶えんわな…


「………泣く…?アイツがか?」
「うん…」
「……そ、うか…」

暗部の任務はきれいなものばかりではない。
それどころか、後ろ暗いものが大半を占める。
綱手は極力そういった任務をナルトに廻さないようにしてくれていたが、カカシとナルトのツーマンセルの任務達成率はほぼ100パーセントで、幾ら五代目が配慮しても、特に困難な任務や、他の暗部が失敗したものを廻さないわけにいかないのも、また事実であった。

「大名の跡目争いの後始末は…ありゃあ、酷かったよ。ターゲットが子供でね…」
「……暗殺任務か…?」
本来なら任務内容を話すカカシではないのだが、ガイは既にカカシとともに里の再建のリーダーとして依頼や任務の取捨選択、割り振りにも関わっているため、隠しても仕方が無かった。

「綱手さまは子供の暗殺は引き受けないよ…」
「……ははぁ…アイツは同情してしまったわけだな…?」
「声、殺して、泣くんだよね…背中向けて、なんでもない振りして…」
「任務のたびに同情してたら、身がもたんだろう…?」
「だからアイツは暗部に向いてないって…」
「……そういう意味か…」
「…考えずに突っ走る割にはいい勘してるしね、判断力もあるし体力持続力は問題ない、思い切りもよすぎるぐらい、いい、能力的には何の問題も無い…どころかピカ一なんだけど…」
「そうだな、それはなんとなく俺にもわかるぞ。性格的にはアイツは暗部向きじゃないな。」
「早く表にもどしたいんだけど…」
「アイツはなんでそんなにツライ暗部にこだわるんだ…?」
「………」
カカシは勿論、ナルトが暗部に、ではなく、自分とのツーマンセルにこだわっているのを知っている。
自分が暗部から抜ければナルトも嫌がらずに抜けてくれるかもしれないが、今の里の事情がそれを許さなかった。

「カカシよ、おまえな…」
「…ん?」
「まるで ホオジロかモズだな…」
「??なんだって??」
「カッコウに卵を押し付けられて、自分よりでっかくなってる雛に必死で餌を運んでるホオジロ…ってかんじだぞ、今のお前。」
「……!」
「相手は雛でもな、もうお前よりでっかいんだろうが。泣くのが辛くて苦しいんなら自分でやめるといいだすだろうし、泣きながらでも任務に食らいついているんならお前がとやかく言うことじゃないと思うぞ。」
「…………」
ガイの言葉は正論だった。全くその通り…
しかし、カカシとてそれを考えないではなかった。アイツが耐え、やり抜こうとするのを邪魔はしたくは無い。
それでも…。
あの、太陽の似合う、黄金の青年が肩を震わせるのを見るのは、カカシ自身が辛かった。
若竹のように、まっすぐ、まっすぐ、どんな環境にもめげずに天をめざして育ってきたナルトが、暗い任務の所為で歪んでしまったら…

昔の自分のように笑えなくなってしまったら…

カカシはそれが何より恐ろしかったのだ…。








「このあほう!!」

いきなり頭ごなしに怒鳴られ、ナルトは首をすくめた。

「アタシは死ぬほど忙しいんだよ!お前もカカシも、相棒ともっとしっかり話し合ってからここに来い!」
「だってばーちゃん…!」
「やかましい! ナルト、お前、カカシにちゃんと自分の気持ちを言ってあるのかい!?アイツはある方向では超能力者か、と思うほど敏いし、察しもいいが、そっち方向は死ぬほど鈍いぞ…?」
「……え…?」
「お前の考えてることをアイツはちゃんと知ってるのか、ってことだ!お前にアイツの全てを理解するのはまだ無理だとしても、それならアイツにお前を分からせないと話にならんだろう!」
「なにいってんだよ、ばーちゃん、俺はカカシせんせーのことなら…」
「……わかってる、ってのかい!?」
「………う………」

「アレは訳の分からん男だよ。優しいのか冷たいのか、思い切りがいいのか優柔不断なのか…アタシにだって掴ませない、瓢箪なまずだ。だから一人でぐるぐる悩んでないで直接にぶつかっていきな!」
「ば、ばーちゃん…!」
「当たって砕けたら骨は拾ってやるよ!さ、いったいった!」

しっし、と手で追い払われて、情けなさそうに眉を下げながらナルトは執務室を後にした。

……くだけちまったら意味ねーってばよ…

食わせ物の五代目にまで正体が分からない、といわれた恋人をもつ自分はどうすればいいんだろう…

ひとまず、綱手のばーちゃんはカカシ先生と自分のツーマンセルを解消させる気がないのは分かった。それだけでも、今は良し、としなければならないだろう…

自分は欲張りだ。
カカシ先生は自分に体を開いてくれたではないか…なのに恋人の何もかも、手に入れないと不安だなんて…
際限なくカカシがほしくなる自分がときどき空恐ろしくさえあった。

だが、それを自覚できただけでも、ナルトは成長したのかもしれなかった。






「ナルト、今回は特に慎重にいけよ!?」
「分かってるってばよ!」

しっかり前を見つめて木々を跳躍する若い相棒に、カカシそれ以上なにも言わなかった。

今度こそ、カカシに、恋人としての自分を、いつまでも生徒のまんまではない自分を、見せてやる!


