Agnus Dei
アニュス・デイ〜神の子羊〜


ほんの些細なことで壊れてしまう儚い器…
それを、底知れぬ妖獣をその身に飼う男は、丁寧に丁寧に辿っていく。
白い喉を…生き物の急所を躊躇いもなく獣の王にさらし、(あで)やかにのたうつ美しい男。
容赦なく身の内を肉の刃で抉れば、悲鳴を噛んで身を捩る、そのつややかさ。

          コレはオレに捧げられた供物。
          オレだけの、贖罪(しょくざい)の羊……








綱手の治療が中途で終わった所為で、背中の傷はまだじくじくと血を滲ませていた。
ナルトはそれを、丁寧に丁寧に舐め上げていく。
─痛い…ナルト、痛いって…!
そう苦情をいうカカシを、ナルトは、含み笑って取り合わない。
─ちょっと痛いくらいのほうがセンセ、好きだろ?それに、舐めときゃ治るっていったってばよ?
そういってうつ伏せたカカシの股間に手を入れてくる。
明らかに兆している其処を掴まれて、カカシは悔しげに唇を噛む…
が、背にぽたり、と汗以外の滴りを感じたカカシは、驚いて振り向いた。嗅覚が図抜けていい彼は、鉄錆くさいそれを…
「ナルト、血!」
「んあ?」
手の甲でぐい、と拭うが、それで止まる出血ではない。

カカシの表情がけむるように変わり、腰で上体を捻って起き上がる。
ぺろり…
滴る血を舐め取り、口元をナルトの血で染めて、に、と笑った。
─舐めときゃ治るんだったな?
─せ、んせい…!アンタ、いやらしすぎ……!
がばっと覆いかぶさってきたナルトを抱きかかえ、煽るのに成功した性悪な上忍は真っ白な喉を晒して、若い恋人の獣のような情欲を受け入れた…











男は腕の中に暖かい体を抱きこんだまま、蒼い目で天井を見つめていた。

過去への旅が彼にもたらしたもの。

それは決して優しいものばかりではなかった。

いずれ彼が長となるこの里の…えもいわれぬ闇。
支配層の傲慢。各一族の選別意識。

あれだけの忍を排斥する里の民の無慈悲さ…
カカシを見ていれば解る。彼の父がどれほどの忍であったか。
それを…

─ドベだったオレが苦労したのもしょうがねぇ。

男には似合わぬ仄暗(ほのくら)い苦笑を浮かべ、腕の中の白い(かお)を見下ろした。

「痛み」という名の恐怖の嵐が吹き荒れたとき、男は一人それに立ち向かい、命を楯に里を守りぬいた。

そうして漸く…それまで決して認めようとしなかった、この白い青年との関係を、里の上層部は暗黙に了解したのだった。

五人の火影さえ、手を入れられずに居た、里の、深い闇。
男の親友は、その闇に一族全てを飲み込まれてしまった…


しかし男の圧倒的な力は、その闇が飲み込むには巨大すぎた。
彼らは男を畏怖し、慰撫(いぶ)しようとした。

里の存続のために人生を狂わされた男へ…彼らが差し出したもの…

今は里でただ一人、凶眼を持つ白い青年…


        コレはオレに捧げられた供物。
        オレだけの、贖罪(しょくざい)の羊……



大切なものを次々に見送ってきた…己の命さえ、捧げることを厭わなかった…その上自分自身さえ?

この里が…それほどのものなのか…?


─ソウダトモ。ナニヲ タメラウコトガアル。イカレ。ニクメ。オマエヲ ソノヨウニ シタモノドモニ ソウオウノ ムクイヲ クレテヤレ…!─





男の腕の中で、白い青年はゆっくりと眼を開く。
そうして男が苦労の末押さえ込んだ筈の禍々しい深紅のチャクラが男の中で激しく渦巻くのを生々しく肌で感じた。





彼は自分を散々貪った男の腕からゆっくりと身を起こすと、指先で優しく男の頬をたどり、静かに、昔語りを始める…。





男に…、辛い幼年期を送らせてしまった苦い後悔をこめて…







たった一人で残された赤ん坊…
人柱力として、忌み嫌われるのはわかっていた。
たとえ、彼が四代目という英雄の息子であったとしても。

故にそれはかたく秘されたのだったが。
秘密は漏れる。それも、悲しい秘密だけが。

輝かしい火影の落とし種であることは忘れ去られたまま、人柱力であることだけが噂となり…。


「俺はお前の楯になってやりたかった。四代目が俺にしてくれたように…」

けれども既に四代目という後ろ盾を失ったカカシには、うちは一族と里の上層部の確執から逃れる術は無かった。

その時、唯一の写輪眼の持ち主となったカカシの身柄を確保したがった里の上層部は、彼を人柱力と関わらせようとせず、三代目が火影に再着任し、実権を握るまで、カカシはずっと…里に戻ることは叶わなかった。


