天上天下にアナタだけ…! 1


どかん…

火影の執務室からいきなり響いた大きな音に、隣の補佐室にいた中忍たちは首をすくめたものの、驚いている気配はない。

みんな慣れちまったからな。

シカマルは少し苦笑しながら、大荒れに荒れているだろう「六代目」火影さまをなだめるべく席をたった。
感謝の眼差しで見送られながら。



「ご意見番」の二人の老人が訪ねて来た後、ナルトの機嫌が悪くならなかったためしがない。

あの二人は木の葉の里の未曾有の危難にどれだけの役にたったか…

「嵐」が過ぎ去った後、のこのこ現れた二人に、確かに反感を持つものはそんなに多かったわけではなかった。
それを力にして、また「ご意見番」として存在をアピールするべく、なんやかやと新火影にちょっかいをかけてくる。

が…

反感を持つものが少なかったのは、あの二人を気にかけているものが少ないからだ。

「昔は…」「かつての木の葉の栄光は…」「あのころは…」

そんなことしか口に上さない老人たちを構っている暇はないのだ。
反感が少ないのは気にかけているものが少ないだけで…

まあ、ダンゾウのようにこっちの足をひっぱらないだけ、マシってレベルだよな。

ため息をついて、火影の執務室に入る。


窓際に立つ六代目の様子をみて、シカマルのため息は更に大きくなった……。





















カツユの召還後、中々チャクラが回復しなかった先代は、寝たきりにこそならなかったが、元の姿に戻るのにかなり時間を要した。

そんな事を気にも留めずに病人を治そうとする綱手を、サクラを始め、生き延びた医療忍者たちは必死でとどめ、自分達に任せてくれ、と頼み込んだ。


しかし。


今回の「病人」は、その綱手の手を煩わせずにはいられないくらい……





「無茶はお前の弟子の専売特許だと思ってたんだがな………カカシ。」



ベッドの中で、まるで昆虫標本のように、いろいろな管でつながれている青年の白い体を見下ろしながら、綱手は頭を抱えていた。


「お前な、もしかして、ナルトなみに頭が悪くなったんじゃないのかい?チャクラを使いすぎるな、っていったアタシの言葉、すっかり忘れたんだろう!」


両目に厚く包帯を巻かれたまま苦笑する青年の体に両手のひらをかざし、チャクラでセンシングしながら、綱手の小言は続いた。

「お前、自分の状態がわかっているのか?チャクラの枯渇寸前まで…いや、ほとんどお前のチャクラはなくなってたんだ。それをあの阿呆が無理やり強引に仙人チャクラと九尾チャクラのミックス技で…見ているこっちが震え上がるような荒業で…」
「……」
「お前をコッチに呼び戻したんだぞ。」
「…すみません…綱手様…」
「いいか、今度無茶をしたら視力どころか……」

ハッとして口をつぐんだ綱手は、だが青年が穏やかな苦笑を変えていない事に気付く。

知っているのだ。この青年は。
以前の自分に戻れるかどうか…保証も確証もない事を。

だから、動ける間に、役に立つ間に、できる事を全てしてしまおう、としているのか…


──なら、カカシ、ナルトはどうするんだ?六代目をついで、お前の補佐を…お前を一番必要としているあの火の玉小僧は…?
アレを支えられるのはお前だけなんだぞ…?


包帯を巻かれた顔が、綱手の方に向けられ、下から「見上げ」られた綱手はなんだ、とぶっきらぼうに聞いた。


「ナルトは綱手様が思ってるほど弱くもおろかでもありませんよ。アイツはシカマルやサクラやサイや…同期の連中が十分に支えてくれます。心配いりません。」

まるで綱手の心を読んだように、カカシはそういった。

だからもう自分は要らないとでもいうつもりなのか…!?


「莫迦な事言ってるんじゃないよ。その支えてる同期を丸ごとお前がみまもらなくっちゃならないんだろうが!この上まだ引退したアタシを働かせるつもりかいっ!いいかい、目の包帯は一月は取るんじゃないよ!見えなくなってもアタシは知らないからね!!」

そうしかりつけられて、寝たまま器用に肩をすくめた青年は、はいはい、と心のこもらない返事をした。




















「六代目…。爪を噛むのはやめとけよ。年寄りからまたとやかく言われるだろうがよ。」

そうシカマルに注意され、ち、と舌打ちを一つして窓から離れたナルトは、バサリと火影の白いコートを翻して席に座った。


小さい頃からナルトを見てきたシカマルから見ても、ペインの来襲以来のこの幼馴染の成長振りは目を見張るものがあった。

九尾を暴走させかけたときは肝を冷やしたが。

あの時以来、里はこの若者を中心に団結した。

──こいつがどれだけ里を守るために頑張ったか、みんな知っている。認めようとしないのはあの年寄りどもだけだ。
カカシ先生にそばにいてもらいたい、たったそれだけのこいつの願いを何で年寄りどもはああも簡単に拒否するのか…


いや、シカマルとて、解ってはいるのだ。
九尾を写輪眼がコントロールできる、と彼らに知られてしまった以上、彼らがソレを懸念するのは。


カカシ先生の親父さんが、あの白い牙だったなんてな。

木の葉の上層部はカカシ先生がまだ木の葉に恨みを持ってるってマジで信じてるんだ…。



シカマルにはため息しか出ない。

カカシ先生の、あの仕事の仕方が、自分達への指導が、里に恨みを持つものに出来る事かどうか。

「里のために」チャクラを使い切るほどの意思の強さをもつあの人を…



馬は死ぬまで走り続ける事の出来る生き物だが、人はそうは行かない。
苦しくなって立ち止まってしまうからだ。

チャクラにしても同じ事である。


命に関わるほど、チャクラを使い切る事など、並みの忍に出来る事ではないのだ。



カカシが生還して、チョウジがどれほど喜んだことか。


俺たちのために命を賭ける事の出来るあの人を、ナルトが欲してやまないのは無理ないことだ。

シカマルとて、師であるアスマの敵を討てたのも、カカシがいてくれたからこそ。


年取って頭が固くなったんならさっさと引っ込んでいりゃあいいものを。


シカマルは憂鬱な気分でナルトをなだめにかかった。
自分とて、思いはナルトと同じだったのだが。









「な、シカマル、俺、カカシ先生の見舞いに行きてぇんだけど…」

火影の執務机に腰掛けて、書類を確認しているシカマルに、ナルトはおずおずと言った感じの視線を向けた。

─だーかーらーーーー火影がその上目遣いはよせ!

