その手を離さない
「ナルト、待て…!」
その時、肩に置かれた上忍師の指の長い…白い手。
「だって先生、サクラちゃんが!!」
「カカシっ!サクラがやばいだろうがっ!」
焦る少年たちを両脇に抱え寄せ、
「心配いらないーよ、俺がついてて…サクラに怪我なんかさせない…!」
「カカシ!」「カカシ先生!」
信頼をこめて見上げた、その人の笑顔。
「よし、フォーメーションBだ、サスケ、左っ ナルトは上っ!!」
「先生はっ?」
「俺は…正面だ!」
行けっ!!
この人と一緒なら。
このチームでなら…!
一心不乱に前だけを向いて戦える…!!
信頼できる友と。
敬愛する師と。
共に闘う事の出来た、幸福な時間………
◇◆◇
………ナルト…?
小さく呼びかけられて、ナルトはしばしの もの思いから覚めた。
ベッド脇の椅子に座ったまま、ぼんやりと窓の外を見てしまっていたのだろう、横たわるカカシが少し心配そうに見上げてきていた。
そっと、ひじにカカシの手が延ばされる。
「…お前、そんなに何時も何時も見舞に来なくていいんだぞ?いつものチャクラ切れで…寝てりゃなおるんだから…」
そう言いながら、優しく腕を撫でてくれる、その人の…変らぬ白い手……
─あの頃は……オレのすべてを其の手の上に乗せてるように見えた…大きな手…だと思った…
その人の手。
白く、指の長い、爪の形のとても綺麗な…美しい手…
そっと手首をとって持ち上げてみる。
………?
怪訝そうな顔をするカカシに笑顔を向けて、ナルトはその手を握る。
「先生の…グローブはめてない手ってのも珍しいってば…」
「…?そう?」
「………センセ、……手、ちっさくなってねぇ……?」
手のひらを合わせて比べてみる若者に、横たわったカカシは思わず苦笑した。
「俺の手が小さくなったんじゃなくて、お前の手が…ってより、お前がでっかくなったんでしょ…」
「……そっかなーー。先生の顔なんて、片手で掴めっちまうってばよ?センセってこんな小顔だったってば?」
そう言いながらナルトはカカシの頬に手を伸ばした。
く、く、く、とのどの奥で笑う…大事な上忍師。
「生意気なこと言うねえ…。懐の広さでは、まだまだ俺の方が上だろ?!」
「男っぷりでは、既に俺が、上だってばよ…?」
それって、基準はなんなのよ、と、呆れる上忍師と笑い合いながら、この穏やかな時間を、かけがえのないものだ、と知る自分は…
◇◆◇
ナルトの遠い視線を追って、こいつは、とカカシは考える。
何も持たず、与えられず、それでも懸命に、たくさんのものを守ろうとしてきた。
決してあきらめることを知らない、強い魂の、その熱が、冷たくなりそうな自分を何時も温めてくれる。
預けた片手から、若者の暖かく強いチャクラの流れを感じ取る。
強く、逞しくなったかつての教え子に、今の自分がしてやれることは一体何だろう…
─そんなもんがあるとも思えないねぇ…ちょっとそれは悲しい現実ってやつ…、かな…?
