櫻の木の下には
みずみずしく張り詰めた青年の胸に耳をあて、だんだんと静まっていく鼓動を聞くのが好きだった。
いつの間にか、頭を一掴みに出来そうなほど大きくなった掌で、乱れた銀色の猫ッ毛をかき回すようになでられるのが好きだった。
せんせ…
いつまでたっても彼を呼ぶその呼び方は治らず、体を重ねるようになっても…重ねている最中でも…やっぱり呼び方は そのままで…
その 呼び方は彼にたとえようも無い郷愁を呼び覚ます。
郷愁は過去の辛い記憶に連なり…
彼は汗ばんだ肌の若々しい体臭に包まれながら、開け放した窓の外、舞い散る桜を見ていた。
苦い記憶…
抜きん出て嗅覚の鋭い彼の、決して忘れえぬ…におい…
真っ赤に染まったその人は、白い桜の花びらにおくられるように逝った。
彼をひとり残して。
たった一言の言葉も残さずに。
むせるような血臭が、その人が残した最後の思い出…。
英雄とたたえられ、二つ名を贈られ、たとえようもなく強く、この上もなく脆かった…
父よ…
俺はいつ、アナタを忘れられるのか…
木の葉に向かう深い森の中、前を飛びわたるカカシの動きが、いつもよりわずかに重いのをみて、ナルトは師がチャクラ切れを起こしかけているのに気付いた。
今回も無理させちまったからなぁ…
相変わらず自分には厳しいカカシに、ナルトはいつも、恋人としての愛情と同じように、先達としての畏敬の念も抱いていたが、ここのところ、自分を追い詰めるように戦いに赴く彼に、密かな危惧を抱いていた。
「ナルト。今回の任務では、カカシの様子に十分に注意を払ってやっておいてくれ。」
任務の指令書を渡され、カカシが先に準備にもどった後、ナルトだけが五代目に呼ばれていきなりそう言い渡された。
「あ?なんだってば?カカシ先生が俺を、じゃなくて、俺がカカシ先生を…?」
「アタシだってこんなことを頼むのは妙な気がするんだ。カカシには極力この桜の時期には仕事を入れないようにしてきたんだが、今回は大名から指名が入った。いやだとは断れん。」
「この時期ってなんだってばよ…?先生がどうかしたのか、ばーちゃん」
そうきかれて綱手は苦しげな表情になった。まるで治りかけた傷にできたかさぶたを自らはがすような…
「あいつはこの時期、いつも調子を崩す。Aランク位の任務ならどうってことはないが、ここんところ、Sランク続きだ。用心に越したことは無い…」
言葉の後半、殆ど独り言に近い綱手の台詞に、なにやら聞き捨てならないものを感じたナルトだったが、問い返すことを拒む五代目の雰囲気に、いつもは強引なナルトも引かざるを得なかった。
出立は明日…それまでになんか情報を仕込んどかないと…やたらに先生を気をつけろっつったってどう気をつけりゃいいのかわかんねぇ。
…エロ仙人…いたらな…相談できたんだけどな…カカシ先生のこと、よく知ってただろうし…。
ナルトは、獅子の鬣をもつ豪放磊落な大きな三忍の一人を思い浮かべた。
頼もしいその師も、鬼籍に入って久しい。
暁との戦で、なくしたもの大きさに、改めて戦慄を覚えた。
木の葉が被った人的被害は言葉で言い尽くせるものではなかったのだ。
ナルトは…
自分の事を殆ど語ることは無い恋人に、いままで何も疑問を持ってこなかった。
初めて会った時は…胡散臭い上忍師だった。それが、一緒にチームを組んで闘ううちに、とてつもない忍だと知った。
先生って負けることあんのかな…
しかし。
暁との戦で…
あの人も…いつ死ぬとも知れぬ…里にとってはただの一兵士…道具でしかないのだ、と思い知った。
自分のように無尽蔵のチャクラで、出来た傷を即座に治せるわけではない…
あんときは…俺の心臓が止まるかと思った。
瓦礫に埋まった動かぬ恋人…
カツユがあとほんの少しでも遅ければ、命はなかったと聞いた。
病院で、いつものチャクラ切れだーよ、と笑った恋人を…
…おもわずぶっ飛ばしそうになったもんな、オレ…。よく我慢したってば。
自分に信じられないくらいの秘密があったように、あの人にも
他人には決して語らぬ傷がある。
今までは、触れられたくないソレに、わざわざ触れるつもりは無かった。誰にでもそんなブラックボックスともいえるものはあるのだ。
だが…
今回はそんなこといってらんねぇ。
綱手が気をつけろ、と自分に言うのだ。カカシの状態がかなり…
病気ではない。
なんだ…?
