たとえば泣きたくなるような幸福



ナルトは、荒い息をついて動かなくなったカカシの、汗に濡れた背からそっと体を起こした。

白い…あまたの傷に覆われた背…なめらかなその背の、指に引っかかる傷痕にさえ、遠い友を想いながらも…情動を覚える自分を度し難いと思った……




◇◆◇





「…ナルト…?」
ゆっくりと仰向いた、カカシの胸にも…傷跡。

「先生…この傷…再不斬の首切り包丁の奴…?」
「…え…?」

幾分ぼんやりと自分の胸を見下ろしたカカシは、かすかに苦笑した。

ナルトがなぜ、そんなことを言い出したのか、カカシは想い当ったので………


「…波の国の任務……の時だったっけ」
「……そうだったってばよ。あんときは…サスケがいて…悔しいけど、カッコよかったってば…あいつ……」

明るい月を、窓越しに見上げながら、それでも手のひらでカカシの肌をまさぐるのを止めようともせず、ナルトは低く…昔を懐かしんだ。

そんな、ナルトの不実な愛撫にも、高まりそうな自分の淫乱な体が恨めしく、よじって逃れようとしても…ナルトは離そうとはしなかった。






一体何年になるのか…





あの日から……






◇◆◇






その日。
四代目の護衛任務を終えたカカシは、暗部装束を解くと、ぼんやりと疲れた体を引きずるように宿舎への帰り道を歩いていた。

四代目との任務は色々な意味で…カカシの限界を要求される。
スキルは上がるが、体力も消耗してしまい、アカデミーの前を通りかかった時にはさすがに気もそぞろになっていた。


ために…



真昼間に校門から駈け出してきた、小さな子供と正面からぶつかる、という失態を犯してしまう。


すってん


と転んだのは…



─うちはの…



「イタチ…?」



すでに「うちは」の神童とも噂の高い、その幼児は、眩しそうにカカシを見上げてきた。

「あっ、カカシさん、こんにちは!ごめんなさい、急いでたから…」



一族でもないのに写輪眼を持つカカシに、うちはの面々は総じて冷淡で辛辣だったが、カカシが写輪眼を使いこなしている上に、火影の信頼が厚い…せいで、ある程度以上の仕打ちはしてこなくなってきていた。

