天上天下にアナタだけ…! 5
「暗部を止めたら死ななきゃなんねぇ、って、その考え方がわかんねぇな、俺には。」
ため息をかみ殺してそういったナルトに、「元・暗部」たちは、何をいいだすんだ、この若造は、と、口に出さずともありありとその表情が読める。
私室にカカシを休ませたまま、執務室に戻った六代目は、火影の席に腰をおろすと、少々面倒くさそうに、執務室に押しかけてきている「元・暗部」の男たちを見上げた。
面を外した元・暗部たちは一様に若く、火影よりもいくらか年上、といった年頃だ。
それゆえに思い込みも激しく、思いつめると突っ走ってしまうのだろう。
暗部という選ばれた組織、その一員たる自分に誇りも持っていたのに。
何で
止めねばならないんだ…!
シカマルは、そっと、その場に集まった若い暗部達の忍籍簿を調べた。
…勿論、部外秘のそれを…何処で手に入れたかは聞かぬが花である。
─ち…どいつもこいつもいっぱしの口きいてるが…たいした仕事してねぇじゃんか。
どの暗部も、火影に任命されるべき筈が、うやむやの内に補充され、どんどん若返ってしまっている。
─まるきり経験値がたりないヤツらばっかりだ。
─影で縛って放りだしてもいいが…それじゃ何の解決にもならないし…
どうするか、ナルトと方針のすりあわせをしたいところだが…
暁来襲時、彼らは、まだ十代だった六代目が、どのように戦ったのか、目の当たりにはしていない。
潜伏任務の多かったため、(当時は彼らもまだ更に若かったのだ)里に残った暗部は、ダンゾウに与していた者と、先代を守ったものに分かれ、その
手練のほとんどは黄泉路をたどったか、引退したかしてしまっている。
人材の
払底もここに窮まってるなあ。
シカマルが腹の底でため息をついたとき、ひっそりとした気配が隣に並んだ。
自分に気付かせるためにわざとほのかな気配を漏らしているのであろう、影のようなその人物は、暗部装束に烏面をつけたまま。
─?
この面は確か、頭…?…先代がまかせた暁関連の任務で消息を絶ってたはずだが…
その暗部はにらみ合うように対峙している元・暗部と、六代目の間に静かに割って入ると、音もなく、火影に
拝跪した。
「お呼びとうかがいましたので。火影さま」
深く
首を垂れてそう尋ねた烏面の暗部に、押し寄せていた元・暗部たちは驚愕した。
「か、頭!!」
「な、何、いってんですか…!」
「ここに来いといったのは頭じゃないですか!」
長と部下のやり取りを、ナルトは少し面白そうな表情でみていた。
シカマルはそっとその傍らによると、ひじでつっついた。
今の状況について、少しでも情報を仕入れておかないと、対処を間違う可能性もあるのだ。
つなぎ合わせた指先から、指文字で、この長がカカシの病室に現れた経緯を簡単に知らされたシカマルは、くらり、とめまいを感じた。
─こいつは以前からトラブルメーカーだったが、火影になってますます すっとばしてんじゃねーか…?
おまけに…
なだめ役だとおもっていたカカシの方こそ…
ナルトがらみだとカカシ先生も立派なトラブルメーカーだぜ……
「おれは三代目に暗部任務を拝命した者だが、暗部は火影に従うが掟。六代目に改めて暗部を拝命していない以上、身の振り方の下知をいただくのは当然だろう。ゆえに六代目のもとへ出頭しろ、といった。入れ替わるように六代目からおれにお呼びがかかったから、お前たちに出した命令とは別のことだ。」
「頭……!」
「暗部が貌をさらした時点で暗部たるの資格なし。お前たち、装束と面を返上しろ。」
「そ、そんな……!」
集まった若い元・暗部たちは、六代目火影たるナルトに対した時よりも、烏面の男に対する態度がいかにも上司に対する態度だったのを、シカマルは、憮然として見ていた。
が、ナルトはまるで気にする風もなく、
「きっついなー鴉のおっちゃ…」
ちらりと烏面がふりむく。
「いや、ああ、えーと、あんた、どうすんだ?」
「どう、とは。」
「俺は暗部の在り方を根底から変えたい。」
「はい。」
「しかし一人じゃできねぇ」
「はい。」
「シカマルもそっちに専任させるわけにゃいかねぇ。」
「はい。」
「あんたに任せたい。」
六代目の声が低くなった。
青い瞳が一瞬金色に光る。
すぐに返答しない烏面の男に、六代目の低い声が続いていった。
「今の暗部がこの体たらくなのは指導、教育を怠った上層部の責任だってばよ。もちろん俺も含んでる。だけど、俺は暗部の教育にのみ関わってる暇はねぇんだ。危険な任務にはしばらくは俺の分身をつけてはやるが、しかしみんな俺がやったんじゃ意味はねぇってば。わかるだろ、鴉。」
「………鍛えなおさせていただきます。」
「ん…そうしてくれっとたすかるな。それからあんたの後継者も育ててくれよ?」
「………?」
「あんたにはいずれ暗部をでて、上忍師をやってもらう。」
………
シカマルはそのあとずっと…その時の烏面の男の姿を忘れなかった。
大騒ぎをする部下たちを面越しの一瞥で黙らせたその実力もだが、入ってきたときの、孤独の象徴のような硬い影が、ナルトのそばでどんどんと緩やかにほぐれていった。
相変わらず…
シャレにならない影響力だぜ、あいつは……。
もしかして…カカシ先生の入れ知恵か……?
