リフレイン
act.7


〜過去へ、そして未来へ〜
ゆらり…と、腹の底で熱く禍々しいものがうごめく気配がある。
それは、たとえるなら 血液の中に潜む潜在化した遺伝子。
普段は眠っているそれが、目覚めようとしている…そんな気配。


─動くんじゃねぇ。じっとしてろ。てめぇはもう「オレ」だ。ヤツはてめぇと関係ねぇ…!


凶暴な気配にナルトは歯をむき出すように獰猛に笑ってそう呟いた。



その巨大な凶獣に向かって駆け出しながら、ナルトはカカシの気配を探った。
馴染んだ…懐かしいその…

………!!近い!


カカシの気配が濃厚にするその廃屋の屋根を、その巨獣の尾が何本も何本も叩き付けていた!


巨大な尾が廃屋の窓を横殴りにするのと、ナルトが飛び込むのと、どちらが早かったか……





紅い尾が華奢な体を宙に殴り飛ばす。





何かを抱えて庇うように丸くなった体は受身を取ろうともしない。

そのままたたきつけられては、少年の体などひとたまりもない、と見たナルトは、咄嗟にチャクラの腕で細いからだを掴み、減速させると壁と少年の間に、強引に割り込んだ。


どん、という思い衝撃が少年の背とナルトの胸に走る。

「ひえぇぇぇ!危機一髪だったってばよ…!」

カカシが腕の中から、なにやら呆然と見上げてきている。

「な、な、なにしてんだよ、あんた…」

「カカシ!!」

ぼんやりしている暇はなかった。
四代目が、更にたたきつけられる妖狐の尾を退けている間に、ナルトは少年のカカシに感心するまもなく…
「そいつ、四代目に渡してくれってばよ、カカシ…さん!」
そう叫んでカカシを下ろすと四代目の援護に回った。

四代目との共闘…
少年の…大きくなって、ますます、彼の「カカシ先生」に近づいてきた、面影…

感慨にふける暇もなく、時間を稼ぎ出さなければならなかった。


四代目が、九尾の妖狐を…「自分」に封印する時間を……

呆れたことに、急に現れたナルトを、四代目は怪しむことも無く、共同戦を受け入れた。
初めての事だらけだ。
あの四代目と、共に闘っているのだ、今、自分は…
みんなの里を、守るために…  自分の大切なものを守るために…


ナルトを攻撃しようとした尾が跳ね飛ばした瓦礫が、いきなり粉々になって弾けとんだ。

!!!

カカシは咄嗟に自分の体を楯にしたが、彼の背中で庇いきれなかった小さな破片が腕の中に飛び込み、赤ん坊のやわらかな顎を切り裂いて砕けた。

「アッ!!」

叫んだのは誰だったか…


ナルトがぐらりと仰け反り、その顎も一瞬の後に切り裂かれ、鮮血がしぶいた。

「「……!!大丈夫か…!?」」

師弟に同時にそう聞かれたナルトは血の滴る顎を手の甲で擦りあげるとにやっと笑う事で返事に代えた。
「そっちの方こそ、背中、だいじょうぶだったってば?」


石礫に乱打された背中の痛みに耐えながら頷いた少年は、その時は赤ん坊のナルトと不思議な上忍が同じ場所にほぼ同時に怪我を負ったことを深く気に止めてはいないようだった。

カカシの背の傷も軽くはないだろうに、そんなことを感じさせもせず、腕の中の赤ん坊をしっかり庇いながらもこちらを援護してくる。


そうして、確実に戦いは妖狐とナルトの一対一に移って行く。

「四代目!早く!俺が時間を稼ぐから封印しちまってくれってばよ!」

その時の少年には、彼がどんな気持ちでそう叫んだか、多分想像もつかなかっただろう。


「だめだっ!そんなことさせないっ!」
「…カカシ…」

あっさり腕の中の赤ん坊を取り上げられた少年は、必死で取り戻そうと師に訴えていた。

「せ、せっかく…先生のようなお父さんのところに生まれてこれたのに…!火影の子として生まれられたのに…!!」
すがるカカシを押え、小さな赤ん坊を結界に封じ、四代目は既に術式に入っていた。
「先生っ!!なのに人柱力として忌み嫌われる存在にするんですか!!」

ナルトは思わずそう叫んだ少年のカカシを振り返った…

人柱力…
この頃から先生はそんなことまで知っていたのか…?