そんなことを考えていたカカシは、ナルトがじっと自分を見つめていたことに気付かなかった。
◇◆◇
自分に預けたままになっているその人の手をそっと握り締める。
激しい戦いを、戦い抜いてきたはずのその手は、意外なほど、華奢に見えた。
本人に言えば、機嫌を悪くするのがわかりきっているのでナルトは口には出さないけれど…。
……先生の生徒だったころ。
この手は魔法の手のようだった…。
印を切るスピードも、技を繰り出す速さも…とても人のものとは思えなくて。
魔法をつむぐ手…
「……ナニ…?」
その聞き方が子供のようで、ナルトは思わず笑みを浮かべる。
「センセってさ、器用貧乏っていわれたこと、ねぇ?」
「……いやなトラウマをえぐるね、おまえ。」
「わはははは やっぱあるんだ…?」
「うるさいよ。なんだよ、不器用貧乏!」
「……なんだってば、それ!そんな言葉ねぇってばよ、先生がそんないい加減なこといっていいってば?」
「…造語、って言う言葉知ってるか、ナルト?言葉は日々、進化、変化してるんだぞ!器用貧乏ってのがあるんなら、不器用貧乏があって悪いわけないだろ?」
相変わらず達者な口だなあ、と、呆れる若者に、更に何かを言おうとするカカシの、その手を、不器用貧乏なかつての生徒が握りしめた。
「センセも俺も、昔っから結構ひでー目に会ってるよな…」
「……ナルト…」
「でもさ、でもさ、今こうして、笑ってられるのって、すげーことだって…そう思わねぇ?」
たくさんの仲間が……友が、師が、失われ、二度と戻らない。
「無くしたモノを考えるよりさ、今、こうしてセンセの手をとっていられることが、俺、嬉しいって思うんだってばよ…」
そう笑う若者に、ベットに寝たきりの、上忍師は、痛ましげなまなざしを注ぐ。
「そんな顔すんなよ、先生。俺は……」
この手を。
戦う事も、愛しむ事も知る、この手を失わずに済んだのだから……
大切な友人だと…兄弟と同じだと…思っていた男がいた。
共に闘い、背を預け合い…
道が分かれた後も、なお思いは残り。
◇◆◇
「……ナルト……」
大切に育んできた思いがあった。
これから育っていく、魂があった。
情熱のすべてで育てた子供たちがいた。
そのすべてが、彼の手からこぼれ、二度と戻ることはない…
けれども。
カカシは逞しく成長した教え子の頬をそっと指先でたどる。
かつては丸く柔らかかったそれは、今は鋭角にそげ、そのりりしい風貌は、美貌をうたわれた彼の父親の面影を色濃く映している。
自分がサクモと時折間違えられるようになったのと同じように、あの偉大な火影をこの若者に見る者もたくさんいるだろう。
─…お前なら、四代目を超えられる…その想いはあの頃と、少しも変わらない…どころか、ますます強くなった…
自然と笑みがこぼれるのを若者が見とがめる。
◇◆◇
ベッドの上の上忍師の、浮かべた笑顔をどう表現すればよかったか……
訳もなく、唐突に 不思議な恐怖にかられて、ナルトはとっさに掴んだ手を引き、強引に抱きしめていた。
「ちょっ!ナル…何すんのよ、イタイって!!」
「………!!!」
「………ナルト…?」
肩口で怪訝そうな顔をする上忍師に気付き、ナルトは慌てて体を離した。
「先生は…いなくならないよな…?俺のそばで、いつも説教していてくれるよな…?」
………
カカシは微妙な顔をして笑っている。
「……なあ、ナルト。それって感動的な、弟子から師への愛情表現なんだよな…?」
「……え……?」
「……微妙に腹が立つのはなんでだろうな……?」
「……えっえ?ええ?」
「……ああ、ずっとお前の隣で『いつも説教』していてやるさ!分かったか、この粗忽者!!」
こめかみを拳でぐりぐりされてナルトはいてててと悲鳴を上げながらも笑いだした。
木の葉隠れの里も、人々も。
どんどん変わっていってしまう。
けれども、少しも変わらないものもある。
「お前、いくつになったんだ!!いい加減に考えずにしゃべる癖、直せ!!馬鹿がばれるぞ!!」
……馬鹿に見える、じゃなくて、ばれるんですか……センセェ、それってひでぇ…
「馬鹿だってのは大前提なんだってば?」
そう拗ねて見せても、鼻をつままれて、笑い飛ばされる。
この人の背が、大きく、とてつもなく遠い所にあるように見えていた、あの頃と、それは少しも変わらない。
暖かいまなざし。
長い指をした白い器用な手。
変りつづけるもの…。
変らずあり続けるもの。
けれども。
繋いだ、この手だけは、決して離したりはしない…
ナルトは、上忍師のひやりと冷たい白い手を、握る手に力を込めて、改めて己に誓うのだった。
end
Update 2010/04/25
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