それぞれの記念日



「カカシ先生!」

明るい声で呼びとめられて、カカシはのんびり振り向いた。

「ん?サクラ、どうした?」
「ナルト、知りません?昼から約束してた買い物、ちょっと行けなくなって…」
「…おや、デートのキャンセル?」
カカシの返事が一瞬間が空いたのを、幸いにもサクラは気付かなかったようで、
「そんなんじゃないですよ!今日って父の日でしょ?ビールくらいは買ってあげようと思って、アレ、重いし…、ナルト、ああ見えても力、あるから…」
「ああ、荷物持ち…っていうか、お前の方がナルトより、力、あるんじゃ…げほっ!!」

エルボーを綺麗に脇腹に決められ、カカシは思わず前かがみになった。

「カカシ先生、なんていったんですか、ちょっと聞こえなくて。」
「……なんでもないデス…」
「そんならいいんだけど、どこ行っちゃったのかなっ、すっぽかすと後でスネるし…」
サクラのそのいいように、カカシは笑いながら、
「顔岩の方に行ったみたいだったから…俺が、用を済ませてから言っといてやるよ。お前、サクラに振られたぞ、って」
穏やかな笑顔でそう言われ、サクラは笑いながら、
「振るもなにも…アタシは独り者だけど、人のモノに手を出したりしませんよーだ!」
華やかにあっかんベーと、舌を出して走って行った。


──人のもの…?人のものってナニ…?、それっていったい……???

カカシは一人で目を白黒させながら、その場に立ち尽くした…









ナルトは、火影岩の上から、元の姿を取り戻し始めた里を見下ろしていた。


──父ちゃん…ごめんな…。父ちゃんが命がけで守った里、こんなにしちまった……


四代目の火影岩に座り、膝を抱えながら、暁来襲の緊張がウソのような、再建の槌音の響く里をじっとみつめていると、自分が四代目の息子だったなんて、何かの間違いだったのかも、という気がしてくる。

でも、あの時、確かに、倅と呼んでくれた。

八本まで出てしまった九尾の尾を、また封印してくれた…そんな風に、準備していてくれたんだ。


──四代目の息子の名前に恥ずかしくない、忍びになんねーとな。


誰も、知らなくてもいい。
自分の胸の中で、波風ミナトの遺児として、親父を超える忍びになってやる、と誓ったのだ。

……四代目火影を超えるのはお前しかいない、と、俺は信じてるよ……

ふと、あの人の言葉がよみがえる。


──あの人は知ってたんだろうか…?俺が……

あの人は四代目の弟子だったと聞いた。
俺が師匠の息子だったから、俺のこと……?


──そんなはず…ねぇてっば…


暖かな日差しに背を温められながら、しかしナルトは自分の膝に額を埋めた…。









里のはずれにある、はたけ家の墓所は、雑木や、下草があたりを覆い尽くし、もの寂しい風情で、たった一人残った跡取りを迎えた。

カカシ以外に縁者もおらず、別に粗末にするつもりはなくても、里の看板上忍として任務に追われる跡取りは、もう何年も墓参りに来ていなかった。


「父さん…母さんにあえたころかな…?」


どのくらい…ああして…火を見つめてあそこに座っていたのだろう。

「俺があそこに行かなかったら、まだ、座ってたんだよね…きっと。」

ため息をつきながら、カカシは墓掃除を始めた。

「頑固だからなぁ、父さんも…。俺だってもういい年なんだから、そんなにいつまでも…根に持ったりしてないのに…」

答えを期待しない独り語りで、カカシはあたりの草をむしり始めた。


「確かに、なんだかんだと、イタイ目にもあったし、寂しい想いもしたけどさ…」


自分には最高の先生がいた。かけがえのない友人がいて…そして今は…


「ドタバタ忍者の面倒を見ないとならなくて、とてもじゃないけどいつまでも父さんに恨みつらみを言ってられる場合じゃないって…!」


父さんの事を誇りに思っていると、伝えられてよかった。


「父の日なんて、意識したのはもう何年ぶりだか…ホントに…親不孝息子だよね。」


綺麗に磨き上げた墓石をなでながら、カカシは笑顔になった。

「今度からは、こんなに草ぼうぼうになる前に、手入れにくるよ、父さん」


空になった桶を片手に、山積みの下草を火遁で始末し、カカシはゆっくりと墓所を後にした。












……去年まで…父の日とか、そんな家族の記念日など、まるで無縁に生きてきた。


母に贈るカーネーションがうらやましかったのはずいぶん前の話だ。


いなくて当然だった、その温かな存在を知ったのは…

「死んじまってから16年もたってからだったってばよ……」



膝に顎を乗せ、下唇を噛みながら、せんない事を言い募っている自分を、ナルトは女々しいと自覚はしていたのだ。

だが、いきなり現れた…すでに亡くなっているとはいえ…父親の幻影は、若いナルトの心に大きな波紋を投げかけるに十分で。

偉大な父親。

里の英雄だった、稀代の忍び。



あの人は、俺の事、師匠の息子だと知って…?それで…?

