その両手の中に







「ナルト!! 待て!!突っ走るな!待て!」

カカシの必死の呼びかけも、サスケを目の前にしたナルトには届いてはいないようだった。


遠くなっていくサスケを追い、信じられないスピードで木々を飛ぶナルトに、それまでの戦いで、チャクラの残りの少ないカカシは、追うのがやっとだ。


「サスケェェェェッッ!!!」


追いすがるナルトを振り返ったサスケの眼が赤く濡れて光っていた。

「……ナルト…」

ナルトの呼びかけが、聞こえていないかのように、それまで黙殺していたサスケが立ち止まり、振り向いたことで、ナルトは喜色を浮かべ、そばに駆け寄ろうとした。


「………いつまで俺にかかずらってる…。」

言葉とともに放たれた千鳥を本能でかわしたナルトはサスケに掴みかかっていった。

さすがに意表を付かれ、もつれ合って落下する。

が…

キインと金属音が響き、二人はふたたび離れて大枝に飛び移った。


「火影を目指すとか抜かした割には、抜け忍探索に血道をあげてるのか、お前は…」

「………っ!」

「うざいんだよ…」

低く、囁くようにいわれたナルトは唇をかんだ。

初めて出来た友。同じ痛みを知る友。

何処で道が分かれたのか。



「コレで終わりだ…」


「サスケ、よせっ!!!」


カカシが叫ぶのが早かったか…


「ア・マ・テ・ラ・ス…」


黒炎が渦をまいてナルトに襲い掛かった…





ナルトは動けなかった。


表情の無いサスケの暗くぽっかりと穴の開いたような瞳…


恐ろしいまでのチャクラで黒い劫火が自分を飲み込もうと襲い掛かってくる。

サスケの殺意を纏って…


そっか…


お前、もう、オレ、いらないんだってば…

そっか…


眼を閉じ、甘んじてそれをうけようとしたナルトを…

黒炎をはなったサスケは驚愕したように眼を見開き、凍りついた。



ナルト………!



お終いなのか…オレたち………




「ふざけるな!!」


サスケの放った黒炎を、迎え撃ったのはやはり同じ黒炎だった…!


「……カカシ!!」


ナルトに襲い掛かった黒炎の軌道上に、白い長身の影が割り込み、同じ黒炎で迎え撃っていた。


「…っ!いい加減にしろ、よ、お前ら…!いつまで、喧嘩して、やがる、んだっ!」



「カカシ先生!ダメだってば、チャクラ、たんねえってば!!やべぇってばよ!!」



悲鳴のようなナルトの言葉どおり、確実にカカシが押し負け、巨大な黒炎が、その痩身を覆い尽くしていく。


………!!!!


黒炎を放ったサスケすら、呆然と…彼を慈しみ、彼の秘技となった千鳥を伝授してくれた…恩師が、炎にまかれていくのを見つめていた…


「させねぇってばよ!!!!」


咄嗟に動いたのは…サスケの殺意で凍り付いていたナルトだった。


石のように、炎にまかれて落ちていく大切な人を幾十ものナルトが追う。




「カカシせんせぇぇぇっ!!!!」


地面にそのまま落ちていたら首の骨を折るだろう高さを、一瞬で追いついたナルトは、逆巻く黒炎の中、その炎ごと、その長身を抱きしめた。


己にも燃え移る黒い炎に頓着なく、コロナのような九尾のチャクラに白い体を捲き込んでゆく。




「………」



ナルトが、己の尾獣のチャクラで黒炎を消し、彼らを止めてくれた恩師を救ったのを見届けて、サスケは踵を返した。



「……カカシ…ナルトを…」



サスケは、カカシを必死で呼ぶナルトの声を聞きながら、自分があの二人に何を言いたいのか、何を求めていたのか、それすらも分からなくなっている自分を…

はじめて 

哀しい、と思った………









ナルトは、自分の金髪を、そっと白い手がなでるのに気が付き、抱きしめていた長身の…恋人の体から顔を上げた。

「…サス、ケも、もう、落ち着いただろう、から…行け、ナルト。」
「………」
「連れ、もどすんだ、ろ…?追って、いけ…。今なら間にあう…」
「せんせー…」
「オレは…、このくらいなら、大丈夫だ…ちょっと、追っかけるのは、無理、としても…」