「センセ、俺、腹が減っちまった!」
後ろから付いてきている筈の相棒が、そういって帰り道、少し開けた木々の合間に降りていってしまい、カカシは仕方なく後に続いた。腹を減らしたナルトを止める術はない、と経験上知っていたからだ。
一息に飛び降りたカカシは、足に疲労が溜まっているのに改めて気付かされ、この休憩で助かった、と思う自分が情けなかった。
…駄目だな…また「眼」を使いすぎた…
反省はするが後悔はしない。
ソレが彼のポリシーだが、
ま、付き合わされるコイツは溜まったもんじゃないよな…
そう思いながら隣を見やると、当のナルトは、握り飯をとりだして齧りかけたままなにやら遠くを見つめている。
「どした?」
「先生、あれ、人じゃね…?」
忍の鍛えられた視力は、彼らのような仕事をする者の通り道ではあるものの、普通の人間には迷いの森以外の何者でもないこの森を、ふらふらとした足取りでじれったいほどゆっくり進む人影を捕らえた。
「忍じゃないね、あれは…」
「忍じゃないのが、何だってこんなトコに迷い込んでるんだってばよ…?」
カカシは眉をひそめた。
一般人がこんなところにまで入り込んでくる理由。
そして、額宛を持ち上げて紅くぬれて光る左目を露わにし、疲労困憊していながらも残り少ないチャクラを総動員した。
「先生!何してるんだってばよ!!」
「止めに行ってるんじゃ間に合わん!」
急速に練られていくチャクラ…
「先生!!」
となりで止めようとするナルトを無視し、絶妙のチャクラコントロールで神威を発動させた。
女は…喉元に突きつけようとした短刀が、いきなり不思議な空間に吸い込まれていくのを呆然と見ていた。
背中では赤ん坊が火が付いたように泣き出していた。
「ばーちゃん。今度は、この任務に付く前にいった妙な命令の説明、ちゃんとしてもらうってばよ!」
珍しく真剣な表情のナルトの蒼い瞳に正面から見つめられ、綱手は進退極まったように視線を泳がせた。
ナルトが、多重影分身をつかい、昏倒しているカカシと、茫然自失の若い母親、泣き止まない赤ん坊を連れて戻ったのはついさっきのことだ。
カカシは里まで戻るチャクラをちゃんと残し、計算しつくされた戦いをしてきていたのに、帰り道にイレギュラーなアクシデントに見舞われ、また完全なチャクラ切れを起こした。それも残り少ないチャクラで神威を使うという荒業をしたので、かなり危ない状態だったのだ。
たしかに、生身で止めに行っていたのでは、あの若い母親は救えなかっただろう。
刃物だけを飛ばす、ぎりぎりのコントロール。
わが師ながら、さすが、と、言わざるを得ないが。
勘弁してほしいってばよ、カカシ先生…心配する俺の身がもたねぇ…
点滴をつけ、酸素マスクをした素顔の恋人の柔らかい銀色の髪にそっと手を差し入れながら、ナルトは、そういえば任務帰りのまんま、風呂にも入れてねぇなあ…と、唐突に思った。
風呂好きな恋人のために、大急ぎで任務を終え、捻出した時間で温泉にでも寄り道しようと思っていたのだが。
