天上天下にアナタだけ…! 4



その人は、病室でナルトの訪れをいつも穏やかに迎えてくれた。

けしからん本の愛読者で、何度も読み返したであろうそれを飽きることなく何時までも読んでいた。

ところが、今、彼の両目は閉ざされ、その習慣さえ奪われて…



里の上層部は、里の大切な幹部の病状を心配して、という名目で、彼と他のものの接触を極端に嫌い、病室を見舞うものは、教え子の医療忍者と、若い火影のみ。


そんな無聊の日々にも、愚痴一つこぼさず、見えないと知りつつ手振り身振りで日常を報告する若い火影の話を笑いながら聞いてくれた。







─なあ、カカシ先生。
─ん…?

─あの時、封印式を直した父ちゃんが言ってたんだけどさ。
─うん。
─それを聞いて、俺、新しい夢を持ったんだってばよ。
─うん。

ナルトは時々二人っきりのときだけ、四代目を「父ちゃん」と、漸く呼ぶようになっていた。
こだわりがあった、というより、実感が湧かなかっただけだ、と本人の言うとおりだろうが、周りはそうは見ない。
六代目が四代目に色々思うところがある、と、邪推する輩もまだ、わずかながらでも残っていた。

木の葉の里、全てが、ナルトの人柄を熟知しているわけではないのだ。仕方のない事だったが。
だが、ナルトを知るもの全ては……

「アイツがそうそう長い間、恨み辛みを覚えていられるもんか!」(シカマル談)




─忍のシステムそのものを変えていきてぇんだってばよ。
─システム…?
─それがある限り、憎しみの連鎖はとだえねぇって…
─………
─そんなら、忍ってのの、あり方から変えねえと…何時まで経っても大事な人を殺されて…恨んで人を殺して…また恨まれて…自分も殺されて…そんなのがなくならねえってばよ。
─そうか…途方もなくでっかい夢だな、ナルト。お前らしい…
─…笑わねぇの…先生…
─…10年も前…お前の夢はなんだった…?
─火影になる…こと、だったってばよ。皆に呆れられたり、馬鹿にされたりしたってば…

大人びた苦笑でたくましく日焼けした顔をゆがめる愛弟子の頬をそっと長い指先でたどりながら、彼は、ほのかな微苦笑を浮かべた。

─今のお前は…?六代目…!
─………
─お前には夢を力にして努力する才能がある。その夢が、今は途方もなく遠い道のりの先に…小さく小さく瞬く星のようであっても、お前は必ず其処にたどり着くって俺は信じているよ。
─……先生…!



─今、俺に出来る事は、お前を信じてやる事だけ。…それだけになってしまったけれど。




「先生に信じてもらえたら、俺は何だってできそうな気がする。だから…」





ずっと、ずっと、俺のそばにいて、俺を信じていて欲しい。
それだけでいいから。

そうすれば、それが俺の糧になる……!








俺はもう、二度と…この手にあるものを失ったりしねぇ。


あの人は言った。

欲張りに生きろと。

全てを願って努力すれば…それをかなえる力が俺にはあると。


みんなの幸せ…


その「みんな」の中に、オレもあの人も、含まれててなんでいけない?





そのために…オレはあらゆる手段をつかって戦い抜いてやる…!






俺はあの人をなくしたりはしねぇ…。


二度と。





手始めは、暗部だ……!

かちこちの石頭どもの、古い頭をカチ割ってやる!



















その時まで、ホムラもコハルも、「九尾」について、概念でしか理解していなかった。

20年前のあの九尾来襲の折などは、真っ先に子供達をつれて地下深くに逃れ、九尾が封印されてから地上に戻ったのだ。

里の惨状と、四代目の悲報に、愕然とし…


そういった覚えしかない。



─四代目ともあろうものが、獣と命を引き換えにするとは……


そんな思いすらあったのだ。





………こ、これは…これは、違う……





ただの獣ではない…



最強で最凶…最恐…の……尾獣……!




さらに、仙人チャクラに彩られ、人、としての姿をしている六代目が、まるで人知を超えた…超越者のように、老人二人の前に存在していた………



あたりの調度、小物、果ては小さい家具まで、チャクラに煽られてがくがくゆれはじめ、ひゅんひゅん飛び始めている…!


人々は凍りついたまま動けない。



コレを鎮められる者がいるのなら、土下座でもなんでもしてその前にひれ伏そう…!

だから、どうか、この人外の魔性を…どうか…どうか……!!







その周りにいるものも、六代目の強大なチャクラに当てられ、ひざを付いたり、倒れこんだりし始めた。

その横をありとあらゆるものが飛び交い始めている。

シカマルは、さすがに両足を踏ん張って立っていたが、この状況が最悪の事態を引き起こす前に、止めるためには……


……カカシ先生を頼るほかねぇ…!