シカマルは内心で舌打ちしながら、

「仕事」

と一言で切って捨てた。

どうやらカカシの方は綱手が治療にあたり、大事には至らなかったとサクラから報告を受けている。
それはナルトも聞いていたはずだが。


「オレ…カカシ先生が不足しちまって……」

「………な……」

「あの白くてすべすべしてる首筋にこう、すりすりっとしてさ、がぶっとしてーんだよ、な、シカマル、わかるだろ…?」

…わかるか!!ってか、わかりたくもない!!

そう叫ばなかった自分を褒めたいくらいのシカマルだった。

「ナルト。おめーな…」

シカマルが説教モードに入ろうとしてナルトを覗き込むと。


其処には意外にも色めいたものを全く感じさせない、真摯な眼差しがあった。


「シカマル。オレな、なんか、カカシ先生がやべぇ気がしてしょうがねぇんだってばよ。」
「……なんだと…?」
「説明しにくいんだけどさ。俺は生まれた時から人柱力で、九尾のこの鬱陶しいチャクラに慣れてるし、仙人チャクラにも、修行で徐々に慣れたからよ、まるで平気だけどさ。」
「……先生は……」
「ん…写輪眼と九尾チャクラって…もしかして、もの凄く相性がいいか、反対にスッゲー悪いか…」

たしかに、ここのところのカカシの仕事振りは…
長期休暇を言い渡されているにもかかわらず…

「いつもならサクラちゃんもばーちゃんを治療に当たらせたりしねぇだろ?なのに今回は先生をばーちゃんが治療したって聞いて…」

シカマルはちょっと驚いてナルトを見返した。
言われて見ればその通りである。
─オレとした事が見落としていた…

「それに、あの老いぼれどもが、先生にちょっかいださねぇか気になって…」
「……昼間、じーさんばーさん、何を言いに来たんだ…?」

そうシカマルに聞かれてナルトは低くうなって歯軋りをした。



















「戦病者への手当も大切だがの、ナルト。」

ご意見番の老人たちは、六代目を呼び捨てに話始める。
いつもの事なので今更咎めるつもりの無いナルトではあったが、「外」でコレをやられると俺の面目はつぶれっちまうわな。
つぶれるだけならいいが、木の葉がなめられる事にもつながるってことに…このじじばばたちは気づいてるのかいないのか…

そんなにオレが火影になったのがきにくわねーのか…。


里は、若い世代を中心に、急速に六代目火影のナルトを中心に結束を固めた。

芯のない雪玉は壊れやすい。故に、核となるものの存在は不可欠だったのだ。

最強の尾獣を従え、里を救った英雄こそ、六代目にふさわしい。



里中の意見がまとまったか、に見えたが。
尾獣に対する根強い偏見が、一部の上層部、特に年齢の高い者たちにあり、何時までも燻っていたのだ。


火影という地位が、そんなに素晴らしいものか。


その位置について、初めてそう思うようになった。

「オレってばぜってー火影になる!!」

小さい頃からの口癖だった。
その夢をかなえた今。


両肩にずっしりとのしかかる里人たちの命…幸せ。

投げ出すわけにはいかない。


「聞いておるのか、ナルト!」

あ、じーさんばーさんまだいたのか。


「ん…ああ」

あからさまにいい加減な相槌を打つナルトだったが、ホムラの方もコハルの方も、ナルトが自分達に重きをおいていないとは夢にも思っていなかったので、恐れ入っている、と、受け取ったらしかった。

「里の復興が先決よ。里なくして幸せはありえん。」
「わかったな、ナルト。只でさえ、銭は足らんのだ。無駄遣いは出来ん。」
「それからな、回復の見込みのないものを、何時までも木の葉病院で治療させるわけにも行かんぞ。病床はたりんのだし、効率よくせねばなるまいて。」




里のために命を落としたものたちへの慰労金を無駄遣いと抜かしやがるか!
里のために身を削ったものたちを、邪魔者扱いしやがるか!


ナルトは表情を隠すためにさりげなく窓の外に顔を向けた。

人、なくして、なんの「里再興」か。
まず、人を幸せにするための「里」であるべきだろう。
その一点、最初のその部分からして、考え方が遠く隔たっている。
里人が一人もいなくなって木の葉の里と言えるかどうか、考えてみればいいのだ。


たくさんの…ナルトにとって意味をなさない言葉の羅列がナルトの耳をとおりすぎていったが、先生、という言葉に意識を引き戻された。

「火影となった以上、何時までも先生、先生、でもあるまい。カカシにも、楽をさせてやれ。あの体に仕事をさせるのは無理というものであろうが。」

言葉面からみれば、いたわりの言葉ではあったが、引退する、すなわち、火影であるナルトのそばから遠ざけられる、という意味である。


ナルトは拳を握り締めた。


そうでもしなければ、大声で怒鳴りつけてしまいそうだったので。





続く…

Update 2009.04.01