チャクラはギリギリまで使っちまってるし、日にちはおしてくるし…でも何とか一日だけでも木の葉温泉辺りなら紛れ込めるかなあ…
と思っていた矢先のアクシデントだった。
ここ半年ほど碌に休暇もねぇってどー言う事だってばよ。体力に自信のある俺はともかく、カカシ先生がもたねぇってば。
考えれば考えるほど理不尽に思えて、ナルトはじっと大きな目で綱手を見つめた。
きちんとした回答をもらえるまで一歩も引く気はなかった。
「ああ、ああ、もう、わかったよ!」
そういって綱手は両手を挙げた。
降参のしるしだった。
木の葉病院の喫茶室の自販機は、廊下の突き当たり、薄暗い隅にポツンと置かれている。
その前のベンチに腰をおろし、綱手はインスタントコーヒーの紙カップを両手を暖めるように持ち、なにやら考え込んでいた。
ナルトはカカシの病室を一時も離れたくなかったのだが、綱手がカカシの枕元でする話ではない、と譲らず、この病室と同じ階の自販機の前で妥協したのだった。
かなりの逡巡のあと、漸く綱手が話し始めたのは、ナルトにとって聞き覚えのある人物の名前だった。
「『木の葉の白い牙』という人物の事を聞いた事があるか…?」
「しろいきば…?え…?どっかで……あ!!」
「……」
「砂のチヨ婆ちゃんが初対面のとき間違えて息子のかたき〜〜っつてカカシ先生に突っかかってきたってばよ!それがしろいきばって名前だったってばよ!」
「『木の葉の白い牙』、というのはな、ナルト。大蛇丸や自来也でさえ一目おいた、木の葉の英雄だ。四代目の憧れの忍でもあった。」
「…え…!?」
「カカシの父上だ」
「……す、すげえ…!カカシ先生の父ちゃんってばそんなすげぇ忍だったってば!?」
「……」
「…あれ?でも、なんで俺、木の葉で聞いたことなかったんだ?」
「…そうだな…。四代目が『黄色い閃光』と呼ばれ、カカシ自身は『コピー忍者』『写輪眼のカカシ』と呼ばれるように…二つ名を贈られるということは、それはすごい事なんだよ。」
…そうだ。今までカカシ先生と戦いに行くたびに、『写輪眼のカカシ』の名を知るものがどれ位いたことか。そしてその名はどれほど相手に恐れられていたか…
本当は優しい人だと知っている。
んで、スッゲーカワイイ事もな…
色々思い出してにやけかけたナルトは、肝心なことを聞いてなかったことを思い出して、慌てて綱手に訊ねた。
「先生のそのすげー父ちゃんって、今なにしてるんだってば…?」
「……カカシがまだ小さいころに自害なさった…」
「……………!??な…!?」
「…ご遺体を一番最初に見つけたのはまだ7歳のカカシだ…。」
「……!…!!そ、そんな…」
「あの頃のはたけさんの家の庭には大きな桜の木があってな。サクモさんは桜の花びらに埋もれるように…亡くなっていたそうだ。」
なんだかねーー
桜の花を見ると…血の臭いがするような気がするんだよね…
なんでだろうね…
そういって笑っていた。
桜か見えるから、この部屋が好きだ、そう自分が言うと、
桜ってなんだか、怖いよ、オレ…。
背を向けてそういった彼はいったいどんな表情をしていた…?
