リフレイン
act.5
〜過去へ、そして未来へ〜
三代目は、ミナトを長期任務に出したことをいささか後悔していた。
サクモの評判がここの所芳しくない。
一人息子…将来を嘱望される、あの
麒麟児も、辛い目に会っているというのに、その父親は…自分を責めるばかりで一向に「外」に出てこようとはしない。
三忍も任務で里を離れている。
本来なら、当然のことだ。
ミナト、自来也、綱手、大蛇丸、その四人が里を空けても、自分とサクモ二人が里に残っていれば何の問題もない。
故に、三代目は、自分のサクモへの信頼を里人に示すためにあえてサクモのみを里に残したのだが…
再三の呼び出しにも体調不良を理由に火影屋敷に出頭してこないサクモの評判はがた落ちだ。
中忍になったばかりの一人息子が懸命に仕事をこなし、里への忠誠を誓っている。
─サクモは人一倍情に厚い男…里人への恨みではなく、自分の判断への内省から閉じこもらざるを得なくなっているのは分かる
…
しかし…
サクモよ…カカシの事をもう少し、気に留めてやらねば…どんなに優れた息子でも、アレはまだ7歳だぞ…
人には暖かい彼は、自分とその息子には必要以上に厳しかった。一人息子はよくそれに応え、耐えていたが…
………三代目…オ耳ニイレタキ儀ガ…
大通りを、里人と挨拶を交わしながらのんびりと歩くヒルゼンに、その影から、暗部が声なき声で伝えてくる。
…ここで言えぬ事か?
…ココデオ伝エシテモ?
奇妙な出来事が起こっているようだった。
明らかに、この里の、それも上忍クラスの忍が、サクモの一人息子の周りに出没しているというのである。
何をするというのでもないが、まるでカカシの
影供をするように…いつものように周りのものが妙なちょっかいを掛けると、決まって水をぶっ掛けられたり、ゴミ箱がふってきたり、側溝に放りこまれたり…
明らかに、其の忍がカカシの護衛をしているとしか思えない、と、暗部に伝えられ、ヒルゼンは首をかしげた。
自分がそうしてやりたかったのだ。しかし、それは私情に走りすぎだと反対され、ひどく歯がゆい思いをしていた。
…散々サクモに助けられ、面目を施してきたというのに、たった一度の判断の相違で…あそこまであの天才を追い詰める必要がどこにある…
が、自分がつけた供ではない。自分以外にしそうなのは…ミナトか、自来也、綱手…
しかし、あの三人は自分でカカシたちを守ろうとするだろう…
それにしても、制裁の加え方がなんだか妙な…ゴミ箱だと…?
笑顔で挨拶を受けながら、内心は鬱々としたものを抱えていた三代目は、目の前に信じられないものを見た。
ナルトは、カカシを肩車しながら、物珍しげに辺りを見回していた。
見知った懐かしい里。しかし微妙に自分の暮らしていた里とはちがう…
…九尾や暁の襲撃を受ける以前の里…こんなのだったんだ…へえ…
小さなカカシは散々恥しがって嫌がったんだが、カモフラージュに協力して欲しい、自分みたいなのが一人でふらついていたら目だってしょうがない、と懇願して、抱えあげてしまった。
…別の意味で非常に目立ってしまっていたが…
自分の金色の頭にカカシをしがみ付かせたまま、アレはなんだ、これはどうした、と、どちらが子供かわからないはしゃぎぶりで大通りを歩いていると、時折あちこちから
胡乱な眼差しが寄せられた。
其の都度小さなカカシの体が緊張するのを、大きな手で、抱えている膝をなでてやりながら、ナルトはその気配の方向に蒼い視線を向ける。力のこもった、強い視線を。
ナルトのその視線はほとんど物理的な力を持って小さな少年に敵意を向ける者たちを簡単に粉砕してしまった。
そう、ナルトの…本来の彼を知るものからは信じられないくらい冷たい視線…勿論意図的にだ…を向けられたものは、其の視線に込められた膨大なチャクラの力に圧倒され、殴られたのとなんら変わらないダメージを精神に受けて膝を折ってしまうのだ。
オレのカカシ先生にちょっかいはだささえねってばよ!
その意思は、肩の小さなカカシ少年にもはっきり伝わっていた。
…この大きくて陽気な忍者は自分を絶対的な力で守ろうとしてくれている……
その不思議な安心感は、久しぶりにカカシを強いられた緊張から解き放っていた。
本来ならば、それはサクモから与えられるべきものではあったが、父はその「安心感」をカカシに許さず、カカシもじっと堪えてそれを求めようとはしなかった。
おそらく…そのままで育っていたら、この天才少年は忍としては完成されてはいても、ひどく
狷介な人間になっていただろう…
だが…
─このお兄さんといると気持ちがいい…
父さんのところに遊びに来てくれるあの人に、凄く似ているけれど…
ナルトとの交流が小さなカカシに与えたものは決して小さなものではなく、心の奥底で、守られる安心感を知ることこそが、自分の仲間を身を楯としても守ろうとする彼の原点となっていくのだが…
それはまた遠い先の話となる。
ナルトは、自分の金髪に、少年が頬擦りするのを感じ、信じられない位幸せな気持ちになった。
守ってやりたい。
何もかもから…
オレのカカシ先生はオレが守ってやんないとだめなような、弱ぇえ忍じゃねえ。でもこのちっせぇカカシ先生は、まだまだ保護者が必要だってばよ。
いつまでここにいられるかわからない…でも、ナルトは不安定な自分の存在をきちんと告白した上で、傍に居よう、と決心していた。
カカシは
敏い。多分わかってくれるはずだ。ほんの少ししか一緒にいられなくても、絶対自分を一番に愛してくれる存在、というものは必ず必要なのだ。
ナルトには身に沁みてそれがわかっていた…
肩に最愛の人の重みを幸せに感じながら歩いていたナルトは、強烈な気を感じて立ち止まった。
勿論、肩車された少年も固まってしまっている。
ゆっくりと視線をめぐらせる。敵意ではないので、ナルトは緊張はしても、警戒はしていなかった。
知っている…ある意味非常に良く知っている、いや、よく知っていた、懐かしい気配…
振り向いたナルトの視線の先に、壮年の小柄な男がこちらに強い眼差しを当てていた。
今、丁度話題にしていたその少年が、長身の、荒々しい気配をまとった忍に肩車されているのを目の当たりにして、さすがの三代目も固まっていた。
…誰だ…あの男…!!
