明け烏
〜後篇〜



若い火影の一撃が、その暗部の差配の命を奪わなかったのは、その男が、全く抵抗することもなく、まるで待っていたかのような様子に気付いたからだった。


弾けとんだ鳥面の下から現れたのは…
顔の反面をすだれのように切り刻まれた、暗い男の顔だった。病床の青年より幾つか年上だろうか…
傷のない半顔は、整っている、ともいえる容貌だけに、傷がより陰惨な影を男に落としていた。



しかし、その拳で若い長の怒気が納まったわけではなかった。




「暗部は部下を守って動けなくなった嘗ての仲間にそんな扱いをすんだ…?それが暗部ってもんなんだ…?あぁ?あんた、差配なんだろ、なんとか言えってばよ…?」


あまりの怒りに、かすかに声を震わせて、拳を握った若い火影を、病床から、組しかれていた青年が止めた。

「ナルト、いいって。なんでもなかったんだから、そのくらいにしておきなさいよ。殴って気がすんだろ…?」
「……なんでもなくはないだろ、先生!!暗部って、こんなヤツばっかなのかよ…?」

「……だから、解散したってわけだ…火影さま…」

尾獣のチャクラを溢れさせる火影に臆する事もなく、男は折れた歯を吐き捨てながら立ち上がった。

「暗部は解散したんだ。アンタがそうしたんだろう。俺はもうアンタの部下じゃない。そいつは俺の昔馴染みだ。餞別代りに体を要求したがそれがどうだって言うんだ。小娘みたいな嫉妬はみっともないぜ、火影様」

「………」

若者は歯を食いしばって何も言わない。

「鴉!!余計な事をいうな!」

あられもない格好のまま、寝台から青年が叫ぶが、カラスは止めなかった。


「俺たち暗部にとっちゃ、己の容貌も武器の一つだ。俺みたいなご面相の人間は別だがな。そいつみたいに見目良く生まれついてるものは、自分の全てでターゲットを引っ掛けるんだよ。そうやって汚い仕事を俺たちがやってきているお陰で里は平和だ正義だと浮かれていられるんだ。
アンタみたいなお子様にはわからないかもしれないがな…!」

六代目火影は、何も言わない。

「…いい加減にしておけッ!鴉っ!!」


病床の青年の切羽詰った声が聞こえ、あんな事をされてもまだ自分に情をかける昔馴染みに…

男はあるか無しかの苦笑を浮かべた。

若者が乱入しなければ、確かに自分は青年を抱いていただろう。



本来ならば、ここに火影が駆けつけるのは公私混同もはなはだしかったし、非難される行いかもしれなかった。
しかし、カラスと呼ばれた男にとって、火影がたった一人に執着して、私情に走る姿は…

─他の連中には内緒じゃぞ…?

そういって自分だけに稽古をつけてくれた三代目を思い出し…唐突に若い火影に親近感を持たせた。


火影は、みな傑物ぞろいだ…

この…今は青い洟垂れ小僧も、歴代のどの火影よりも大きな存在になるだろう…
その火影に最初に粛清される人間になるのも…わるくないな…


「言いたい事はそれだけか…?俺がお子様なのはしょうがない。生まれて直ぐにおっさんになれる人間なんていねぇんだからな。だけど、俺がお子様なのとアンタがカカシ先生にしようとしてた事は別だ。カカシ先生は嫌がってた。嫌がって…動けない昔馴染みに…するこっちゃねぇってばよ…」


本能が、咄嗟にカラスを後ろに飛び下がらせた。

しかし…

若い火影の攻撃は信じられないスピードでカラスを絡めとった。



─九尾チャクラ……!!!


心臓が焼け爛れそうな激怒の気配を纏うその濃密なチャクラは、極太のロープのように、カラスを締め上げ、身動きひとつ許さない。

そうして捕らえた男に、六代目はゆっくり歩み寄ってくる。
無言で喉元に伸ばされた大きな手。

チャクラで動きを封じ込められたまま、なす術もなく、カラスは六代目の手で喉を掴み取られた。




「ナルトっ!よせ、やめろッ、お前は手を汚すんじゃないッ!!」




寝台から必死で叫ぶ青年に、カラスは薄れる意識で苦笑した。


そうかよ、そうかよ。
お前が心配してるのは、やっぱりこの小僧っこなんだな…

しかしな、カカシ。


手を汚す事の無い火影に、里を守り続ける事が出来ると本気で思ってるのか…?
汚れ仕事を部下にすべてやらせて自分は知らん顔で口をぬぐうような、そんな火影で、いいのか、お前は…?