それでも、友好的な関係とは言い難い。

そのなかで、不思議とこの天才と誉れ高く、人見知りな総領息子だけはカカシに懐いていた。



「なんなの、珍しく慌ててるな、イタチ…?」
「はい、カカシさん、赤ちゃんが…!!弟が生まれたって、今連絡があって…!!」
「ああ、それで早退するんだ…!」

一人っ子で…もう、永遠に兄弟を得ることはないカカシは、それでも暖かい笑みをうかべ、5歳の幼児の興奮を理解した。


「カカシさん…!カカシさんも赤ちゃん、見ませんか…?きっと可愛いです…」


断られると思ってもみない…いつものイタチには似合わない性急な様子に、カカシは苦笑した。


いくらうちはが俺を嫌っていても…総領家の二男の誕生した日に、喧嘩腰にはならないだろう…

そう判断して、カカシは小さなイタチの体を抱えると、瞬身を使った。







涼しげな産着を着せられたその赤子は、驚くほど整った見目をしていた。
─新生児なんて猿みたいな顔をしてるとばっかり思ってたけど……


めでたい席では、さすがに…火影の一番の信頼を受けるカカシに、うちはの一族は丁重だった。




「サスケって…ボクが名前をつけたの」




乳児を抱えて幸せそうにほほ笑む小さな総領息子を、両親は、愛しそうにみつめ、そこにあるのは、カカシには永遠にかかわりのない…暖かい家族の肖像だった。



それから10数年ののち……



あの陰惨な事件はおこり…


あの幸せな家族は……あの愛に満ちた兄弟は……






◇◆◇





「……っ!」







「先生…何考えてた……?」




ナルトの残滓の残る体内に、急に指をさしいれられ、カカシは息を詰める。

月を背にして影のように覆いかぶさるナルトに、しかしカカシは答えなかった。



性急な行為。



ナルトのその、美貌の友人への執着に、妬心を抱くにはカカシはあの兄弟に近すぎた。

どんな事をしても、ナルトはサスケを忘れないだろう。
忘れられないだろう。

そして自分もまた…


「なあ…先生……」




体の中をまさぐる指に、体温が再び上がっていく。
もう無理だ、といってもナルトは止めないのは分かっていた。


ゆっくりと足を開き、ナルトの愛撫を受け入れる。


「……先…生…?」


拒まれると思っていたのだろう、戸惑った声が、覆いかぶさった若者から漏れた。

「…どうした…?もう、しないの…?足りなかったんだろ…?」

そう聞かれた若者は、ゆっくりと首筋に貌をうずめてきた。



「先生…おれ…」


カカシの体をまさぐっていた手が、首に回され、しがみつくように抱きこまれる。



「……どうした、ナルト…?」
「俺…いいのかな…こんなに…幸せで……?」


若者に似合わぬ…頼りなげな声でそう小さく囁かれ、カカシはふ、と胸を突かれた。



「あいつは……あいつはあんなに大事だった兄貴をなくして…里を捨てて…何もかもなくして……そしてまだ…………」

「ナルト…」
「なのに俺は……」


カカシの首筋で、ナルトの息が震えるのを感じる。


「幸せになっちゃいけない奴なんて、この世にはいないんだよ。ナルト。」
「先生…」
「お前はがんばった。今もがんばっている。お前は一番幸せにならなきゃいけないんだよ。みんな…俺も…四代目も…お前が幸せでいる事を…心から…願ってるよ…」


いつの間にか、広く、逞しくなった、教え子の若者の背をゆっくりと優しくなでながら、カカシは低く、囁いた。




首筋で、息を震わせて、漏れる声を殺そうとする若者に、



「ナールト…俺の前でカッコつけてもしょうがないでしょ…?泣いていいんだよ。友達を思って泣くのは…いいんだろ?そういう涙は…?」
「せ…先生……」



カカシは、不幸な友人を思って泣くこの若者とて、決して安楽な人生を送ってきていない事を知っている。

そして、そんな若者を、いつも甘やかしてしまう自分であることも…





◇◆◇






ナルトは、今、腕の中にこそ、自分のすべてを抱いている、と思った。


自分の、あいつへの執着も…
取り返しのつかない、あまたの後悔も…


この腕の中の青年は、すべて知っていて…
そして許してくれる。



─サスケ。ごめんな。俺ばっかり…幸せで。でも、俺、お前の事、あきらめねぇから。絶対絶対、連れ戻すから……!


そして、いつかなうとも知れないそんな願いさえも、この腕の中の人は認めてくれる。力を貸そうとしてくれる。


そして、きっと、あいつの事も、わかってくれるんだろう……






「……先生…俺…眠くなってきちまったってば…」
白い首筋を、そっと舐め上げながらそう言ってみると、

「…そりゃ…良かった……せんせーはもう体力限界です…。」

含み笑いの声がそういう。

「ちぇ…。もっと欲しいんだけどな。明日休みだし。」
「俺とお前の体力差を考えろってナルト。んで…寝るなら降りなさいよ。重いよお前。」
「んん…もうちょっと……」
腕に力を込めると、逃れようとしていた体があきらめて動かなくなる。





二人は…


それぞれに、遠い空の下で独り自分の誕生の日を迎える孤独な若者を思った………。






◇◆◇




俺は覚えてるよ、サスケ。




お前の誕生が、どんなに人々に喜びをもたらしたか。








あいつが、どれほどお前の誕生を喜んだか。











俺は忘れない……。







end


Update 2009.07.25


タイトルは 月にユダ さまから。
とっても素敵な言葉がちりばめられたお題サイトさまです。

カテゴリをどこに上げるか迷ったんですけど、まあ、しょっぱなからやってる(^^;)んで、素直にオトナルカカで…