彼が最も信頼する波風上忍に恐ろしく印象が重なる。しかし、
春風駘蕩といった波風ミナトにくらべ…
…野生の獣のような…人に馴れた犬に似ていても、これは…
狼だ…
見上げる長身の、その若い忍は、三代目の強い視線に臆するどころか…
「三代目のじーちゃん!」
にぱっと全開の笑顔でそう呼びかけてきた。
これにはさすがの三代目も面食らった。
確かに若いとはもういえない年ではあったが…
…じいちゃんと呼ばれるほど老けとりゃせんぞ!
肩にのったカカシもびっくりしたらしく、親しげに火影に話かける金色頭を覗き込んでいる。
「火影様を知ってるの…?」
「オレはしってっけどな、アッチは”まだ”しらねーだろうなあ」
そう意味深なことを言って笑って、男はカカシを肩から下ろした。
三代目が、カカシを優しい眼差しで見るのを、男は満足そうに見ている。
…害意があるとも思えんが…何者…?
「カカシよ、今日は非番か?」
「はい、三代目様」
「そうか、わしはコイツとちょいと話があるんでな、家で待機しておってくれんかな?」
「…はい、わかりました…じゃ、お兄さん、またね、肩車してくれてありがとう。」
そういって少年は三代目に目礼し、大きな青年に丁寧に礼をいうと家へ駆け戻っていった。
好々爺といった風情でその後姿を見送っていたヒルゼンは、傍らでニコニコして手を振っているいる大きな若者を振り返ると、口を開こうとした、が、
「オレが誰か、って聞かれても、オレはこたえられねぇってばよ、三代目」
若い忍に先に釘を刺されてしまっていた。
「な…んだと?」
「ただ、木の葉に悪さする人間じゃねえ、ってコトだけ、信じてくれりゃあいい。」
二人は大通りをニコニコして仲良く並んで歩きながら暗部のみが使う言葉でやり取りを始めた。
−これが使えるということは…こいつは暗部の仕事をした事のある人間だ…しかし、わしの知らぬ暗部…?
ヒルゼンの温顔に影がよぎる。
まさか…
「ダンゾウのくそじじいとも関係ねぇからな。ってか、関係なんぞあってたまるか!顔を見たらぶち殺したくなる。」
こちらの考えを呼んだかのような答え、噴きあがる闘気…。
「なら…何をしにここに来た…?」
「それが一番知りてぇのはオレだってばよ。事故っちまって、ここに落ちてきたんだってば。」
「…事故…」
「うん。…じっちゃん。ホントにわりぃけど、今のオレには色々言っちゃなんねぇことばっかりで、自分のことをうまく説明できねぇけど、オレは正真正銘木の葉に忠誠を誓った…火影の部下だ。それだけ、信じてもらえねえかな…?」
三忍と称された大男の自来也をも越すだろう長身のその青年は、真摯な瞳でヒルゼンと視線を交えてきた。
「木の葉に仇なすことはない、と、言うことか?」
その大きな若い忍者は、そう聞かれておおきく頷いた。
「オレにもよくわかんねぇけど、この時、この場所を選ぶように落っこちてきたのは、もしかして誰かの…」
考え考え、ナルトにしては慎重な言葉運びで未だはっきりとした形をとっていない考えを口にしようとした時…
「はたけさんちの裏庭の桜、いきなり満開に咲いたんだって…?」
「そうそう、昨日つぼみを付けてたらしいのが、さっき塀の外から見たら満開になってて…」
「こんな寒い時期に…?」
通りすがりの主婦らしい里人の話し声が、忍言葉で会話していた二人の耳に飛び込んでくる。
ヒルゼンはふと立ち止まった。
隣の連れの雰囲気が一変している。
─まだ春、って季節でもなかったと思うよ。寒かったもんな。なんか…よく覚えてないんだけど、すっごく楽しい事があって、うきうきしながら家に帰ったらさ、いつもいる書斎に親父の姿がないだろ、楽しい気分を分けたくって、あちこち探していたら…
─まだまだ寒いのに裏庭の桜が満開で…。直ぐには気付かなかったよ。…桜の木の下に………
そんな風にまるでなんでもないことのように…言った彼の年上の恋人…
彼はその時、その人の声がかすかに震えていたのをはっきりと覚えている…
「カカシ先生……!!いけねぇ、今日だったのか!!!」
「こら、ちょっと待たんか!」
不思議な若者の腕を咄嗟に掴んだ三代目は、その若者のささやいた言葉に愕然とし、若者が瞬身で消えるのをとめることができなかった。
……サクモさんが自殺した…
to be continued…
Update 2009.01.24
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