◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
なんだ、綱手、わしにプレゼント…?ってなんだったかの?
誕生日…?
あ、そうか、忘れとった、そうか、覚えていてくれたとは、嬉しいのう!
そうだのう…
おお、そうだ、おぬし、霧隠れの温泉に行きたいと言っておったろう!
ならば一緒に温泉に……
!!!
待て、待てというに、なにも一緒に温泉につかろうとは言うとりゃせん……
誤解だ、違うというに、落ち着け綱手〜〜〜〜!!!
─破壊音の後、フェードアウト…
◇◆◇
「シズネ。ちょっとカカシを呼んでくれ。」
執務机から顔も上げずに綱手にそういわれた愛弟子は、もの言いたげな表情をしながらも、黙って頷いて部屋をでていった。
久しぶりのオフ、ベッドで惰眠をむさぼる、という、きわめて非建設的、ある意味健全な時間の使い方をしていたカカシは、連絡鳥の姿を窓に見、暫くベッドでぼうっとしたまま動けなかった。
◇◆◇
「あれ?シズネのねーちゃん、ばーちゃんは?」
火影室に入ってきた大柄な青年に見下ろすように尋ねられたシズネは、これも師と同じように机から顔も上げずに、外出中よ、と答えた。
嘘はついていない。
言いたくないなーと思う事があるだけだ。
だが、この若者の真っ蒼な瞳に覗き込まれると黙っているのは大変なのだ。
「カカシ先生もいねーんだってばよ。久しぶりの休み、部屋の掃除でもしてやっか、と思って覗いてみたら、寝てた跡はあるんだけど…」
「………」
「なあ、知らねぇ?」
「…カカシさん、任務がはいったのよ…その…綱手さまの…護衛任務が…。」
「…へ…?」
◇◆◇
「………なんでここにカカシまでおるんかいの…?」
じろり、と、師の師である偉丈夫に質量のある視線を向けられ、カカシは面の下でこっそりとため息をついた。
◇◆◇
霧の隠れ里の秘湯は、秘湯というには余りにも有名で、そこが秘湯といわれるのは偏にそこまでの道のりの厳しさ故であった。
しかし、それも一般人を基準にしての事。
三忍である自来也や綱手はもとより、彼らよりずっと若いカカシにとって、厳しいという基準の範疇には入らない。
カカシは火影護衛という事で、暗部装束で傍らに控えていた。
火影の傍ら。
絶景の露天風呂の…入浴中の火影の。
勿論、綱手は浴衣を着ている。
「綱手。お主、着物を着たまま風呂に入ってどうするんだ……?」
他意が有りそうでなさそうな、微妙な感情を乗せた自来也の声が、しかし心底不思議そうに綱手にかけられた。
こちらはいっそ潔く素っ裸だったが、綱手がこぶしを握ったので、しぶしぶ腰に手ぬぐいを巻いている。
綱手はプイ、と、そっぽを向いたままだったので、自来也は先ほど睨みつけた事を忘れたかのように孫弟子に視線を向けた。
自来也は博識であったが、その知識の方向性に偏りがあることは自覚していたので、更に広範囲の知識を有する孫弟子に回答を求めたのだ。
「綱手さまが着てらっしゃるのは浴衣…の原型の湯帷子(ゆかたびら)ですよ。もともと、昔は大勢で湯につかるために、人目に肌を晒さないように、湯で着る着物なんです。なにも…」
休みで寝ていたのをたたき起こされたカカシは、最後に一言付け加えずにはおられない。
「自来也様と一緒だから着られているわけじゃありません。」
「…お主…いうようになったのう。ミナトに似てきとりゃせんか…?」
カカシは、先生ならそんなもんじゃ済まなかっただろう…と、心の中で思ったが、賢明にも黙っていた。
そして。
綱手の視線が、そっぽを向いたふりをしながらも、ちら、ちら、と、肘のあたりからぷっつりと切断された自来也の左手に注がれていることも。
しっかりと包帯を巻かれていてよくわからないが、出血するような傷は治っているらしい。