火影の私室から姿を現さない火影の上忍師のことを、シカマルは心配しながら考えていたのだが。
もちろん。
それとなく入れ知恵したのは、煮ても焼いても食えない六代目の上忍師である。
………ナルトの馬鹿が…加減というものを教えそこなった俺が悪いのか…?
大切な師がチャクラを切らしたら、継ぎ足してやればいい、と、経験で学習してしまった教え子は、場所も方法も選ばず、無理をして自分を助けに来たカカシに強引な力技で自分のチャクラを注ぎ込んだ。
急激に体内にあふれたチャクラを体になじませるのには、カカシの実力をもってしても並大抵のことではなかった。
火影の私室のベットで今度こそ指先を動かすのも面倒な疲労感で、カカシはぐったりしていた。
隣の火影の執務室から響いてくるナルトの声を聞きながら、こじれるようなら…あるいはあの男が来ないようなら、這ってでもまた自分が出なけりゃならないか、しかし、これ以上自分がナルトのそばに存在感を印象付けるのはまずいのだが、と、ぐるぐる考えていたところで、呼び出していた男がやってきたのに気づいた。
─少しはあんたもあいつに振り回されて苦労するがいい。ったく、人の気も知らないで勝手に落ち込んでるんじゃないっての。
暗部の昔馴染みに心の中で悪態をついたカカシは、はぁ、と大きく息をはいた。
へその下あたりから這い上がってくる尾獣のチャクラと、のど元から奥に降りていく仙人チャクラが胸のあたりで交わり、ナルトの愛撫のような熱が体の中に生れている。
あの時、私室に連れ込まれ、ベットに下ろされるとすぐにナルトに服をはぎ取られてしまった。
チャクラの残量が少ないことを知られていたため、すぐに重ねた口から仙人チャクラが流し込まれ、下腹に当てた大きな手のひらから、尾獣のチャクラが注ぎこまれた。
あまりの急激なチャクラの流入に、カカシの体がナルトの腕の中でのけぞり、跳ねる。
…辛抱してくれってばよ、先生…!
口を少し浮かして、それでもチャクラを流し込みながら、器用にナルトが話しかける。
………っ…!
…せんせ、…タってきた…気持ち…イイ…?
この馬鹿!!そんなところをチャクラで刺激されたら生理的に起つっての!
ってか、やめんか、こらナルト!そこ、さわんな!
ナニする気だ、お前…!!
ナルトのように器用に口づけたまま文句を言うこともできなかったカカシは、かすれた吐息で抗議するが、若いナルトをあおるだけで。
後の
顛末は思い出したくもないお定まりのコースをたどってしまい、カカシは今度こそ本当に、チャクラの残量には細心の注意を払おうと心の底から決心した。
チャクラが切れるたびに盛られたら…別の意味で体がもたん……!
あの調子では、自分が「花畑」にいって恩師や幼馴染や父たちとのんびりしようとしてもずかずかと乗り込んできて担ぎあげて連れ出されるに違いない。
色々と思い詰めるのもばかばかしいってもんだ、まったくのところ。
カカシが火影の私室で決心やら反省やらしている間に、カカシの昔馴染みは意外性ナンバーワンの火影からいきなり上忍師を押しつけられていた。
隣室からでもわかる、いつもは冷静な男のチャクラの乱れに、どれだけあわてているか、と、カカシは含み笑いをした。
─鴉…あんたも、あいつの力技に巻き込まれるがいいさ。そして、俺があいつらに出会って明るい道に踏み出したように、あんたも…人生はいくらでもやり直せるんだ、ってことに気付くといい。
起き上がろうという努力を放棄して、体を駆け巡る愛弟子のチャクラのままに、体の力を抜いたカカシは、再び、夢に向かって突き進むだろう弟子の若者に、思いをはせた。
いつでも一生懸命で、いつでも前向きで…。後ろを振り返ることをしない。
後ろなんて気にしなくていい。
俺たちがきっちり守ってやるから。
ただ、もう少し、加減してくれると、先生は助かるんだけどな…。
意味もなく人が殺され、人の苦しみの上に国が築かれる、そんな世界を変えたい。
誰もが自分の人生を選んで、自分のために生き、死んでいける、そういう世界を作りたい。
そんな遠大な目標を掲げた木の葉の長は、里の民の絶大な支持を得て、夢にむかって走り出した。
たくさんの仲間とともに。
end
Update 2009.05.09
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