捨て猫
生き物なんて飼ってる余裕がどこにあるんだ?
一月の単独任務に出るカカシに、留守番のナルトは動物を飼いたいとねだってそうあっさり却下されてしまった。
一月も、ダイスキなカカシ先生に会えないのは淋しいし…
そうねだってみたのだが、
「お前もオレも任務にでたら、誰が世話をするの?生き物はおもちゃじゃないんだから、無責任な事するわけにいかないでしょ。」
上忍師の言う事はもっともで、さすがのナルトもそれ以上意地をはるわけにいかなかった…。
若い中忍の九の一たちが、ほろ酔いのまま居酒屋を出たとき、道の傍らに、大柄な若い男がしゃがみこんでいた。
酔っ払いが吐いているんだろう、と、遠回りして通り過ぎようとしたとき、中のひとりが、
「ちょっと、あれ、うずまき上忍じゃないの??」
「えー?あ、ほんとだ!」
その大柄な男は、金髪碧眼という派手な容姿と、なんの冗談か頬に三本線、屈託の無い笑顔と真っ直ぐな人柄がだれからみても気持ちのいいもので、今、売り出し中の若手であった。
おまけに、本人にモテている、という自覚も、モテたい、という野望もまるでない、ときてるものだから…
里の数々の妙齢の女性からロックONされていたのだが、本人はまるで気付いていない。
「うずまき先輩!」
九の一の一人が声を掛けた。
「ん?」
懐に何かを抱えて立ち上がった青年に九の一たちは息をのんだ。
間近にうずまきナルトを見るのは初めてなのだ。
おっきい〜〜〜!!
すてき〜〜〜!!
年頃の娘にだけわかる会話でお互いを肘でつっつきながら、始めに声を掛けた九の一が言葉を継いだ。
「何なさってるんですか?」
「え…?ああ、こいつが、うろうろ、よろよろしてっからさ、すてられたんかな…って…」
どうやらその若い上忍は、懐に小動物を拾いこんでいるらしい。忍服のベストの胸元で、なにやらごそごそしていた。
ほらほら、今、チャンスじゃないの、アタック、アタック!
そう、同僚からつっつかれた一人が、果敢に話しかけた。
「これから、どうされます?アタシたち、もう一軒行きたいな、って言ってたんですけど…」
言外に、一緒に行こう、または、誘ってホシイ、との含みを持たせた台詞だったのだが、
「おう、飲み過ぎないようにな!」
全開の笑顔でそういわれて、ぽ〜っとなるものの、がっくりも来る。
鈍い。シンジラレナイくらい……鈍感だ…こっちのコナ掛けに全然気付いていない。
遠まわしに言っても駄目だ、と悟った彼女は、
「ご一緒しません?お酒、強いって聞いてますよ、ナルト先輩!」
うずまき先輩から、さりげなくナルト先輩に変えて親しみを表現した彼女の思惑は、鈍感が忍服をきているうずまきナルトに完全にスルーされてしまい、
「お?今から?オレってば、早く帰らないとカカシせんせにどやされるってば。任務報告の帰りだしさ。今日は帰るってばよ。」
普通、こういう断り文句の最後に必ずつく、今度は付き合う、あるいはまた誘ってくれ、または、オレが誘う、等の言葉もまるで無く、本当に飲みに行く気ゼロのうずまき上忍に、アタックしている若い九の一たちは切れそうになるが、エモノを狙う捕食者が短気ではエモノをゲット出来ない。
「はたけ上忍、うるさいんですか…?」
この若い上忍が、里のもう一方の有名人と同居しているのは皆知っていた。
任務でバディを組む事が多いので、別々に暮らすと連絡がめんどくさいので同居しているらしい、と、いかにもな噂で皆が納得していた。
それほど、この若者の相方はものぐさで知られている。
最近は暗部任務が多い所為か、その凄まじい戦果も報告されるのは火影にだけだ。どちらかというと、斜めがけの額宛、顔の半分を覆った口布、人相がさっぱり分からない彼を、若いのか年を食ってるのかさえ分からない、という若い忍びも多かった。
たった5年しかたっていなくても、暁来襲は若い忍び達にとって過去のものになりつつある…
当時、里のために命をはって、漸く生き延びた里の英雄も、若い者たちには昔の人間になるのか
…
ナルトがそんな風に考えたかどうか分からないが、