四代目の息子なら、優秀な筈だと…?


「なら、俺のアカデミーの成績みてびっくりしただろうなー。」

お世辞にも優等生でなかった自覚のあるナルトは、苦笑しながらそうつぶやいた。
…すると…


「誰がびっくりしたって…?」



独り言に返事を返され、ナルトは慌てて振り向いた。


勿論、今のナルトの背後を取れるのは、里でもこの人だけだ。



「こんなとこに上るのは何年ぶりだ…?振られん坊のナルトくん…!」
「……な…なんだって、先生、振られん坊ってなんだってばよ。」
「サクラとデートだったんだろ?予定変更で、キャンセルだってさ。」
「……デ……!!!!ち、ち、ちがうってばよ!!!」
「…ん?」
「あ、あ、あんなサバイバルなデート、あってたまるかってばよ!!」
「…あんなって…初めてじゃないの…?」
「いや、その、そうじゃなくて…!いや、そうだけどさ。先生、女の人の買い物に付き合った事ねえだろ?」
「……ないねぇ…?…でも、アスマがそう言えば…紅の買い物に付き合わされて…翌日へばってたっけ…?」
「そうだって!アスマ先生なら、分かってくれるってば!ビール買うって言ってたけど、それって、自分の買い物のついでだってばよ?」
「…?」
「…『ナルト…!春もの一掃処分セール、突撃するわよ!後方支援、お願いねっ!!ついでにお父さんにビール一ダース買うから!5人ほどに分身してね!』ってご指名だったんだってばよ!」
「……5人…?」
「……クリスマスセールの時は10人だったってば……。一楽のラーメン一杯じゃ割にあわねぇってばよ。…あんなデートあったら男、辞めたくなるってばよ!」
情けない表情で必死で弁明するナルトに、カカシは思わず噴き出した。

「サクラも女の子なんだねぇ…」
「サクラちゃんと出かけて体力使わなかったことなんて…ねぇってば…」
「はははは!昔からナルトはサクラに弱いからなあ…!」

明るい上忍師の笑い声に、ナルトは眩しげにそのすっきりとした横顔を振り仰ぎ、ゆっくりと立ち上がった。

額にうっすらと浮かぶ汗が、六月の日差しにきらきらして綺麗だと思う。


「デートって、こういうのを言うんだろ…先生…?」

ポケットに突っ込んだ手首をとらえてひっぱると、ナルトはそっと口布に手をかけた。

「……お前…とんでもない場所でナニしようとしてるんだよ…」

一つだけ見えている瞳を三日月型にほほ笑ませて、その人は…ポケットに手を突っこんだまま動かない。

まだほんの少し背が届かないのが悔しくて…

口布をひっぱってやった。

「こらこらこら…破れるでしょ…よしなさいって…」

ひっぱられるまま、少し腰をかがめたその人を抱え込んで…


「先生の父ちゃんって…すごい忍びだったんだろ…?」

そう小さく聞いていた。

「知ってるの…?」
「我愛羅んとこで…聞いたんだ…」
「そうなんだ…」

少し腰をかがめた中途半端な姿勢のまま、その人はナルトの大きな目を覗き込んだ。

「親がどうであれ、俺は俺だし、はたけカカシという人間以外になりようがないよ。はたけサクモの息子、っていうのは俺の属性のひとつでしかない。はたけサクモの息子であるのは事実。だからどうだって?息子はコピーじゃないし影分身でもない。生きてる限り、どんどん前に進んで…いずれ、親を超えるもんさ。」
「…先生…」
「お前も、だよ、ナルト。お前はお前だ。それ以外の何者でもない…」

ナルトは、その人の言葉がやさしい響きで自分の中をゆっくりと満たしていくのを泣きたい想いで味わっていた…

胸に満ちたものを、でもどう言葉にしていいかわからない少年は、日に焼けた大きな手指で、白い顔を半分覆う口布をゆっくりと引き下ろす。

「四代目って…どんな先生だった…?」

ナルトは、そう小さく聞きながら、白い頬を両手ではさんで、そっと顔を引き寄せた。



六月の日差しは、火影岩の上に、惜しげもなく降り注ぎ、二人の足元に濃い影をおとした……










あまたの子供たちは、それぞれの親を超え、己が戦いを戦って、勝ち、或いは敗れ、日々、生きていくのだ。


それは、木の葉の、二人の英雄の息子たちも、また、同じだった。



終わり

Update 2009.06.28