だが自来也は、一流の医療忍者の綱手に傷を見せようとはしなかった。
一連の騒動が収まり…
随分たってから帰還した自来也のやつれぶり。
ようやく、心配し続けたナルトやカカシの前には姿を見せてくれたが、それからしばらく、痩せた体が戻るまで、綱手には会おうとしなかったのだ。
カカシには其の自来也の気持ちがよく理解できた。
火影で、木の葉一の忍び。といっても綱手は医療忍者。
必然的に戦闘で命をやり取りする自分たちとは違う。
どんなに強い、女丈夫でも、彼女は暖かく優しい女性なのだ。自来也の負傷をみて辛い思いをするだろう、自分を責めるだろうというのが自来也の想いやりであったのだが。
カカシには手に取るように分かるその自来也の想いは、しかし綱手には今一つ伝わっていないようで、木の葉に帰還後、中々自分と会おうとしなかった自来也に、不安を募らせていたらしい。
間に入ったカカシはたまったものではなかった。
カカシには綱手の心配もわかる。
自来也の思いやりもわかる。
なんでこの二人は自分を通訳に感情のやり取りをしようとするんだ、
と、ときどき真剣にキレそうになった。
相手を思うあまりに腰砕けの男と、過去のトラウマで意気地なしの女の恋愛は、はたから見ていて地団太を踏みたくなるくらいにじれったかった。
………
俺はカカシ先生が好きなんだってばよ!
その。
そ、その。えーと。
そ、そう言った意味で…!
こぶしを握りしめ、湯むきしたトマトのように真っ赤になって叫ぶように自分に告白してきた可愛いオトコの事をカカシは思い出す。
”そう言った意味で”…
どこで覚えてきたのか其の言い回しは、あいつにしては上等の口説き文句だった。
カカシは犬面の下でふ、と口元を綻ばせた。
が。
でも俺はまだあいつに答えを返していない。
返してやっていない。
カカシは眼を見張った。
俺は自来也様たちをじれったい、と思った。
でも。
自分のやっている事は。
ナルトのあのまっすぐな想いに包まれて、気持ちよく揺蕩っていたいという自分は、二人以上に…ずるくはないか。
答えを返して、今までの、心地よい距離感を壊すのが怖い。
あいつは踏み出してくれたのに。俺の方へと。
任務中に自分のもの思いにふけってしまっていたカカシは、綱手の声で我にかえった。
「カカシっ!何をぼんやりしているっ!自来也を押さえておかんかっ!」
聞き返すこともなく、とっさに逃げを打った自来也を正面から抱きとめる形でおさえこんだ。
「……何事ですか…五代目…」
「こらっ!離さんか、カカシ、お主と抱き合っても始まらんぞ!のう!」
「こいつがアタシに怪我を診察させんのだ!」
この二人は…恋愛未満どころか…
「お友達からやり直したらどうですか、二人共っ!!」
と、カカシがキレるのとほぼ同時。
「エロ仙人ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!俺のカカシ先生になにしやがってるんだってばよぉーーーーーーーーーーーーーー!!!」
叫び声とともに、爆弾のような曾孫弟子が飛び込んできた………。
◇◆◇
「なあ。カカシ先生。」
「……んーー?」
綱手に便乗して、二人でそのまま湯治としゃれこんだカカシとナルトはコバルトに染まった湯の中で、のんびりと体を伸ばしていた。
まるで春先の空のように、蒼く白濁した珍しい湯は、お互いの股間の事情を隠すのにちょうどよかったようで、カカシもナルトも妙に緊張せずに互いの隣で寛いでおれた。
「エロ仙人とばーちゃんってさ。」
「うん」
「お互い好きだってのが俺たちにだってわかるのにさ。」
「…うん」
その手の事に疎いナルトにまで分かる……よな、あれは。
「なんで恋人同士にならないんだってば…?」
「大人…の事情…ってやつ…?」