そうしてふと視線をめぐらせたナルトは…見て、しまった…

カカシに責められながら、赤ん坊の自分に妖狐を封印し始めている「父」の横顔を…

何よりも里長としての職務を優先させた、若い…苦悶に歪む孤独な英雄の…父親としての顔を…


…もういい。
そんな顔しててくれたんだ…?
アンタもつらかったんだって…頭ではわかってても…一人で残されて…オレは…
でも、もういいってばよ。
そんなに辛い思いをしながら俺にそいつを封印したんだな…



父さん……


「先生!!!俺に、俺に封印して下さいっ!ナルトは…!!」

大事な、少年時代の想い人の口から自分の名が漏れ、はっと我に返ったナルトは、四代目の仕事を止めに入ろうとしたカカシを羽交い絞めに抱きとめた。

九尾の妖狐の攻撃は、すでに緩慢になりつつある。

「いやだ、ナルト!ナルトは…!幸せになる権利がある!!先生!先生だってそれを奪っていいはずないっ!」

生まれたばかりの自分のために、必死になってくれる少年…

─カカシ先生…

「幸せになったってばよ…?」
「…!!?…!?」

腕のなかでもがく細い体を更に強い腕で抱きしめ、ナルトはその耳元で、ささやいた。

「アンタに出会って…アンタを手に入れて…オレは幸せいっぱいになったってばよ…」
「な…なんで…何をいって…」
ナルトはカカシに最後まで言わせず、小さく耳元にささやいた。

「大丈夫…里はちゃんと平和になる…大丈夫だってばよ…!」

ナルトはひくり、と動きを止めた少年の口布を、人差し指で引っ掛けてするっと下ろすと、その色をなくした頬にちゅと音をたたてキスを落とした。

「これからは…オレがずっとアンタのそばにいる…誰もアンタをおいてったりしねぇ…」
「な、な、なに…なん…!?」
「あのスカしたアンタの師匠だって…ずっとアンタから目を離さないでいてくれるって…!」
「……!……」
「体はなくなってしまっても…」