「お、おれ、なんも知らなくて…ず、ずいぶん無神経なこと…してた…」
「しょうがない。お前は生まれてもいない頃の話だ。ワタシの方こそ…」
「…」
「あの不世出の忍を…守り通せなかった…残ったカカシが…どれだけ苦労したか。」
「………」
そうして、やっと手に入れた、絶対的な庇護者…
心を許せる友…
またしてもヤツは立て続けになくしていった。
「本人はもう立ち直っているつもりだし、思い出しもしないだろうが…」
「……」
「心の中に負った傷というのはな、ナルト。治るのは表面からなんだ。先ず、表向きが、大丈夫そうに見えるようになる。だがな、その内側では、いつまでもいつまでも傷口は膿みを持ち、熱をはらみ、痛んでいるものなんだ。」
「……っ…」
「…そうしているうちに、本人はその痛みにさえ慣れてしまう。馴れて、治ったと勘違いするんだ。」
「…ばーちゃん…」
「それで…時折うっかりそのかさぶたを引っかいて…下にある大きな傷口を抉ってしまうんだ………」
だまって自分の足元を見つめるナルトをみやりながら、綱手はすっかり冷たくなったコーヒーを啜って言葉を続けた。
「カカシがこの時期に体調を崩したり、調子が上がらなかったりするのは体の正当な防衛本能だ。直す必要は無い。ゆっくり休ませてやって、サクモさんの死とじっくり向かい合わせてやらねばならんのだ。…だがなぁ…」
「…そんな暇、どこにあるんだってばよ。…」
「…そうだな。カカシほどの忍を休ませてやれるような状態じゃないな…今は、な…」
「……なんで先生の父ちゃん、自分で…そんなこと…」
「…まわりだ…。周りが悪かった。…いや、そんなことを言っても始まらん。」
綱手は顔をあげ、すっかり大きくたくましくなった四代目の遺児を見上げた。
「お前は大きくなり、九尾も我が物とし、りっぱに一人前の忍になった。そう育ててくれた、育ての師の一人であるカカシを、今度はお前が支えてやれ。」
「ばーちゃん!」
「お前たちはいいお神酒徳利だ。忘れるな。相手を大切にするように、自分を大切にする。ソレをあいつに教えてやれるのはバディのお前だけなんだからな!」
綱手と別れて、ナルトは木の葉病院の長い廊下をカカシの病室にもどりながら、自分が何も知らなかったことを改めて思い知った。
キスが好きで寝起きが最悪で信じられないくらい淋しがり屋で意地っ張りで…
ビンゴブックに載ってしまうくらいの凄い忍で…
…何処をどうすればどんないい声が上がるか、本人も知らないような体のことまで知っている…
でも、オレってば肝心なことをなんも分かっちゃいなかった。
でも、今からでも全然遅くねぇ。
病室の前でナルトはぐっと拳を握った…
散々ナルトと五代目からお説教をくらった木の葉一の業師は、おとなしく一週間休養をとり、漸くその日、退院できることになった。
「や、ナルト、迷惑かけたな〜」
相変わらずの胡散臭い上忍姿にもどったカカシを疑わしそうにみやった大柄な若い上忍は、
「ホントにそう思ってりゃいいけどな…」
といった。
本当に大して反省していなかったカカシはそういわれて思わず苦笑した。
その時、カカシの視線の端に、チラリと横切った人影が、彼の勘に引っかかった。
暗い、空虚な気配。
甘い赤ん坊の乳の匂い…。
カカシがそちらに意識を向けたことで、ナルトもそれに気づいた。
「あ、あのネーちゃんも今日退院なんだ。」
「なんだ、ナルト、知ってるのか…?」
「な、なにいってんだか、カカシ先生、先生が助けたんだろうがってばよ!」
「…え…」
「なんだ、覚えてネエの…?」
そういわれてカカシは、自分が自殺を止め、助けたのが女だったらしい、としか覚えてないことに気付いた。
「俺が影分身だして、ぶっ倒れッちまったカカシ先生とあのねーちゃんと赤ん坊をここまで運んだんだってばよ!」
母親だったのか…
カカシの綺麗な眉がしかめられた。
あんなところで…自害して、残された赤子はどうするつもりだったんだ。
なんとなく気をひかれて
蹌踉とした足取りで出て行くその若い女の後を見るともなしに見ていた。
「……先生…」
「ああ…」
その若い母親が、病院からでて、だんだん人気の無い里のはずれの方に向かうのに気付くと、もう放っておけなくなる。
…ちっ
ナルトはいやな符丁に舌打ちをした。
親に自死され置き去りにされたカカシ…
子供を置き去りに死のうとした若い母…
なんでこんな時期に…カカシ先生の前になんであんなねーちゃんが出てくるんだってばよ!