こいつに…お前の大切な火影に…逆らった部下を粛清する、という試練をくぐらせてやる。


それが…この新しい火影にしてやれる、俺の最初で最後の奉公………


しっかり覚えておけ。
人を殺す事の軽さと…重さを……!!





「カカシは…たいそう、具合が…よかっ…たぜ、火影さま…!!」



「………!!」


「ナルトーーーーーっ!!!!!!」






若い火影の片手に浮かぶ高速でうずまくチャクラの塊。

きいん、と、音の聞こえるそれが、片手で首を捕らえられ、だらりとぶら下げられた男の頭にたたきつけられる…

瞬間。





怒りに身を任せた火影を後から羽交い絞めに抱きしめたのは。





動けなかった筈の青年だった。


















「先生、そんなに、こいつが大事なのか…?」




病室の床にたたきつけられるように捨てられたカラスは、朦朧とする意識の中で、そうじゃないさ、火影さま、と、呟いていた。



自分の背からずるずるとくずおれた病人を慌てて抱き上げた火影は、寝台に運んでその顔を覗き込んでいる。



「ナルト……」

「何処を触らせたんだってば…先生…!見せてみろよ!」
「ナ…ル…!!」


露わになっていた青年の肌を、さらに大きな手で開き、輪郭を確かめるように辿っていく。

「ここ…?ここも…?こんなとこまでさわらせたの…?先生…!?」
「ちが…ナルト……」
「先生は俺のコイビトだってばよ。なんで他のヤツにそんな事させんだよ!」
「……っ…!ナル…!!」




あの小僧、何をやらかす気だ…!
動けないまま、カラスは意識を必死でつなぎとめた。




倒れたカラスの視線から死角になった寝台の上で、僅かに抵抗するカカシの気配と…


「……ナル…ト…!!おま…言ってる事とやる事に…違いがあるでしょうよ!ちょ…何する気だよ、おまえ…!!」
「消毒するんだってば!!」



消毒……俺はばい菌扱いか…
ため息をついたカラスは、なんだか憑きものがおちたような気がした。

今まで、自分が必死で拘った忍としての規範…
忍は人を殺し、自分を削って生きていくものだと、そういう考えに凝り固まっていたが、この二人はどうやらそれを叩き壊してしまいたいらしい。

俺のしようとしていた事は…この規格外れの火影さまには余分な…大きなお世話だった、ってことか…

三代目が逝ってから、ずっと一人、孤独に歩いていた闇の中の細い小道が、いつの間にか、大通りになり、人で溢れている…そんな不思議な感覚がする

六代目の拳が、カラスに張り付いていた死神を叩きつぶしたのか…


顔は腫れ、掴み上げられた喉は、つばを飲むのも痛むくらいで、良くぞ喉仏がつぶれなかったものだが、紗がかかっていたように霞んでいた景色が、いやにクリアに見える気がした。



「ナルトっ!馬鹿、おまえ、鴉がいるんだぞ!ど、ど、どこ触ってんだ!!」
「どこってカカシ先生の×××…」
「や、や、やめ…っ!! おまえ、鴉をなぐっておいて…自分は……!!」
「俺は先生のコイビトだろ?!!あのおっさんなんかと一緒にしねーでほしいってばよ!!」


おっさん…おっさんって…
そりゃあ、20歳(はたち)の小僧からみればおっさんかもしれんが、オレはまだ40になってないんだぞ…
カラスが起き上がるのを諦めて、ぐったり床に体を投げ出し、寝台の上で繰り広げられる馬鹿馬鹿しい痴話喧嘩を否応なく聞かされていると…



「うっ…ナルト…!!」


切羽詰ったカカシの声と、殆ど同時のように、寝台の上に金と緋の入り混じったチャクラが吹き上がった。

驚いたカラスが眼だけでそれを追うと。

病衣を全て剥ぎ取られ、白い体を晒して、カカシが緋金色のチャクラの中に絡めとられていた。

微妙に色の濃いチャクラが、カカシの体に絡み、ゆっくりと両足を開いていく。
頭上で両手を拘束され、両目を包帯で封じられた青年の白い裸形は、ひどく隠微だった。


チャクラの海に浮かぶ白い裸像。


火影のマントを脱ぎ落とし、ブロンズの見事な体をさらした若者が、チャクラの海の中に、白い青年の体を捕らえた。

青年の後頭部を大きな掌で掴み閉めるように抱え寄せると若い火影は噛み付くように口付け…
今は金色に輝く瞳を、ふと上げた。


倒れこんだカラスと視線が交わる。


カカシに口づけたまま、ナルトはにやっと…眼をほころばせた。


─コレは、俺の…もの……!誰にもわたさねぇ!



