リフレイン
act.6


〜過去へ、そして未来へ〜

咲いたばかりの桜はもう散り始めていた。

まるでその人を送ろうとするかのように…





瞬身でカカシの家へ飛び込んできたナルトは、裏庭にひっそりと(たたず)んでいる小さな背中を見つけた。
ナルトの目には、カカシが泣き出すかと思えたが…。

「…父さん…これで楽になれたのかな…?」

そういってナルトを見上げて来た小さな少年の瞳は乾いている。

諦念(ていねん)

こんな小さな子供が持つには重過ぎる感情が、少年を押しつぶそうとしていた。

「ボクじゃ、父さんの励ましにはならなかったんだね。頑張ったけど…ボクのために生きることは…出来なかったんだ…」
「…せ…んせい…」
ナルトの奇妙な呼びかけにも少年は反応しなかった。

「じゃ、何のために…ボクは…忍として…頑張ってきたのかな…」

そう(つぶや)く少年を、ナルトは思わず胸に抱え込んでいた。

「…お兄…さん?」
「俺のためだってばよ。俺に会うために!俺とずっと一緒にいるために…!!」
「…え…?」
ナルトは腕の中の小さな体を抱き潰さんかぎりの力で抱きしめた。
涙を(こら)えることが出来なかった。

泣かない少年のために。
泣けない少年のために。

自分でさえ哀れむことができない少年のために、ナルトは泣いていた。

涙は苦しみを流してくれる。

頬に滴るナルトの涙が、ちいさな少年の、永久凍土のような孤独を、少しづつ、少しづつ溶かしていく…


「俺がいるってばよ。俺がいるから、頑張れって…」

少年の白い小さな顔を覗き込みながら、涙でぐしゃぐしゃになったナルトは真摯にそうかき口説いた。
「今度は…お兄さんのため…に…?」
「ああ、今度は、親父さんじゃなくて俺のために…
……頑張………!!…」

自分のために頑張ってくれ、そう少年に言いかけて顔を上げたナルトの目に、白い桜に埋もれて横たわる未だ若い…青年の域をでていない…
木の葉の天才忍者の亡骸が映った。


………!!!カ、カカシ先生!!??


堅く閉ざされた瞳とその白い美貌、頬にかかる銀色の髪は、彼の最愛の恋人の面影に重なり、彼を待つ筈のその人がまるでそこで息絶えているかのようで…


どくん…


自分の心臓の音がやけに大きく響く。

ちがう、
ちがう、これは…

先生じゃねえ。
先生は生きてる。
先生は…

未来の時間に、ちゃんと大人になってる…!

「お…兄さん…?」

俺のカカシ先生はどこだ…?


どくんどくん

心臓の音がうるさい…

あれはカカシ先生じゃねえ!
俺のカカシ先生は腕の中にいる…!


様子の変わったナルトを心配げに少年が見上げている。



「カカシ!!」



その時、少年の家に、三代目が、部下を連れて飛び込んできた。

「サクモさん!!」

三代目の後から裏庭に飛び込んできた三代目の供…
輝く金髪の…蒼い瞳の…


!!!


そうして、少年を抱えてしゃがむ若い忍者と、三代目の供としてきた若い忍者と…
並ぶとその相似は余りにも明らかな二人の視線が交わる。

「き、きみは…」

ミナトが話かけるまもなく、キィンという鼓膜を破りそうな金属音が高まり、ゆらり、と空間が歪んだ。

「…な…!!?」

時空をわたるミナトは、その現象に驚愕する。
自分が裂いてもいないのに…



荒い息をつきながら、己を支配する激情から我に返ったナルトは、もう一度、小さな少年を強く抱きしめ、耳元にささやいた。

「俺、絶対戻ってくっからさ。必ず…そばに戻るから…待っててくれってばよ!」

そういわれ、訳もわからず見上げる少年を名残惜しそうに手放したナルトは、歪む空間の方にゆっくりと退いた。

傍らに呆然と立つ…

初めてみる…若い…父をみて苦笑しながら…。

「カカシ先生を頼んだってばよ、四代目…!」
「…え…?四代目…?」

呆然とする大人たち、じっと見上げる少年…

三人の目の前で、ナルトの長身は時空の裂け目に吸い込まれていった…。







     なにをやってるんだかね、お前は…
     アレじゃちゃんとした励ましになってないじゃないか…



上も下もわからない空間で、体勢を真っ直ぐに保つことが出来ず、くるくる回っていたナルトは、その声にドキン、と緊張した。



     チャンスはもう一回。
     ちゃんと役目を果たしてくれないと大事なカカシが…
     カカシの身に大変なことがおこるよ…
     



「カカシ先生をたった一人で残してさっさとこの世から退場した野郎が何を言ってるんだってばよ…!」

思わずそう口にすると、姿の見えない声の主はくすくすと明るく笑った。

     自分を一人きりにして、とか、化けキツネを封印して、とか怒らないんだね…


「あんたが火影として判断してやったことだろ。
そうして里が救われて、その判断が正しかったことが証明されてんだ、俺が文句言う筋合いじゃねぇってばよ。」

     ……


「俺はカカシ先生を自分のものにした。それだけで今までの全部におつりが来るってもんじゃねぇ?」


不思議な声の主はさも楽しそうに笑い出した。


     良い具合に育ったねえ。頼もしいね、六代目…


「…六…?」


     根性をすえてかかるんだよ。
     お前の中の九尾と、この次元の九尾…
     同時に存在することになる…
     下手をすると一瞬で弾き飛ばされるよ。     


「…九尾…なら…こんど『外』に出るのは…!?」




     『外』に出たら俺も時間に縛られる身となる。過去に縛られて身動きが取れなくなる。
     『内』で得た知識も封印される…

     カカシを助けられるのはお前だけだ…

「…な、なんだって…!?」


     お前がしくじればお前の恋人はいなくなる…
     「写輪眼のカカシ」は少年暗部のままで…お前の上忍師になることもなく…
     

「………!!!………」


     九尾の器の赤ん坊を庇って命を落とす……


「ふ、ふざけんじゃねぇ!なんでそうなるんだ!!」


     そうさせないために…因果律(いんがりつ)を……まげて…お前を…
     …
     だめだ…そろそろ…時間が流れ始めてきた…


「まて、どういうことだってばよ…!?」



     俺たち親子に関わったせいで…あれだけの才能を持ちながら…
     たった14で…

     …俺ではあの子を助けられない…俺では…九尾の宿星(しゅくせい)に縛られた俺では…
   
     だから……


ナルトはその時初めて自分が何故ここにいるのかが わかった気がした。


足元に小さな明かりが見えてくる。自分の体が其処に向かってどんどん吸い寄せられていく感覚に、ナルトは吐き気を覚えた。
と、その時、自分の傍らをすれ違った影がある。

白い…血と埃に(まみ)れた…火影のマント。
金色の頭がちらりと振り返り、自分とよく似た顔が笑った気がした。







「だああああ!!! いきなりここかよっ!!??」


裂けた空間から飛び出したナルトの眼前に、己の中に取り込んだはずの巨大な妖狐がその金色の眼であたりをゆっくりと睥睨(へいげい)していた……







to be continued…


Update 2009.01.31