シカマルは、火影室にいた者たちを叱咤して、室外に連れ出しながら、動けないであろう上忍師にすがる以外の手を思いつけない自分に歯噛みをした。
















カカシがソレに気づいたのは、サクラが病室をでて直ぐの事だった。





ナルトから流し込まれた尾獣のチャクラが、本体の感情に反応して、左目の奥に熱い…熱感をともなう痛みが脈打っていた。

─つ…っ



僅かながらも残る仙人チャクラで、暴れようとする尾獣のチャクラを押さえ込み、カカシの真骨頂である繊細なチャクラコントロールで全身にチャクラをめぐらせる。


─あいつが九尾を暴走させる筈はない…

けれども、自分がなにか弟子の足かせになっているのではないか。
自分の所為でナルトを暴走させるような事があれば…


気安く死にもできないぞ…
川の向こうで先生に何を言われるか判ったもんじゃない……



カカシは歯を食いしばり、ゆっくりと体を起こした。



















カカシを呼びに走ろうとしたシカマルに、チャクラの塊のような「六代目」から声がかかった。


「……ドコヘ イク……?」

「…………!」

「ココニイロ…!」


「………!」

お前がその物騒なチャクラを引っ込めるんなら何処にもいかねぇさ!
そう叫び返そうとした時、

「ひ…ひゃ……」

言葉を発する事が出来ないホムラが、突然身を翻し、火影室から飛び出そうとした。


しゅっと音をたてて、紅いチャクラの触手が伸びる。


「ひゃあああ!!」

触手は、掠れた悲鳴をもらす老人をとらえ、包み込むように持ち上げると再び火影室に連れ戻した。


「オレガ 怖イカ…?」

いっそ、優しいとでも言いたいような声音で、六代目は目の前までチャクラで掴み寄せた老人にささやいた。


………!!



最悪の事態を防ごうと、シカマルが部屋をとびだし……



入ってきた人物の懐に突っ込んだ……。






















カ、カカシ先生……











不思議な事に。










両目を封じているその上忍の出現が、部屋の張り詰めた「凶」の気を見る見る中和し、人々を縛り上げていた恐怖が瞬く内に暖かく緩んでいく。

それはホムラやコハルでさえ例外ではなかった。







カカシは呆然と自分を見上げるシカマルの肩を、労うようにぽんぽんと軽くたたいて、優しい仕草で頷くと、「元凶」の方に包帯で覆われた目を向けた。

あたりに充満する緋いチャクラは変わらず、物理的な力を持って渦巻き、たくさんの物が飛び交っている。


カカシはその中に、一瞬の躊躇いもなく踏み込むと、腰を抜かすご意見番の脇をゆっくり通り抜けた。


そのとき、シカマルは見ていた。


部屋を飛び交う調度品が…ちゃんとカカシを避けているのを………




















火影の執務机に尻をかけ、爛々と輝く金の目をした魔性のような火影を…



ゆっくり近付いた上忍は、あっさりと抱きしめた。








「お前…やりすぎ……!!」


沈黙している火影の耳元でそう囁いて抱擁を解くと、


ぴしぃっと………


鼻っ柱を人差し指で弾いた……!







「いてててててっ!!いてぇってばよ!!カカシ先生!!!」













途端に当たりに飛び交っていた品物が、がしゃんがしゃんと音を立てて落下する。




息を詰めて成り行きを見守っていたものたちは、一様に脱力して、その場にへたり込んでしまった。




──あの野郎……!一杯食わせやがったな!!?

シカマルは心の中で盛大に舌打ちをした。

ナルトは確かに激怒し、尾獣のチャクラを纏ったが、けっして暴走したのではなく、ちゃんと正気のままでご意見番たちを震え上がらせたのだ。



だが、何のために……?
下手をすればまた、里人の恐怖心をあおり、反感を買う危険性をおかしてまで…?



あの野郎…小さい脳みそで何考えてやがるんだ…!

補佐役として、あのヤンチャ小僧のような火影の真意を把握しておく必要がある。

…こってり絞ってやるからな…!

シカマルは堅くそう決心した。












あたりに静寂が戻る。

と、





カカシの膝がわずかにゆれ、倒れる、と、シカマルが駆け寄ろうとした時、ナルトの長い腕がカカシの腰を捲き込み、抱え寄せていた。



「シカマル。わりぃけど、俺ってば大人しくカカシ先生の説教くらってくるから、後、頼んでイイか?」
「………ナ…六代目…」
「とっ散らかした俺が手伝わねぇで悪りぃんだけどさ。」
「………いや、かまわないっすよ、六代目。あんたは片付けの手伝いにゃむいてないから」
「…う、ストレートな評価、ありがとー…んなら、さっさと叱られてくるってばよ…」

そういって上忍師を抱え寄せたまま、瞬身で火影は執務室横の私室に消えた。

──すまねぇ、シカマル…小言は後で聞くから…
暗部の隠語でそう囁いて。


あたりの惨状は目を覆いたくなるものではあったが…

目端のきくものは、散乱した調度品のどれもが、少しも壊れていないことに気づいた…。




















執務室の火影の机の前に膝をつき、動物面を外して自分の前に置いている暗部達は、一様に重苦しく沈黙を保っていた。




「六代目はあんた達を呼んじゃ いないはずですけどね。」



ナルトは私室に入ったまま、まだ出てこない。


─カカシ先生、大丈夫だったのか?絶対安静だったはず…


綱手を呼ばなくていいのか、そっちが気がかりだったが、それに対処する前に、暗部の殆どが、執務室に出頭してきていた。





「ご承知の通り、暗部はその任を解かれました。」
「………」
「その後の身の振り方についてのご下知をいただきとうございます。」

シカマルよりだいぶ年長だとおもわれるその暗部の上役らしき男は、淡々と感情を交えぬ声で言った。

「自死をお与えいただけるのか、それとも処刑となるのか、それによって準備がございますれば。」

暗部が素顔をさらしている、その事だけでも、彼らの覚悟が見える…。

シカマルはその言葉を聞いてうんざりした。


ナルト……

お前の一言でまた面倒な事になったぞ………






続く…



Update 2009.05.02