その若い母親は、何故自分が助かったのか良くわかっていなかった。
病院の医者も、ただ森で迷った、としか認識していなかったらしく、衰弱がある程度回復すると、さっさと追い出されてしまった。
入院中はよかった。
看護師や、同じ患者、見舞い客、身近に人々の喧騒をきいていると、自分の中にぽっかり空いた大きな穴を意識せずにすむ。
でも…
駄目だ。
こうして退院してしまったら…
また私…一人だ…
彼女には、その背に負われて眠るわが子が意識に上ることもなかった。
私は一人…
ずっと、これからずっと…
ならば生きている意味なんてない…あの人の所に行かなきゃ…
きっと待ってる…
見晴らしのいい火影岩に上る石段を黙って黙々と上る。
何故こんな所に来たのか解らない。
火影さまは木の葉の里を照らしてくださる、そういうけど…私はずっとその光によってできた影の中で生きてきた…
やっと…あの人と…やっと幸せになれると思ったのに…
あの人がいなくなったこんな世界に生きていてなんになるんだろう。
無意識の内におんぶ紐を外し、赤ん坊をその場に抱き下ろす。
若い母親は、火影岩から木の葉の里の眺望を無感動に見下ろしていた。
これが私の見る最後の風景…
手すりから状態をのりだし、それに気付いた回りの幾人かの悲鳴を遠くに聞きながらそのまだ少女といっていい年の母親は、頭から石のようにまッさかさまに落ちていった…
幾人かいた周りの人間から高い悲鳴が上がり…
「多重影分身の術!!!」
「だあああああ!!なんてことするんだってばよ!!!」
その若い母親は、宙に身を躍らせた時には既に気を失っていたが…
20人ちかいうずまきナルトがそれぞれの足をつかんでまるではしごのように連なって、落ちていく若い母親に追いついたのだ。
ナルトが順番に自分を引き上げて、最後の、気を失った若い母親を抱いた本体が上がってくると、周りから拍手が起こった。
「ナルト、よくやったな!」
「いいタイミングだったぞ!」
口々に声を掛けられ、照れくさそうに礼をいいながら、そっと抱きかかえた女を下ろす。
物見高い里人に、散ってくれるようにたのみ、恐る恐る、赤ん坊を保護しているカカシの方を見上げた。
案の定…蒼白になっていた。
あああ…先生…ぜったい、思い出しちまってる…もう、このねーちゃん、勘弁してくれってばよ…どんな事情があるのかしらねーけど…
「放して…」
「…え…?」
「手を放して頂戴…!!」
腕の中の女にいきなり身をよじられ、ナルトはしりもちをついてしまった。
「なんで…?なんでそんな余計なことをするの…?なんで放っておいてくれないの…?なんで私を助けるのよ!!!」
そういってナルトをなじる若い母親に、返す言葉のなかった青年の変わりに、平坦な低い声で応じたのは、赤ん坊をだいた上忍師だった。
「俺たちはあんたを助けた覚えはない。」
「…な…だって…」
「俺たちはこの赤ん坊に母親を失わせたくなかっただけだ。」
漸く女は自分の赤ん坊に意識が向いたらしく、ぶるぶると震えていた手が、今度は口元を覆う。
「…だって…私…」
「あんな森の中であんたが死んでしまったら、この子もそのまんまだ。この子も殺す気だったのか…?」
ナルトは、カカシの顔から表情がうせてしまっているのに気付いた。
駄目だ、先生、自分で自分の傷をえぐっちゃ…!!