「あ?いや、もう、こう、なんっつーか…」
ナルトはカカシにかまわれるのが嬉しいので、”うるさい”を別の意味にとって照れ笑いしていたが、
ソレを見ていた九の一たちは、ナルトが干渉されるのに困っている、と、とってしまった。
………そう解釈するのが普通ではある。ハタチそこそこのいい若者が、三十を過ぎたオトコにかまわれてうれしがるとは誰も思わない……
照れ隠しのように頭を掻いていたナルトはふと顔をあげて、苦笑すると、
「んじゃ、おれ、こいつの貰い手、探さねーとなんねーから…」
そういって
踵をかえそうとした。
「あ、それじゃ、アタシ、ひきうけましょうか!?」
咄嗟にそういったのは、このまま返してしまっては、こんなチャンス、早々見つからないだろうという打算…若い娘の…が働いた所為だった。
ナルトの苦笑は深くなる。
いつのまに、そんな大人びた表情を浮かべるようになった、と、彼の上忍師なら言ったであろう、ほのかな悲しみをふくんだそれは、しかし、若い九の一たちには分からない。
ただ、遠慮した笑みだ、と、とった。
「無理しなくていいって…」
「無理じゃありません、そのこ、アタシ、面倒見れます!」
ナルトの懐に手を伸ばして、少女が懐を庇うナルトの腕を掴んだ時…
懐から、そのイキモノが顔を覗かせた。
「……!!」
思わず、少女の手が止まる。
「な、無理しなくっていいってば。」
ナルトがそう言ったのは。
その懐に抱えていたのは、仔猫…らしきイキモノだった。
片目ははれあがり、目やにらしき黄色い膿みでふさがれ、首の周りはかさぶただらけ、毛並みも剥げてひどい有様だ。
お世辞にも可愛らしいイキモノではなかった。
伸ばされた若い九の一の手が宙をさまよう。
とても触る勇気が出ないシロモノだった。
「気にしなくていいってばよ。」
そう笑う若い上忍に、娘達がなにか言おうとした時…
「ナルト、お前、こんなトコでいつまでもナニやってんの…?」
後ろからかかった声に、若い九の一たちはとびあがったが、ナルトはく、と息を詰めて笑っただけだった。
どうやらその声の主の存在に前から気付いていたらしい。
「あー先生、きちまったの?」
「きちまったの、じゃないよ、いつまでかかってんの…ってソレナニ…?」
噂をしていた当の本人に現われられて、九の一たちは、悪口を言っていたわけではないのに、思わず緊張していた。
「うろうろしててさ、かわいそうで、貰い手探してやろうかな、と…」
「この子達が…?」
そういって里で一番有名な上忍にその片目で見られた九の一たちは、ひくっと声を詰まらせた。
「いやいや…」
ナルトは笑いながら、暗部だけにわかる「声」をつかった。
『カカシせんせーって、ナニ怒ってんの?』
『…別に…怒ってなんかないよ』
「アタシたち、ナルト上忍と、いろんなお話ししたいな、って思って…」
若い娘はある意味怖いもの知らずで、いいオトコを捕まえるためなら、果敢に攻めるものだ。
そういわれた本人はちょっと首をすくめ、相方の方を見る。
「そう…いいんじゃないの?」
そういってくるりと背をむけられて、
「せんせー!!」
びっくりして青年が後を追いかけたとき、懐でケフッっと小さな鳴き声がする。
「え…?」
慌ててカカシを追おうとしたナルトは、懐の仔猫が、吐瀉物を喉に詰まらせているのに気付いた。
「きゃ…!」
それをみた九の一たちは眉をひそめて体を引いてしまっていた。
「ナニやってンのお前!」
その時、振り向いたカカシが戻って、ナルトの懐の仔猫をつまみあげた。
仔猫の様子をみたカカシは、
「…っち!」
小さく舌打ちをすると、口布を下ろし、呼吸が止まっている仔猫の口に口を付けて息を吹き込み始めた。
九の一たちは凍り付いていた。
そう、いろんな意味で。
触るのもためわれる小汚い捨て猫に、なんの
躊躇もなく口をつけた、その上忍の素顔。
片目を額宛で隠してはいても、取り去られた口布で隠されていた部分が露わになり、彼が驚くほど整った容姿をしている事が分かる。
……カ、カカシさんって…こんなにハンサムだったの…?