大丈夫だ、と言い募るカカシを、ナルトの長い腕が抱きしめた。

「カカシ先生、頭いいのに馬鹿だってばよ…」
「な、なんだ、よ、失礼、だな…」
「こんな先生残して、オレがサスケを追っていけると思ってんのかよ。」
「………」

「先生…サスケを、”友達殺し”にしないでくれて、ありがとな…」


そういって自分を見つめる蒼天の瞳に、カカシは、この、図体ばかりでかくなって、てんでお子様だと思っていた弟子が、とうに大人の男になっているのに唐突に気付いた。

それで、いいのか…?
後悔はないのか…?

そう聞こうとしたカカシだったが、その体力は残されていなかった……









サスケを求め、求めて…

−カカシ先生をあんなひどい目に合わせちまったってばよ……


オレってば、恋人失格だってば…


集中治療室で、綱手自らがつきっきりで手当てをしているカカシは、本人がのほほんとうそぶいているほど、軽い怪我ではなかった。






サスケの事になると、何でこんなに視野が狭くなるのか、自分でも良くわからない。

しかし、サスケの事を考える度に、カカシへの、わけのわからない罪悪感に苛まれる。


今回のこととて…




…カカシ先生の言うこと聞かずにまたひでぇめにあわせちまって…

自分の進歩の無さに泣きたくなってくる。

しかし、いつまでもここに立ち止まっているわけにはいかない。


進まねぇとな…オレも…サスケも…前へ…



「ナルト。カカシが眼を覚ましたぞ。」

集中治療室から顔をのぞかせた綱手が、眼の下に隈を作りながらも、にやっと笑う。

「お前の顔が見たいそうだ。こい。会っていいぞ。」


綱手を押しのけるように部屋に飛び込んでいくナルトと入れ替わり、疲労困憊の綱手は治療室を後にした。
ナルトにはサスケの事など、聞きたい事、言いたい事は山のようにあったが、今だけは、二人きりにさせてやる位の度量を持ち合わせている五代目だった。


いきなりぎゅうぎゅうに抱きしめられ、包帯だらけのカカシは思わず…

「せ、せんせい、ひでぇってばよ…普通、恋人をグーで殴るかなあ…」
「…オレだって火傷の上から羽交い絞めにされたら痛いんだよ!」

ようやく、辛くない姿勢で、座るナルトの腕の中に納まったカカシは、今度はそっと肩口に額をおとしたでかい弟子の…今は恋人になった…金色の頭をそっとなでた。



「落ち着いたか…?ナルト…」
「それはオレの台詞だってば。チャクラも殆ど残ってなかったのにあんな無茶しちまって…!」
「…お前に言われたくないよ。」
「…ごめんな先生…。オレ…」
「それはもういいよ。お前にとってサスケは特別だもんなぁ。止められないのは分かってたよ…」

苦笑交じりにそういう腕の中の大切な人を、今回危うく失いそうだったナルトは、思わず身震いした。

「カカシ先生…オレ、サスケは…」
「……ナルト。」

カカシは、口布を下ろしながら、ゆっくりとナルトの腕の中から体を起こし、しっかりとナルトの視線をとらえて言った。


「お前。サスケの事で、なにか、俺に遠慮して無いか。」
「…え…」
正直なナルトはすぐ顔に出る。

「…オレと…その…体の関係が出来て…こんなんになって…わるかったと…」
思わず視線を泳がせたカカシに、
「カカシ先生!馬鹿なこと言うなって!そんな事言ったら、遠慮してるのはカカシ先生になっちまうってばよ!?」
「……」
「勘弁してくれってば、先生!やっと、先生抱けるようになったのに、また元にもどって、最初から先生をくどかねーといけねぇってば!?」
ナルトはそういいながら、そっとカカシの、包帯の巻いてない部分を抱えよせ、腕に捲き込んだ。