「例え生き残れたとしても、あんたに捨てられて、忘れられたことを…ずっと…親から要らない子供の烙印を押されたまま生きていかなけりゃならないんだよ!」
カカシに弾劾された母親は、
「知らない、私はそんなこと知らない!あの人のいない世界でどうやって私一人…!!」
ナルトにそれが解ったのはほとんど…本能だった。
上忍の…写輪眼のカカシの平手が容赦なく若い母親にとぶ。
女は眼を閉じる間とてない。
周りの人間たちは息をのんだ。
ぱあん…と…
大きな音をたてたのは…
ナルトの頬だった。
殴った方も、庇われた方も、驚きのあまり声が出ない。
まわりはカカシが若い女に手を上げたことにびっくりしてしまっている。
が…
「いてぇ!センセーってば、俺がこっちに逃げるの、なんで解ったんだってばよ!?」
「…え…!?」
ナルトにそう叫ばれてカカシは呆然としたままだ。
…え、カカシさんは女に手をあげたんじゃないのか…?
って、ナルトがまたなんか悪さ、やらかしたんだろ…?
なんだ、そうだよな…!
それなら…ナルトがカカシに説教、お仕置きをくらうのはいつものことだ、と、周囲の関心は急速に離れていく。
「ちぇー…!先生容赦なしだな〜〜」
紅くなり始めた頬をおさえながら、ナルトはまたもう一人の分身を出した。
「ねーちゃん。淋しいのは病気だって、綱手のば…じゃなくて五代目が言ってたぜ。相談してみろよ。つらいこと、ひとりでかかえこんでっから、こんなカワイイ赤ん坊の事、うっかり忘れッちまうんだって。」
「うっかり…」
「そうそう、オレも先生との約束、しょっちゅう、うっかり忘れてやりすぎちまってさ、翌朝先生を足腰立たなくしちま……いってええええ」
拳で後頭部をイヤというほど殴られて、ナルトは頭を抱えた。
後ろで真っ赤な顔をしたカカシが赤ん坊をだいたまま拳を握っている。
「な、何をいいだすんだ、お前!!」
「う、あ?えと、…あははは!俺、影分身でこのねーちゃん、綱手のばーちゃんトコに送っていくってばよ!」
そういうと、ぼふん、ともう一人のナルトが現れ、カカシの抱いた赤ん坊を抱き上げ、若い母親の手に、もう離すんじゃねーぞ、といって抱かせると、その赤ん坊ごと母親をかかえると、瞬身で消えてしまった。
これで騒動はおわりだとみたまわりの見物人も散っていく。
残ったのは…
まだ顔の赤みの引かないカカシとナルトの本体だけ。
カカシは真っ赤な顔をしたまま、くるりとナルトに背を向けると早足で階段を下りていった。
…よかった…先生、表情がもどってる…
瞬身で帰らなかったカカシの気持ちを思って、ナルトはにしし、と笑いながら、カカシの横に駆け下りて行った。
な、カカシ先生のこと、怒らねーでいてほしいんだってばよ。
派手な色彩を持つ、その長身の若い忍者にそう顔を覗き込むように言われて若い母親は戸惑ったように頷いた。
先生も親父さん、自殺で亡くして…苦労したそうだから…
その若い忍者にそういわれ、彼女は自分の子供にも、その苦労をさせるところだったことに漸く気付いた。
「ご、ごめんなさい、ナルトさん…あ、あの…私、ちゃんと綱手様に相談します…カカシさんにもお礼を…」
そう告げられた時の、その若い忍者の笑顔を、彼女はその後長く忘れなかった。
辛い時、思い出すたびに勇気がわいてくる、そんな笑顔を…
end
Update 2008.12.08
あとがき
で、このあと家に帰ってからのナルトとカカシのお話しは…地下室にて…(笑)
INDEX