……っていうより…美形…?
周りの事などまるで眼に入らなかったかのように、薄汚れた仔猫の蘇生にかかりっきりの上忍師の銀色の頭に、若い上忍の金の頭がくっつくようにして覗き込んでいる。
「大丈夫ってば?ばーちゃんとこに連れてかなくて…」
「……昨日、パチンコで大負けしたらしいぞ…」
「………連れて行かないほうがいい…かな?」
「………」
銀色の頭と金色の頭をくっつけた大柄な男がふたり、道端でなにやらごそごそやっていたら、目立つことこの上ない。
まわりになんとなく人が集まり始め…おまけにカカシは口布を下ろしたまんまだ。
取り残された形の九の一たちは、まだ呆然としていたが、先に気が付いたのはナルトだった。
「なんか人が寄ってきてるってば…あああああ!!先生、顔、顔!!出しっぱなし!!」
そういって首に下ろしてあった口布を慌てて引き上げる。
「うぷ…!って、その、出しっぱなしって言う言い方ってどうよ!? 人の顔を猥褻物みたいに!」
眉間に皺を寄せて、文句をいいつつ、息を吹き返した仔猫を大事そうに抱えて、
「おまえ、その
娘達と飲みに行くんでしょ?しょうがないから今日はこいつの面倒はオレが見といてやるよ。」
そういって瞬身で消えてしまった。
「あ?え?って、あああ…いっちまった…」
はぁ…と肩を落とし、盛大にため息をついた長身の若い上忍は、
「せっかくお許しがでたんだから、次、いきましょう、ナルト先輩!」
そういって両脇に回った九の一たちからそろっと一歩後退した。
「いやいや、違うってばよ。お許しなんてでてねぇって!」
「は?」
「このまんまオレが帰らなかったら、拗ねちまって後が大変…て、訳だからオレも帰るよ、んじゃな!」
なによ、それぇーーーー!!
という、九の一たちからの盛大なブーイングは、瞬身で消えたナルトの耳に入る事は無かった…。
ぐったりしていた筈の仔猫は、里一番の有名人ふたりに至れり尽くせりで体を洗われ、手当てされて、驚くほど見栄えがよくなっていた。
まだ毛並みはハゲていて貧相だったが、汚れを落とし、ぬらしたガーゼで眼の周りを拭ってもらうと、眼はパッチリとした…
「おまえ、結構、器量、好いんじゃないの?」
カカシは、そういいながら眼を細めて満腹でウトウトし始めた小さな「毛糸玉」のような生き物を掌にのせて見つめている。
その様子を、これも幸せそうな笑顔で見ていたナルトは、
「先生、なんで直ぐに出てこなかったんだってばよ…?」
そう聞いてみた。
カカシはナルトの方をちらっと一瞥しただけで、何も言わなかった。
「オレがあの子達と飲みに行くと思った?」
「………」
「なぁ、カカシ先生…?」
「……」
「オレってば信用ないの?」
カカシは黙ってウトウトする仔猫の耳の後ろを指で掻いてやっているばかりだ。
ナルトも、それ以上聞こうとしなかった。
何もいわずに、口布を下げて、唇の傍にちゅっと音をたててキスをする。
ふと気付くと、目の前の上忍師の、いつもは白い耳がピンク色に染まっていた。
ナルトの笑みは更に深くなる。
「ポチ!今日は俺達と一緒に寝るってばよ!」
さらり、とナルトは明るい声を出した。
「ポ…ポチ…!?ポチってなんだよ、おまえ、飼う気まんまんだな!って、その前にその名前何とかしなさいよ!そりゃぁ犬の名前でしょうが!」
「なら、メンマとかシナチクの方がいいかな?」
「……ラーメンから離れろ!!!」
その日から、二人暮しのはずの上忍宿舎に、二人で帰るときにも、ただいま、と挨拶する彼らの姿がみられるようになり、周りを不思議がらせた。
当人達のあずかり知らぬことではある。
end
Update 2008.11.18
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