答えながら、いい加減な事を言っているな、と、カカシは自分でも思った。
恋や愛に大人も子供もないのだ。
相手を幸せにして、それによって自分も幸せになる。
恋愛とはそう言ったもののはず。
ならば、恋をうしなったとて、新たな相手と新たな恋をして悪いはずがあるまい。
男のカカシには綱手の逡巡も、痛みも、想像はできても理解はできない。
ましてや自来也には。
「エロ仙人がガツンと言っちゃえば良いんだってばよ。ばーちゃんの好きだったヤツごと俺がどーんとうけとめてやっから、嫁にこいって。」
カカシはびっくりして隣のナルトを見やった。
「ばーちゃんはつえぇけど、女だしさ、女は、忍でも、やっぱ、男がまもってやりてーだろ?エロ仙人はそう思ってても、そう思うのがばーちゃんに失礼かも、とか、色々グダグダ考えてて……どんどん拙い方に進んじまってる気がするってばよ。…って…ナニ?カカシ先生?ナニ笑ってるんだってば?」
「……いや、びっくりした…。言うねえ。お前も。わかってるじゃないの。」
「カカシ先生もそう思うだろ?」
「……まあね。でも、歳をとると…色々抱えてきてるものをそんなに簡単に相手に預けられないのよ。綱手さまは火影でもあるし…」
「……」
「……ナルト…?」
カカシはナルトに急に覗き込まれて思わずのけぞった。
「先生もそうなんだってば?」
綱手と自来也の話じゃなかったのか…!?
いきなり回ってきた自分への質問にカカシは思わず黙り込んだ。
「中々返事、くれないのは…まだ、俺に色々預けたりするのは…頼りねぇ?」
ナルトの大きな瞳に、情けない自分が写りこんでいる。
やめて…!
こんな情けない…泣きそうな顔をしてる俺を覗き込んだりするな…!
「……違うよ。そうじゃない。そうじゃなくて…」
「………なら…」
ナルトの綺麗な蒼い眼が更に近付いてきた。
「……スキ…?」
こ、こいつ!
どこでこんな手管を覚えてきやがった!
と、憤慨した時にはすでに、ナルトの…大きくなった手が両肩をつかみ…
熱い息がカカシの唇をふさいでいた。
◇◆◇
温泉街の茶店で団子を食いながら、綱手の買い物に付き合わされている(仮にも護衛任務、そばを離れるわけにはいかないのだ)カカシを気の毒そうに見ていた自来也は、なあ、なあ、と、曾孫弟子に肘で脇腹を突っつかれてなんだ、と振り返った。
「エロ仙人ってば、ばーちゃんをちゃんとゲットできたってば?」
「んーーー??んっふっふっふ…」
「なんだてば、そのイヤラシイ笑い方」
「内緒だ!」
「へーーーー失敗したんだ…」
自来也はがっくり首を折った。
「なんでわかるんかのぅ、お前に…」
「ばーちゃんが楽しそうだからさ…」
「………そ、そ、それってどういう意味だ!?」
「あー、それがわかったら、ばーちゃんはエロ仙人の奥さんだってばよ!」
なんだとぅ!
と大声を出す自来也を置き去りに、ナルトはカカシ達の方に走り出した。
女心は複雑だ。
でも、ナルトには、自来也に口説かれている綱手がこの上もなく、楽しそうで幸せに見える。
恋人同士になったら、もう口説かれたりしなくなるのなら。
今のまんまでいつまでも追いかけてもらいたい。
そんな、綱手の気持ちが、今ならナルトにも分かった。
今断られても、俺を好きになってくれるまで、いつまでだって追っかけまわすってばよ!俺があきらめ悪いのは先生も知ってるだろ?
そう宣言した、ナルトに見せた、カカシの、幸せそうで……照れくさそうな、笑み。
「カカシ先生、ばーちゃん、昼飯くいにいこーぜ、エロ仙人のおごりでーー!!」
「ちょっとまたんかいっ!なんだとぅ!!わしの誕生祝いはどーなったんだーーー!」
霧隠れの里は、その日、珍しく、天高い、秋晴れの空が広がっていた。
end
Update 2009/11/15