彼の腰を腕に抱いたままの青年の、汗にぬれた厚い胸に額をよせ、カカシは遠い目になる。


「10年ぶりに戻った里は…お前が居るって言うだけで、俺にとって大切な場所になった…」

それまでは、只単なる、生まれた土地でしかなかった。
大切な人、懐かしい人、それらを、決して守ってはくれなかった里を、どうして愛せただろう。

「けど、火影になる、と目を輝かせたお前を見て、俺は自分がいつの間にか守られるのではなく、守る立場に立っていることに…情けないけど…その時やっと気付かされたんだよ。」


守ってもらえなかった、庇ってもらえなかった…
なら、自分が守ればいい、庇える力を持てば良い。
自分にはそれが出来る。

だからこそ、自分が居なかった十年近い時間、この少年が、どんな日々を送ってきたかと思うと…


「だから、ナルト、俺は…」
「し…センセ、だまって…」
「…」
「もう良いってばよ…」
いつの間にか、彼よりもずっと大きくなったかつての赤ん坊は、そういってカカシの顎を救い上げると、長い口付けで、彼の哀しい追想を遮った。


彼のなかで荒々しく渦巻いていた紅いチャクラは、カカシの穏やかな声を聞く内に何時しか静かに()いでいた……











「カカシ先生、これ…」
そういってナルトがカカシに差し出してきたのは、あの日失ったと思ったドッグタグだった。
「な…お前…!」
これがそもそもの原因…
これのせいでナルトを失うところだったかと思うと、カカシは思わずナルトの掌からそれを奪い取ると振りかぶって窓に投げようとした。
「ととと!だめだってば、オレが苦労して拾ってきたのに…!」
「………」
「思い出の品だろ?大事なもんを粗末にしたら駄目だってばよ…?」
「……くせに……」
「あ…?なんだって、先生…?」
「気にしてた…」
「…ん?」
「気にしていたくせに…」
「ああ?そりゃ、気になるってばよ。カカシ先生の過去だもんな。どんな綺麗なおねーさんのいわくつきの品物か、しれたもんじゃねぇし?」
「…!そ、んなんじゃ…」

にぱっと笑うナルトの笑顔は、もう既にいつもの彼で…

こいつを誰かに渡せる、と考えていた自分の傲慢に、カカシは漸く思い至った。


─こいつを俺から獲ろうと思うのなら、俺を殺すくらいの覚悟で来てもらわないとな…!
やっと自分の気持ちを素直に受け入れることができる…
カカシはいつもの笑みを浮かべるナルトの口に、少し口、開けろ、と、自分のそれを重ねていった。


……



ナルトの大きな手がカカシの腰を硬く抱きしめ、もう片方の手が尻をわり、散々蹂躙されて熱を持つ部分にのびてくる。


「…!ナ、ルト…お前…まだヤル気か…?」
さっきは散々煽っておきながら何たる言い草、と、ナルトは鼻を鳴らしてその苦情を却下した。
「ほら、オレってば若いから…!」
「…っ!俺はおっさんなんだよ!もう、無理!」
「無理かどうか、ちょっと確かめて見させて?」
「ちょ…!」
ナルトの強い手が、カカシのひきしまった足首を捕らえて大きく割り開いた。
そこはカカシ自身のものと、ナルトが出したもので…
「うお…!!エロい…」
眺めだと言い終わる前にカカシの拳が飛んでくる。

あえてゴツンと殴られてやって、いてて、と泣き言を言って…抱えた白い足に歯を立てる。

「あ……!う!」
それだけでこぼれる声を堪能しながら、ナルトは俺ってば幸せもんだ!と年寄りくさい感想を漏らし、またその恋人に拳骨をくらった。

そうして…

あきらめて力を抜いた気難しい恋人の中に、ゆっくりと分け入りながら、この人は決してオレへの(あがな)いの供物ではないと思った。




それは…



闘って戦って戦乱に()み、平和を命をかけて願った彼に与えられた…
神の子羊(アニュス・ディ)……





Agnus Dei, qui tollis peccata mundi:
 miserere nobis.

世の罪を取り除きたもう神の子羊よ
 我らを憐れみ給え

Agnus Dei, qui tollis peccata mundi
 dona nobis pacem.

世の罪を取り除きたもう神の子羊よ
 我らに平和を与えたまえ



end
Update 2009.02.28