そう、強く決心していたのに…




「カ、カカシ先生!!カカシ先生、目を開けてくれってばよ!!」



見渡す限り、かつて森だったところは赤く焼き払われ、なぎ倒され、黒くやけこげた木々から薄く立ち上る煙がいく本も…

その中に、カカシの白い体が落ちていた……



意識の無いカカシを抱えて蒼白なナルトが戻ったのは、任務完了予定のまだ2日前だった。


カカシが倒れた、という知らせは、里の上層部にだけ伝えられ、里人には伏せられた。
写輪眼のカカシが動けなくなっている、というのは、里の動揺を大きくするだけだ、という五代目の判断だった。


「任務報告をしろ。」

カカシの状態が、一段落し、あとはチャクラの回復待ちだ、というところまできて、ようやく綱手はナルトを前に呼んだ。

といっても、カカシの病室の前である。
ナルトは其処を梃子でも動かなかったのだ。

「任務は完了したってばよ……完璧に終わったって…」
「予定日数よりえらく早かったな……」
「……無理しちまったんだ…」
「…何…?」
「し、慎重にいけって、カカシ先生に言われたのに…オレってば、かっこいいとこ、たよりになるとこ、先生に見せたくて……!む、無理した所為で…」
「……」
「あ、アイツが出そうになっちまって…」
「……九尾か……!!それでどうやって押えたんだ!!」
「…………カ、カカシ先生が………」
「カカシがどうやって九尾を押えたかと聞いている!!」
「………」
「ナルト!!」
「い、言いたく…ねぇ…」
「な…んだと…!?」
「カカシ先生が…暴れるオレを押えてくれたんだってばよ。その所為で…カカシ先生に怪我をさせたのはオレなんだってば…オレが…オレが…!」

「いやいやいや、それはちがうでしょーよ」

突然割って入ったのんびりした声に、綱手もナルトもぎょっとして病室の扉を振り向いた。

「五代目、単なるチャクラ切れですよ、大げさな。力配分をまちがっちやったんですって。すみませんねぇ…!」
「カカシ…!」
「や、ほんと、若いのに負けまいとして、ちょいと無理しちゃいました…かっこわりい話ですよ…」
「……本当だね…?」
「嘘なんぞつきゃしませんて。ほんとですよ、ダンゾウさま…?」

カカシが綱手とナルトの後に視線を屋ってそう話かけ、初めて二人は驚いて振り向いた。

「………」

病院の廊下の薄暗い闇に溶け込むように、その老人は無言で立っていた。

「わざわざ俺の見舞いに来てくださったんですか?申し訳ないですねぇ。そんなお年の貴方をここまで来させちゃって。」
「カカシ…!」
綱手の叱責も何処吹く風、のカカシは、
「いやいや、もう、家に帰ろうと思ってたとこなんですがね…?おいナルト、こら、こっち来い。」
そう呼ばれてナルトは大慌てでカカシのそばに寄った。
病室の扉に持たれ、点滴に縋って立っていたカカシは、心置きなく相棒で、弟子で、そして年若い恋人の若者の首に手を回した。
「さ、責任もって、家に連れて帰ってちょーだいよ、ナルト。お前の後始末でこれからたくさん書類、書かないと駄目なんだから。」
そう、腕の中の傷だらけの想い人に言われたナルトは点滴ごとその長身を抱きしめた。
「…も、大丈夫だってば…?」

「……茶番だな…」

老人が低く呟いたが、カカシは恋人の腕の中から飛び切りの笑顔をその老人に向けた。

「年よりは茶番劇って好きだと思ってましたよ。ダンゾウさま。ああ、ここまで来たんだから、ついでに検査を受けてったらいかがです?この病室、もう空きますよ?」

ぬけぬけとそういう里一番の忍に、一つ残った無表情な目をむけると、
「九尾が暴れたのでなければそれでよい…」
そう低く呟いて、闇にとけるように消えていった。

ダンゾウの気配が消えた途端、カカシはナルトの腕の中で力を抜いた。

ナルトは急にぐったりとなった恋人を、慌てて抱き上げた。

「ば、ばーちゃん!」

おろおろと綱手を振り向いて、縋る視線を向けるナルトに、安心させるように頷いてやりながら、女丈夫は、カカシに危ない所を救われたのに気付いていた。

あのまま、ダンゾウにナルトが九尾を発現させ、あまつさえ暴れさせていた証拠でも押えられていたら…
ナルトは意識をうばわれ拘束され、綱手は五代目を追われていただろう…

「仕方がないね!退院するとあのじじいに言っちまったからには出なけりゃならないだろう…ナルト!お前がカカシの面倒を見るんだよ!わかったね!?」

「りょーかいだってばよ!!!」
「うッッわ!!ちょ、ナル…」
やめなさいよーーーというカカシの声を遠くに引きながらナルトは瞬身でその場から消えていた……

呆れ顔の火影をその場に残して…


ナルトのおかげで、危うく大騒動になるところだったが、カカシという遠隔装置がついている限り、あのお騒がせ忍者は里の最大の戦力であり続けるだろう。

カカシよ…甘やかすばかりじゃ子供は成長しないぞ…お前も分かってる筈だがな…


ナルトは十分大人になってるぞ…?


里の母を自認する五代目からみれば、カカシとてまだまだ青二才なのだった……




end




Update 2008.10.10
あとがき
大好きなナルカカです〜〜
オフィシャルで、里がこれからどーなってくのかわからなくて、どうも捏造するのも具合がわるいんですが、ナルト、18歳ぐらいで、お読み下さい(笑)
16歳からの2年って、子供が凄く成長する時期ですよね、ナルトはカカシよりずっとでかくなって欲しい、いや、なるにちがいない、と考えてます。190くらいになってるといいな〜〜(笑)

Undergroundにまた、その、裏事情を…(爆)
なんだかそんなのばっかり…(笑)