ナルトは、少年の頬を大きな両手で挟みこみ、そのオッドアイを覗き込んだ。

「幸せになれる呪文だ。オレの名前を教えといてやるってばよ。」
「……!?」
「俺の名前は…」

その時、火影が顎の怪我からまだ出血している赤ん坊の、結界のそばから立ち上がる気配がした。


ナルトは抱え込んでいたカカシの耳元に小さくささやくと、そっと体を離した。





そうして「その時」が来る。


カカシが…けっして忘れることのない…
永遠の記憶。


カカシが、あの人を失う時が…


若き火影が、その蒼天の瞳でカカシを見つめていた。

「…じゃあね、カカシ。行って来るよ…!」

たったそれだけの言葉を残して、四代目は大きく抉られた廃屋の天井を振り仰ぐと、ふっと体重の無いもののように浮き上がり、巨大な凶獣の元へと向かった。


ナルトは、残され、たちすくむカカシを見つめることしか出来ない。
泣く事も出来ない細い肩が、彼が父親を失ったあの時のようにかすかに震えていた…



黒い雲は渦巻くのをやめ、瞬間、その合間から細く、あたりを切り裂くような光がさし込んでいる。

ほこりに塗れた四代目の、それでも鮮やかな金髪が、光をはじいて天空に浮かぶ。


いつの間にか、彼を羽交い絞めにとどめていた青年がいなくなっていることにさえ、少年は気付かなかった。


暗雲のなか、輝く若い火影の金色の髪、翻る白いマント…
一度だけ大きく、少年にむかて振られた手…




─それは、少年の、決して忘れえぬ記憶となる…




















静かに後ろにしたがう青年を振り返りもせず、四代目は仕上げにはいっていた。
封印の術式が完成するまで…チャクラが完全になくなってしまうまで…、後僅か…。

そんな自分の様子を見つめながら、その青年のチャクラに乱れが無いことを、四代目…波風ミナトは…誇りに思う自分自身に苦笑していた。

─ナルト……

のたうちながら、赤ん坊の術式の中に収縮していきつつある妖狐からひと時も目を離さず、若い火影は、軽く手を振って次元を裂いた。

「さあ、還るんだ。…お前を待つ人のいる場所へ…」
初めて凶獣から目を上げた四代目は、自分と瓜二つの面影を持つ青年に正面から向かい合った。

自分よりは幾分強(こわ)いその金髪に手を差し入れ、くしゃり、となでると…

「行け!」

そういってそのまま、ナルトの、木の葉の額宛をした頭をぐっと漆黒の空間に向けて押しやった。

ナルトは何か叫ぼうとした。何を言おうとしたかわからないまま…

自分は幸せだ、といおうとしたのか、カカシは任せておけといおうとしたのか…

…生まれてきて、よかったといおうとしたのか。

暗い空間に背中から落下し、足元に、白い火影の…若い父の姿が遠くなっていくのを、眼を凝らして見つめながら…
ナルトは、何も言わずとも彼がみんなわかっているんだろう、と思った。

くえねぇヤツだもんな…

血しぶいた顎からの出血で胸を真っ赤に染めながら、ナルトは早くカカシの暖かい体を抱きしめたい、と心から願った…









その日、木の葉の里は、火影屋敷が急襲された、と大騒ぎになっていた。

真相は、誰も正確に把握しておらず、敵襲ではない、という事だけで、駆けつけた忍たち、暗部たちは要領を得ないまま追い返されるように引き取らされた。
兎に角、五代目はぴんぴんしていたし、そばには写輪眼のカカシも控えていたので。


その大騒ぎの起こる少し前。

五代目の執務机の脇に立って書類の説明をしていた、すっかり秘書としてこき使われつけたカカシが、いきなり短く息を詰めて仰け反った。

「なんだ、カカシ、ぎっくり腰でもやったか?お前も年だな!」
そういって人の悪い笑みを浮かべた五代目だったが、カカシの背中がベストまで真っ赤に染まり始めて、さすがに顔色を変えた。
「どうした!?」
「……っ…!いや、何か、急に…背中になんか喰らったような…つつ…」
「診せてみろ!」
最近、カカシがサポートについてから、仕事をサボることばかりに工夫が向いてしまう賭け事好きな火影の面影は消え、優秀な医療忍者の顔になった綱手が、カカシから剥ぎ取るようにベストと忍服、鎖帷子を剥ぎ取り、アンダーを捲り上げて背を確認して、息をのんだ。
今さっき何かに乱打され、切り裂かれたような生々しい傷が、埋め尽くすように背を覆っているではないか。

「…こりゃ…なんか…礫のようなものでやられた傷だが…お前、いつこんなもの喰らったんだ…?」
「何時って…オレはずっと…ここにいたでしょうに…五代目の尻拭いをしてたじゃないですか…」
「尻拭いって、お前な…!」
チャクラを溜めた掌を背に当てて治療を始めながら、綱手がそう反論しかけた時。
地響きをたて、執務室の天井を突き破ってきたものがあった。




咄嗟に綱手を背に庇ったカカシは、落ちてきたソレを呆然と見つめていた。

上忍のベストの前を血まみれにして、埃と汗に汚れきった…それでも、きらきらと輝く金髪の…

「ナ、ナ、ナルト…?」

カカシの背後から顔を覗かせた綱手が、なにやら疑問形で呟いた。

「おうっ!ばーちゃん、ただい…ま…ってああああああ!!!!」

立ち上がるなり、元気に挨拶をしかけたたナルトは…
アンダーを胸の上まで巻くりあげ、正面から見れば、その綺麗な胸筋に乳首まで見えているカカシの姿に瞬間沸騰した。

「ばーちゃん、オレの留守中にカカシ先生にセクハラしてたのかってばよぉおおおおお!!!!」
「「な…!?」」
そう弾劾されてびっくりしたのは綱手だけではない。
セクハラの被害者にされてしまったカカシは、慌てて治療半ばでアンダーをひき下ろした。
「な、な、なにを言ってんだ、ナルト!!こ、これは、ち、ちが…!!」
「カカシ先生をツバメにするのはオレがゆるさねぇってばよ!!先生はオレのもんだってば!ばーちゃんにだって渡すつもりはねえってばよ!!」
そう叫んでナルトはカカシの腕を掴んで自分の胸に抱き寄せた。