あからさまなその行為に…
不思議な事に…カラスは怒りも嫉妬も湧かないことに気づいた。




灼熱の火影の炎が、暗く淀んだカラスの諦念を焼き尽くしていく。




「あ、あ…ナル…ト…!」



無茶をするな…火影様…
何も俺のいる前でカカシを抱かなくてもいいだろうがよ…
ちったぁヤツのオトコの沽券も考えてやれよ…



カラスには解る。
あの青年をずっと自分のものにしておくためには、自分を磨き続けなければならない。
傍らに立つにふさわしい人間だ、と、証明し続けなければならないのだ。

…お互いに。

故に、時には、こうして、片割れに手を出そうとする相手に対してあからさまな牽制をしたくもなるってもんだろう…

俺にはとても無理だ。


「うっ、う、あ…」


胡坐をかいたひざの上に抱え込まれ、揺すり上げられて、息を詰めるカカシの白い背中を、ぼんやりと見やりながら、カラスはどうやら殺されずに済みそうだ、と思った。

そうして、起きたら新しい仕事を探すか、と、頭の片隅で考え、カカシへの昔馴染みとしての…武士の情け、で、さっさと意識を手放してやる事にした。



「カラスのおっちゃんはのびちまってるぜ、先生。声出していいってばよ…?」


そんな火影のお気楽な声を聞きながら…。



ち、勝手にしやがれ………







いつか…この若造の作ろうとしている国を…ほんの少しでも作るその手伝いが出来るのなら。

俺のようなものでも…太陽の元に踏み出せるのかもしれない…

それが、カラスの、生まれて初めてもった、夢、となった。













それから…何年か後。











「あら、シカマル、ナル…六代目とカカシ先生は…?」



その年の殉職者の追悼式の後、二人の姿が見えないのに気付いたサクラは、所在無げに書類を捲る火影補佐になんとはなしに訊ねた。

「多分慰霊碑だろ」
「え、なんで…って、殉職者に誰か知りあいでも…?」

戦死者を出すたびにナーバスになって困る、と、サクラは心配したが、シカマルは、

「ああ、ありゃ大丈夫だろ。(おくりな)をもってッただけだから。」
「…オクリナ…ってなに…?」
「死んだヤツに、贈る、称号さ。(いみな)とか諡号(しごう)とかいう奴だ。」
「戒名みたいなもん?」
「………ま、そんなもんだ。業績をたたえて、贈るヤツだな。」



サクラが何気なく覗いた、シカマルの手元の書類には一人の上忍の忍籍抹消記録があった。


コードネーム:『カラス』
出自:不明
年齢:不詳
本名:不詳

忍籍抹消理由:殉職。一般人の護衛任務中、子供を庇った事による。

特記:諡号(しごう)

八咫烏(やたがらす)



贈、六代目火影


end



Update 2009.04.24


補足
八咫烏(やたがらす)というのは、サッカーの日本代表のトレードマークにもなってましたよね、
太陽の中にいるという3本足の赤色の烏。また、太陽の異称、だそうです。

闇の中でずっと血にまみれて生きてきた一人の孤児が、ようやく、命を奪うのではなく、守るために自分の全てをなげだした、投げ出すに足る希望を見出した、
そんな対象としての六代目であって欲しいと思いました。

うん、思いっきり長門を意識してましたね(笑)
長門にとっての自来也が、カラスにとっての三代目。
そんな感じです。やさぐれていても、陰惨な任務についていても、カラスは、どこかで三代目から受けた情愛を感じていた。
だから、ひねくれていても、破壊者、復讐者にならなかった、それだけの違いだと思います。

そうして、ナルトの周りに影響を与えまくるポジティブ思考に捲き込まれ、よき協力者、理解者になった…と、いう話にしたかったんですが。
言葉足らずでした………

長編の方のお話にも、彼が狂言回しででてくるんですが、いきなり、唐突な登場だったんで、この番外編を伏線代わり、彼の紹介代わりに………(^^ゞ

オリジナルキャラクターは、ほんと、難しいです……

お付き合いくださってありがとうございました(#^.^#)