居心地のいいナルトの腕の中で、カカシは漸く、ナルトの戸惑いに気付いた。

…ナルトにとって、オレは…ずっとサスケの代替品だと思ってた…
コレをいうと、烈火の如く怒り狂うだろうが…


それをあからさまに思い知るのが怖かった。

だが、本当は…


「ナルト…」

カカシは静かな声で、とくんとくんと力強く脈打つ、ナルトの厚い胸に話かけるように、言葉をつむぐ。

「間違っていたら、そう言ってくれ。…ナルト、お前、罪悪感があるんだな…?」
「……?…」
「大切なものは、たった一つしか、持ってはいけない、って、思ってるだろ、お前…」
「………!!……」
びくりと体を震わせたナルトに、カカシはほっとため息をついた。

「バカだね、お前…」
「カカシ先生…」
「普通は、みんな、大切なもの、たくさん持ってるんだよ。両親、兄弟、友達、親戚、家、ふるさと、自分のペット、思い出…いっぱいいっぱい持ってるものなんだよ。」
「………」
「だけど、お前には何にもなかった…んだな…」
「………せんせい…」
「…だから、初めて出来た繋がり、それだけを大事にしてきたんだ…そうだろ…?」
「………」
ナルトは、カカシの包帯だらけの肩に顔をうずめた。

「なのに、オレと…体を繋げて…こんな関係になってしまって…」
「…!先生、オレは…!!」
「まあ、黙って最後まで聞きなさいよ。お前、どっちか選ばないといけないって、思ってたろ…?」
「せ、先生……!!」
ナルトは泣き笑いの表情になった。

………図星か……

「サスケと、オレと…どっちかひとつしか、大切なもの、作っちゃいけないって、思ってたろ…?」
「………!」
「ほんと、頭悪いね、お前…!」
「…それって、ひでぇよ、カカシ先生…!」
「ひでぇって、お前…サスケえらんで、オレ捨てるつもりだった?」
「そ…!そんな事、あるわけねぇってば!!」
「なら、サスケを追いかけるの、止めるの…?」
「………!!!そ、それってば…」
「だろ…?できないでしょーよ、お前には。」
「カカシ先生…」
「それでいいんだよ。ナルト。」

カカシを見下ろす海の色の瞳が、霞み始める。

「お前は頑張った。今も頑張り続けてる…。だから、もっともっと大切なものつくって、欲張りに生きていきなさいよ。誰が許さなくても、オレが許してやるよ、ナルト。お前は、何もかも手に入れていいんだよ。」
「せ、せんせい…カカシ先生……!」
「オレとサスケ、選ぼうとして、辛かったんだな…気付いてやるのが遅くなって悪かったな…」
そういったカカシを、ナルトは力いっぱい抱きしめた。
カカシはもう、痛いと文句を言わなかった。

「…先生…!オレ、先生もサスケも、両方欲しがっていいってば?先生、そんなオレ、いやじゃね?」
「いいよ、ナルト。オレだって、可愛い弟子のサスケと、こ…こ、恋人のお前の二人とも、大事だと思ってる…よ…」

「先生、なんで、そこで、つっかかるかな!恋人って、すらっと言ってほしいってば!!」
「う、うるさいよ、お前!」

晴れやかに笑うナルトが、やはりカカシは一番好きだった。

こいつに悲しい顔だけはさせたくない…



腕の中の銀色の柔らかい髪に頬擦りしながら、ナルトはひどく幸せだった。

やっぱりオレのカカシ先生だってば…!オレ、先生に、ぜってー二度とつらい思いはさせねぇ!