大層男らしい恋人宣言だったが、ずっとナルトを、ひいてはカカシを心配し続けていた五代目の怒りの導火線が一気にみじかく着火されたのはいうまでもなかい。


「ナーーーールーーーーートォォォーーーーー!!!!お前ら…!!!!」

「な、何で複数形なんですか、五代目、俺はこの場合関係ないでしょう!?」
カカシの抗弁も聞く耳持たない五代目は拳を握り締め…………


「お前ら逃げろ!五代目が…!!」

そう叫んだのは誰だったか……


轟音とともに、ナルトが壊した天井が更に吹っ飛び………



こうして、久方ぶりの恋人同士の「感動の対面」は、綱手の激怒で幕を閉じることになったのだった。










ナルトに有無を言わせず瞬身で部屋に連れ帰られたカカシは、年下の恋人の腕から、もがくように飛び降りると…言葉に出来ない感情に突き動かされ…
しかし結局出てきた言葉は、

「お帰り、ナルト…」

という、単純なものだった。

「おう!ただいまだってばよ!カカシ先生!」

いつもの帰還の挨拶が、これほど待ち遠しかったのは初めてだ。

眉を下げて、情けなさそうな笑顔になったカカシは、
「ぼろぼろだな、ナルト。風呂、はいって来い。」

そう言って背を向け、浴室へ準備をしにいこうとした。

「先生!!」

びっくりしたような声をだして、ナルトがカカシの肘を掴んでひっぱった。
「な、なによ…?」
「背中、血だらけだってばよ!?どんな任務してたんだってば!?」
「え…?ああ…平気だよ。舐めときゃ治る位のもんだ…それよりお前も顎…!」
「ん?オレは大丈夫だってば。石が砕けて当たっただけだから。」
「そう……え……?」

石…?
砕けて当たった…

その一言が、記憶の扉をこじ開け、忘れていた記憶が一気に津波のように押し寄せる。

巨大な妖狐の尾…

庇った自分の背に叩きつけられた礫。破片が大事な赤ん坊の顎に…
同じように血しぶいた…あの青年の…

「ナ…ルト…お前……」

見る見る真っ赤に染まった上忍ベスト。
先生が封印の術式を完成させる頃には、もうすでに何処にもいなかった………

去り際に耳元で小さくささやいてくれた『幸せになれる呪文』…
─オレの名は うずまきナルト ってんだ!

「お前…お前…」

言葉をつまらせる、今は年上の恋人になったかつての…華奢で美貌の少年は、呆然とナルトを見つめていた。
彼が思い出したのに気付いたナルトは、しかし、彼には珍しいほのかな苦笑を浮かべて、カカシの腕を引き、自分の胸に改めて抱き寄せた。

「やっと還ってきた。ずっと…ずっと、アンタが欲しかった…」

あの時抱きしめた、華奢な少年の体ではない、充実した大人の体。
そう、これがオレのカカシ先生だ。
つらいことも、哀しいことも、大丈夫だーよ、と笑って乗り越えてきた…

小さかったあの少年は、こんな(したた)かな美人になって、今俺の前にいる…!

「うう、ちっくしょう、我慢できねぇ!!」

顎からの出血も止まらぬまま、ナルトはそう叫んでカカシのアンダーに手をかけた…

「……っ、ナルトっ!ちょっ…!まてっ…!!」







その何日か後、火影屋敷を数十人のうずまき上忍がぎゃーぎゃー大騒ぎで修理している姿が見られたとか、見られなかったとか…



ひとまず…end…?

Update 2009.02.21