「カカシ先生…オレ、ぜってー火影になって、もっともっと大切なもの、つくって、みんなのたいせつなもんも、ぜんぶ、護れるようになるってばよ!!」

カカシは華やかに笑って、この頼もしい未来の火影で…年下の可愛い恋人に唇を重ねた。



ゆっくり唇を離したカカシは、

「ということで、な、ナルト。」
「…え…?」
「パックンがサスケの野営地を確かめてきたぞ。気配を切ってなかったらしい。お前が追ってくるのを待ってるんじゃないのか。さて、どうする?」
「カ、カカシ先生…!!」

…この美人で、かしこくて、意地悪な年上の恋人には、まだまだ敵わない、と思うナルトだった…。







「……ナルトか…」


焚き火を前に、一人で腰を下ろすサスケは、振り向きもせずに背中の気配に向けて言った。
ずっとカカシの忍犬がついてきているのは知っていた。振り切ろうと思えば振り切れたものを…

口寄せの忍犬がいる、ということは、カカシは大丈夫だったんだな…

ホッとしている自分に、サスケは戸惑わずにおれなかった。



オレはあの里を憎んでる。
憎んでいる筈だ…

なのに…


あの里に、暖かい思い出や、懐かしい人がいるのも、確かなのだった…。



「サスケ。オレの顔が見たくないんなら、そのまんまでいろ。かまわねぇ。ただ、一つ言っておこうと思って、来たんだってばよ。」
「……」
「オレは、ぜってーお前を、友達殺しにはさせねえからな!」
「………」
「全力で来い。」
「………」
「昨日みてぇな訳にはいかねぇぞ。オレは…。」

サスケはゆっくり立ち上がり、振り向いた。

「オレは、ぜってー、お前を止めてみせる。」

そこに立っていたのは、かつての「ドベ」では無かった。

金色のオーラをまとう、紛うことなき、彼の最大のライバルだった…。

「そして、オレのところに連れ戻す。」
「……カカシはどうすんだ。いいのかよ…」
「カカシ先生は恋人だ。お前は親友だ。何の問題もねぇ!」

きっぱりと言い切ったナルトに、サスケは思わず呆れ顔をした。

「…っ…!このウスラトンカチが…!カカシは…」
ナルトはサスケに最後まで言わせなかった。
「カカシ先生が欲張りになれって言ったんだってばよ!どうだ、サスケ、すげぇだろうが、オレの恋人は!」


里をでてから、何年も、ずっとずっと渋面を作り続け、笑うことなど忘れてしまったかのようなサスケは、確かに、この男の恋人をやろうというだけでも凄い、と、思わず苦笑していた。

サスケの浮かべた微かな笑みに、ナルトも全開の笑顔で答えた。

「確かにオレ達の道は、今はちがってるけどよ…」
「永遠にお前とは別々だ!」
そういって、サスケはくるり、と、無防備とも言えるような動作で背を向けた。

「うるせぇ、意地っ張り!」

「……カカシに…」

悪かった、と伝えてくれ、と言いかけ、サスケは、あの一癖も二癖もある上忍師は、そんな事は十分にわかってる、と、思った。

…食えねぇやつだ…だが、そうでもなきゃ、こんなウスラトンカチの恋人なんか、やってられないか…


「近い将来に必ず俺たちの道は交わるんだってばよ!」
「交わるか!!永遠に平行線だ!」
「オレが曲げてやるってばよ!!」


言い切るナルトに、軽く肩をすくめ、そのままサスケは姿を消した。

軽く片手を上げたように見えたのは、ナルトの錯覚だったのか…




ナルトは、足元に寄ってきたパックンを抱き上げ、サスケの消えた方向を見つめて、立ちつくしていた。


カカシ先生のお許しが出たのだ。思い切り、欲張りに、生きてやろう。


恋人も、親友も、仲間も、里も…

いや、世界だって、きっとぜんぶ幸せにしてみせる…!!


気宇壮大な、未来の火影は、

「さ、カカシ先生のとこにかえるぞ、パックン!」

そういって、朝もやの中を駆け出した。



end

Update 2008.11.02